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第18話「再会と、“合意による革命”プラン」
しおりを挟む王都へ戻る道は、行きと同じはずなのに、まるで別の世界みたいだった。
前は、ただ遠くへ追い出されるための道。
今は、燃え上がる火の中へ歩いていくための道。
車輪が石畳に乗り換えた瞬間、レティシアは、息を飲んだ。
「……これが、今の王都」
リュミエール王都。
かつて“光”と呼ばれた街は、
どこか、色を失っていた。
通りには、王立軍の兵士たちが立ち、
槍を持ったまま、石像のように動かない。
その視線の先では、民衆が小さな塊になって動いている。
怒鳴り声はない。
暴動そのものも、今は鎮まっている。
けれど――空気に残ったざらつきが、
つい最近までここで血が流れていたことを、強引に思い出させてくる。
「お嬢様……」
クロエが、窓の向こうを見て震えた。
「なんか……みんな、笑ってないですね」
「笑ってる場合じゃないのよ」
レティシアは、静かに言った。
通り沿いのパン屋。
焼き窯はあるのに、店は閉まっている。
その前で、女が一人、潰れたように座り込んでいた。
腕の中には、小さな子ども。
目だけが、空っぽに空を見ていた。
(――間に合う? ここからでも)
自分に問いかける。
答えは、誰もくれない。
◆
王宮の門は、前よりも重く見えた。
装飾こそ変わらないが、門番の手の位置、視線の鋭さ――
どれも、「今、中は地獄絵図ですよ」と無言で教えてくる。
馬車の扉が開き、レティシアが降りる。
監視役として同行してきた王立軍の将校が、厳めしい顔で口を開いた。
「ここから先は、我らの監視下だ。
“辺境からの静養中の令嬢を、一時的に呼び戻した”という建前になっている。
殿下――第二王子殿下の名目だが、
王妃派も王太子派も、貴様の動きには注目している」
「はいはい。
“問題児を呼び戻した”って噂も、すぐ広まるでしょうね」
レティシアは、肩をすくめた。
「でも、“問題児”は問題児なりに、やらなきゃいけないことがあるので」
将校は小さく舌打ちし、歩みを進める。
王宮の廊下。
高い天井は変わらない。
豪奢な絨毯も、壁にかかる絵画も、何一つ減っていない。
でも、感じる。
この煌びやかさには、もう前ほどの説得力はない。
外の通りで血が流れたあとも、
ここだけは同じ顔をしている。
その「ズレ」が、以前よりずっと目立っている。
(前は、ただ“腐ってるな”って思ってただけだったけど)
今は、「崩れかけてる音」まで聞こえる。
◆
案内されたのは、王宮の一室――“いつも二人が打ち合わせに使っていた”部屋だった。
ドアの前で、将校が立ち止まる。
「ここからは、殿下の許可なく中には入らん。
ただし、扉の外には常に見張りがいる。
変な動きはするなよ、公爵令嬢殿」
「……善処します」
半分だけ本気で答え、レティシアはドアノブに手をかけた。
深呼吸。
(いちいち緊張してんじゃない、私)
自分にツッコミを入れてから、扉を開ける。
◆
そこにいた。
窓のそばで、書類の束を片手に立っている。
青みがかった黒髪。
少しやつれた横顔。
それでも、姿勢はまっすぐで――
「殿下」
声が震えた。
シャルルが、驚いたように顔を上げる。
目が合った瞬間、
その表情が、わずかに崩れた。
「……レティシア」
たったそれだけの言葉を言うのに、
彼は数秒かかった。
レティシアは、ゆっくりと歩み寄る。
距離が縮まるごとに、
辺境の雪、村の子どもたちの笑い声、
王都の血の匂い、ダミアンの叫び――
全部が、一気に胸に押し寄せてきた。
「生きてましたね」
出てきた第一声がそれで、
自分で自分に苦笑する。
「君こそ」
シャルルも、わずかに笑った。
「文字では“元気だ”と書いてあったが、
実際、こうして顔を見るまでは、信じ切れなかった」
レティシアは、何か気の利いた冗談を言おうとして――
うまく言葉が出てこなかった。
喉の奥が詰まる。
気づけば、視界がにじんでいた。
