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伊豆源氏の惣領姫
難波湊を訪れた客
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「講談師、見てきたように嘘を吐く」ではありますが、真実があってこその嘘であります。
源頼朝が挙兵し、富士川の合戦で平維盛が敗れて以降、世に源平合戦と呼ばれる戦は、源氏が優勢に進めるようになったのでありました。清盛は福原へ安徳天皇を連れて遷都し、畿内惣官職を宗盛としたものの清盛は病に倒れ、そのまま死去すると、平家は急速に勢いを失っていった。
だからと言いまして、源氏が上手く行っていたわけではありません。京洛へ兵を進めた源義仲は、京洛で乱暴狼藉を働いて問題となり、義仲追討軍として範頼を大将として義経らが派遣されることとなったのであります。
難波湊であたしと宗実は、義仲が水島で平家に敗れ、さらに範頼と義経に宇治川で敗れて、粟津で敗死したという報せが届いておりました。
「茜。伏見へ兵粮の搬送は進んでいるのか」
「はい、一様。和田様や大庭様の手勢は、長岡辺りに集結しているので、そちらへ届けております。範頼と三浦様は京橋なので、京橋へも運んでおります」
実質二万余の軍勢を維持するには、膨大な兵粮を必要とする。為朝旗下の八幡衆は、東国より兵粮を搬送することで支援をおこなっていた。
飢饉が続く、京洛周辺の事情から、範頼は、京洛へ兵を入れず、主力を南の長岡へ集結させ、京橋に本陣を構えていた。
東国から運ばれる兵粮は、一度、難波湊で陸揚げされ、川船に乗せ替えて淀川を遡上して運ばれていった。
平家の総領宗盛は、福原で勢力を確保しつつ、後白河院との交渉を進めてもいたが、後白河院の怒りは強く、あまり良い状況ではなかった。後鳥羽天皇の即位に伴い、三種の神器が不在であることが問題となっていた。
「ここらで手打ちにできれば、戦も終わろうに、難しいようじゃ。宗実」
あたしの元へ、後白河院よりの奉書が届けられた。奉書には、宗実や維盛ならばともかく、三種の神器は必要なれど、宗盛は信じられぬ故、手打ちはならぬとの院よりの言葉が伝えられていた。奉書を残さぬように焼き捨てながら、燃えている紙に触れようとする千丸を抱き止めながら、宗実に話していた。
瀬戸内を制圧してた平家の勢力は、源氏が内輪もめを起こしている間に回復し、屋島を拠点に福原を勢力下に治めていた。
宗実は、傍らで遊ぶ由依の相手をしながら、寂しそうに、
「そうか」
と言った。
西に来るに連れて、宗実は遠慮して、あまり喋らなくなった。
宵の褥では、存分にあたし宗実に喘がせ昂りイかせられ、潮湯でもあたしは宗実に縋り、甘えるように宗実に溺れていた。けれど、宗実は優しく抱き、あたしの身体を存分にしながらも、あたしへ何かを求めることなく、傍で仕えてくれていた。
宗実、あたしは貴方に何ができるのだろう。今は、勢いを盛り返したとしても、戦を終わらせる算段は、一向に進んでいない。宗盛は、後白河院に讃岐を所領とすることで、主上と三種の神器を京洛へ戻すという話をしたが、断られたようだ。
甲板に出ていた茜が、戻って来て、
「忍びで客が参っております。御方様へ逢いたいと」
そう言ってきた。あたしは、潮湯に浸かって、宗実に存分にされた後で、衣を調えたものの、少しぼぉーとしていた。由依と千丸は、奥で女御狐と一緒に眠っていた。
「誰じゃ」
これより、宗実と愉しもういうに、邪魔するというのか。不機嫌なあたしへ
「小松中将にございます」
茜の言葉に、あたしは、しばらく応じることができなかった。小松中将って、宗実の兄維盛のことじゃない。視線を宗実に迷わせる。宗実の顔には、苦慮と迷いが浮かんでいた。それを、見て、
「会おう。色を直す故、甲板にてしばしお待ちいただけ」
「はい。御方様」
茜を向かわせると、女御狐達に酒肴の用意と支度をさせた。
