Focus

高遠 加奈

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おわかれ

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翌日。撮影は最終日になっている。

ダメ出しをされた礼治さんは落ち着いているのに、玲奈ちゃんは立ったり座ったり落ち着きなく動き回っていた。

橘マネージャーといえば、全体が見渡せるように、少し離れた場所にいて目を配っていた。

朝から海風が強くて砂を巻き上げていく。ばたばたと風を受けて張りつめたタープが揺れる。



礼治さんはカメラに、新しいメモリーカードを差し込んでいた。

「玲奈ちゃん、クマになったの?」


「マネージャーが来ているの、緊張ぉします…」

「気にしないで。俺だけ見てたらいいから」



さらりと言ったけど、俺だってスタイリストの青木さん、編集の伊部さんだっている。現に、伊部さんの口からはひゅってびっくりした時に息を吸い込んだ音がした。


それでも、明らかに玲奈ちゃんが落ち着くのがわかった。

豊かな胸の前で手を握りしめ、はぁぁっと深呼吸した。小刻みに震えている手がぴたりと止まる。

澄んだ瞳が礼治さんを見つめて、口をひらく。

「あたし、礼治さんだけ見ます」


「うん。いい子だ」

笑顔を作った礼治さんが、タバコを口にくわえる。

礼治さんも真剣だ。普段撮影でタバコは吸えないけれど、集中したい時は吸うからだ。



「撮影しよ。綺麗に撮ってあげるよ」


今日の礼治さんの機材は普通のカメラだけでなく、映像も撮れるように二台用意されていて、映像用のカメラを俺が持つことになっていた。

今回の依頼は写真集で動画の依頼は無かった。プロモーションのために写真集のメイキング動画を使ったり、写真集発売に合わせてネットで動画を配信することが増えたため、礼治さんも自分もそういった機材を扱える。

だから礼治さんも、もしもに備えて用意してあったのかもしれない。




「じゃあ玲奈ちゃん、跳んでみて」


にこやかに笑いながら、はいと玲奈ちゃんに縄跳びの紐が渡される。ごくごく普通のそれを見て、玲奈ちゃんは「はぁい」と跳ぶ用意を始める。


……少しくらい疑問に思おうよ。あまりにも…びっくりする程素直な反応が返ってきたので、心の中で突っ込みを入れてみた。



「ぁたし、二重跳びも出来るんです」

なかなかに真剣な様子だ。ひとりで掛け声をかけて跳びはじめたものの、数回で絡まる。

「おかしいなぁ…」

首を傾げて、それでもまた玲奈ちゃんは跳んだ。今度はさっきより長く跳ぶと、にこっと笑った。

「礼治さん、見てくれましたかぁ」

玲奈ちゃんの笑顔につられて、こっちまで顔が緩んでくる。

「いいね。その調子」


何度目かの挑戦で、玲奈ちゃんは二重跳びを続けて跳ぶことに成功した。

「見た?23回!!新記録です!」

満面の笑顔が玲奈ちゃんを飾っている。それはどんな宝石や服で着飾ったよりもかわいらしくて、生命力にあふれて輝いていた。





助手になりたての頃、やっぱりいきなり『跳んでみよっか』と言い出した礼治さんに慌てたことがある。

「礼治さん、そんなこといきなり言っても大丈夫なんですか」


「いいの、いいの。これもテクニックの内だから」


そう言ってひらりとかわされた。後になって礼治さんが漏らしたことがある。


「人はね、ジャンプすると体の筋肉が緩むんだ。そうすると緊張も緩むし、顔だって緩む。

それで笑顔が出るんだ。面白いでしょ」



人気アイドルグループが、やっぱり縄跳びを持ったCDジャケットがあるけれど、それを見て礼治さんはきっぱりと言った。

「きっと笑って欲しかったんだよ」


礼治さんの視線は、当時人気絶頂のセンターを見つめていた。彼女は縄跳びを手にしてこちらに顔を向けていたけれど、笑っていなかった。

どんな服より、お洒落より、笑顔が一番の魅力になるそう信じている礼治さんだからだ。


玲奈ちゃんの緊張を和らげてあげることで、よい表情が玲奈ちゃんに浮かぶようになった。

驚いたり、笑ったり、くるくると表情を変える。



玲奈ちゃん自身が持っている輝きが溢れている。



だから礼治さんがカメラを下ろした時、玲奈ちゃんの表情が曇った。

「はい、終了」



呆気なく終わりを告げたので、回りもびっくりしてしまった。

気づけばもう昼を過ぎていて、午後のチケットで帰る玲奈ちゃんはぎりぎりになる。

まず動いたのが衣装の青木さんで、玲奈ちゃんにパーカーを投げると、慌ただしく撤収をはじめた。


ぼうっと立ちすくむ玲奈ちゃんにマネージャーが近寄り、パーカーを着るようにせかした。

「玲奈、あまり時間がありません。荷物は車にあるので、車で着替えたら出発しましょう」


終了を告げてから、礼治さんは一言も話さない。カメラの砂を払い、ケースにしまっていく。


仕方なく、自分もビデオカメラの電源をオフにして片付け始めた。


何かいいたげな玲奈ちゃんの視線を感じる。わかっているのか礼治さんは機材を片付けることに余念がない。



息苦しい空気を払ったのは伊部さんで、拍手とともにねぎらいの言葉を告げる。

「お疲れ~玲奈ちゃん。可愛いかったよ~またおじさんと仕事してよね。

礼治さんお疲れッス。綺麗に撮れてましたよ~

青木さんお疲れ~カワイイのからセクシーなのまで、青木チョイス最っ高でした。

本日までありがとうございました。撤収です」



そうして深々と頭を下げた。


マネージャーが呼ぶのを振り切って、玲奈ちゃんが礼治さんに近づく。


「お疲れさま」

礼治さんの、やわらかい声がわずかに上がった口からこぼれる。

胸の前で手を組んだ玲奈ちゃんは、泣きそうになりながら口を開く。


「……礼治さん……あたしを撮ってくれて……ありがとう」

手を伸ばそうとして止めた礼治さんも、切ない顔をして玲奈ちゃんを見つめる。

「玲奈ちゃんは、とてもいい被写体だったよ」

「……ほんと?」

頷いて礼治さんも答える。

「ほんと」


礼治さんは、どこまでも優しい笑みを浮かべる。


「……あたし、また礼治さんに撮ってもらいたいです……」

堪えきれない涙が玲奈ちゃんの頬をつたう。


「…いいよ」

くしゃりと礼治さんが髪を撫でる。相変わらず優しい目をしている。

「ほんとぉ」

「うん。ほんと」

指で涙を拭いながら、少しだけ玲奈ちゃんに笑顔が戻る。


「だからそれまで頑張るんだよ」


声にならない玲奈ちゃんはこくこく頷いた。


「玲奈、時間が押してます」

時計を確認しながら、マネージャーが入ってくる。
無粋だとは思うけれど、仕事なら仕方ない。

涙目の玲奈ちゃんは、渋々マネージャーの方に向かう。


「ごめんなさぃ。あたし…礼治さんに会えて、すっごく…嬉しかった」

玲奈ちゃんは、あまりにも一生懸命で、抱きしめたくなるくらいに可愛いくて、冷静でいられる礼治さんが信じられないくらいだった。




「またね。玲奈ちゃん」

礼治さんも笑みを浮かべて見送る。礼治さんがここまで優しい笑みを浮かべているのも珍しい。

「絶対ですょ!!……ぜったい…また」



こうして沖縄の写真集撮影は終わった。

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