「あれ? ……おかしいな」
目尻を指で押さえながら、苦笑いする。
「泣くつもりなんてなかったのに」
「泣いていい」
シャルルは、一歩、二歩と近づき、
そっと、彼女の肩に手を置いた。
「俺も――少し、安心した」
その声は、震えていた。
いつも冷静で、
少し距離を置いた言葉を選ぶ彼が、
今だけは、弱さを隠さない。
それが、余計に胸に刺さった。
「生きていてくれて、ありがとう」
その一言で、
堰が切れたように涙が溢れた。
(ずるい)
レティシアは、心の中で文句を言いながら、
シャルルの胸元に額を押し付けた。
「殿下」
「何だ」
「会いたかったです」
彼の手が、そっと彼女の背中に回る。
それだけで、
辺境で一人、夜通しタイムラインと睨み合っていた自分が、
ほんの少しだけ報われた気がした。
◆
泣き顔が少し落ち着いたところで、
二人はソファに向かい合って座った。
机の上には、地図と書類の束。
王都の現状が、数字と線で示されている。
「暴動、死者の数、軍の動き――
大体の概要は聞いています」
レティシアは、紙を流し読みしながら言った。
「噂の速度は、こっちにも届いてましたから」
「こちらから送った詳細な報告は、届いたか?」
「はい。
その上で――考えてきました」
彼女は、自分のバッグから、分厚い束の紙を取り出した。
「辺境の領地での、ミニ国家運営の結果です」
輪作の記録。
穀物倉の運用結果。
簡易教育場での識字率の変化。
そして――村人たちの声を簡単にまとめたもの。
「あの小さな領地で、“うまく回り始めた仕組み”がいくつかあります。
規模は違っても、
考え方は王都でも応用できます」
シャルルは、その束を受け取り、
素早く目を通した。
ページをめくる指先が、途中で止まる。
「……“共同穀物倉+緩い返済義務付きの貸し出し”」
「マイルドな“公的食糧銀行”ですわね」
レティシアは、さらりと言う。
「完全な無料配布ではなく、
“皆で守る倉”として運用することで、
“奪い合い”を減らせます。
王都でも、
王立の大倉をそういう形に再設計できれば――
“王家は奪うだけ”というイメージも、少しは変わるかもしれません」
「少しは、か」
「“一気に全部変わる”なんて、誰も信じませんよ」
彼女は、苦笑する。
「だからこそ、“制度”をいじりたいんです。
暴力の代わりに、“ルールの変更”で怒りを受け止める」
シャルルは、次のページへ指を滑らせた。
そこには、太い文字でこう書かれている。
『貴族特権税制の廃止案』
「……大胆だな」
思わず漏れた声に、レティシアは小さく肩をすくめた。
「貴族の“免税特権”をなくす。
土地に対して、貴族も平民も“同じ税率”にする。
代わりに――王家が受け取る税収の一部を、“公共支出”として明確にする」
「つまり、“王家も貴族も、自分の分を払うところは払え”と」
「そういうことです。
今のままだと、“働くほど取られる側”だけが損をする。
それを、“持ってる側も負担する方式”に変える」
シャルルは、数秒黙った。
頭では、正しさが分かる。
しかし、これは単なる税率変更ではない。
“貴族であることの特権”を、根本から揺るがす提案だ。
「これをやれば、貴族の半分は敵に回る」
「半分で済めば万々歳ですわ」
レティシアは、淡々と言った。
「でも、やらないと、“民衆全部”が敵になります。
どっちの炎のほうがマシかって話です」
彼女の指が、別の資料を指し示す。
そこには――さらに大きく、こう書かれていた。
『国民代表議会の設置案』
「これは……」
「選挙です」
レティシアは、迷いなく言った。
「身分に関係なく、“各地区から代表を選ぶ”。
彼らを集めて、“王家と一緒に国のルールを決める場”――
議会を作る」
「議会……」
シャルルの目が、少し揺れる。
彼は、前世の知識こそ持たないが、
「王権に対する制限」という発想そのものは理解している。
「それは、実質――王権を制限することになる」
「そうです。
だから、“王権の一部制限”を明文化した憲章も必要になる」
