悪役令嬢に転生したと思ったら、乙女ゲームをモチーフにしたフリーホラーゲームの世界でした。

夏角しおん

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7.騎士団長令息は愛に殉じる

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瘴気を避けつつさらに進むと、謎解き部屋に到達する。今度はパズルではなく、金庫のダイアルに似た円盤を回す形式のものだった。
星の巡りになぞらえた詩編のメモを正しい並びにして読めば、円盤の回す回数と方向が解る。謎解き部屋は神殿を思わせる造りで、生い茂る樹木と石造りの壁から注がれる清流の滝が何とも神秘的だった。
滝から落ちた流れは部屋をぐるりと囲む人造池に湛えられており、水面よりかなり高く造られている床から見下ろす水面が煌めいて美しい。
これが作り物の樹と強アルカリ溶液の滝でなければ感動していたかもしれない。狭い階段を上がって操作する円盤は、危険があるといけないので私一人が行くよう命令された。
後は全員階段の下に残って、か弱い男爵令嬢を護るのだそうだ。これから起こるイベントを知っている私は素直に頷き、一人階段の上に上がって祭壇に据えられた円盤を回した。
かちり。微かな手応えと共に扉が開き、中の鍵を掴みだす。
『傲慢には罰を。怠惰には鞭を』
盲従するだけならば怠惰も同じ、傲慢と同様に鞭が与えられるであろう。
事務員の記憶に目覚めた今は、その言葉の意味がよく解る。洗脳されたからと思考を放棄し、王太子に盲従して全員を連れ帰ったなら、それは罪と見做されるのだ。
全員生還ENDで悪役令嬢が処刑されたのは、彼女の罪を贖うためだった。私は決して、そのように愚かな結末は迎えない。決意も新たに鍵を握り締めて振り返ると、階下で待つ王太子たちの元に大きな影が降ってきた。
「な…!?」
慌てふためく声を搔き消すように、部屋を震わせんばかりの咆哮が響き渡る。狼ほどもある魔獣が一団を分断し、男爵令嬢と脳筋の二人に肉薄していた。
解っていたことだ。下の階層で剣を回収し、更に研究室に入らず負傷していなければ脳筋はあの魔獣を退治する。だが剣を持っている状態で負傷していると、なまじ腕に覚えがあるだけに不覚を取って討ち死にする。
厄介な事に、その場合は男爵令嬢も巻き込んで二人とも死ぬのだ。だが今のように、剣もない上に負傷していたならばどうなるか。
「…マリア、君だけをずっと愛している!」
叫び様に男爵令嬢を突き飛ばした脳筋が、魔獣に飛び掛かる。そして火事場の馬鹿力で押し切り、床を蹴って自分諸共強アルカリの池に飛び込んだ。
「いやぁあああああっ!!」
「アレク…アレク!」
男爵令嬢が叫び、眼鏡と王太子が床下を覗き込む。ここからなら普通に立っているだけで、魔獣と脳筋が混ざり合いながらどろどろに溶解して行く様が良く見えた。
池を濁らせつつ広がるそれは、やがて白骨となり赤黒と茶色の斑模様を纏ってゆっくりと沈殿していく。それをじっと見つめながら自分の内を探ってみたが、罪悪感や恐怖などは一欠けらも見当たりそうにない。
知らない仲ではなく、こうなることが判っていて剣を回収せず、負傷する事が判っていて研究室に入った。
その結果、脳筋は今死んだ。自分が殺したと言っていい現状を前に、しかし心は凪いで何も感じない。表情一つ変えずに眺めている私が癇に障ったか、王太子が金切り声で怒鳴り散らしている。
「お前は何も感じないのか。お前に人の心はないのか!」
人の心など、やはりとうに失って久しいようだ。かつてはあったはずのそれは、王妃と王太子が何年もかけて丹念に削ぎ落し、踏み砕いて磨り潰し。拾い集められないようにと、笑いながら汚物の中に投げ入れられた。
事務員の記憶のおかげて、僅かばかり取り戻せているような気もするのだが、それもまだ馴染むまでには時間がかかるのかもしれない。
「やめてギル! ロザリー様も可哀そうな人なのよ…温かい心が無いなんて、本当に可哀そう…」
「マリア…君は何て慈悲深い…」
ヘイトを煽り、溜めると言う点において、実に彼らは勤勉且つ有能である。階段を下りてきた私の涼しい顔が余程気に入らないのだろう、王太子が手を上に振り上げる。
横っ面を張り飛ばすつもりで奔って来たそれを、私は利き手で捌いて受け流した。
「な…っ」
脳筋が死んだ今、この面子の中で一番強いのは私だ。
これ以上は、憂さ晴らしの暴力に甘んじるつもりなどない。目を見開いて驚愕する王太子を一瞥し、私は振り返ることなく魔法陣のある部屋に向かった。


第二階層クリア
この階層での犠牲者 1人
犠牲者の総数    1人
現時点での生存者  4人
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