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44.伝言
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母さんの部屋に戻ると、なんだかリリスと打ち解けたようになっていて、すっかり笑顔を取り戻していた。
「あら、早かったわね」
むしろ遅かったと言われるんじゃないかと思っていたけど、多分母さんのほうが時間を忘れるほど話し込んでいたんだろう。
「リュラに求婚したときに使った魔法って、すごいものだったのね」
クスクスと軽い感じで笑われたけど、さっきまで婚約式の真似事なんてしていたところだったからつい過剰に反応してしまう。
「なんで知って…?!」
「分かるわよ。2人で婚約の報告に来たときに、リュラが大事そうに季節外れの花を持っていたでしょう」
確かに求婚するからにはと、リュラの好きな花を時間加速で急成長させて用意した。
母さんに気づかれていたとしても普段はそんなに気にならないのに、やっぱりまだ気持ちの昂ぶりが残っていたみたいで、顔が熱くなるのを感じる。
「リリスも、そんなにいろいろ話していいわけ?!」
「天界のことはお話し出来ないこともありますけど、今日の出来事を話すのは問題ありませんの!」
赤面しているのを気づかれないように誤魔化したつもりだったけど、今度は顔が青くなるような言葉を聞いてしまった。
今日の聖者様の脅しや非道発言については、さすがに母さんにも話せないと思っていたのに。まさかそこまで話したんだろうか。
「今日の出来事って…」
「とっても久しぶりにマリスの顔が見られましたことは、嬉しくてしょうがありませんでしたわ!!」
そうだ、基本的にリリスの頭の中はマリスのことでいっぱい…だと思ったところで
「サザン様の酷い言動も、それでマリスと触れ合えたのですから良かったと思えてしまうくらいですの!」
と、台無しな言葉が続いた。ニコニコしたままの母さんの表情で、すでに話してしまったことに察しがつく。
「聖者様のことだけれどね。神は言葉が足りないと言っていたでしょう。それは解釈の幅を広げるために、わざと解りにくい御言葉を使ったりするせいもあるの。だからもしかしたら…」
母さんは聖者様の言動について、呆れるわけでもなくにこやかに話す。
「…これは、直接お会いしたときにお話ししたほうがいいわね」
何か意味ありげな笑みを見せる。
どういうことか聞きたいけど、今日の出来事にあまり踏み込んだ話をしづらい気持ちのほうが強かった。
「じゃあ、今日はもう戻るよ」
僕はそう言って、靴を履いて立ち上がる。
「そうだ、おじいちゃんたちのところにも寄るけど。何か伝言とかある?」
「魔法のこと、打ち明けたの?」
意外そうな顔をする母さんに、聖者様のおかげということにして石板を使ってやりとりしようと考えたことを伝えた。
母さんはまたクスクスと笑う。やっぱり今日はいつもより楽しそうだった。
「2度も奇跡を認定されるような方の名前は、説得力があるわよね」
流行り病が消滅したとき、誰が申請しなくとも聖教会は聖者様の功績だと奇跡認定した。
今回の復活についても、間違いなく奇跡だと認定されるだろう。
そして多分、1人で2度も奇跡認定された人は今までいない。
「だけどあまりやり過ぎると、やっぱり驚かせてしまうでしょう。私のことは、聖者様と正式に面会に来たときに会ったと知らせてくれればいいわ。病気とか、何かあったら教えてちょうだい。そのときくらいは外出許可を頂いて戻るから」
出家して家族との関係を完全に断つ人もいるけど、それは教会が強制していることじゃない。修業期間を終えれば、家族の事情で一時的に里帰りというのは大して厳しい条件がつくわけでもなかった。
「病気になったら、おじいちゃんたちが寝てる間にでも治癒しておくから大丈夫だよ。何もなくてもたまには帰っていいんじゃない?」
そう言うと、母さんは少し寂しそうな笑みを見せる。
「治癒で治る病気だったらいいのだけどね。2人とも、あと10年もすればこの国の平均寿命くらいにはなるのよ? 老いた姿を見てしまったら、きっと見送るまで離れられなくなってしまうわ」
おじいちゃんもおばあちゃんも元気だし、もうそんな齢だということをあまり実感していなかった。それにまだ12年しか生きていない僕にとって、10年なんて遥か先のように感じられる。
