【完結】龍の姫君-序-

桐生千種

文字の大きさ
7 / 17
第2話 学舎と姫君

責任と覚悟

しおりを挟む
 心地好い陽射しが射し込む学長室で、史月は龍麗に告げる。

「学舎では、本家筋の方でも一切特別扱いは致しません。他の学徒と同じように生活してもらいます。いいですね?」

「はい!」

 それこそ、龍麗の求めていたものだ。

 龍麗の返事に、初めて史月が笑顔を見せた。

「では、この学舎の学徒として、立派に卒業できるように、頑張りなさい」

「はい!」

 史月の眼差しは優しい。

 龍麗が学長室に入って来たときのような、睨め付けるような視線はどこにもない。

「そうだは、龍麗さん」

 ふと、史月の表情が真剣なものになった。

「一族の名を継ぐ者として、その名を名乗ることに大きな責任が必要になるのと同じくらい、いいえ、それ以上に、名乗らないことにも、その名を捨てることにも、大きな責任と覚悟が必要なことを、貴女は学ぶべきかもしれません」

「責任と、覚悟……」

 龍麗はたった今、史月に言われた言葉を頭の中で反芻する。

 けれど、その言葉の意味を理解するには、龍麗は世界を知らなすぎた。

「さて、話はこれで終わりです。お行きなさい」

「失礼します」

「失礼しますっ」

 音葉と連れ立ち、龍麗は学長室を出る。

 けれど、史月が最後に告げた言葉の意味はいくら考えても龍麗には理解できなかった。

「ねえ、音葉」

「ん?」

 長い学舎の廊下を歩きながら、龍麗は音葉に問う。

「さっきの、名乗らない責任と覚悟って、どういう意味かわかる?」

 一族の次期当主として、当主というものが如何なるものか。

 当主を名乗ることの意味、その責任。

 それは龍麗が一族の中で成長する過程で、あらゆる場面で教えられてきた。

 それ故に敬われ、歳の近い者であっても龍麗を特別視し跪いた。

 それを嫌悪し、みんなと対等でありたいと、龍麗は自らをルリと名乗り、そう呼ばれることを望んでいる。

 けれど、そうすることにも責任と覚悟を要するのだと、史月は言った。

 それが、どんな責任と覚悟になるのか、龍麗には見当もつかない。

「……まあ、なんとなく」

 答えた音葉の脳裏には、さまざまな言葉が、過去が、過ぎ去っていく。

 けれど、それを音葉が龍麗に告げる日はきっとこない。

「きっとルリも、学舎通ってればわかるよ! たぶん」

 ――できれば一生、知らないままでいてほしい……。

 その想いを隠すように、音葉は明るく振る舞う。

「それより早く行こうぜ! 同じ歳の奴らが、同じ部屋に集まってるんだ。ルリ、初めてだからきっとびっくりするぜ!」

「うん!」

 一族の中でm龍麗と同じ歳の子供といえば音葉しかいない。

 それが新鮮でないはずがなかった。

 これから始まる生活に、訪れるであろう出会いに、龍麗は心を躍らせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

政略結婚の意味、理解してますか。

章槻雅希
ファンタジー
エスタファドル伯爵家の令嬢マグノリアは王命でオルガサン侯爵家嫡男ペルデルと結婚する。ダメな貴族の見本のようなオルガサン侯爵家立て直しが表向きの理由である。しかし、命を下した国王の狙いはオルガサン家の取り潰しだった。 マグノリアは仄かな恋心を封印し、政略結婚をする。裏のある結婚生活に楽しみを見出しながら。 全21話完結・予約投稿済み。 『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『pixiv』・自サイトに重複投稿。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...