レティシアは、新たな紙束を取り出した。
そこには、びっしりと条文の素案が書かれている。
「王は、“何でもできる”から怖がられる。
“やっていいことと、ダメなこと”を自分で決めて、
それを紙に書いて、
皆の前で守ると宣言してもらう」
前世の世界で言うなら、
「立憲君主制」への移行。
ただ、それを一言で説明したところで、
今の王都の誰もピンとこないだろう。
だからこそ、
彼女は言葉を砕いて説明する。
「“殿下は何でもできる”と思われているから、
“殿下の命令で殺された”という噂が、あんなに早く広まったんです。
もし、“殿下の権限はここまで”と皆が知っていたら――
怒りの矛先は、もう少し分散する」
シャルルは、手の中の紙束を見つめた。
「つまり、お前の考えている“革命”は――」
彼は、慎重に言葉を選びながら続けた。
「“王を頂点から引きずり下ろす”んじゃなくて、“王が自分で少し降りてくる”形か」
「合意による革命。
暴力で何もかも壊すより、
ずっと地味で、ずっと面倒で、
多分、“革命っぽくない革命”です」
レティシアは、自虐的に笑う。
「でも、“血の海”じゃなくて、“紙とペン”で変えられるなら――
私はそっちを選びたい」
シャルルの胸の奥で、何かが静かに震えた。
(やっぱり、この女は危険だ)
王宮にいる誰よりも、
革命家たちよりも、
彼女はよほど根本的に「この国の形を変えようとしている」。
それも、暴力ではなく、
制度と合意で。
「……分かっているのか」
彼は、ゆっくりと言った。
「これを実行しようとして、
失敗した場合の未来を」
レティシアは、視線を上げる。
二人の目が合った。
「貴族からは“裏切り者”として嫌われ、
民衆からは“中途半端な改革者”として嘲笑され、
王太子派には“王権を削ごうとした反逆者”として扱われる。
そのときは、君も僕も――処刑台行きだ」
その言葉を、彼は自分に向けるように言った。
レティシアは、ほんの一瞬だけ黙り込み――
次の瞬間、ふっと笑った。
「知ってます」
目尻には、さっきまでの涙の跡がうっすら残っているのに、
その瞳は、不思議なほど落ち着いていた。
「歴史を変えるって、そういうことですよ。
“やってみてダメでした、あはは”で済むなら、
誰だってやってます」
「怖くないのか」
「怖いですよ?」
即答だった。
「めちゃくちゃ怖いです。
処刑台なんて、前世の本でしか見たことないですし。
でも――」
レティシアは、指先に力を込めた。
頭の中に、村の雪景色。
穀物倉。
子どもたちの笑い声。
そして、ダミアンの血にまみれた叫び。
「“何もしないで”この国が燃えるのを眺めるほうが、もっと怖い」
シャルルは、深く息を吸い込んだ。
彼の中で、「王族としての恐怖」と「一人の人間としての良心」が、
何度もぶつかり合って、擦り切れそうになっている。
それでも――。
「……わかった」
短くそう言って、彼は紙束を机に置いた。
「この“合意による革命”プランに乗る。
ただし、条件がある」
「条件?」
「一人で先に走るな。
必ず俺を巻き込め。
“王族も一緒に罪を背負っている”という形にしないと、
どのみちこのプランは通らない」
レティシアは、数秒間彼の顔を見つめ――
やがて、小さく笑った。
「了解しました、殿下。
じゃあこれから、死ぬときは一緒です」
「縁起でもないことを、さらっと言うな」
そう言いながらも、
シャルルの口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
◆
その夜。
王宮の奥の、小さな会議室。
普段なら書類や茶器が並ぶだけのその部屋に、
珍しく、顔触れの異なる人間たちが集まっていた。
レティシア。
シャルル。
テオ・ランベール――平民出身の文官。
ギルバート――ヴァロワ家の執事にして諜報担当。
クロエ――レティシアの侍女であり、庶民の視点を持つ少女。
ルネ――貧民街出身の少年情報屋。
そして、思想家サロンからは――ダミアンではなく、別の人物が呼ばれていた。