甲板には、難波湊の魚を中心として、酒肴の用意がなされ、赤い鬼火が浮かび、照らしていた。宗実に似た、切れ長の瞳に、艶やかな髪が少しほつれるようになびく姿は、さすが、当代の光源氏と詠われた美男子であった。焦燥に駆られながらも、どこか超越したような姿は、鬼火の赤き炎に照らされて、幽玄の佇まいを魅せていた。
あたしは、そんな維盛の姿にぼぉーとしていて、宗実も綺麗だけど、兄も綺麗だなぁと、埒も無いことに囚われていた。
「お初にお目にかかります、御方様。小松中将維盛にございます」
名乗りを上げる義兄上に向かって、あたしは、
「わたしは、鎮西八郎が嫡女一にございます。小松中将様には、ご挨拶にも伺わず、ご無礼をいたしております。弟君、伊豆介宗実様には、ほんに良くしていただいております」
挨拶を返した。
「婿の求め応じたは、祖父宰相清盛や父小松内大臣重盛なれば、仲睦まじい姿が何よりにございます」
「なんの、宰相殿や小松内大臣殿には、婿取りにあたって、ご無理をお聞き届け頂いた御恩があります。この一、終生忘れませぬ。小松中将殿が望まれるのであれば、この船と共に平家へ御味方いたしまする」
あたしは、宗実が口にできぬでも、義兄上ならばと声をかけた。ただ、義兄上からの応えは、斜め上を越えていた。
「ははは、平家が都落ちは、富士川に敗れ、倶利伽羅に敗れた、この小松中将が責。
平家を滅ぼした責は、この小松中将維盛にございましょう。
ですから、平家がことは伯父上宗盛にお任せいたす」
「あ、兄上ッ」
叫ぶ、宗実を抑え、維盛は言葉をつなげる。
「妻と子は、京洛にて嫁に出しました。ようやく、一人の武士となれました」
少し、寂しそうに笑って言った。
「父は維盛に、一門を託しては貰えませんでした」
維盛は、富士川での敗れ、北陸遠征では幾度か勝利をおさめながら、倶利伽羅の戦で、遠征軍の大半を失った。平家が遠国へ兵を送れるようになることはない。越後の城家や坂東の佐竹が敗れれば、もはや東国は鎌倉殿のものとなる。
あたしが、少し言葉を挟んだ。
「小松家一門を支えるために、富士川、倶利伽羅と戦われたのか、小松中将殿」
「大将としての無能を晒しただけです。一殿」
さっぱりしたように、応える維盛は、透き通るような、どこか死人のような姿があった。
平家嫡流に生まれながら、父の急死によって、叔父宗盛に嫡流を奪われた。叔父宗盛にとっては、自分の一族を平家嫡流とするためには、小松家が邪魔になる。維盛は、戦で勝つことで、一家堅持を図ったのだろう。敗れた以上は、平家嫡流は、滅び行くこととなる。
あたしは、
「小松中将殿、いや、武士維盛義兄上」
「一殿、、、いや義妹どの、何か」
「小松殿ではなく、武士維盛義兄上に何かできることはありませんか」
「福原を敗れて失えば、もはや平氏一門の命運も尽きる。後白河院は、宗盛殿へ京洛に向かうこと能わずと文を書かれた。平家に勝ちはない」
それは、困る。宗実になにかしたいのに、あたしは叫んだ。
「それでも、あたしは何かしたいのです。宗実は、こんな大女の醜女を抱いて、女としての愉しみ、子を為す喜びを与えてくれました。あたしは、十分にしてくれる夫に何もできぬのあたしが嫌です」
必死で問いかける、あたしに驚いたように宗実は、
「一姫。ぼくはッ」
止めようとする、宗実を止めて、
「あたしは、幸せです。お義兄様。だから、あたしは、宗実を幸せにしたいのです」
言い放った。
しばらく、驚いたように、あたし達ふたりを見て、笑い出した。
「はははは、ほんとうに仲睦まじく夫婦となったのだな、宗実。一」
あたしと宗実は、二人して見合うと、真っ赤に染まってしまった。
維盛は、そんな真っ赤になって見合った、あたし達へ言葉を続けた、
「儂と宗実は、赤子の頃、宮中に出されていた七条院様の下ヘな、儂にせよ宗実にせよ、母親は宮中の女官に過ぎぬ。母方に力を持たぬ儂等は赤子で宮中に出され、元服の頃に戻された。何故かわかるか、一。宮中では儂を相手に桐壷や藤壺になりたがる者が多かったぞ」
えっ。そ、それは、宗実を見ると、恥辱に真っ赤に染まって叫ぶ。桐壺とか藤壺って、源氏物語よね。
「あ、兄上ッ」
