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第19話「処刑台の上で、世界をひっくり返す」
しおりを挟む王都の中心広場に、見慣れない影が立っていた。
巨大な木組み。
空を切り取るような足場。
濃い赤の布で飾られた、異様に高い台。
誰が見ても、“それ”が何のためのものか分かる形。
――処刑台。
冬が終わりきらない冷たい風が、その板の隙間を抜けていく。
木の匂いと、鉄の匂いと、群衆の汗の匂いが混ざり合って、鼻の奥に重く張り付いた。
「聞いたか? 今日、あの“悪役令嬢”が裁かれるんだとよ」
「孤児院で冷たいこと言った女だろ? あと、第二王子を唆したってやつ」
「新聞に書いてあった。暴動の裏には全部あいつがいるって」
噂と好奇心と怒りと、暇つぶし。
色々な感情が混ざった視線が、処刑台の方角へ向けられている。
頭の上では、鐘が鳴り続けていた。
罪を告げる鐘か、祭りを告げる鐘か。
この瞬間だけは、その違いが曖昧だった。
◆
「……やっぱり、趣味悪いわね」
控えの小部屋の窓から、広場を見下ろしながら、レティシアは小さく呟いた。
両手には、軽い鉄の枷。
足首にも、同じく。
動こうと思えば動ける。
でも、“囚人らしく見せるため”の象徴として、それはしっかりとつけられていた。
「お嬢様……」
傍らにはクロエ。
彼女は、本来ならここにいるべきではない。
でも、「最後までお嬢様の身の回りを」と無理を通して付き添いを願い出たところ、
なぜか王宮側もあっさり許可を出した。
(“処刑された後、遺体の世話をさせる侍女”って想定なんでしょうね)
レティシアは、自分の立場を冷静に分析できる程度には落ち着いていた。
怖いかどうかと聞かれたら――怖い。
処刑台なんて、前世では教科書の挿絵でしか見たことがない。
今は、その上に自分が立つ番だ。
「お嬢様、本当に……本当に大丈夫なんですよね?」
クロエが、縋るように袖を握る。
「計画通りにいけば、処刑される前に“ひっくり返る”って……何度も確認しましたけど……」
「計画通りに“いけば”ね」
レティシアは、わざと軽く言った。
「もしコケたら、まあ、そこまでの女だったってことよ」
「そんな……!」
「クロエ」
レティシアは、彼女の手を握った。
指先は冷たく、少し震えている。
「怖かったら、目を閉じてていいから。
でも、耳だけは塞がないで。
“何が起きるか”を、ちゃんと聞いて覚えておいて」
クロエは、涙目で頷いた。
「絶対、忘れません」
扉の向こうで、靴音。
ギルバートが現れた。
いつも通りの無表情。
だが、その目の奥には、深い緊張が渦巻いている。
「時間です」
「殿下は?」
「広場の別の入り口から。
予定通り、“処刑開始直前”に姿を見せる段取りです」
「テオは?」
「物陰で書類を抱えて震えております」
少しだけ口元が緩んだ。
「ルネは人混みに紛れて。
ギヨームは読み上げ役として、合図を待機中です」
「完璧ね」
レティシアは、小さく息を吐いた。
(ここまで積み上げてきた。
辺境での小さな成功例。
テオの帳簿。
ギルバートの裏工作。
ギヨームの言葉。
ルネの足。
殿下の決断。
――全部、今日の“たった数分”のため)
扉が開く。
兵士が二人。
「レティシア・ド・ヴァロワ。
処刑台へ」
その言葉を、“自分への案内”として聞く日が来るとは、前世の自分は絶対に想像しなかっただろう。
レティシアは立ち上がり、微笑んだ。
「分かりました。
