平家日章は沈まず

Ittoh

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伊豆源氏の惣領姫

福原陥落と京洛事情

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「講談師、見てきたように嘘を吐く」ではありますが、真実があってこその嘘であります。
 範頼と義経による、福原侵攻は、凄まじい平家の反撃によって、幕を開けました。北宋より亡命した、凌振伝来の大筒を唐船に乗せて、海上より砲撃を加えると、轟音と衝撃で、馬が怯え、正面から攻め込もうとした、範頼の軍勢は、大規模な撤退を余儀なくされていた。このため、大輪田泊に近寄ることもできない状況となっていた。
 範頼は、湊川沿いに山手に迂回したものの、雪見御所の川岸には、大筒御台が造られていて、近寄る源氏に向かって砲撃が加えられ、なかなかに攻め込めないでいた。
 しかしながら、義経率いる別動隊が、丹波から有馬街道を南下して、途中から西に鵯越の山道を抜けて、大きく西からの突破を図った。世に鵯越の逆落としと呼ばれる、奇襲戦法である。義経は、そのまま、周囲の寺社や屋敷を焼き払いながら、海岸線へ進み、西国街道を護る、一の谷を襲撃し、そのまま陥落させた。



 正面に展開してた、範頼率いる源氏本隊を相手とするため、平家は総力をあげて、湊川沿いに展開していたため、大規模な迂回行動から、西国街道の西を護る一の谷が陥落すると、丹波から西へ陸路で行動できるようになる。山陽道側の瀬戸内航路が落ちれば、平家の本領が失われる。
 また、湊川沿いの防衛線は、東からの侵攻に備えたため、西側はがら空きであった。このため、山手川の前線雪御所から撤退するため、平家方は多くの兵を死なせていくこととなる。大輪田泊の平家唐船に乗っていた宗盛は、大船は小舟や関船による平家方の収容を急ぎつつ、雪御所からの今上の撤収を急がせた。足弱い女御衆の撤収支援のため、平家は多くの犠牲を払うこととなった。
 維盛は、雪見御所の北東に配した、大筒御台から御所を護っていたが、今上の撤収を知ると、一門諸将を率いて、今上帝や建礼門院様の撤退支援へと移っていった。父の台より従った、家人の大半を失い、清経や師盛など一門の大半が討ち死にしながらも、なんとか大輪田泊よりの脱出に成功した。
 この戦の中で、炎上する福原から立ち昇る煙は、難波湊からも見えたと言う。



 維盛義兄様が帰った後、それこそ、宗実とイチャラブ全開であったあたしと宗実であったが、しばらくぶりに、甲板で皆と夕餉を愉しもうとしていると、夕陽が落ちる西側で大きな煙が上がるのが見えた。
「御方様。あの方角は、福原です」
茜が言うまでもなく、方角から大体の検討はついていた。
「一年も支えられぬとはな」
溜息混じりに、呟いた。
 これで、平家に後は無い。瀬戸内航路の拠点は、大輪田泊に屋島を含めた讃岐の湊にある。大輪田泊を失えば、播州は源氏のものじゃし、備州一帯が危険に晒される。瀬戸内の兵粮は、播州備州安芸の生産力に頼っている。播州、備州を失えば、数万の兵を支えることはできん。正面切って源氏とは戦えなくなる。
 海上をいかに、大船や唐船で制しても、よるべき湊が落ちれば、もはや航路としては維持できぬ。
「駄目か、一」
宗実が心配そうに訊く。うん。心配そうな顔も、いかん、少し良いと思ってしまうぞ。イケメンは、どんな顔してもイケメンというのは本当なのだな。
「宗実。大輪田泊は、平家の本領にして、平家水軍本拠でもある。大輪田泊が落ちれば、もう平家は、正面から源氏とは戦えない」
あたしは、宗実を胸に抱くようにギュッとして、慰めるように抱いた。皆の様子に、千丸が怖がってあたしにしがみついてきて、由依が宗実にしがみついた。
「煙の様子からすれば、昼から燃えているようじゃ。早船であれば、そろそろ、連絡が来ても良いハズ」
難波湊は、狐火による高燈籠を掲げた、大湊であった。浅瀬も多く、波読みが難しいが、陽が落ちても湊に着けることができるように造られた湊であった。
 戦の様子については、夕餉が終わる頃には、早船の八幡衆から届いていた。宗実の兄清経や師盛の討ち死にや家人衆の大半を失う大敗北が、義経の迂回と奇襲と共に伝えられた。



