王都のモウカハナは夜に咲く

咲村門

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夏の湖畔と惨劇の館

#7

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 夏の日光を木々が遮り、穏やかな木漏れ日が降る森の中。
 暑さを湿気で感じる程度で済んでいますが、服が肌にまとわりつく感覚は良いものではありません。
 私は少しでも涼感があればと、普段はやりませんが髪の毛を後ろでひとつにまとめております。

「お、見えてきたな!」
「わぁ! 壊れてるのに豪華に見えますね!」
「高さはないですが、この距離からでも彫刻が丁寧に作られているのが分かりますね」

 別荘から徒歩で三十分ほど。それほど離れていない距離にその遺跡はありました。
 旧エテルノ教の建造物です。豪奢な彫刻とそのモチーフのおぞましさが特徴的です。
 私達は歩みを進め、遺跡の手前まで来ました。

「これは美しいですね、ですが」
「……骨ばっかだなぁ」
「近くで見ると怖いですね、好きな人は好きそうですけど」
「エテルノ教が国教じゃなくて良かったな……」

 荘厳な雰囲気ではありますが、建造物に使われているモチーフが全て人骨で構成されています。
 死を美徳とする教義にはよく合っていますが、好みは分かれるものなのは私でも分かります。

「さーて、どうすっか。中入るか?」
「入りましょう、せっかくですし」
「僕も気になります! 昨日見つけた物よりは怖くないですし」
「そうだな……それで、ビャンコさんは大丈夫か?」
「少しは回復したが駄目そうだ」

 道中で体力切れを起こしたビャンコ様を私は背負っています。

「みんな見てきなよ、オレ入口で休んでるから」
「大丈夫ですか? 日陰なら涼しいですよ」
「ありがと、帰りもキーちゃんにおぶってもらうから大丈夫だよ」

 心配なさっているメル様の気持ちを尊重し、出来るだけ涼しい場所に下ろします。
 エテルノ教そのものは興味があまりありませんが、この遺跡を散策するのは面白そうです。
 ビャンコ様以外の私達は寺院の中へ入って行きました。

 屋根がまだ残っていた本堂は静謐な空気が漂っています。
 かつては教徒がここに集い祈りを捧げていのでしょう。
 寺院の殆どは崩れており、書物なども風化して読めるものが少ないです。
 あったとしても、重要な物は既に回収されている事でしょう。

「キレイですね。見た目はアレですけど、やっぱり教会なんですね」
「教義を知らなければ美しい施設と思えたかも……しれなくもないですね」

 私は本堂で一番目立つ祭壇の前にいます。
 祭壇の上には大きな不死鳥が翼を広げ、見ていると包み込まれるような錯覚を覚えます。
 不死鳥の周囲には豪奢な天井飾りが下がっており、まるで夜空の星のようです。
 余すこと無く人骨で出来ていなければ、胸を打つ美しさですね。

「観光名所に出来そうだけどな」
「オランディの犯罪史から考えると難しいだろう」
「まぁ、そうか」

 ここが恐らく肝試しの目的地だったのでしょう。
 不死鳥の足元に不自然に四角くホコリが薄い床があり、その横に分かりやすくレバーのような物があります。
 人骨ばかりで不気味な雰囲気はありますが、別荘の時のような気配はありません。
 私はそのレバーを下げてみました。

 ーーガコンッ

 大きな音が響き、その音ともに足元のホコリの薄い床板が開きます。
 足元に一階分の高さの空間があったようです。
 真上に立っていたら危なかったですね。

「おま、何してんだ? 地下か?」
「ハシゴで降りられるようだ」

 音に気付いたメル様とシオ様がこちらに来ました。

「大きな音がしましたけど、これは地下ですか?」
「隠し部屋! これ見つけたんですか?」
「とりあえず危険もなさそうだし降りてみようと思う」
「良いね、冒険じみてきた!」

 四人でハシゴを降りた先に短い通路があり、その先に少し広めの部屋がありました。
 入口から陽の光が届いていますが、中を観察するには少し暗いです。
 ズボンのポケットからマッチを取り出し、火をつけて更に指を鳴らします。

 ーーパチンッ

 部屋の四隅に炎を移動させ、部屋にあるものを把握します。
 どうやら燃え残ったロウソクがあるようですね。
 マッチの火をそのまま移動させ、ロウソクに火をつけました。

 ……つけたことを少し後悔しました。四方の壁、更に天上まで頭蓋骨が敷き詰められていました。
 不安になり背後を見ましたが、皆様に特に怯えた様子はないようです。
 ミケーノ様が少しだけ嫌悪感を示すような表情をしております。