――舞台に上がってきます」
◆
広場のざわめきが、近づくごとに大きくなる。
罵声。
野次。
好奇心。
「出てきたぞ……!」
「あれが、“暴動の元凶”か」
「思ったより綺麗な顔してるな」
「綺麗だからって、許されるもんかよ!」
レティシアは、俯かなかった。
まっすぐ前を見て歩く。
石畳の上に、錆びた血の跡が薄く残っている。
先日の暴動で流れたものだ。
(この上で、また血を足す気だったんだ)
アルマンと王妃派は、この光景を“カタルシス”にするつもりだった。
腹を空かせた民衆に、
「お前たちの怒りの原因はこの悪女だ」と指差して、
全てをそこに投げ捨てる。
つらい現実と、見えない構造と、王宮の責任を、
全部一人の女の首に乗せて終わらせる。
(――悪役令嬢の最期としては、テンプレすぎるわね)
レティシアは、内心で肩をすくめた。
だったら。
そのテンプレを、丸ごとひっくり返す。
処刑台の階段を登るとき、足がほんの少し震えた。
それでも、一段一段、踏みしめて上がっていく。
台の上から見る王都の広場は、
海のようだった。
人の頭が、波紋みたいに揺れている。
遠くの屋根の上にも、人影。
窓から身を乗り出す者。
(見てなさい)
心の中で、まだ見ぬ未来の読者に向けて呟く。
(“悪役令嬢が処刑されるはずだった日が、どんなふうに書き換わるか”)
◆
処刑台の端には、王宮の高官と兵士たち。
その中に、王妃派の侯爵、王太子派の伯爵――
そして、王太子アルマンの姿があった。
正装。
冷たい表情。
彼の存在だけで、この処刑が“ただの私刑”ではなく、“王家のお墨付き”であることが示されている。
処刑人は、顔を布で隠していた。
手には大きな剣。
レティシアの視界の端に、その刃がちらりと光る。
刃の冷たさが、皮膚の感覚にまで侵食してきそうだった。
「静粛に!」
高官が声を張る。
広場のざわめきが、少しだけ薄らいだ。
「これより――
王太子殿下の命により、
暴動の元凶たる悪女、
ヴァロワ公爵令嬢、レティシア・ド・ヴァロワの断罪を行う!」
罵声が、一気に爆発した。
「民を裏切った貴族め!」
「第二王子を巻き込んだ女狐!」
「お前のせいで、仲間が死んだんだ!」
その中に、聞き覚えのある声が混じっている。
「――レティ!」
遠くから。
でも、確かに届く声。
レティシアは、そっと視線を動かした。
群衆の隙間に、ルネがいた。
背を伸ばし、人の肩に足をかけて、必死にこちらを見ている。
その横には、ダミアン。
黒髪の青年は、血の跡の残るコートを羽織り、
拳を握りしめていた。
「貴族を倒せ!」
彼の叫びは、前と変わらない。
ただ、目の奥には迷いがあった。
(いいわ。
今はまだ、“私が敵”で構わない)
レティシアは、視線を前に戻した。
今は、とにかく――
(殿下の合図を待つ)
処刑人が、一歩近づく。
剣の影が、足元まで伸びる。
首に冷たい指が触れるような錯覚。
(怖い)
胃がきゅっと縮まる。
足が、少しだけ竦む。
それでも、表情は崩さない。
“悪役令嬢”は、最後まで笑って処刑台に立つらしい。
それくらいの演出は、してみせないと。
「何か弁明はあるか、レティシア・ド・ヴァロワ」
高官の声が響く。
用意された台詞。
ここで泣き叫び、命乞いをしてくれれば、
“惨めな悪女”としての物語は完璧だ。
レティシアは、ゆっくりと口を開いた。
「弁明、ですか」
広場の空気が、彼女の言葉を待つように止まる。
「そうですね……一つだけ」
彼女は、背筋を伸ばした。