「ははは、一殿。儂は、今東宮様との御縁で、嫁に権大納言成親の娘を迎えた。ただ一人、宮中で愛せた娘を嫁にでき、子を為すこともできた。儂は、儂で幸せであったよ。最期まで、護りたかったが、それは叶わぬ。だが、妻は京洛で夫を迎えて、子を護ると言ってくれた」
大納言成親は、平家を倒す陰謀で、失脚し吉備へ配流となってそこで死んだと言われる。平家に妻子を護る力がなく、京洛に残るということは、どこかへ嫁ぎ子を護るということなのだろう。
今東宮は、宰相清盛によって、弟に譲られた方か、何かあるのかな
「今東宮様、とは」
「あぁ、今上様がおられるが、七条院御所様は、今東宮様の即位を強行したいらしい」
七条院御所というのは、後白河院のことか、今上の退位もなく、即位をされるのか、三種の神器はどうするのだろう。無茶と言えば、これほどの無茶は無い。維盛が続けて、
「東宮様からは、三種の神器を返してもらえないかとの話があったが、叔父上は拒否された」
即位を強行され、今上を廃されては、平氏としては先行きが無くなる。今の状況では、そのような調停はできないか。平家への西国安堵とて、紙の上での約束事にしかならない。
「即位は、強行されそうなのですか、義兄上」
新主践祚。主上の詐称など許されるのか。渡辺惣官あたりならば、激怒しそうな話じゃな。
「義仲の横暴でもあれば、新主践祚も止められようが、七条院御所は強行されるつもりだ」
「兄上。平家との戦は船戦となれば、神器を失うことも考えられましょう、それでは東宮様が、詐称の責をとることとなります」
宗実が、訊いてくる。
今の東宮が反対しても、主上あっての京洛とあれば、七条院御所は強行することになるのであろうな。
「ならば、今上も神器も奪うか、宗実」
「えっ、一、」
「義兄上。今東宮様は、今上様の弟宮だけど、歳は上なのだろう」
「あぁ、東宮様は、祖父清盛の命によって、今上の弟宮とされているが、宗実より一つ二つ上であったはず」
「二つ上だよ、兄上」
あたしは、確認するべき話をした。
「義兄上、確認だ。今上は、まだ五歳の幼子だけど、廃位となれば、斬首にでもなるのかい」
「嫌、七条院御所は、廃位を考えてはいない。退位の上、配流でおさまるとは思う」
維盛からの応えに、
「なら、義兄上。京洛へ三種の神器を戻し、伊豆へ今上を連れ出しても文句は言われないわよね」
そう言った。
「鎌倉殿は、それで良いのか、一」
「あら、宗実。鎌倉殿にとっては、義経や範頼が、手柄を独占する方が問題になるわ。それに、平家嫡流宗盛の一族が滅びるならば、さして問題にはならないでしょ」
そう言い切ると、宗実の顔が明るくなり、笑顔になった。うん、可愛い、可愛いッ、可愛いぞ。だめだ、にやけ顔が止まらないじゃないか、あぁぁ。
そんなあたしが、葛藤していると、維盛が、感心したように、
「凄いな、一殿は。さすがに、為朝殿の後を継ぐ、八幡衆が主よ」
ちょっと、あたし自身を誤魔化すように、あたしは言葉を繋ぐ、
「あら、義兄上。今の八幡衆が主は、為頼よ。まぁ、あの子は、海賊退治と伊豆の仕事だけで、無理って泣き叫んでるけどね」
「それでか、伊勢から西に、為頼殿が来られぬというのは」
「距離が遠くなれば、面倒事は増えるわ」
「そうか、難しいのだな、一殿」
まぁ、維盛義兄上の遠征失敗は、兵粮の届かない先に行こうとすることね。それは、範頼や義経も同じよね。福原や摂津での長期戦になれば、互いに疲弊するだけだから、宗盛の交渉が上手く行くこともあるわね。その時は、維盛義兄達を坊津から外に逃がせばいいか。宰相清盛が都を源氏が見事に落せるかどうかよね。
「義兄上、三年です。三年、福原の大輪田泊と屋島を維持できれば、西国は、平家の勢力で治められます。いかに七条院御所が反対されても、新たな今上様が、宗盛を説得することとなります」
「東を源氏、西を平氏ということか、一殿」
「はい。ですが、もしも、福原が落ち、屋島が落ちることがあれば、建礼門院様を説得して下さい。その時は、あたしと宗実で今上様と三種の神器を強奪します。それで、良いよね、宗実」
「あぁ、一」
