6 / 7
伊豆源氏の惣領姫
平家日章は沈まず 平家日章は翻る
しおりを挟む
「講談師、見てきたように嘘を吐く」ではありますが、真実があってこその嘘であります。
範頼が大将となった本隊は、彦島を中心とする平家の抵抗を受けたものの、豊後佐賀関へ上陸し、筑前の平氏方を破り、彦島の平家一門を孤立させたのであります。
つまりは、義経がようやく編成した水軍を率いて彦島の決戦に向かった時には、源平合戦としての趨勢はほとんど決まっていたのであります。
ここに、「壇ノ浦の合戦」と後世に呼ばれ、平家一門の最期が語られる、合戦の幕が上がったのであります。
平家一門にとって、陸上で敗れても、海上で勝利しつづけた、海戦で敗れることは、すべての利権を失うことでもあり死を意味していた。摂津渡辺党、伊予河野党、熊野湛増党を率いた義経の水軍に対して、宗盛を大将とする平家一門は、総力を挙げて迎撃の兵船を出撃させた。肥前松浦党や筑前山鹿党を含め、唐船、大船五百艘が、潮流に乗って東へと駆けていきました。
八百四十艘と数は多いが、小舟が多い源氏に対して、巨大な大船を並べ、唐船から大筒すら撃ち込むと、小舟は至近に着弾しただけで転覆する船もあって、平家水軍は勢いに乗って、大きく源氏水軍を押しまくっていったのであります。
既に所領の大半を失った平家水軍には、大筒が必要とする火薬を手に入れることは難しく、矢を含めた兵粮の補給にすら事欠く状況でありました。
この状況で宗盛の弟知盛は、火薬や矢を節約を図り、囮とした唐船を先行させて源氏を引き寄せ、乗船したところを沈めるという、作戦を展開したのであります。いくつかの唐船が、乗り込んできた源氏の武士達と共に沈んでいくのでした。
ただ、この戦法は、囮を隠匿するため、末端の兵士までは知らされていませんでした。結果として、平家方の唐船が、源氏の攻撃を受けて、次々と沈められているように見えてしまっていたのであります。
平家方の兵卒が、ヤバいと思い始めた時、帆無八丈「癸巳」が満珠島を廻って、並みいる源氏の兵船を分け入って、平家の軍船に向かって突っ込んでいったのであります。
そんな、帆無八丈「癸巳」の甲板には、二人の男女が並んでいました。男は、小柄ながら、平家の光源氏とも言われた維盛の実弟で、幼少なれど美男子宗実。女は、醜悪は見る者によって天地に開く、六尺近い長身に、ボンキュゥボンの艶姿を持つ、益荒女一姫。
二人の姿は、遠目にも目立つくらいの、艶姿でありました。
「宗実、大丈夫かい」
「ああ。大丈夫だ、一」
二人の掛け声が、瀬戸内に響きます。舳先には、笹竜胆の旗を掲げて、五頭立てのミズチが曳く、帆無八丈は、風向きに関係なく、船団の中へと突っ込んでいきました。舷側に、源氏の白旗が翻ります。
源氏の大将義経が叫びます。
「あれは、どこの船だ」
供柄が応えて曰く、
「旗は、笹竜胆。河内源氏が御旗にございます」
此度が、初陣の宗実でありますが、緋色盾無と呼ばれる大鎧を身に付けて、金色の日輪を飾った兜で飾り、堂々たる姿にございました。遠目にも眩い姿の麒麟児にございます。
さて、戦場の華とも言うべき、天下無双の豪傑、古今東西比ぶる者無しと言われた、鎮西八郎為朝が嫡女、当代随一の益荒女一姫は、ボンキュゥボンの肢体を包む、大きな胸乳のために胸を拡げ、キュッと腰回りを絞った、特製の白糸鋼縫いの大鎧、鐵に白糸の刺繍と益荒女一姫白い肌が華やかに彩ります。
一姫は、大上段に舳先に立ちて、大音声にて宣告します。
「遠からん者は、音に聞け。鎮西八郎為朝が嫡女一なり。父には及ばぬまでも、四人張り十五束の弓引く益荒女一姫に手向かう勇気ある者は、名乗り出よッ」