ギヨーム。
「いやぁ、まさか王宮に呼ばれる日が来るとはね」
元新聞記者は、皮肉な笑みを浮かべて帽子を取った。
「てっきり俺なんか真っ先に牢屋コースだと思ってたんだが」
「牢屋に入っていただくには、あなたの頭が惜しいのよ」
レティシアは、椅子を勧めながら言った。
「“ペンで世界を煽り続けてきた男”の視点、ぜひ借りたいです」
「褒め言葉として受け取っておくよ、悪役令嬢様」
皮肉と敬意が半分ずつ混ざった呼び方。
テーブルの上には、レティシアとテオがまとめたプランの概要が広げられた。
貴族特権税制の廃止案。
国民代表議会の設置案。
王権制限のための暫定憲章案。
それを前に、しばしの沈黙。
「……やべぇな」
最初に口を開いたのは、ルネだった。
「これ通ったら、“世界変わる”やつじゃん」
「通さないと、世界が燃えるままになる」
レティシアは、彼を見て答えた。
「やべぇのは、今も同じよ」
テオは、眉間を押さえながら条文に目を通す。
「数字の上では、成立します。
王家の歳入も、貴族階級からの税収も、“ある程度”は確保できる。
ただ――短期的には、貴族の生活レベルは確実に落ちます」
「“生活レベルが落ちる”のを、彼らは“死刑宣告”くらいに受け取るだろうな」
ギヨームが苦笑する。
「議会のほうは?」
シャルルが問う。
レティシアが、代わりに説明する。
「最初から“完全な平等選挙”は無理でしょう。
識字率も低い。
だから、暫定的に――
土地持ち、商人、職人、そして一部の農民の代表を集める。
それでも、“今の貴族だけ会議”よりは遥かにマシです」
「“理想の半分”でも、“現状の十倍マシ”ってやつですね」
テオが、苦く笑った。
クロエは、資料をきゅっと握りしめたまま、何度も頷いている。
「お嬢様が村でやってたことの、“でっかい版”ですよね。
皆で倉を守る。
皆でルールを決める。
あれが、“国全体”でできたら……」
彼女の頬は、少しだけ紅潮していた。
「……見てみたい、です」
「私も」
レティシアは、柔らかく笑う。
「だから、やる」
ギルバートが、静かに手を挙げた。
「問題は、“これをどうやって通すか”です。
王太子殿下、王妃派貴族、保守的な公爵・侯爵クラス――
彼らを、完全に敵に回せば、
この場の全員の命は持ちません」
「“完全に敵に回さない”ルートなんてあるのか」
ギヨームが肩をすくめる。
「だが、その“どこで線を引くか”を決めるために、
俺たちはここにいるんだろう?」
シャルルは、全員の顔を順番に見た。
テオ。
数字に誠実な青年。
ギルバート。
寡黙な守護者。
クロエ。
レティシアの心の温度を守ってきた侍女。
ルネ。
貧民街の泥の中から這い上がってきた少年。
ギヨーム。
言葉で火を灯してきた男。
そして、レティシア。
(おかしいな)
普通なら、この場に“第二王子”がいること自体が異常だ。
貴族でもない者たちと一緒に、王権制限の話をしている。
でも今は、それが、妙に自然に思えた。
「……ひとつだけ、確認させてくれ」
シャルルは、低く言った。
「ここにいる全員。
これからやろうとしていることは、
失敗すれば、確実に命を落とす。
途中で裏切れば、生き延びる可能性はあるかもしれない。
それでも――この場にいるか?」
テオが、真っ先に頷いた。
「僕は、“数字の上で正しいこと”を見て見ぬふりはできません。
レティシア様のやり方が、
この国にとって最善かどうかは分からない。
でも――“何も考えていない人たちのやり方”よりは、ずっとマシです」
ギルバートは、短く言った。
「レティシア様の命令であれば」
それだけ。
だが、その一言に、彼の全ての覚悟が詰まっている。
クロエは、涙目で笑った。
「私は……お嬢様のそばにいたいです。
ここでも、辺境でも、どこでも。
だから、“一緒に死ぬかもしれない場所”でも、
一緒にいます」
ルネは、椅子の背にもたれながら、鼻で笑った。
「ま、俺なんか、とっくに何回か死にかけてるしな。