だけど大人は10年なんてあっという間だと言うし、時間は確実に流れている。
「…そうだね。石板だけじゃなくて、たまには遠くから様子を見てみるよ」
まだいくらでも何度でも会えると思っていたけど、おじいちゃんたちからしてみれば、今生の別れというくらいの気持ちで送り出してくれたのかもしれない。
そしてただ1人の孫だというのに、家や教会の跡継ぎについて僕が重荷に感じるようなことは何も言わずに育ててくれた。
自由に生きて欲しいという母さんの気持ちを聞いていたのかもしれないけれど、今更ながらにそれをありがたく思った。
***
今朝離れたばかりの自分の部屋に転移すると、急にリリスが声を上げた。
「あら、伝言と言えばライラさんにリベルさんのこと伝えなくて良かったんですの?!」
転移と同時に気配隠蔽と遮音をするのは癖のようになっているからいいけど、静かな部屋でこの甲高い声はやっぱり気になってしょうがない。
そういえば出発したときに「ライラさんによろしく!」と言われていたけど、僕にとっては今更な話題で忘れかけてもいた。
「リベルのことは、ここに来たときから時々話してるから大丈夫だよ。それこそ正式に面会したときでいいって」
そう言いながら、石板のある机の前に行く。
今日出発したばかりで伝言も何もないだろうと思いつつ、念のために見に来てみたつもりだったけど。
――ライル、元気にしているか――
そんな、何カ月かぶりに出す手紙のような内容が、おじいちゃんとおばあちゃん2人の筆跡でいっぱいに書かれていた。
「まあ、孫想いですわね!」
「やっぱりリリスも見えるんだ?」
部屋の中は暗くて、普通の人なら多分文字までは読み取れないだろう。
「物質界の物の見え方は人間とは違いますもの!」
つまり僕もやっぱり、天使並みの目まで持っているということだ。
こういうときは便利だけど、我が子の体だからって、神は特別にし過ぎじゃないだろうか。
会ったこともなければ意図もよく分からない父親の仕業より、僕にはおじいちゃんたちの文字のほうが嬉しく感じる。
消してしまうのはもったいなかったけど、僕にも伝えないといけないことがある。
――血塗れの聖女は、もう現れないよ――
どこまで詳しく書いていいのか迷って、ここでも聖者様の名前を出してメリアは昇天したと簡単に説明する。
そして僕はゆっくりと石筆を置いた。
「あら、早かったわね」
むしろ遅かったと言われるんじゃないかと思っていたけど、多分母さんのほうが時間を忘れるほど話し込んでいたんだろう。
「リュラに求婚したときに使った魔法って、すごいものだったのね」
クスクスと軽い感じで笑われたけど、さっきまで婚約式の真似事なんてしていたところだったからつい過剰に反応してしまう。
「なんで知って…?!」
「分かるわよ。2人で婚約の報告に来たときに、リュラが大事そうに季節外れの花を持っていたでしょう」
確かに求婚するからにはと、リュラの好きな花を時間加速で急成長させて用意した。
母さんに気づかれていたとしても普段はそんなに気にならないのに、やっぱりまだ気持ちの昂ぶりが残っていたみたいで、顔が熱くなるのを感じる。
「リリスも、そんなにいろいろ話していいわけ?!」
「天界のことはお話し出来ないこともありますけど、今日の出来事を話すのは問題ありませんの!」
赤面しているのを気づかれないように誤魔化したつもりだったけど、今度は顔が青くなるような言葉を聞いてしまった。
今日の聖者様の脅しや非道発言については、さすがに母さんにも話せないと思っていたのに。まさかそこまで話したんだろうか。
「今日の出来事って…」
「とっても久しぶりにマリスの顔が見られましたことは、嬉しくてしょうがありませんでしたわ!!」
そうだ、基本的にリリスの頭の中はマリスのことでいっぱい…だと思ったところで
「サザン様の酷い言動も、それでマリスと触れ合えたのですから良かったと思えてしまうくらいですの!」
と、台無しな言葉が続いた。ニコニコしたままの母さんの表情で、すでに話してしまったことに察しがつく。
「聖者様のことだけれどね。神は言葉が足りないと言っていたでしょう。それは解釈の幅を広げるために、わざと解りにくい御言葉を使ったりするせいもあるの。だからもしかしたら…」
母さんは聖者様の言動について、呆れるわけでもなくにこやかに話す。
「…これは、直接お会いしたときにお話ししたほうがいいわね」
何か意味ありげな笑みを見せる。