宗実が、笑って言った。うん。可愛いぞ、宗実。今夜は、色々とあたしが駄目になりそうだ。
源頼朝が挙兵し、富士川の合戦で平維盛が敗れて以降、世に源平合戦と呼ばれる戦は、源氏が優勢に進めるようになったのでありました。清盛は福原へ安徳天皇を連れて遷都し、畿内惣官職を宗盛としたものの清盛は病に倒れ、そのまま死去すると、平家は急速に勢いを失っていった。
だからと言いまして、源氏が上手く行っていたわけではありません。京洛へ兵を進めた源義仲は、京洛で乱暴狼藉を働いて問題となり、義仲追討軍として範頼を大将として義経らが派遣されることとなったのであります。
難波湊であたしと宗実は、義仲が水島で平家に敗れ、さらに範頼と義経に宇治川で敗れて、粟津で敗死したという報せが届いておりました。
「茜。伏見へ兵粮の搬送は進んでいるのか」
「はい、一様。和田様や大庭様の手勢は、長岡辺りに集結しているので、そちらへ届けております。範頼と三浦様は京橋なので、京橋へも運んでおります」
実質二万余の軍勢を維持するには、膨大な兵粮を必要とする。為朝旗下の八幡衆は、東国より兵粮を搬送することで支援をおこなっていた。
飢饉が続く、京洛周辺の事情から、範頼は、京洛へ兵を入れず、主力を南の長岡へ集結させ、京橋に本陣を構えていた。
東国から運ばれる兵粮は、一度、難波湊で陸揚げされ、川船に乗せ替えて淀川を遡上して運ばれていった。
平家の総領宗盛は、福原で勢力を確保しつつ、後白河院との交渉を進めてもいたが、後白河院の怒りは強く、あまり良い状況ではなかった。後鳥羽天皇の即位に伴い、三種の神器が不在であることが問題となっていた。
「ここらで手打ちにできれば、戦も終わろうに、難しいようじゃ。宗実」
あたしの元へ、後白河院よりの奉書が届けられた。奉書には、宗実や維盛ならばともかく、三種の神器は必要なれど、宗盛は信じられぬ故、手打ちはならぬとの院よりの言葉が伝えられていた。奉書を残さぬように焼き捨てながら、燃えている紙に触れようとする千丸を抱き止めながら、宗実に話していた。
瀬戸内を制圧してた平家の勢力は、源氏が内輪もめを起こしている間に回復し、屋島を拠点に福原を勢力下に治めていた。
宗実は、傍らで遊ぶ由依の相手をしながら、寂しそうに、
「そうか」
と言った。
西に来るに連れて、宗実は遠慮して、あまり喋らなくなった。
宵の褥では、存分にあたし宗実に喘がせ昂りイかせられ、潮湯でもあたしは宗実に縋り、甘えるように宗実に溺れていた。けれど、宗実は優しく抱き、あたしの身体を存分にしながらも、あたしへ何かを求めることなく、傍で仕えてくれていた。
宗実、あたしは貴方に何ができるのだろう。今は、勢いを盛り返したとしても、戦を終わらせる算段は、一向に進んでいない。宗盛は、後白河院に讃岐を所領とすることで、主上と三種の神器を京洛へ戻すという話をしたが、断られたようだ。
甲板に出ていた茜が、戻って来て、
「忍びで客が参っております。御方様へ逢いたいと」
そう言ってきた。あたしは、潮湯に浸かって、宗実に存分にされた後で、衣を調えたものの、少しぼぉーとしていた。由依と千丸は、奥で女御狐と一緒に眠っていた。
「誰じゃ」
これより、宗実と愉しもういうに、邪魔するというのか。不機嫌なあたしへ
「小松中将にございます」
茜の言葉に、あたしは、しばらく応じることができなかった。小松中将って、宗実の兄維盛のことじゃない。視線を宗実に迷わせる。宗実の顔には、苦慮と迷いが浮かんでいた。それを、見て、
「会おう。色を直す故、甲板にてしばしお待ちいただけ」
「はい。御方様」
茜を向かわせると、女御狐達に酒肴の用意と支度をさせた。
甲板には、難波湊の魚を中心として、酒肴の用意がなされ、赤い鬼火が浮かび、照らしていた。宗実に似た、切れ長の瞳に、艶やかな髪が少しほつれるようになびく姿は、さすが、当代の光源氏と詠われた美男子であった。焦燥に駆られながらも、どこか超越したような姿は、鬼火の赤き炎に照らされて、幽玄の佇まいを魅せていた。
あたしは、そんな維盛の姿にぼぉーとしていて、宗実も綺麗だけど、兄も綺麗だなぁと、埒も無いことに囚われていた。
