女になった俺と、

六月 鵺

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魔法回路と代償

十二

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「ところでアス、俺を守るのが役目ってどういうことだ?」

相変わらず無表情で一言も喋らないアスを見る。俺を守るのが役目だから、リッシェンリーダンにもついて来るって言ってたのを思い出す。

【そのままの意味だ。お前を守るのが私の役目。今の私の存在意義だ】

「……なんで俺を守るんだ?」

【守ってくれと頼まれたからだ】

「誰にだよ?」

【それは言えん。そういう約束だからな】

溜息を吐く。言えないと言われたら仕方ない。魔獣は契約に限らず、約束にも忠実だ。
言わないと言うんなら、絶対に口を割らない。もう言うことはないということなのか、丸まってリラックスし始めた。

「俺、ワンリアのところに行ってくるけど?」

【……ワンリア?あの鮫か。私はここで待っている。ここにお前を害する者はおらんからな】

「そっか。じゃあ待っててくれ」

アスの頭を撫でて、〈リーガル〉を持って家を出る。様々なところから「いってらっしゃい」と聴こえてくる。
聴こえなかっただけで、物達はこういう風に接してくれてたのか。


♢♢♢♢♢♢♢♢


湖に着いて、膝をついて水面を覗き込む。

「ワンリア!ワンリアいるか~?」

呼びかけて、じっと水の中を見る。ここの水はいつ見ても綺麗だ。濁ったところを見たことがない。ものすごく深いはずなのに、底が見える。
風もないのに、水面に波紋が生じる。波紋は徐々に大きくなって、盛大な水飛沫と共に鮫の巨体がどこからともなく現れた。

【よおルーゲル。なんだその胸?】

身体の割りに小さい目を丸くして、聴いてくる。

「……聴くな。男を取られて、女になったんだよ……」

【………マジかよ。災難だったな。まぁ、声とか記憶とかよりはマシだろ?】

「そりゃあそうだけど……やっぱ男の方がいいわ。とりあえず、契約だけ済ませようぜ」

【そうだな。ちょっと痛いけど、オレの牙で指を切ってくれ】

「ああ」

契約のためには俺の血とワンリアの血が必要。ワンリアの鋭い牙に人差し指を押し当てて、少し傷つける。ちょっと傷つけただけなのに、ノコギリのような牙は痛い。ワンリアは舌を噛んで、血を流す。ワンリアの血と俺の血を混ぜて、ワンリアの額と、俺の手の甲に魔法陣を描く。
〈リーガル〉を開いて、魔法陣に間違いはないか確かめる。
初めて使う魔法がワンリアとの契約。

「よし。詠唱するぞ?」

【ああ】

「我、契約する者也。この者と死を共にせん者。我とこの者の血を用い、証を刻め」

詠唱し終わった瞬間互いの魔法陣が発光し出し、身体に吸い込まれるように消える。血の跡は全くない。

「契約自体は簡単だよな。死ぬまで一緒にいるのに」

【ま、そんなもんだよ。よし、オレの人型見せてやる】

人型。文字通り、魔導書や魔獣が人の形を取ること。
ワンリアの身体がうっすら発光して、徐々に小さくなっていく。小さくなって、人の形になっていく。十歳の男の子くらいの小ささに。

「…………子供?」

【悪かったな。鮫の世界じゃ三百歳はまだまだ子供なんだよ】

鮫の姿はあんなに巨大なのにか?三百歳でも子供って、魔獣ってホント長命だな。
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