悪役令嬢に転生したと思ったら、乙女ゲームをモチーフにしたフリーホラーゲームの世界でした。

夏角しおん

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8.左右の分かれ道

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第三階層は、執務室や謁見室を彷彿とさせる場所だった。仕事場然とした部屋が多くあり、隠し通路や階段もそれなりにあるので移動が大変だ。
「な、んで…」
怯えた声が背後から聞こえてくる。第二階層で脳筋を死に追いやった魔獣がその辺を闊歩しており、罠が殆ど無い代わりに見つかれば即死する。走って逃げると言うアクションも許されず、その場でゲームオーバーだ。
脳筋が生きていてもこのルールは変わらない。一体に見つかればすぐ何体も集まってくるから、脳筋一人が剣を振り回しても何も変わらないのだろう。
後ろを向いている時に走り抜け、部屋に来そうな時は棚や机の下に身を隠す。近づいてくる時は独特の唸り声がするから、聞き逃してはいけない。部屋に入ればまず、隠れられそうな所を確認するのが生存率を上げる必須行動と言えた。
気を抜けないのは、この階層は足を踏み入れて直ぐに分岐イベントが発生すること。階層の間取りが現実の城に似ていると思い当たった主人公が、右に行くか左に行くかで迷うのだ。
右に行けば王太子の執務室。ここでは眼鏡を追い落とすための物証が手に入る。
左に行けば宰相の執務室。ここで手に入るのは、この先に有る死にイベントに関わるアイテムだ。
どちらを先にするかで、眼鏡の生死が決定する。私は迷わず右に進み、魔獣の目を掻い潜って王太子の執務室に乗り込んだ。
ここで手に入るのは、眼鏡が王太子を唆して横領に手を染めさせた証拠だ。本来私への贈り物をするための予算を、男爵令嬢へ贈られたドレスや装飾品に変えていた。まあ、ざまあ小説ではよくある話だろう。
その領収書や、本来店にあるはずのオーダーメイドの資料がここにある。私の身長やサイズではありえない豪奢なドレスや、見たことのない宝石の数々。茶番ではそれらが私の浪費とされていたが、具体的に購入した物は明かされなかった。当たり前だ。私は王太子から花一輪、髪飾り一つ贈られたことはない。
第三者を調査員として男爵家に派遣すれば、それらの全てが動かぬ証拠として押収される事だろう。
王太子一人でできる事ではない。側近候補として王宮でも隣にいた眼鏡が手を貸すか、最低でも黙認しなければ成り立たない犯罪である。
そして彼らが笠に着る事の大好きな身分制度に拠れば、横領した王族よりも唆した側近の方がより刑は重くなる。いずれ王となる者を唆すと言う行為は、未来の反逆であり謀反に繋がる兆しと見られるからだ。
脇机の引き出しにそれらが入っているが、鍵がかかっており初見では手に入らない。一旦諦めて来た道を戻り、左の道を進んで宰相の執務室に向かう。
「ああっ!」
背後で息を呑む声。広い廊下のど真ん中に、一際大きな魔獣が立ち塞がっていた。牛さながらに突進してくる魔獣を避けると、直ぐ背後に居た眼鏡が男爵令嬢を突き飛ばして回避させる。
男爵令嬢は無事だったが、結果として眼鏡は跳ね飛ばされた。
運よく怪我は追っていないものの、このイベントで彼は眼鏡を壊してしまう。それだけで済んで運が良かったと王太子は安い気休めを口にするが、これが不動の死亡フラグだと知ればどんな顔をするのやら。
脳筋が死んだばかりで不安定になっているのだろう、涙声の男爵令嬢を眼鏡が気丈に励ましている。大丈夫。貴女だけは絶対に死なせませんよと、私も胸の内で声を懸けておいた。

宰相の執務室に入ると、机の上にこれ見よがしに煌めく物がある。眼鏡が(もう裸眼なのだが、便宜上このまま通そうと思う)手に取り、顔を寄せてじっくり観察すると明るい声を上げた。
「これは我が家に伝わる護りのカフスです。この迷宮でも、きっと守護の役目を果たしてくれるでしょう」
一度だけ身代わりとなり、害を成した相手を葬ってくれる守護のアイテムだ。それを自分でなく王太子に渡そうとするのは評価できるが、肝心の相手は騎士道精神とも色ボケの妄言ともつかぬ言を吐いて拒否していた。
「いい。私よりマリアに着けてやってくれ」
「しかし…」
「マリアは私の最愛だ。これは命令である」
小劇場を鑑賞している余裕はない。感動的な授与式を背中に、棚にある仕掛けを解いて引き出しを解錠した。中にあった青い宝玉は謎解き部屋で使うものだ。
この階層の謎解きは、あちこちに隠された七つの宝玉を回収し、謎解き部屋にあるレリーフに正しい並びに嵌め込んで解く。残りも早く回収したいのだが、背後のやり取りはまだ続くようだった。
待つ間に残りの宝玉の場所と、証拠品の引き出しの鍵の位置を脳内で確認する。執務室の椅子に座って少しの休憩を取り、演じ切って満足げな面々の傍をすり抜けて執務室を出た。
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