過ぎ去りし幼き日々

keino

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「久しぶりだね」

 ぽつんぽつんとしか街灯がない中、居たたまれなくなった私が口を開く。

「ああ……お前が向こうの学校に行って以来だから、10年くらいになるのか?」

「うん……そうかも」

 耳に心地好く響く低い声は、私が知っている健ちゃんの声とはちっとも似ていなかった。
 また沈黙が降りる。
 田舎の晩秋は静かすぎて、今の私にはおかしくなりそうだった。

「あ……遅くなったけど……結婚おめでとう」

 横を歩いている人からは返事は返ってこない。代わりに梟が鳴いてくれた。

「健ちゃんと親戚になるなんて、不思議だね。
 ……舞の旦那さんが健ちゃんで良かったよ。安心して向こうに帰れる」

 ありがとうくらい言ってよ。気まずいじゃない。

「舞のこと、よろしくね。あの子、甘えん坊でさみしがりやだから、大変だと思うけど、素直な良い子だから」

 健ちゃんの方がよく知ってるか、とはしゃいだ声を上げてみても、やはり何も返ってこない。私の持ってきたランプが、隣で揺れるばかり。

「ちょっとぉ! わかったくらい言いなさいよ、弟よー!」

 業を煮やして背中を叩こうとしたら、その手を掴まれた。

「……菜摘、それ本気で言ってる?」

「な……に? ちょっと放してよ」

 背が伸びた。小学校までは私の方が高かったのに、今では頭半分も違う。
 舞となんて、頭一つ違うんではないだろうか。

「……どうして泣いている?」

 健ちゃんの堅い手が、不器用に私の頬を拭う。

「え? ……あ……」

 なんで私、泣いてるんだろ。

「話し始めてから、泣いてるぞ」

「ウソ……」

 自分でも訳のわからない涙に戸惑って、健ちゃんを振り払うと手をばたばたさせた。

「これは……あれよ! 嬉し涙!」

 健ちゃんは眉根を寄せると、再び私の手を取る。
 そしてぐいぐい引っ張りながら歩いていく。

「健ちゃんっ痛いっ」

「来いよ」

「行くからっ放して!」

「いいから来い!」

 健ちゃんは手を離さず、神社へと続く階段を上り始める。

「どこ行くの健ちゃん!」

 ようやく手を離してくれたのは、階段を上りきった先だった。

「――俺、お前のことが、ずっと好きだったんだ」

「……え?」

 満月に近い月だったけれど、空を覆うほどの大きな御神木に遮られて、表情などろくに見えない。小さな気休めのランプなんて意味もない。

「親父とお袋に言ったんだ、菜摘の家に結婚の打診をして欲しいって。そしたら――」

 健ちゃんはぐっと唇を噛み締めた。ランプが小刻みに揺れている。

「ずっと舞との結婚話を勧めていたって――! 舞とは毎週会ってたし、俺が見合い話を蹴ってたのは、舞が大人になるのを待っていたんだろって!」

 健ちゃんはその大きな木を殴りつけた。

「違う! 俺はっずっとお前を待ってて――!
 舞は、俺にとっても可愛い妹みたいなもんだったんだよ……」

 苦笑すると続けた。

「他家の娘ならまだしも、妹から姉へ鞍替えなんて今さら無理だってさ。
 ――菜摘には都会で看護婦の仕事があるし、菜摘の為を思うなら諦めろって言われたよ」

 健ちゃんとご両親が言い合うのが、容易に想像がついた。

 きっと私には言えないことを、健ちゃんはたくさん言われたのだろう。親友のみっちゃんなどはすでに三児の母なのだ。
 東京ならまだしも、私はここでは立派な行き遅れだ。
 情けねぇな、と呟く健ちゃんを見て、そう思った。
 健ちゃんは私の腰を引き寄せ頬に触れる。

「やめて、こんな……っ」

「俺のこと、嫌いか? 俺は、ずっとお前のことが好きだった。
 ――たぶん、お前がここに越してきてからずっと」

 嫌いなわけないじゃない。そんな聞き方卑怯だわ。
 また私の瞳からは涙が零れた。
 なんでそんなこと言うの。
 私の大事な妹の、旦那様になる人が――!