「お初にお目にかかります、御方様。小松中将維盛にございます」
名乗りを上げる義兄上に向かって、あたしは、
「わたしは、鎮西八郎が嫡女一にございます。小松中将様には、ご挨拶にも伺わず、ご無礼をいたしております。弟君、伊豆介宗実様には、ほんに良くしていただいております」
挨拶を返した。
「婿の求め応じたは、祖父宰相清盛や父小松内大臣重盛なれば、仲睦まじい姿が何よりにございます」
「なんの、宰相殿や小松内大臣殿には、婿取りにあたって、ご無理をお聞き届け頂いた御恩があります。この一、終生忘れませぬ。小松中将殿が望まれるのであれば、この船と共に平家へ御味方いたしまする」
あたしは、宗実が口にできぬでも、義兄上ならばと声をかけた。ただ、義兄上からの応えは、斜め上を越えていた。
「ははは、平家が都落ちは、富士川に敗れ、倶利伽羅に敗れた、この小松中将が責。
平家を滅ぼした責は、この小松中将維盛にございましょう。
ですから、平家がことは伯父上宗盛にお任せいたす」
「あ、兄上ッ」
叫ぶ、宗実を抑え、維盛は言葉をつなげる。
「妻と子は、京洛にて嫁に出しました。ようやく、一人の武士となれました」
少し、寂しそうに笑って言った。
「父は維盛に、一門を託しては貰えませんでした」
維盛は、富士川での敗れ、北陸遠征では幾度か勝利をおさめながら、倶利伽羅の戦で、遠征軍の大半を失った。平家が遠国へ兵を送れるようになることはない。越後の城家や坂東の佐竹が敗れれば、もはや東国は鎌倉殿のものとなる。
あたしが、少し言葉を挟んだ。
「小松家一門を支えるために、富士川、倶利伽羅と戦われたのか、小松中将殿」
「大将としての無能を晒しただけです。一殿」
さっぱりしたように、応える維盛は、透き通るような、どこか死人のような姿があった。
平家嫡流に生まれながら、父の急死によって、叔父宗盛に嫡流を奪われた。叔父宗盛にとっては、自分の一族を平家嫡流とするためには、小松家が邪魔になる。維盛は、戦で勝つことで、一家堅持を図ったのだろう。敗れた以上は、平家嫡流は、滅び行くこととなる。
あたしは、
「小松中将殿、いや、武士維盛義兄上」
「一殿、、、いや義妹どの、何か」
「小松殿ではなく、武士維盛義兄上に何かできることはありませんか」
「福原を敗れて失えば、もはや平氏一門の命運も尽きる。後白河院は、宗盛殿へ京洛に向かうこと能わずと文を書かれた。平家に勝ちはない」
それは、困る。宗実になにかしたいのに、あたしは叫んだ。
「それでも、あたしは何かしたいのです。宗実は、こんな大女の醜女を抱いて、女としての愉しみ、子を為す喜びを与えてくれました。あたしは、十分にしてくれる夫に何もできぬのあたしが嫌です」
必死で問いかける、あたしに驚いたように宗実は、
「一姫。ぼくはッ」
止めようとする、宗実を止めて、
「あたしは、幸せです。お義兄様。だから、あたしは、宗実を幸せにしたいのです」
言い放った。
しばらく、驚いたように、あたし達ふたりを見て、笑い出した。
「はははは、ほんとうに仲睦まじく夫婦となったのだな、宗実。一」
あたしと宗実は、二人して見合うと、真っ赤に染まってしまった。
維盛は、そんな真っ赤になって見合った、あたし達へ言葉を続けた、
「儂と宗実は、赤子の頃、宮中に出されていた七条院様の下ヘな、儂にせよ宗実にせよ、母親は宮中の女官に過ぎぬ。母方に力を持たぬ儂等は赤子で宮中に出され、元服の頃に戻された。何故かわかるか、一。宮中では儂を相手に桐壷や藤壺になりたがる者が多かったぞ」
えっ。そ、それは、宗実を見ると、恥辱に真っ赤に染まって叫ぶ。桐壺とか藤壺って、源氏物語よね。
「あ、兄上ッ」
「ははは、一殿。儂は、今東宮様との御縁で、嫁に権大納言成親の娘を迎えた。ただ一人、宮中で愛せた娘を嫁にでき、子を為すこともできた。儂は、儂で幸せであったよ。最期まで、護りたかったが、それは叶わぬ。だが、妻は京洛で夫を迎えて、子を護ると言ってくれた」