「これは、悪趣味だな……」
「そうですね、よく出来ているとは思いますが」
「正に秘密の地下室って感じですね!」

 部屋に入って正面の壁に、一部骨がなく平らになっている壁があります。
 そこに文字が刻まれております。

「これなんて書いてあるんだ?」
「上の方はエテルノ教の教義だ。その下の無理やり刻んだようなものは……」

 ーー我らの無念、湖底に眠る。

 どうやら、例の「エテルノ教の末路」の遺言のようですね。

「無念、か」
「最後の所はオランディの字で……これって遺書みたいですね」
「上は、マルモワの文字のようですが……エテルノ教はマルモワの字で経典を書くのが必須なんですか?」
「そこまでは分からない。エテルノ教は元々北の方で生まれたものだし、マルモワには信者は多い」
「え、滅んでないんですか?」
「あちらではエーヴィヒ教と呼ばれている」

 オランディで国教にしないと陛下は言っただけで、別に根絶しようとした訳ではありません。
 エテルノ教の中で何があったかは不明ですが、死を美徳とする考え方は恐ろしく感じます。

「この部屋が最深部のようですね。謎がまだ残されているみたいですが、根が深そうです」
「情報が足りないし、別荘のものとは無関係だろう」
「そうですね、また次に来た時のお楽しみにしましょう」

 ビャンコ様に聞けばすぐに分かることかと思いますが、ここでそれを言うのは野暮な事に思えます。

「とりあえず見るもん見た感じだな、別荘帰るか」
「そうですね、夜は焼肉大会だし湖畔で遊び足りないです!」

 帰路に着く事が決まったので、ロウソクを消して部屋を後にします。
 入口の木陰で休んでいるビャンコ様は、この地下の事はご存知だったのでしょう。
 休憩してるのは体力のなさからですが、入らなかったのはこういう理由だったのですね。

​───────

 寺院から戻ってきた頃には、丁度昼食の時刻になっておりました。
 昨日は全てミケーノ様に任せてしまいましたので、今回は私が作る事にさせていただきました。
 解体し寝かせておいたイノシシで作ったショウガヤキです。
 普通は三日ほど寝かせる必要がありますが、こういう時に術の心得があると便利です。
 ショウガヤキは問題が無さそうでしたので、夜の焼肉にも使えそうです。

 昼食後、私は湖畔の日陰で手記を読んでおります。
 暑い時間ですが、湖畔に吹く風が心地よいです。
 そこへシオ様がお茶を持っていらっしゃいました。

「暑くありませんか?」
「いや、このくらいがちょうど良い」
「良かったら冷たいお茶を持ってきたので、一緒にどうですか? お邪魔じゃなければ」
「とんでもない、ありがとう」

 他の方々は湖で遊んでいます。
 ビャンコ様にはその体力があるなら歩いて欲しかったものです。

「どうですか、何か分かりましたか?」

 シオ様はお茶の乗ったトレイを地面に置き、ポットから二つのカップへお茶を注ぎます。
 その一つを私に差し出してくださいました。

「ありがとう。少しずつ見えてきている」
「そうですか、犯人分かりそうですか?」
「どうだろうな、誰かまでは分からないと思う」

 いただいたお茶を一口飲みます。
 保冷庫で冷やしたのか思ったより冷たく、清涼感が喉を通ります。

「まるで推理小説のようですね」
「そうだな、事件はともかく幽霊はもう大丈夫だろう」
「ビャンコさんを疑うわけじゃないんですけど、本当ですか?」
「あぁ。クマに移動できたから大丈夫だろう」
「それでは退治されていないように思えまして、また戻ってくる可能性などはありませんか?」
「今夜あたり決行すると思うから安心していい」

 昨夜の段階では正体が分からなかったので依代に移動させるにとどめたのかと思います。
 根気よく交渉することも可能でしょうけど、かなり骨が折れる作業です。
 交渉の前に私が手記を読み解ければ、幽霊の正体のヒントが得られるでしょう。

 お茶で喉を潤し、シオ様に一つ相談をいたします。

「もし良ければだが、謎解きに興味はないか?」
「昨日言ってた手記の詩的な部分ですか?」
「あぁ、あまり自信がないんだ」

 謎かけの文章は情緒を帯びており、物語をあまり読まない私には少し難解に思えています。

「面白そうですね、どんなものですか?」
「『貴方に会いたい、いつも一緒にいたい、夢でも会えない、窓の中の貴方は私を見ない、でも一緒』と、読むのも申し訳なるような内容で……」
「キーノスは答えは何だと思います?」
「隣人……と思ったが、違う気がする」
「多分、横顔の写真ではないかと」
「……あぁ、なるほど」
「ふふ、他のも教えてください」

 流石シオ様と言うべきか、あっさりと解いてしまわれました。

「では『私は犬じゃない、綺麗な横顔で飾っても、輝く白で囲っても』……首輪か?」
「カメオのペンダントではないでしょうか?」
「……あぁ、なるほど。白は真珠か」
「犬と表現されている辺り、嫌な思い出のあるもののようですね」

 これはシオ様に任せてしまった方が良さそうです。
 しばらく二人で手記の謎の話をし、日が沈む頃にはほとんどの謎を解き終えることが出来ました。

 その結果、この別荘で起きた概要も見えてまいりました。
 今夜にでもこの概要を説明させていただき、幽霊の方にはこの別荘から立ち退いて頂きましょう。
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