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第1話 冬はフラグを立てないに限る

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 冬は嫌いだ。

 とりあえず寒い。
 外出したくない。冷たい空気に触れたくない。
 わざわざ服を着こんで足場の悪い道なんて歩きたくない。
 道が凍っていたら尚最悪だ。
 転んでしまった日には、汚れた衣服・手足の痛み・周囲からの哀れみの視線がもれなく待っている。それは今年18歳を迎える男子高校生にはあまりにも恥ずかしい現実だ。

 だから冬は嫌いだ。

 カチャリ。
 ノブをひねりドアを開けると外の冷気と白い光が差し込んできた。

「……」

 お分かりのとおり、僕は冬の外出を快く思っていない。
 それなのにこうして外に出ようとしているのは、一体どういう事だかお分りだろうか。
 ちなみに僕は、マゾではない。

――朝起きたら家族が全員外出していたのだ。

 しかしまあ、そんな事で涙を浮かべる僕じゃない。18にもなるんだ。当然だろう。
 しかし、朝ご飯が無いのはいただけない。
 冷蔵庫も戸棚もなんなら自分の部屋の夜食置き場に至るまで食料らしきものが一つも見つからなかったのだ。え、食料専門の泥棒でも入ったか? と疑問に思うくらいには食べ物がなかった。
 浮かんだ解決方法は二つ。食べないで我慢するか、諦めて買いに行くか。
 結局僕は後者を選んだ。朝ご飯だけならまだしも、この感じだと昼ご飯も我慢する可能性が見えたからである。なにせ今日は日曜日だ。

 そんなわけで、これから僕は近くのコンビニまで外出しようとしているのだ。ああこんな時、近所に朝ご飯を用意してくれる幼馴染がいたらどれだけ嬉しいことか。
 エプロン姿の幼馴染がフライ返し片手に目玉焼きを焼いている。そんなどこかで見たような漫画のワンシーンのような妄想が頭に浮かんだ。

――まあ、別に全てが妄想ってわけじゃないけど。

「ふぁぁ」

 思考は欠伸一つで現実へと戻ってきた。

「雪かき雪かきそーれそれ」

 目の前には女の子がいる。妄想ではない。
 彼女こそれっきとした、近所に住む僕の幼馴染である。

「スノースノー熱く恋せよ乙女 溶かしたハートにみぞれシロップ」 

 変な歌(たぶん子供向けのアニソン)を口ずさんでいることを除けば、見た目は普通の雪かきをする少女。おかしいところはほぼ無い。

 普通はこうなのだ。そう、これだけ。

 フライ返し片手に朝ご飯なんて用意しない。朝起きたら布団で一緒に寝ていたり、美少女だったり、ドキドキの恋愛関係だったり、そんなことは一切ない。
 笑顔を浮かべたごくごく普通の女子高生が隣に住んでいる。そんな事実がそこに存在するのみである。

 そこに理想を求めるくらいならコンビニに行って朝ごはんを買う方が早い。
 なので僕はいつものように無言で彼女の横を通り過ぎているのだ。

「いやー実に退屈な朝だ」

 彼女の独り言。
 
――退屈というより楽しそうに見えたが?

 勿論僕は言葉を返さない。
 ここでツッコミを入れても、特に返事は無いからだ。

 彼女は今、自分の世界に没頭している。
 こうして一人楽しく漫画だかアニメだかの妄想を垂れ流している。

「ウィンターには負けないの みんなの力が合わさればー キラキラ見てて未来のハート」

 不思議なことがあるとすれば、何故か僕はこの状態の彼女によく遭遇するということだ。まるで狙っているかのようにピンポイントで。
 けれどこちらをご覧いただこう。

「あら、森田さんちの息子さん~おはよう」
 この方はたまたま通りかかったの近所のおばさん。

「おはようございます」
「佐々木さんちの由宇ちゃんも、朝から雪かき偉いわね」
「ありがとうございます。おばさんは朝からお出かけですか?」
「そうなのよ、今日は土曜だから特売日なの。それじゃあね」
 
 おばさんは何事もなく去っていった。
 嘘だろ。
 さっきまであんな意味不明な妄想とアニソンを口ずさんでいたのに!?   一つも奇怪な目で見られないなんて!

 こうなのだ。

 彼女――佐々木 由宇(ささき ゆう)の行動は、何故か他人の目には奇行に映らない。
 間違いなく僕は、近所でも学校でも彼女のオタクな一面を目撃しているのに、周りにはそれが認識されない。普通に会話して終わり。
 僕さえ介さなければ、彼女はどこにでもいる普通の女子高生なのだ。そんな馬鹿な。

「何か面白いことが起こるといいんだけどねぇ」

 再び彼女の妄想は始まっていた。

「悪役令嬢に転生したり」

 悪役に転生して楽しいのだろうか。

「逆境を乗り切って逆ハーレム築いたり」

 乗り切るまでが面倒そうだ。というか何故逆境。

「やっぱり不慮の事故とかで一回死ななきゃいけないかなぁ」

 人生に回数なんてないだろう。何回死ぬ気だ。いや、その前に死ななきゃ駄目なのか?

「今は冬だし、氷に滑って頭を打ち付けて死ぬって展開はどうかなあ」

 やめておけ。

 氷ですっころんで死ぬ、どれだけ恥ずかしい死に方だ。というかその前にそんなことで死ねる気がしない。やってみようとは思わないが、ほぼ死なないだろ、それ。


「よし、やってみよう。今からここは異世界に転生する前の世界。ここにそういう魔法をかけよう」

 やってみるのか。そんな、この歳になって馬鹿な。なんだ魔法って。

 ほんのわずかの気のゆるみだった。
 僕はそのくだらない発言の真偽を確かめようと、一瞬だけ彼女の方向へと気持ちが揺らいでしまった。だがそれがいけなかった。

 ズッ

 彼女を振り返った瞬間。
 細心の注意を払っていたはずの足の緊張が少し緩んでしまった。かと思うと、踏みしめていた右足の地面が急に逃げ出したような感覚に襲われた。

 これはまずい。

 そこまではっきりと考える余裕があったかは定かではないが、続いて左足も右足に続いた。体は一瞬にしてガクッと空を見上げる。踏ん張る場所はどこにもない。体が地面に引き寄せられていく。冬の冷たい空気が鼻から思い切り入ってきて、このままでは駄目だと分かっているのに、もうどうすることも出来ない。
 僕は今、転ぼうとしている。

 すてーんという軽快な効果音と共に、頭にはいまだかつてない衝撃と激痛が走った。




 これだから冬は嫌いだ。大嫌いだ。




 月並みの表現になるが、間違いなく、僕は目の前が真っ黒になった。

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