日没の鴉 〜主従執愛破滅譚〜

天野翠里

文字の大きさ
5 / 5
ほどけていく春

第五話 春を告げる鳥

しおりを挟む
 隣国の姫君フェルネは、可憐な娘であった。
 淡い翠を含んだ飾り羽が頭から伸び、金色の髪と溶け合うように揺れている。
 涅須土の意匠が施された衣服は、華やかで、彼女の魅力を最大限まで引き出す。
 そして何より、その顔には曇りがなかった。
 フェルネは玉座の前で立ち止まり、深く礼をとる。

「ネスト王国第二王女、フェルネにございます。本日はこのような機会を賜り、心より感謝申し上げます、煌玄国の王、孔晃陛下」

 声音は澄んでいて、よく通る鳥の囀り。
 若く、緊張した様子ではあるが、姫として教育を施されたことのわかる声だった。

「面を上げよ」

 孔晃の声は静かだった。
 フェルネが顔を上げる。その瞬間、視線が孔晃の後ろへほんの一瞬滑る。
 意識して隠そうとして、隠しきれなかった目の動き。
 彼女は確実に、雀夜を見た。

「長旅であったろう。涅須土の使節に感謝する」

 孔晃はその視線に気づかないふりをして、王としての儀礼を尽くす。

「恐れ入ります。此度の婚姻の打診、我が国としても慎重に検討を重ねた末のものでございます」

 外交官が続ける。
 フェルネは一歩下がり、しかし視線だけは再び雀夜へ向いた。今度は、隠そうともしなかった。

「冥導師様っ」

 フェルネの声に、場に微かな緊張が走る。
 雀夜は、呼ばれて初めて一歩前に出て深く礼をした。

「お目に掛かれて光栄です。フェルネ王女。冥導師、雀夜にございます」

 フェルネの瞳がきらりと光る。上を向いたまつ毛が

「璃槻でお見かけした折から……忘れられずにおりました」

 あまりにも率直な言葉。
 外交としてはかなり瀬戸際だが、婚姻相手としてはこの上なく愛らしい。
 
 孔晃は止めない。止められない。
 王として、ここで私情を挟む理由がないからだ。

「姫君。冥導師は我が国において象徴であり、王に次ぐ重責を担う存在だ」
「存じております。だからこそ」

 フェルネは一瞬だけ息を吸い、言った。

「支え、共に在れたならと、願いました」

 静寂。雀夜は表情を変えない。
 ただ、いつも通り、役割を果たす声で答えた。

「恐れ入ります。過分なお言葉です」

 雀夜が今どう思っているのか、真意はわからない。
 ただ、拒絶の無い様子であることに、フェルネはうっとりと目を細めていた。
 
 孔晃は一瞬だけ視線を流し、雀夜を見る。
 だが雀夜は、いつも通り、半歩後ろで静かに立っているだけだった。

「本日のところは、顔合わせという事で良かろう。我が煌玄国をゆっくり見て回られると良い」

 孔晃がそう告げると、控えていた宰相が一歩前に出る。

「恐れながら。冥導師様、姫君としばしご歓談されては」

 ざわり、と小さく空気が動く。

「形式に縛られた席では、互いの理解が進まぬかと」

 宰相の言い分は尤もで、否定する理由が、どこにもない。
 孔晃は、玉座に座したまま、指先に力を込める。無意識に頬の裏を噛んでいた。

「……雀夜」
「はい、陛下」
「差し支えはあるか」

 問いは短く、だが重い。
 雀夜は一拍置き、穏やかに首を振った。

「いいえ、私の妻となる方の人となりは、知っておいたほうが良いでしょう」

 その言葉を聞いた瞬間、フェルネの顔がはっきりと明るくなった。

「ありがとうございます!」
 
 視線が、真っ直ぐ雀夜を捉える。
 隠そうともしていない、分かりやすい好意だった。
 まだ幼ささえ残す黄金色の輝く瞳が、素直な恋を告げている。
 雀夜は一瞬だけ目を細め、それから柔らかく微笑む。

「では、参りましょう姫君」

 それだけで、フェルネは少し顔を赤くした。
 雀夜がフェルネの側へ寄り、手を取る。二人連れ立って歩くと、互いの色違いの羽の先が僅かに交差した。

「この婚姻が纏まれば、我が国はますます安泰でございますな」

 小声で囁いた宰相の言葉は、善意とおべっかのちょうど中間で、孔晃はそれを咎める理屈を持っていなかった。
 少し弾む足取りで、フェルネは雀夜を見上げている。
 薄桃色に染まる頬を、皆が微笑ましく見守った。
 
 二人が広間を出ていく背を、孔晃は黙って見送る。
 王としての顔は、最後まで崩さなかった。

 王宮の奥、白い石畳の回廊を抜けた先に、小さな中庭があった。
 水盤の縁に鳥が集まり、羽音が静かに響いている。

「わあ……!」

 フェルネが思わず声を上げ、口元を押さえた。

「煌玄国のお庭、こんなにきれいなんですね」
「かつての三代皇帝、孔威陛下が体の弱いお方でありましたので、療養の為に作られた空間です」
「落ち着きます。……羽が、喜んでます」

 そう言って、フェルネは頭の飾り羽をそっと指で押さえた。
 雀夜はそれを見て、ほんのわずかに目を細める。

「涅須土の気候と煌玄の気候はかなり違うでしょう。ご不便もあるとは思いますが」
「ネストの王族は元々渡鳥わたりどりの筋なのです。なので、場所が変わる事に抵抗はなくて」
「そうでございましたか」
「はい! でも」

 フェルネは一歩、雀夜に近づく。
 距離の詰め方が、計算ではなく感情そのものだった。

「ちゃんとした理由も、国の事情も、いっぱいあるんですけど」
 
 フェルネが照れたように俯いて、頭の羽を指先でつまむ。

「……会いたかった、だけです」

 フェルネは小さく息を吸って、はにかんだ。
 
「それは、光栄です」
「ほんとです! 黒い羽が綺麗で……陽の光で色んな色に光ってて……背が高くてお顔がかっこよくて……あ、いやっ、違っ!」

 言い直そうとして結局できず慌てるフェルネに、雀夜はくすくす笑った。それを見て、フェルネがまた顔を赤くして俯く。

「冥のかたって聞いた時は怖い方なのかと思いました」
「そうですね。よく言われます」
「でもお会いしたら優しくて、すごく安心しています、今」

 雀夜は否定しなかった。
 ただ、風に揺れる木の葉を一瞬だけ見てから、静かに答える。

「そう見えたのなら、良かった」
「はい! だから……」

 フェルネは少しだけ声を落とし、でもまっすぐに言った。

「ちゃんとお話しできて、うれしいです」

 その言葉に、打算も、期待もない。
 ただ“好きだから話したい”という気持ちだけ。

 雀夜は一拍置いてから、柔らかく微笑んだ。

「私もです、フェルネ王女」

 その笑みを見て、フェルネの羽がふわりと揺れる。
 王宮の中庭に暖かな春の風が吹く。
 孔晃の部屋からも、その様子はよく見えた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...