「――いい天気ですね」
ぽかん、とした沈黙。
次の瞬間、広場のあちこちから笑いと罵声が重なって飛んだ。
「何言ってんだこいつ!」
「頭おかしくなったんじゃねぇのか!」
高官が顔をしかめる。
「ふざけるな――」
「ふざけてなんかいませんわ」
レティシアは、真顔で言った。
「“処刑にちょうどいい天気”ってことは、
“よく燃える天気”でもありますから」
アルマンの眉がぴくりと動く。
(来るわよ)
彼女は、心の中でカウントダウンを始めた。
三。
二。
一――
「やめろ!」
広場の端から、別の声が飛んだ。
よく通る、涼やかな声。
振り返る必要もない。
レティシアは、自然と笑みを浮かべた。
「――少々、お待ちくださいませ」
処刑人に向けて、穏やかに言う。
階段を駆け上がる足音。
鎧の音ではない。
革靴の音。
シャルル・ド・リュミエールが、処刑台の上に姿を現した。
第二王子の正装。
王家の紋章をあしらったマント。
その姿だけで、空気が変わる。
「第二王子殿下……!」
高官たちがざわめく。
「ど、どうしてここに――」
「“ここにいないほうがおかしい場所”だからだ」
シャルルは、静かに言った。
彼の目は、処刑人の剣へ向けられていた。
「その剣を下ろせ。
“王の血族”がここにいる前で、
勝手に首を落としてはならない」
処刑人の手が、震える。
「で、ですが、命令は王太子殿下から――」
「“王太子”と“王”のどちらが上か、忘れたのか?」
シャルルの声が、初めて冷たくなった。
広場の人々も、息を呑む。
(さあ――ここからが、“計画”の本番)
レティシアは、内心で深呼吸した。
◆
扇形に広がる群衆の中。
物陰で震えながら、分厚い紙束を抱えていたのは、テオだった。
「や、やるしかないですよね、これ……」
「今さらビビってんじゃねえよ」
背中をどついたのは、ルネだ。
彼の顔も真っ青だが、目だけはぎらぎらしている。
「お前の数字がなきゃ、全部口先だけで終わる。
“誰がどれだけ盗ったか”を見せる役、できんのは、お前だけだろ」
「……分かってます」
テオは、大きく息を吸い込み――
「ギヨームさん!」
合図を送った。
少し離れた屋台の上で、ギヨームが帽子を押さえながら頷く。
次の瞬間、彼はひらりと高台に飛び乗り、
大声で叫んだ。
「おーい、お前ら!」
ギヨームの声は、新聞売りの呼び込みよりもよく通る。
広場の視線が、一瞬そちらへ向いた。
「“悪女一人で全部終わり”って筋書きに、飽きてねぇか?」
ざわめき。
「こっちは、“本当の台本”持ってきてやったぞ!」
彼は、腕を高く振り上げた。
その合図で、テオが紙束を広場へ向けて放り投げる。
帳簿の写し。
領収書。
王宮内の命令書の控え。
紙片が、雪のように舞い落ちる。
「な、何だあれは……」
「町中にばら撒くことになってたが――今日は“ここ”だ」
ギヨームは、広場の真ん中に転がった一枚を拾い上げた。
「“王立倉庫からの兵糧出庫命令”。
名義は――モンテール伯爵。
行き先、“不明”。
備考欄、“王妃派私的晩餐会用”。
あー、聞いたことあんな、この名前」
モンテール伯爵。
以前レティシアが失脚させた、兵糧横流し貴族だ。
「こんな紙なら、いくらでもある。
兵糧の横流し。
貴族の税のごまかし。
市場のパンの量を減らすための密約。
ぜーんぶ、“王妃派と王太子派の連名”で出してやがる!」
ざわあっ、と空気が揺れる。
近くに落ちた別の紙を拾った男が、震える声で叫んだ。
「こ、これ……“北区暴動鎮圧命令”……!
