【完結】中原マナの片想い

桐生千種

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幼等部

年長さん

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 小春が年長組にあがった。小春が初等部にあがるまで、あと1年。

 僕と小春と、小春のお母さんとで行われていた送り迎えに、1人新顔が入って来た。小春の妹の日和。小春が年長組になると同時に年少組に入った日和。
 控えめで臆病な小春と違って、天真爛漫で好奇心旺盛な日和。男の子を怖がる小春と違って、日和は男の子も女の子も関係なく仲良くなれる。
 僕とも平気で手を繋ぐ。小春は、初めて会ったあの日以来、1度も手を繋いでくれていない。僕を女の子だと思っていたから、手を繋いでくれたんだ。男の子の僕じゃ、手を繋いでもらえない。

 ――日和じゃなくて、小春と手を繋ぎたい。

 小春と手を繋げる日和が、羨ましい。

 1度、無防備に歩く小春の手を取ろうとしたことがある。小春は日和と手を繋いで、夢中になってお喋りする日和を見ていた。

「どーんっ! だだだっ」

 日和の話はまったく理解できなかったけど、「うんうん」と頷いてあげてる小春にそっと近づいて、その手を握ろうとした。

「……っ!!」

 小春の声なき声が、僕を責め立てるようだった。
 つい今まで日和の話に耳を傾けていた小春が、勢いよく僕に振り返って、目を見開いて、怯えた瞳を僕に向けた。縮こまった身体が、でも気丈に僕に立ち向かうようだった。

『何で? どうして? 信じていたのに』

 そんな声が聞こえるようで、僕の心は焦っていた。

「……蚊が」

 口から出た言葉はそんな苦しい言いわけ。

「蚊が、小春のことを狙っていたから……」

 もちろん、蚊なんていない。苦しい苦しいただの言いわけ。信じてもらえなかったとしても、言い張るしかない、言いわけ。

「そっか」

 小春は笑って、僕から目を逸らした。
 そして日和に話の続きを促す。

 話し出す日和に「うんうん」とまた頷いてあげる小春。さっきと変わらない光景に戻ったように見えて、大きな違いが残り続けた。
 小春の手が、ぎゅっとその胸元で握られて降ろされることはなかった。僕の動きを探っている。また、手を伸ばしてくるんじゃないかって。

 ――警戒された……。

 ショックだった。今まで時間をかけて着実に築き上げてきた小春との関係を崩してしまった。自分の手で。

 また、1からやり直さなければ。小春の近くにいるために。どうしても、小春がいいんだ。小春の1番近くにいたい。

 きっと、これが恋。
 初めて小春を見たときから、僕は恋に堕ちていたんだ。冷めることのない恋。僕は小春が好き。

 だけど、この気持ちを小春に言うつもりはない。バレる気もない。もしも小春に言ってしまったら、僕の気持ちを小春が知ってしまったら、小春はきっと僕からも逃げて行ってしまうだろうから。

 小春がいつか、僕と同じ気持ちを抱いてくれるまで、僕は小春の1番近くに居続けて、小春を想い続ける。
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