四人張り十五束の弓に、八分柄五尺の矢に七寸の平鏃をつがえると、囮として使われた唐船に向かって射放ち、唐船が舷側を撃ち砕いて横転させて、そのまま壇ノ浦へと沈めるのでありました。
それはもう、凄まじいまでの威力で在り、紅旗の平氏、白旗の源氏、両陣営が唖然とする光景でもありました。
武にあって、あまり目立てぬ、義経は、凄まじい弓勢に気圧されながらも、声を枯らして叫びます。
「益荒女一人に手柄取られるは、坂東武者が恥辱なり、各々、突撃じゃぁッ」
義経の叫びに呼応するかのように、源氏の関船、早船が平家方に向かって突撃していくのでありました。
そのまま源氏の船団を駆け抜け、平家の船団に分け入ると、源氏の白旗と一緒に、舷側に平氏の紅旗が掲げられます。紅白揃い踏みの舷側の旗に、平家の大将宗盛の対応が止まり、駆け抜ける船の動きに平氏側が対応できません。
そして、緋色盾無と呼ばれる大鎧を身に付けて、金色の日輪を飾った兜で飾り、堂々たる姿にございました。遠目にも眩い姿の宗実が、幼いながらも、必死に音声上げて叫びます。
「我は、日ノ本が宰相清盛が嫡男重盛が末子、宗実。今上帝に御目通りを願う」
そして、剣でも槍でも無く、紅の色に染め抜いた旗に、金糸で刺繍された日輪を描いた「平家日章」が旗印を掲げて、舳先に立ちます。
この宗実の音声に怒ったのは、義経でありました。
この戦は、確かに源平最期の決戦で在りますが、義経の目的は、今上帝を平家より奪い返し、三種の神器と共に、自分が京洛へと凱旋することにあります。それでこその、七条院御所(後白河院)の覚えめでたく出世できるというものであります。
怒りに任せて、兵船を突撃させると共に、非常な命を下します。
「平家の舵取り、漕ぎ手も、敵なれば、射殺せぇッ」
当時の海戦で、非戦闘員である、漕ぎ手や舵取りを狙うことは、恥ずべき行為とされていました。
されど、義経にとって、目的はすべての手段を正当化したのであります。
漕ぎ手や舵取りを狙われたことで、平家の兵船の動きは乱れていきます。
「おのれ、卑怯なり義経ぇッ。突っ込めぇッ」
大音声上げて、突撃をするは、平家一門きっての武士、「王城一の強弓精兵」と呼ばれた平教経でありました。突撃してくる源氏の兵船に斜めに切り上がるように操船すると、義経の関船に叩き突けるようにぶつけて、飛び乗ったのであります。
「義経ぇッ」
凄まじい、暴虐の嵐は、義経の周囲を固めた兵達を薙ぎ払うように投げ飛ばしては進んできます。義経の大将船から少し離れてしまっていた、平家方の矢から義経を護っていた弁慶が立ちはだかろうとすると、義経は、後方から突っ込んできた、源氏の早船に飛び移ったのであります。教経は、義経を追って、そのまま飛び移ります。
早船から、早船へと飛び移る義経に、追いかける教経、戦場の混乱とはいえ、良くも飛んだり良くも追ったり、そんな「八艘飛び」の故事が生まれた瞬間にございます。
既に平家唐船は、大筒の火薬も尽き、射るべき矢すら射尽している船が殆どでありました。
まだ、余力の大きい、山鹿の大船に宗盛達が乗り込み、女御衆と主上は、松浦党が大船に乗り込んでいたのであります。
御座船となった、松浦大船の中で、維盛は、建礼門院徳子様を説いておりました。
「何卒、日ノ本がため、今上帝と神器を奉じて、京洛へ還行するに願いまする」
「日ノ本が為か、維盛」
「は。平家が滅びるは、武家の習いなれど、ここで今上帝と神器を共に失うは、日ノ本が大事を失うことにございます」
「しかし、源氏に捕まり、無情の恥辱を受けるのではないか、維盛」