“威嚇射撃を行い、抵抗する者は躊躇なく排除せよ”って……殿下の署名が……!」
「王太子殿下の……!?」
悲鳴と怒声が混ざる。
シャルルは、その混乱を横目で見ながら、
処刑台の上で声を張り上げた。
「民よ!」
その一言で、視線が再び上へと集まる。
「お前たちの前にいる女は――確かに、“口の悪い女”だ」
「殿下!?」
レティシアが、横目で睨む。
今その前置きいります? と目が言っている。
だが、シャルルは続けた。
「だが、“暴動の元凶”ではない。
彼女が市場にパンを流したとき、
死なずに済んだ子どもたちがいる。
彼女が兵糧横流しを暴いたとき、
飢えなかった村がある。
彼女が“このままでは革命が起きる”と言ったとき、
それを笑って流したのは――この王宮だ!」
アルマンの顔色が変わる。
「シャルル!」
王妃派の貴族たちが一斉にざわめいた。
「殿下、それ以上は――」
「黙れ!」
シャルルは、初めて怒鳴った。
「お前たちは、“王家の権威”を隠れ蓑に、
民を飢えさせ、兵糧を抜き、
暴動が起きれば、“悪女一人に全部押し付けて終わらせよう”としている!」
広場のあちこちで、ばら撒かれた紙を読む声がする。
「税が……俺たちの地区の税が、“書類上では”前より少ないことになってる……!」
「じゃあ実際に払ってる分、どこ行ったんだよ!」
「“慰労晩餐会費用”……? ふざけるな!」
ダミアンは、足元に舞い落ちた一枚を拾い、
その内容を読んで、固まった。
「……北区暴動鎮圧命令。
“威嚇射撃”って書いておきながら、
“鎮静を見ない場合は”の後に、“武力行使”じゃなくて――
“排除”って書いてやがる」
その文字が、頭の中で血に変わる。
あのとき、自分の目の前で倒れた男。
泣き叫ぶ女。
引き裂かれた家族。
(俺は――“誰の命令”で撃たれたと思ってた?)
“貴族”。
“王宮”。
その全部を、漠然とした一つの塊として憎んできた。
でも、紙は知っている。
“誰が署名したか”。
その下に書かれている名前を見て、
ダミアンは、歯を軋ませた。
アルマン・ド・リュミエール。
王太子殿下。
「ダミアン!」
どこからか、レティシアの声が飛んでくる。
彼女の目は、真っ直ぐに彼を見ていた。
処刑台の上から。
剣を向けられている立場から。
それでも、怯えていない目で。
「あなたは、ずっと“怒りの言葉”を探してきたんでしょう?
だったら今、言いなさいよ」
「……何を」
「“本当に裁かれるべきは、誰か”」
シンプルな問いだった。
喉の奥が熱くなる。
拳が震える。
ダミアンは、ゆっくりと顔を上げた。
自分の声が、広場全体に届くのを想像する。
怖い。
でも、今ここで黙れば、
自分は一生「間違った相手を殴り続けた男」のままだ。
「――おい!」
腹の底から、声を絞り出した。
「聞けよ、お前ら!」
叫びは、炎をまとっていた。
「俺はずっと、“貴族も王も全部いらねぇ”って叫んできた!
でも――違ったんだ!」
ざわめき。
「紙を見ろ!
俺たちのパンを奪ったのは、“名前のない怪物”じゃない。
モンテール伯爵。
王妃派の誰それ。
そして――“王太子アルマン”だ!」
アルマンの顔が、恐怖と怒りで歪む。
「ふざけるな……!」
彼は、思わず前に一歩踏み出した。
「暴動を起こしたのは貴様らだろう!
私の命令がなければ、王都はもっと早く滅びていた!」
「滅びかけてんのは、今だろうが!」
ダミアンは、歯を剥き出しにした。
「お前の命令で撃たれた奴らの家族が、そこら中にいるんだよ!
あそこに! あそこにも!
