【完結】中原マナの片想い

桐生千種

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幼等部

卒園式

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 「マナ君と同じ小学校にはいかないよ?」

 僕が小春からその言葉を聞いたのは、小春の卒園式の日。卒園式が始まる前。

 この日は平日で、僕は小学校にいかないといけなかった。卒園式が始まる時間に合わせて、いつもより遅く家を出る小春とは一緒に登校できなくて、それを知った日、今年のカレンダーを睨みつけた。だって僕の卒園式はちょうど春分の日と被っていたから。今年も、春分の日と被ればよかったのに。そうすれば、小学校はお休みで、僕は小春の卒園式に行けたんだ。

 だけどこの日、僕はどうしても諦めきれなかった。小春の卒園式の姿を見ることはできなくても、卒園式が終わる前にその制服姿をこの目に焼きつけたいと思った。卒園式が終わって家に帰ってしまったら、制服を脱いでもう2度と着ることはないから。

 だから、授業と授業の間の10分休みに校舎を抜け出して、小春に会いに行った。ちょうど卒園式に出る年長組の子が、両親と一緒に登園して来ていた。

 今年卒園する子は全部で20人。すぐに小春の姿を見つけることができた。そのうしろ姿に小春の入園式の日を思い出す。あのときよりも背も髪も伸びた小春。

「小春」

 入学式のときのように、小春の背中に呼び掛ける。あのときの小春は、振り返るとその小さな身体をお母さんのうしろへと隠してしまった。でも、今回は……。

「マナ君っ!」

 小春は隠れることなく、僕に視線を向けてくれる。その優越感は僕だけが味わうことのできる特別なもの。
 だって他の子は、小春にこうして見つめ返してもらえない。名前を呼んでもらえない。

「どうしたの?」

 首を傾げる小春は、今日も可愛い。

「小春、今日で卒園だからおめでとうって言いたくて」

 制服姿を見たかった、とは言えない。入園式のときには言えなかった『おめでとう』を、入園式のときの分まで心を込めて伝えたい。

「小春、少し早いけど、卒園おめでとう」
「ありがとう、マナ君」

 笑ってくれる小春に、僕はさらに深い恋に堕とされた。

「4月からは初等部だね。4月からは教室まで送ってあげる。校舎の中も僕が案内してあげるね」

 4月から始まる新生活に、僕は胸を躍らせる。教室こそ違えど4月からは同じ校舎で過ごすことができる。お昼だって、一緒に食べることができる。小春の学年があがって委員会に入るようになったら、同じ委員になれるかもしれない。そんな未来が待ち遠しい。

 けれど、小春からは思いもよらない言葉が返ってきた。

「あれ? 小春、マナ君と同じ小学校にはいかないよ?」

 奈落の底に叩き落とされたような感覚だった。考えもしなかった。桜月学園には、共学の初等部の他に付属の桜ノ女子小学校と月ノ男子小学校があった。女子しか入れない女子小学校があるというのに、男の子を避けるように生活している小春が、共学の初等部にあがってくるはずがなかった……。
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