あたしは、八幡衆の報告を確認していた。
「ほぉ、すると、丹波から有馬街道へ出て鵯越を抜けて、福原の西に出たのか義経は」
「はい」
「そして、福原周辺から大輪田泊を焼き払ったと言うのじゃな」
「はい、福原へ落ちた貴族衆だけでなく、大輪田泊の町衆にも多大の被害がでております」
「宗盛は、建礼門院様や今上様を連れて、海へ逃れたか」
「はっ。しかしながら、雪見御所から大輪田泊の間で、平家一門家人の大半を失ったと思われます」
 ふんっ。義経は、急ぎ戦の決戦好きか、鞍馬の天狗共が考えそうなことよ。あやつらは、唐の兵書に毒され過ぎじゃ。宰相殿が築いた福原の護りは、東からは湊川、西からは妙法寺川そう簡単には抜けぬ。中央の裏手となる鵯越からの奇襲による防衛線の迂回は、確かに兵法通りでもあろう。
 だからと言って、火攻めでは須磨や福原の民草にまで被害がでる。義経には、敵しか見えていない。被害を受けて、恨みを買うということが理解できていない。負けることを考えず、勝っている間しか許されない戦い方じゃ。
「気に入らん。戦の仕方じゃ」
「一、どうしたの」
「戦は、勝たねばならぬ。それはわかるが、やり過ぎじゃ民草の被害からすれば、しばらく大輪田泊は、使えん湊となるぞ」
「御方様、しかしながら、義経は、平氏が逃げるにあたって火を付けたと吹聴しております」
「ほぉ、ならば、平家一門の首は、いくつか火災の犯人扱いだろうな」
「は、火付けの下手人として、平盛俊、平忠度と平清経様が掲げられていました」
そのことを聞くや、宗実は、叫んだ。
「清経兄者はそんなことをせん」
「宗実。落ち着け。使者を怒ってはいかん」
あたしは、宗実をそのまま抱き留めていた。宗実は、悔しそうにしていた。
すまなそうにうなだれていた、使者へ
「二三日もすれば、首改めも終わろう。討ち死にした者は記載される。出来る限り調べて報せて貰えるか。本当にご苦労であった。今宵は、この船で休むが良い」
「は。ありがたき幸せでございます」
平伏した使者の後ろに控えた茜に向かって、
「茜。潮湯の用意を。今宵は、使者殿が一番湯じゃ」
「はい。お任せを」
そのまま侍女達に使者を案内させていった。
 あたしは、溜息をつきながら、
「福原を一年も保てぬ上、この様では、宗盛の器量は底が知れたの」
残念そうに言った。
「えっと、何かあった一」
不思議そうに、宗実が見上げてくる。子犬のように可愛いぞ、宗実。撫でたくなる、、、止まらず、撫でまわし始めてしまった。
「あぁ、討ち死にの名前が判れば、はっきりするけど、死んだ一門家人は、宗盛の兄弟一門家人衆。恐らく、宗盛自身の一門家人衆はいないと思う」
「一、それって」
「源氏と正面で戦っていたのは、義兄維盛様や、教盛、忠度の一門衆。宗盛は最初から唐船に乗っていたのであろうよ」
「そ、そんな」
 宗盛は、宰相殿が一門衆ですら信用できていないみたい。これじゃぁ、戦にはならないねぇ。頼盛の義叔父上は、山科で義仲と戦準備に追われる中、宗盛に見捨てられて、鎌倉殿の下へ奔って厚遇されているか、、、
「頼盛殿は、京洛におられたな」
「え、あぁ。維盛兄上の文に書かれていた」
「宗実。八条院は、賀茂斎宮家の姫宮じゃ、賀茂斎宮を通じて頼盛殿に会おう」
「一。頼盛殿に何を」
「後白河院への奏上を願う。東宮即位の儀、今しばらくお待ちいただくようにとな」
「一。それじゃぁ、今上帝と神器を奪うのか」
「あぁ。宗盛に屋島は護れぬ、彦島も護りきれまい。下関と門司の海峡あたりが最期の戦場となろう。その戦場を駆けて、今上帝と三種の神器を宗盛から強奪する。今上帝と三種の神器を京洛に迎える支援を、頼盛殿に頼む」
「わかった。一。でも、良いのかな」
最期の決戦場に飛び込むとなれば、死を覚悟の戦ともなる。宗実は、あたしに抱かれながらも、あたしを心配してくれていた。
「良いんだよ、宗実。あたしは、父為朝の笹竜胆を咲かせる戦場を得られる。そして、つまには、平家一門の意地って奴を贈れるからね」
「平家一門の意地」
「あぁ、宗実。平家が滅びるのは、時の流れかもしれないけど、ただ、源氏の世になるのは、面白くないじゃないか」
「面白くないか」
「当たり前だ、宗実。父為朝は、嵯峨院に命を賭けて、鎌倉殿が父上とつまが祖父宰相殿に弓を引いた。嵯峨院がために、国を出たのは父上だ。あたしは、宰相殿と義父上につまを求めて、宗実を得た。あたしには、宰相殿と義父上への恩義がある」
「恩義なのか、一」
「うん。恩義。宰相殿と義父殿には、最高のつまを貰ったからな、源氏の勝ちっぱなしにはしないさ」
首筋まで、真っ赤に染まる、宗実をギュッと抱いて、あたしは言葉を続ける。
「笹竜胆は、河内源氏の家紋だからな。鎌倉殿には、勝利の総取りは源氏ということで、恩を売るさ」
あたしは、羞恥に染まる宗実を抱きしめながら、声にだして笑った。
 侍女達だけでなく、八幡衆までが、何事かと集まるくらいに、笑い声は、帆無八丈「癸巳きし」に響いていた。
 そうして、集まって来た者達へ、あたしは宣言した。

「戦だよ。準備しなッ」
「「「「おぅッ」」」」
皆々の轟くような応えが、さらに「癸巳きし」を震わせていった。
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