“威嚇射撃”とか綺麗な言葉でごまかして、
実際は“排除”しろって書いてある紙に署名したのは誰だよ!」
群衆の視線が、一斉にアルマンへ向かう。
さっきまで“悪女”に注がれていた憎しみが、
別の場所へと流れ始める。
その速度は、想像以上に速かった。
人々は、怒りの矛先をいつでも探している。
その矛先が、“悪女一人”から、“王太子とその取り巻き”に変わるのに、
そう時間はかからない。
「私を、誰だと思っている!」
アルマンは叫んだ。
叫んでしまった。
「私は王太子だぞ!
お前たちのために働いてやっているんだ!
お前たち庶民は、黙って命令に従っていればいいんだ!」
その瞬間、なぜか、静寂が訪れた。
広場の端から端まで、
風の音だけが通り抜ける。
誰もが思った。
(ああ――)
“王太子が、口に出してはいけない言葉を言った”。
レティシアは、心の中でそっと目を閉じた。
(やっと、“本物の悪役”が喋ったわね、殿下)
◆
王宮のバルコニー。
王と王妃が、その光景を見下ろしていた。
王妃の顔は青ざめ、王の眉間には深い皺が刻まれている。
「アルマンは……何をしておるのだ」
王の声は、震えていた。
王妃は、扇子を握る手に力を込めながら、必死に笑みを作る。
「殿下は……“王としての威厳”を示そうと――」
「“民は黙って従え”が、威厳か」
王の瞳が、静かに怒りを帯びる。
「シャルル。
あの子のほうが、よほど――」
その先は、言葉にならなかった。
バルコニーの下で、シャルルは処刑台の上から再び声を上げる。
「民よ!」
彼は、アルマンのほうを振り向いた。
「兄上。
貴方は、今日ここで全てをごまかそうとした。
“悪女一人を殺して終わり”にしようとした。
だが――もう無理だ」
シャルルは、一度だけ父のいる方角を仰ぎ見て、
「父上――陛下!」
と叫んだ。
広場の奥。
バルコニー。
老人の姿が、ゆっくりと前に出てくる。
「王が……!」
群衆のざわめき。
王は、欄干に手を置き、広場を見下ろした。
長い沈黙のあと、
彼は、老いた声で言った。
「アルマン・ド・リュミエール」
その名を呼ばれた瞬間、
アルマンの顔から血の気が引いた。
「父上……」
「お前は、王太子としての責務を果たせなかった」
王の声は、重かった。
「民を飢えさせ、
暴動を招き、
その責任を、一人の娘に押し付けようとした。
王家の名を持つ者として――あまりにも、浅はかだ」
王妃が、慌てて口を挟む。
「陛下! それは……!」
「黙れ」
王の一喝。
それは、久しく聞かれなかった“王の声”だった。
「シャルル」
「はい」
「お前の言う、“民と共に国を治める仕組み”――
それが、本当にこの国を救うかは分からぬ。
だが、“今のままでは滅ぶ”ことだけは、
さすがの老いぼれにも分かる」
その言葉に、広場全体が息を呑んだ。
「ゆえに――」
王は、ゆっくりと宣言した。
「アルマン・ド・リュミエールの王位継承権を剥奪する」
雷が落ちたような衝撃。
アルマンが、膝から崩れ落ちる。
「そ、そんな……父上! 私は王太子です!