今さら“死ぬかもしれないよ”って脅されても、“またかよ”って感じだ。
だったら、“面白い死に方”のほうがいい」
「自分の死に方に注文つける十代、やかましいですね」
レティシアが苦笑すると、
ルネも気まずそうに笑った。
最後に、ギヨーム。
「俺は、“物語”を書いてきた人間だ。
王妃のドレスの値段から、
貧民街の手のひび割れまで。
この国が、この先どうやって燃え尽きるか――
だいたい想像はつく。
だが、“別の物語”を試してみる価値があるなら、
俺はそっちに賭けたい」
彼は、グラスを持ち上げるふりをして、空気に乾杯した。
「“合意による革命”。
名前がダサいのが難点だが――
中身は、嫌いじゃない」
レティシアは、息を吸い込んだ。
「じゃあ――決まりですね」
彼女は、テーブルに手を置いた。
「この場にいる全員。
これから、“王と貴族と民衆が、一緒に未来を決める仕組み”を作る。
――命懸けで」
静寂。
次の瞬間、何人かが軽く笑い、
何人かが真剣に頷き、
何人かが、まだ怖さに震えながらも、椅子から立ち上がった。
「この瞬間を後悔しません?」
レティシアが問うと、
シャルルは迷いなく答えた。
「後悔するのは、“何もしなかった日のこと”だけだ」
その言葉を合図に、
小さな会合は、
この国の未来を変える“青写真づくり”に本格的に取りかかった。
◆
同じ頃。
王宮の別の一室。
王妃派の重鎮たちと、
王太子アルマンが、静かな怒りと共に集まっていた。
「――ヴァロワ嬢が、再び王宮に戻ってきたそうですな」
侯爵が、薄く笑う。
「第二王子殿下の招きだとか」
「弟は、相変わらず“聡明なつもりで危うい”な」
アルマンは、グラスの中身を一口飲み干した。
酒の味が、最近やけに薄く感じる。
「一度追放された女を、また近くに呼び戻すとは」
「ですが、殿下」
王妃が、静かに口を開いた。
「これは好機でもありますわ」
扇子の陰から、鋭い瞳が覗く。
「“民衆扇動”“第二王子との結託”“王権制限の陰謀”――
彼女の周りには、疑いを積み上げやすい要素が揃っている。
前回は、処分を“静養”で留めましたが――
今度こそ、“完全な断罪”に持ち込めるかもしれません」
アルマンの手が、グラスを強く握る。
(また、あいつの名前だ)
何度追い出そうとしても、
何度悪女に仕立て上げようとしても、
レティシア・ド・ヴァロワという女は、
必ずどこかで、自分の前に戻ってくる。
彼女がいなければ、
こんな面倒なことにはならなかったのに――
そう思いながらも、
彼女のいない世界を想像すると、胸のどこかが空虚になる。
(……俺は、何に執着している?)
自分でも分からない。
ただ、はっきりしているのは、
「次こそ決着をつけなければならない」ということだけだ。
「“もう一度、レティシアに罪を着せて、全てを終わらせる”。
それが、“王太子としての仕事”だと?」
自嘲気味に呟くと、
王妃は穏やかに微笑んだ。
「殿下が“王たる器”を示される絶好の機会ですわ。
危険な芽は、早いうちに摘む。
そのために――
彼女には、“すべての責任を負っていただく”のがよろしいかと」
アルマンは、ゆっくりと目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、
弾劾の場で、自分を真っ直ぐに見据えたレティシアの瞳。
『本当にこの国を浪費しているのは誰か――殿下ご自身が一番ご存じでは?』
あの言葉は、今も胸の奥で刺さったままだ。
それを、今度こそ完全に引き抜いてしまうために――
「……いいだろう」
アルマンは、口の端を冷たく歪めた。
「もう一度、舞台を整えろ。
“悪役令嬢”にふさわしい、最後の幕を」
こうして、
“合意による革命”を目指すレティシアたちと、
“全てを悪女一人に押し付けて終わらせようとする”王太子たちの、
静かで致命的な最終決戦の準備が、
ゆっくりと、その姿を現し始めていた。
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