【完結】中原マナの片想い

桐生千種

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高等部

卒業式

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 卒業式。あの日、小春との映画の主演が決まった日からずっと聞きたかったことがある。

「小春は、この映画に出たいと思うの?」

 そう聞いた僕に、小春は言った。

「ちょっとだけ、映像のお芝居にも興味はあるの。それにせっかく選んでもらったんだから、できるなら全力で挑みたいって思うけど……」

 あとに続いた小春の言葉は僕の心を揺り動かした。

「マナ君が相手役をやってくれるなら、できるかもって思ったんだけど、マナ君こういうお仕事嫌でしょ?」

 小春が言うのなら、小春が映像のお芝居をしてみたいと言うのなら、その願いを叶えよう。
 本当は、小春が『僕なら』と、僕を選んでくれたことが嬉しくて、小春に触れる特権を役の上でも与えられるならと、僕は決めた。

「小春が出るなら、僕も引き受ける」

 そうして、僕たちの初の映画出演そして主演が決まった。
 撮影は小春が大学生になってから。話の舞台が夏だと言うこともあり、小春も受験があったから、落ち着いてから専念できるようにとのことだ。
 しつこいくらいに粘っていたから、すぐにでもと言い出すかと思っていた。実際には、僕たちさえ役を引き受けてくれるなら、他は何でもしようと言うような勢いだった。
 小春のために、極力男優は入れないとか余程必要に迫られるシーンでないなら別撮りだとか。好待遇過ぎるほどの契約が結ばれていた。

「小春」

 僕は小春に聞くことにした。

「なあに、マナ君」

小首を傾げて、真っ直ぐに僕を見つめてくれる小春。まだ少女のあどけなさと、大人の色気を持ち始めた危うさ。

「どうして、受けることにしたの」
「……映画のこと?」

 少ない僕の言葉に少し考えた小春は、そう聞いてきた。

「そう。相手が僕ならって……。僕だって男だし、小春は苦手でしょ?」

 幼稚園からずっと一緒に見てきた小春。ずっと誰よりも1番近くにいることを許された異性だと自負している。そんな僕でも、1度だって、触れることを許されなかったのに。

「覚えてる? マナ君」

 そう言った小春は、僕に、手を、伸ばす。

「幼稚園のとき、マナ君が手を繋いでママのところに連れて行ってくれたの」

 今までずっと、1度だって触れることを許されなかった小春の手。その手が、僕の手を、掴む。

「マナ君だけなの、怖くない男の人。手を繋いでも、平気な男の人」

 小春が、柔らかい笑みを僕に向けた。

「うん。やっぱり、マナ君なら平気」

 再び触れ合うことができた、僕たちの手のひらはあの頃から随分と時間が経ってしまったけれど、小春の手はやっぱり僕より小さくて、満足感に満たされた。

「マナ君となら、できるかもって思ったの」

 僕だって、小春となら。
 小春がいるから何だってできた。
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