次の王は、私で――!」
「“王たる器”は、血筋だけでは決まらぬ」
王の声は、静まらなかった。
「民が飢えているときに、
“黙って従え”と言う王に、
誰がついていく?」
王妃派の貴族たちが、ざわざわと色めき立つ。
「陛下、それはあまりにも――!」
「王太子の権威をここで失わせるのは、王家そのものの……!」
「お前たちこそ、
王家の名のもとにどれだけの不正を働いてきたか――
この帳簿が証明しておる」
王は、ギルバートから受け取った書類を掲げた。
その瞬間、王妃派の何人かの顔色が変わる。
「モンテール伯爵のみならず、
他にも多くの貴族が、
税を誤魔化し、
兵糧を抜き、
王妃の名を使って私腹を肥やした。
――全員、“調査”の名のもとに拘束せよ」
王立軍が、一斉に動いた。
今まで民衆に向けていた槍を、
今度は貴族たちへ向ける。
王妃が、凍りついた。
「陛下……」
彼女は、信じられないという顔で王を見つめた。
「これは、どういう――」
「お前もだ、王妃」
王の声は、少しだけ寂しげだった。
「“王妃派”の名のもと、
どれだけの命が軽んじられてきたか。
その責任から、逃げられると思うな」
王妃の唇が、何度も震え、
結局、一言も出てこなかった。
◆
処刑台の上。
レティシアは、静かに枷を見下ろした。
ギルバートが、いつの間にか背後に回り、
鍵をひねる。
カシャン、と金属音。
鉄の感触が消え、
手首が軽くなる。
「レティシア・ド・ヴァロワ」
王の声が、彼女に向けて降りてきた。
「お前は――“無罪”だ」
広場にいた誰もが、息を止めた。
「いや、それどころか」
王は、目を細める。
「この国の腐敗を暴き、
命を懸けて真実を晒した者として、
私の前で、その名誉を認めよう」
次の瞬間。
最初に声を上げたのは、ルネだった。
「レティ!」
彼は、両手を頭の上で叩いた。
それは、拍手。
最初は、一人だけの音。
すぐにクロエが、目を真っ赤にしながら手を叩く。
ギヨームが笑いながら続き、
テオが震える手で手を合わせ、
ダミアンが、歯を食いしばりながらも、力強く掌を打ち合わせた。
拍手は、波紋になって広がる。
奥のほうで、誰かが叫んだ。
「“悪女”じゃなかったんだ……!」
「俺たちのために、動いてくれてたんだ……!」
怒りで上ずっていた声が、
少しずつ、「感謝」と「戸惑い」と「希望」の混じった音に変わっていく。
「レティシア!
レティシア・ド・ヴァロワ!」
名前を呼ぶ声。
呪いの言葉ではなく、
讃える声として。
レティシアは、処刑台の上に立ったまま、
ゆっくりと一礼した。
「ありがとうございます。
――でも、勘違いしないでくださいね」
広場のざわめきが、また彼女の言葉を待つ。
「私は、“救世主”じゃありません。
相変わらず、貴族で、
“口の悪い悪役令嬢”です」
笑いが起きる。
「ただ――
“悪役令嬢を処刑して終わり”っていう、つまらない物語だけは、
どうしても気に入らなかった」
レティシアは、口元を上げた。
「だから、勝手に書き換えさせてもらいました。
“悪女として処刑されるはずだった女が、
処刑台の上で、
王太子と腐った貴族を全部巻き込んで、
世界をひっくり返した”っていう物語に」
その言葉に、
広場のあちこちで笑いと歓声が混ざり合う。
「ざまぁ、だな」
ルネが、ニヤリと笑って呟いた。
「ほんっと、盛大な“ざまぁ”だよ」
ダミアンも、苦笑いしながら同意する。
アルマンは、崩れ落ちたまま、
その光景を呆然と見上げていた。
自分が主役になるはずだった“断罪劇”は、
いつの間にか、
自分が“愚かな暴君の卵”として晒される舞台に変わっていた。
その台本を書き換えたのは、
処刑台の上に立つ女。
悪役令嬢。
レティシア・ド・ヴァロワ。
◆
処刑は行われなかった。
処刑台は、そのまま“新しい広場の象徴”として残された。
ここから先、
この台の上で語られるのは、
“恐怖の見せしめ”ではなく、
“これからの国の形”についての言葉になる――はずだ。
革命は、まだ終わっていない。
ただ、少なくともこの日。
「悪役令嬢として処刑されるはずだった舞台が、
王太子と腐敗貴族への最大の“ザマァ”逆転劇になった」
その一点だけは、
歴史のどこかに、はっきりと刻まれることになった。
処刑台の上で、世界はほんの少しだけ、
違う方向へと回り始めたのだった。
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悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
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