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10 私の脳内補正が働き過ぎてる
しおりを挟む「今日上がったら飯行かない? 若葉ちゃん」
「行きません。あと苗字で呼んでください、笹口さん」
「いいじゃん若葉ちゃん、行こうよ」
笹口さんそろそろ店長に注意してもらいたいな……いい加減うざい。
笹口さんのうざさがなければ、時給は高いし、賄いは系列店である階上のレストランのものだから最高に美味しいし、超優良バイト先なんだけどなぁ。
ここはいわゆるラグジュアリーカラオケである。佇まいは高級ホテルさながらで、細部に至るまでチープさのかけらもない。上の系列レストランのお高い個室扱いな感じだ。
曜日や時間帯、部屋によって値段は違うが、1部屋2時間が最低でも数万から、飲み物も食べ物もチャージもお高い。
表立ってバイト募集はしておらず、私の場合は、まず系列店のレストランで働いていて、カラオケの方に一人空きが出るからどうかと打診があったかたちだ。
働くにはいろいろと取り決めがあって、バイト中は待機中でもスマホに触れるの禁止。バックヤードのカウンターに置き、着信のみ出られる。お客様には有名人多数なので、採用時に情報守秘義務の念書まで書かされている。
なんであんな軽そうな笹口さん採用されたんだろ。確かに仕事はそつなくこなしている。二人きりの時しか誘ってこないあたり、要領も良いんだと思う。
『8番、料理上がり』
インカムから、キッチンからの連絡が流れる。
「本原、8番料理行きます」
誰も応答がなかったので、私が行くことにし、インカムに連絡を送る。
「失礼します。お料理をお持ちしました」
ワゴンを押しながら8番部屋(一応スフェーンと言う部屋名が付いている)に入ると、男性客4人のお客様だった。
キーボードとギターがあり、客の一人がキーボードを弾いていたが、私が入ってきたことで手を止めていた。客の持ち込みは飲食物と生き物以外OKなので問題はない。
「ありがとう、こっちのテーブルに置いてくれる?」
「かしこまりました」
その声にドクンと心臓が鳴ったが、今は仕事中。それに他人の空似声なんて良くあることだ。
そう、先日だって大好きなダスグリのdaiによく似た声音を病院で――うわーん! 今は仕事中!
それにしてもまたダスグリによく似た声で、今度はIZUに聞こえるなんて。やっぱりダスグリに飢えているせいだ。街中や大学でもふと聞こえてきてハッとすることも増えてしまった。
思ってる以上に世の中には似た人があふれているらしい。
テーブルの上に広げられていた書類やタブレットを、お客様は手際よくまとめている。
私は隣のテーブルの使用許可を得て、料理を並べる。
「こちらはチーズとナッツとドライフルーツのアソート、こちらがドライチェリートマトとゼブラナスの――以上です。それではごゆっくりお寛ぎくださいませ」
呪文みたいな料理の数々を長々と詠唱し、最後頭を下げた。
「あの……、本原さん? だよね」
掛けられた声に肩がビクッと震える。そろそろと顔を上げ、呼ばれた方に視線をやれば。
「四ッ橋、先生?」
キーボードに両手を置いたまま、びっくり顔の四ッ橋先生がいた。
ばふっと一気に顔が熱くなる。私の今日の髪形は、前髪はあるもののタイトな斜めヘアにひっつめお団子で顔面全開である。あわわわわっ。
「本原さん! 良かったあの!」
「他に何かございましたらフロントにお申し付けくださいませ! 失礼いたします!」
こちらに駆け寄ろうとしてきた四ッ橋先生にビビり、思わず逃げてドアを思いきり閉めてしまった……。ドアの作りも高級で重厚だから、ぼふって空気が抜ける感じのだけどさ。
しかも無意識に、なぜかドアノブをがっちり押さえて離さないという徹底ぶり。
良かった、誰も出て来られなくて。ドアノブガチャガチャ開かないぞクレームされたら店長に怒られるわ。
とりあえず足早に立ち去る。
なんで。なんで四ッ橋先生がここにいるの?
ううん、いるのはいいよ、そういうこともあるだろうさ。私がクローバークニリニックに行くのと同じことだもの。
問題は何で今会っちゃうかなぁってことと、なんで四ッ橋先生は眼鏡もマスクも帽子もないのかなってことだよ!
いつもの長い前髪もセットされて顔面全開だよ! なんつうイケメン!
あの低めバリトンイケボに負けない精悍な眉目、なのにちょっとだけ目尻が垂れてて甘め爽やかとか反則でしょう。それをただの甘イケにしない通った鼻筋と引き締まった口元とか、そりゃマスクしないと生きるのにいろいろ大変そうだ。
なんであんな、声のイメージ通りの顔してるのか。
だから顔面情報小出しにするなって言ったの。ちまちまされると、脳が勝手にイメージを自動修正しちゃうんだってば。
一気に顔出しして、イケメンだろうが私のイメージコレジャナイってさせてよって言ったじゃん~。言ってないけど~。
私の脳内補正良い仕事し過ぎでしょ、いい加減にしてー!
あーーー!!!
呼び止められたのにテンパってつい無視して逃げてきちゃったよ。
わかってるよ、なんで連絡してこないんだってことでしょ?
でもその返事は超丁寧なメモにして渡してあるからね?
先生からの2回目のメモには、『気になって仕方がない。申し訳ないがそんな自分の為にもきちんと詫びさせてほしい』とまで書かれていた。
これ読んですっごいすっごい悩んだけど、手紙はすでに渡したあれで答えとし、結局放置を決定。私の中ではもうスルーでいこうと決心した。
次の3ヶ月後の予約は、この決断をした時に病院に連絡をし、院長でブックしてある。
もう会う予定はない人だったはずなのに。
どうしようどうしようどうしよう。
バイト辞める? えーこんないいところ辞めたくないよ。これ以上もらえるのなんてキャバくらいしか思いつかない。
いっそ1回ちゃんとお詫びを受けてみる、とか?
いやムリムリムリムリ!
診察だから何とかなっているのであって、プライベートであの声と向き合うなんてとんでもないよ!
たぶん私、爆発する。
テンパって記憶が飛ぶの確定だって。
その間になにを口走るかわかったもんじゃない。
この前は事故だったしあっという間だったからあれで済んだけどって往来でスカート切り裂くとかよく考えればとんでもなかったしあああーーー!!!
はいそこまでー、おちつけーおちつけー。
フロントやバックヤードに戻らずトイレチェックに回り、無駄にアメニティを整える。動いてないと落ち着かないんだもん。別階に移動するときなんか、お客様は階段なんか使われないからまた無駄に早足になってしまう。
『本原さん、ワゴン忘れてる。8番から連絡来たぞ』
あああああーーー!!!
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