ASMR!~精神安定剤が触診してくるっ!

keino

文字の大きさ
10 / 48

10 私の脳内補正が働き過ぎてる

しおりを挟む


「今日上がったら飯行かない? 若葉ちゃん」

「行きません。あと苗字で呼んでください、笹口さん」

「いいじゃん若葉ちゃん、行こうよ」

 笹口さんそろそろ店長に注意してもらいたいな……いい加減うざい。
 笹口さんのうざさがなければ、時給は高いし、賄いは系列店である階上のレストランのものだから最高に美味しいし、超優良バイト先なんだけどなぁ。

 ここはいわゆるラグジュアリーカラオケである。佇まいは高級ホテルさながらで、細部に至るまでチープさのかけらもない。上の系列レストランのお高い個室扱いな感じだ。
 曜日や時間帯、部屋によって値段は違うが、1部屋2時間が最低でも数万から、飲み物も食べ物もチャージもお高い。
 表立ってバイト募集はしておらず、私の場合は、まず系列店のレストランで働いていて、カラオケの方に一人空きが出るからどうかと打診があったかたちだ。

 働くにはいろいろと取り決めがあって、バイト中は待機中でもスマホに触れるの禁止。バックヤードのカウンターに置き、着信のみ出られる。お客様には有名人多数なので、採用時に情報守秘義務の念書まで書かされている。
 なんであんな軽そうな笹口さん採用されたんだろ。確かに仕事はそつなくこなしている。二人きりの時しか誘ってこないあたり、要領も良いんだと思う。

『8番、料理上がり』

 インカムから、キッチンからの連絡が流れる。

「本原、8番料理行きます」

 誰も応答がなかったので、私が行くことにし、インカムに連絡を送る。

「失礼します。お料理をお持ちしました」

 ワゴンを押しながら8番部屋(一応スフェーンと言う部屋名が付いている)に入ると、男性客4人のお客様だった。
 キーボードとギターがあり、客の一人がキーボードを弾いていたが、私が入ってきたことで手を止めていた。客の持ち込みは飲食物と生き物以外OKなので問題はない。

「ありがとう、こっちのテーブルに置いてくれる?」

「かしこまりました」

 その声にドクンと心臓が鳴ったが、今は仕事中。それに他人の空似声なんて良くあることだ。
 そう、先日だって大好きなダスグリのdaiによく似た声音を病院で――うわーん! 今は仕事中!
 それにしてもまたダスグリによく似た声で、今度はIZUに聞こえるなんて。やっぱりダスグリに飢えているせいだ。街中や大学でもふと聞こえてきてハッとすることも増えてしまった。
 思ってる以上に世の中には似た人があふれているらしい。

 テーブルの上に広げられていた書類やタブレットを、お客様は手際よくまとめている。
 私は隣のテーブルの使用許可を得て、料理を並べる。

「こちらはチーズとナッツとドライフルーツのアソート、こちらがドライチェリートマトとゼブラナスの――以上です。それではごゆっくりお寛ぎくださいませ」

 呪文みたいな料理の数々を長々と詠唱し、最後頭を下げた。

「あの……、本原さん? だよね」

 掛けられた声に肩がビクッと震える。そろそろと顔を上げ、呼ばれた方に視線をやれば。

「四ッ橋、先生?」

 キーボードに両手を置いたまま、びっくり顔の四ッ橋先生がいた。
 ばふっと一気に顔が熱くなる。私の今日の髪形は、前髪はあるもののタイトな斜めヘアにひっつめお団子で顔面全開である。あわわわわっ。

「本原さん! 良かったあの!」

「他に何かございましたらフロントにお申し付けくださいませ! 失礼いたします!」

 こちらに駆け寄ろうとしてきた四ッ橋先生にビビり、思わず逃げてドアを思いきり閉めてしまった……。ドアの作りも高級で重厚だから、ぼふって空気が抜ける感じのだけどさ。
 しかも無意識に、なぜかドアノブをがっちり押さえて離さないという徹底ぶり。
 良かった、誰も出て来られなくて。ドアノブガチャガチャ開かないぞクレームされたら店長に怒られるわ。
 とりあえず足早に立ち去る。

 なんで。なんで四ッ橋先生がここにいるの?
 ううん、いるのはいいよ、そういうこともあるだろうさ。私がクローバークニリニックに行くのと同じことだもの。
 問題は何で会っちゃうかなぁってことと、なんで四ッ橋先生は眼鏡もマスクも帽子もないのかなってことだよ!
 いつもの長い前髪もセットされて顔面全開だよ! なんつうイケメン!
 あの低めバリトンイケボに負けない精悍な眉目、なのにちょっとだけ目尻が垂れてて甘め爽やかとか反則でしょう。それをただの甘イケにしない通った鼻筋と引き締まった口元とか、そりゃマスクしないと生きるのにいろいろ大変そうだ。

 なんであんな、声のイメージ通りの顔してるのか。
 だから顔面情報小出しにするなって言ったの。ちまちまされると、脳が勝手にイメージを自動修正しちゃうんだってば。
 一気に顔出しして、イケメンだろうが私のイメージコレジャナイってさせてよって言ったじゃん~。言ってないけど~。
 私の脳内補正良い仕事し過ぎでしょ、いい加減にしてー!

 あーーー!!!
 呼び止められたのにテンパってつい無視して逃げてきちゃったよ。
 わかってるよ、なんで連絡してこないんだってことでしょ?
 でもその返事は超丁寧なメモにして渡してあるからね?

 先生からの2回目のメモには、『気になって仕方がない。申し訳ないがそんな自分の為にもきちんと詫びさせてほしい』とまで書かれていた。
 これ読んですっごいすっごい悩んだけど、手紙はすでに渡したあれで答えとし、結局放置を決定。私の中ではもうスルーでいこうと決心した。
 次の3ヶ月後の予約は、この決断をした時に病院に連絡をし、院長でブックしてある。
 もう会う予定はない人だったはずなのに。

 どうしようどうしようどうしよう。
 バイト辞める? えーこんないいところ辞めたくないよ。これ以上もらえるのなんてキャバくらいしか思いつかない。
 いっそ1回ちゃんとお詫びを受けてみる、とか?
 いやムリムリムリムリ!
 診察だから何とかなっているのであって、プライベートであの声と向き合うなんてとんでもないよ!

 たぶん私、爆発する。
 テンパって記憶が飛ぶの確定だって。
 その間になにを口走るかわかったもんじゃない。
 この前は事故だったしあっという間だったからあれで済んだけどって往来でスカート切り裂くとかよく考えればとんでもなかったしあああーーー!!!
 はいそこまでー、おちつけーおちつけー。

 フロントやバックヤードに戻らずトイレチェックに回り、無駄にアメニティを整える。動いてないと落ち着かないんだもん。別階に移動するときなんか、お客様は階段なんか使われないからまた無駄に早足になってしまう。

『本原さん、ワゴン忘れてる。8番から連絡来たぞ』

 あああああーーー!!!


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...