どういうことか聞きたいけど、今日の出来事にあまり踏み込んだ話をしづらい気持ちのほうが強かった。
「じゃあ、今日はもう戻るよ」
僕はそう言って、靴を履いて立ち上がる。
「そうだ、おじいちゃんたちのところにも寄るけど。何か伝言とかある?」
「魔法のこと、打ち明けたの?」
意外そうな顔をする母さんに、聖者様のおかげということにして石板を使ってやりとりしようと考えたことを伝えた。
母さんはまたクスクスと笑う。やっぱり今日はいつもより楽しそうだった。
「2度も奇跡を認定されるような方の名前は、説得力があるわよね」
流行り病が消滅したとき、誰が申請しなくとも聖教会は聖者様の功績だと奇跡認定した。
今回の復活についても、間違いなく奇跡だと認定されるだろう。
そして多分、1人で2度も奇跡認定された人は今までいない。
「だけどあまりやり過ぎると、やっぱり驚かせてしまうでしょう。私のことは、聖者様と正式に面会に来たときに会ったと知らせてくれればいいわ。病気とか、何かあったら教えてちょうだい。そのときくらいは外出許可を頂いて戻るから」
出家して家族との関係を完全に断つ人もいるけど、それは教会が強制していることじゃない。修業期間を終えれば、家族の事情で一時的に里帰りというのは大して厳しい条件がつくわけでもなかった。
「病気になったら、おじいちゃんたちが寝てる間にでも治癒しておくから大丈夫だよ。何もなくてもたまには帰っていいんじゃない?」
そう言うと、母さんは少し寂しそうな笑みを見せる。
「治癒で治る病気だったらいいのだけどね。2人とも、あと10年もすればこの国の平均寿命くらいにはなるのよ? 老いた姿を見てしまったら、きっと見送るまで離れられなくなってしまうわ」
おじいちゃんもおばあちゃんも元気だし、もうそんな齢だということをあまり実感していなかった。それにまだ12年しか生きていない僕にとって、10年なんて遥か先のように感じられる。
だけど大人は10年なんてあっという間だと言うし、時間は確実に流れている。
「…そうだね。石板だけじゃなくて、たまには遠くから様子を見てみるよ」
まだいくらでも何度でも会えると思っていたけど、おじいちゃんたちからしてみれば、今生の別れというくらいの気持ちで送り出してくれたのかもしれない。
そしてただ1人の孫だというのに、家や教会の跡継ぎについて僕が重荷に感じるようなことは何も言わずに育ててくれた。
自由に生きて欲しいという母さんの気持ちを聞いていたのかもしれないけれど、今更ながらにそれをありがたく思った。
***
今朝離れたばかりの自分の部屋に転移すると、急にリリスが声を上げた。
「あら、伝言と言えばライラさんにリベルさんのこと伝えなくて良かったんですの?!」
転移と同時に気配隠蔽と遮音をするのは癖のようになっているからいいけど、静かな部屋でこの甲高い声はやっぱり気になってしょうがない。
そういえば出発したときに「ライラさんによろしく!」と言われていたけど、僕にとっては今更な話題で忘れかけてもいた。
「リベルのことは、ここに来たときから時々話してるから大丈夫だよ。それこそ正式に面会したときでいいって」
そう言いながら、石板のある机の前に行く。
今日出発したばかりで伝言も何もないだろうと思いつつ、念のために見に来てみたつもりだったけど。
――ライル、元気にしているか――
そんな、何カ月かぶりに出す手紙のような内容が、おじいちゃんとおばあちゃん2人の筆跡でいっぱいに書かれていた。
「まあ、孫想いですわね!」
「やっぱりリリスも見えるんだ?」
部屋の中は暗くて、普通の人なら多分文字までは読み取れないだろう。
「物質界の物の見え方は人間とは違いますもの!」
つまり僕もやっぱり、天使並みの目まで持っているということだ。
こういうときは便利だけど、我が子の体だからって、神は特別にし過ぎじゃないだろうか。
会ったこともなければ意図もよく分からない父親の仕業より、僕にはおじいちゃんたちの文字のほうが嬉しく感じる。
消してしまうのはもったいなかったけど、僕にも伝えないといけないことがある。
――血塗れの聖女は、もう現れないよ――
どこまで詳しく書いていいのか迷って、ここでも聖者様の名前を出してメリアは昇天したと簡単に説明する。
そして僕はゆっくりと石筆を置いた。
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