大納言成親は、平家を倒す陰謀で、失脚し吉備へ配流となってそこで死んだと言われる。平家に妻子を護る力がなく、京洛に残るということは、どこかへ嫁ぎ子を護るということなのだろう。
今東宮は、宰相清盛によって、弟に譲られた方か、何かあるのかな
「今東宮様、とは」
「あぁ、今上様がおられるが、七条院御所様は、今東宮様の即位を強行したいらしい」
七条院御所というのは、後白河院のことか、今上の退位もなく、即位をされるのか、三種の神器はどうするのだろう。無茶と言えば、これほどの無茶は無い。維盛が続けて、
「東宮様からは、三種の神器を返してもらえないかとの話があったが、叔父上は拒否された」
即位を強行され、今上を廃されては、平氏としては先行きが無くなる。今の状況では、そのような調停はできないか。平家への西国安堵とて、紙の上での約束事にしかならない。
「即位は、強行されそうなのですか、義兄上」
新主践祚。主上の詐称など許されるのか。渡辺惣官あたりならば、激怒しそうな話じゃな。
「義仲の横暴でもあれば、新主践祚も止められようが、七条院御所は強行されるつもりだ」
「兄上。平家との戦は船戦となれば、神器を失うことも考えられましょう、それでは東宮様が、詐称の責をとることとなります」
宗実が、訊いてくる。
今の東宮が反対しても、主上あっての京洛とあれば、七条院御所は強行することになるのであろうな。
「ならば、今上も神器も奪うか、宗実」
「えっ、一、」
「義兄上。今東宮様は、今上様の弟宮だけど、歳は上なのだろう」
「あぁ、東宮様は、祖父清盛の命によって、今上の弟宮とされているが、宗実より一つ二つ上であったはず」
「二つ上だよ、兄上」
あたしは、確認するべき話をした。
「義兄上、確認だ。今上は、まだ五歳の幼子だけど、廃位となれば、斬首にでもなるのかい」
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「なら、義兄上。京洛へ三種の神器を戻し、伊豆へ今上を連れ出しても文句は言われないわよね」
そう言った。
「鎌倉殿は、それで良いのか、一」
「あら、宗実。鎌倉殿にとっては、義経や範頼が、手柄を独占する方が問題になるわ。それに、平家嫡流宗盛の一族が滅びるならば、さして問題にはならないでしょ」
そう言い切ると、宗実の顔が明るくなり、笑顔になった。うん、可愛い、可愛いッ、可愛いぞ。だめだ、にやけ顔が止まらないじゃないか、あぁぁ。
そんなあたしが、葛藤していると、維盛が、感心したように、
「凄いな、一殿は。さすがに、為朝殿の後を継ぐ、八幡衆が主よ」
ちょっと、あたし自身を誤魔化すように、あたしは言葉を繋ぐ、
「あら、義兄上。今の八幡衆が主は、為頼よ。まぁ、あの子は、海賊退治と伊豆の仕事だけで、無理って泣き叫んでるけどね」
「それでか、伊勢から西に、為頼殿が来られぬというのは」
「距離が遠くなれば、面倒事は増えるわ」
「そうか、難しいのだな、一殿」
まぁ、維盛義兄上の遠征失敗は、兵粮の届かない先に行こうとすることね。それは、範頼や義経も同じよね。福原や摂津での長期戦になれば、互いに疲弊するだけだから、宗盛の交渉が上手く行くこともあるわね。その時は、維盛義兄達を坊津から外に逃がせばいいか。宰相清盛が都を源氏が見事に落せるかどうかよね。
「義兄上、三年です。三年、福原の大輪田泊と屋島を維持できれば、西国は、平家の勢力で治められます。いかに七条院御所が反対されても、新たな今上様が、宗盛を説得することとなります」
「東を源氏、西を平氏ということか、一殿」
「はい。ですが、もしも、福原が落ち、屋島が落ちることがあれば、建礼門院様を説得して下さい。その時は、あたしと宗実で今上様と三種の神器を強奪します。それで、良いよね、宗実」
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指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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