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さみしさ
しおりを挟む沙那さんが部屋を出て、ある程度遠ざかったと思えた時、お母さんが口を開いた。
「あの子は独りっ子なのよ。我が儘でごめんなさいね。相模くん、振り回されているでしょうね」
「そんなことありません。沙那さんはいつも一生懸命なんですよ。仕事だって、すごく丁寧なんです」
そう言ってサイドボードのアレンジ・フラワーを見た。お母さんのイメージに合う、淡いピンクのなかに引き締めるようにグリーンの葉っぱが加えられていて、甘いだけじゃなく洗練された美しさがあった。
それはどこか沙那さんに似ている気がした。
「こんな風に母親が入院しているから、沙那さんも安心させたいと思って、彼氏を連れて来たのでしょう?相模くんは気にすることなんてないのよ、まだ若いのだから。すぐ結婚して欲しいなんて言われてないかしら」
申し訳なさそうにベットの上で小さくなっている。はかなげな姿がますます小さく見える。
「言われていません。でも、沙那さんが結婚願望があると言っていた先には、やっぱりお母さんの存在があると思います」
ちょっと肩をすくめたお母さんは照れているのか、いたずらっぽい顔をした。
「あれで家族思いなのよ。ツンツンして冷たく見えるかもしれないけど、優しい所もあるのよ」
そう言ってサイドテーブルの花を見た。
「沙夜子」
名前を呼ぶ声と、コンコンと軽くドアを叩く音がして振り返ると、五十代後半に見えるスーツ姿の男性がこちらを見ていた。
「高臣さん。いらっしゃい今日は早いのね」
「夕方から接待が入っているから、その前に寄らせてもらったよ。そちらの方は」
「沙那さんとお付き合いをされている、相模さんよ」
にこにこと紹介されて慌てて立ち上がり、「はじめまして相模です」と名乗った。
仕立てのいいダークスーツはオーダーメードだろうか。生地もいいし、体にぴったりと合っていた。普段はもっと鋭い目をしているのだろうが、驚きが顔に出ていて威圧感はなかった。
「沙那の彼氏かい? 初めて連れて来るんじゃないか」
「ふふ。そうなのよ。沙那さん恥ずかしがりやだから今まで紹介されたことがないの。自分で店を持ってからは、マンションを借りて家に居着かなくなっていたから、ちっとも知らなかったわ」
「頑固な子だからね。相模くん苦労していないかい」
堪えたつもりでも、くくっと笑い声が洩れてしまう。
「……すみません、同じことを奥様から言われたものですから」
夫妻は顔を見合わせて、笑顔を見せた。
「沙那さんを大切に育てられたんですね」
ひとり娘の沙那さんを、口に出すこと以上に何倍もの心配をしているのだろう。
「我が儘にならないように育ててきたつもりですが、やはり気を許した相手には甘えが出ますからね。ここにも無理矢理連れて来られませんでしたか」
「いいえ。騙されて来ましたが、お二人にお会い出来て良かったです」
これは本心だった。沙那さんの大切にしている人を知ることが出来たのだから。
どうして結婚に対して焦っているのかもわかった。
「そう言ってもらえるならいいが。昔、沙那には彼氏を作るなら会社を継いでくれる男にしろとうるさく言ってしまってね。今から思えば沙那が継いでくれても良かったのに、反抗して自分の店を持ってしまった。
沙那にも経営者の血が受け継がれていたのだろうね。頑張っているのを回りから聞くよ」
そう言った姿は少し寂しそうだった。
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