「健ちゃんは舞と結……!」

 結婚するんだから、と続けたかった言葉は健ちゃんに飲み込まれた。
 唇を抉じ開けられ、ぬるりと何かが入ってきて口腔内をまさぐられる。

 それが健ちゃんの舌だと理解するのにしばらくかかった。
 背筋をゾクゾクとしたものがかけ上がる。
 膝が笑って、思わず健ちゃんの外套を掴んだ。

「はぅうっ……ふぁ、ああんっ……」

 なにこれ、これが私から発せられた声なの?

 私の初めてのキスは、ずっと幼なじみだと信じていた妹の婚約者に、荒々しく奪われた。

「なぁ……なんで泣いた?
 ――そんなんじゃ諦めきれねぇよ」

 木に押し付けられて、真っ向から強い眸に射抜かれる。

「俺、今すげぇ自分の都合のいいように考えてる。
 期待してもいいわけ?」

「いっ……いいわけないでしょ!」

「なら、もっと本気で嫌がれよ」

 健ちゃんは私の首元に顔を埋めると、きつく吸い付いた。

「ふぁっ、あああんっっ」

 びくんびくんと体が跳ねて、後頭部がごりごりと木とすれる。それが痛いはずなのに、それ以上に体の跳ねが止められない。

「……菜摘、お前すっげぇ感度いいのな」

 健ちゃんはごくりと喉を鳴らすと、また首筋を舐め上げて言った。

「なっなに――?」

 健ちゃんは再び私の腕を掴むと、小さな小屋に押し込んだ。
 狭い空間に、木の板壁の白さにランプの光が反射して、恥ずかしくなるほど明るい。

 そこは祭りの道具やら掃除道具やらが押し込まれているらしく少し埃っぽかったが、押し倒された床は意外にもワラとムシロがひいてあって、さほど痛くはなかった。
 これもしかしてあれだ、みっちゃん達から噂を聞いていた。神社の影や物置が、そういう場になってるらしいって――本当だったの?

「嫌がらないのは、了承と取るぜ。
 ――俺を、刻み付けてやるよ」

「な!? 嫌がってるじゃないっ」

「だから本気で嫌がれよ。玉蹴って逃げるとかさ。
 そんな中途半端なの、男を煽るだけってわからない?」

 そんなの知るわけないし、できるわけもない。
 困った顔するなよ、と健ちゃんは言って私に覆い被さり口を塞ぐ。

「ふう? んっんっん――!」

 外套の前を肌蹴られて、健ちゃんの大きな手が胸をわし掴む。
 きゅうんとお腹の奥から頭まで、何か甘い痺れが抜けていった。
 何これ、何これ? どうなっているの!?

「ひゃあうっっ」

 服をまくり上げられて、外気に晒された肌がきゅっと締まる。
 そこに健ちゃんの熱い舌が這い上がってきた。

「あっあっやめてっっ、ふぁあっあんっ」

 胸の先をちゅうちゅうと吸われて、舌で転がされる。と感じたら、かりっと噛まれて仰け反った。

「ひゃあああんっ」

「気持ちいい?」

「やあっ恥ずかしいっやめてよぉ!」

「こんなに乳首勃起して、腰振ってんのに? 嫌?」

 健ちゃんは顔を覗き込みながら、両方の胸の先を指でコリコリと弄ぶ。

「なぁ、俺のこと好き?
 今だけでいいから、しがらみ忘れて答えてよ」

 きゅっと先を摘ままれて引っ張られる。

「きゃうっっふぁあんっ」

「なあ? 俺は菜摘のこと愛してるよ。
 お前に求められたい、お前だけが欲しい」

 やめてやめて! そんな甘い切ない声で囁かないで!
 駄目……私の心の蓋が、開けられちゃう――。見ないようにしてきたのに――!
 私はいやいやをするように頭を振った。

「可愛い菜摘……ま、今さら本気で嫌がったとしても、止まんないけどな。
 ……ごめんな」

 ぽつんと小さく付け足された言葉は、埃に吸収されて散った。

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