「我が、弟宗実がこの戦塵を駆けて参ります。何卒、弟宗実にお預けいただきたく願います」
「おぉ、宗実が来るのか、しかしまだ幼いであろうに」
「しかし、宗実が妻は、益荒女なれど、天下無双の武士為朝が嫡女にございます」
そこへ、二位尼時子様が参られました。
「来ました。平家日章を掲げる、緋色盾無の大鎧を着ける、武士、宗実です」
「二位尼様、本当に宗実が来たのですか」
「はい」
「二位尼様、今上をお連れします。甲板に上がれば見えるのですね」
「ええ、そうですよ。あたしは、神器の方を運びます」
この時、二位尼時子は、八尺瓊勾玉を身に付けて、八咫鏡を懐中にしまい、天叢雲剣を携えて甲板へと出たと伝えられます。
そして甲板で見た光景は、源平に関係なく、群れ寄る船を、強弓から放たれた矢で、次々と舷側を砕き、帆桁を砕き落とす、豪勇無双の益荒女の姿であり、その後ろで、揺れる甲板で必死に、平家日章の旗を掲げる、#益荒男_ますらを__#の姿でありました。
維盛は、松浦大船の舳先へ立ち、平家の紅旗がポンポンと翻る中で、一振りの白旗を翻し振って、場所を示したのでありました。
帆無八丈「癸巳」の八幡衆は、船を松浦大船に擦るように寄せて、船板を繋ぎます。
「二位尼様、建礼門院様、今上帝を連れてお早く」
「宗実か、ほんに立派になったものよのぉ」
「ほほほ。二位尼様の仰る通り、ほんに立派な武者振りよな」
まぁ、命懸けであっても、女子という者は、どこに居ても時間がかかるものにございます。足弱という言葉がありますが、宵闇日ノ本の現実から言いますと、女の足が弱いのではなく、何事にもいろいろと余計に時間をかけるのが女ということらしゅぅございます。
なんとか、二位尼様、建礼門院様、今上様を含め、女官達が移乗に成功した頃、源氏や平氏の早船や関船もまた、周囲を囲んでいったのでありました。
「あ、兄上も早くッ」
叫ぶ宗実の声は届かず、維盛は、船を繋ぐ船板を蹴り飛ばし、手にした槍の石突で押し出すのでありました。そして、維盛は、宗実に叫びます。
「ははは、宗実。見事、この囲みを抜けて京洛へ行けッ」
松浦大船の舵手、船子達は、舵を切り、帆を操って、大きく旋回する「癸巳」の先に出ると、船に乗っていた、舵手、船子達は次々と海へと飛び込んでいきます。維盛は、甲板に積んだ油樽を次々と槍で叩き壊していきます。
「あ、兄上ぇッ」
宗実の叫びに、応える兄維盛が声が響きます。
「宰相清盛が嫡男にして、小松内大臣重盛が嫡男、小松中将維盛が最期、とくとご覧そうらえッ」
船上で焚いていた松明を押し倒し、流れ出た油に炎が広がって行ったのであります。
これが、世に伝わりし、火船を持って拓いた、平家嫡流、小松中将維盛が最期にございます。
炎上し、風に乗って駆ける松浦大船が、群れ為して集まる船を切り開くように分け入って、炎上しながら徐々に沈みゆくのでありました。
これを、山鹿の大船から眺めた知盛は、大きく笑って言います。
「ははっは、平家日章は、平家嫡流の証ということか、見事なり維盛。やはり重盛兄者が無くなったのが、つくづく残念でならぬわ」
そして、言い放ち轟くように叫びます。
「平家が兵達よ、よっく聞けぇぃッ。平家がここで滅びようと、あの平家日章を沈ませては、平家が武士の名折れぞッ。護れいッ」
山鹿党の大船は、平家日章を護るように、源氏の船団に斬り込むように突っ込んでいった。
「秀遠殿。忝い。この知盛、感謝の極み」
「なんの、あれだけ見事な覚悟。流石は平家の方が覚悟は違いますな」
源氏の船団を駆け抜けた、帆無八丈「癸巳」の姿を見届けると、知盛は、
「ははは、見るべき程の事をば見つ。そんなところよな、秀遠殿」
つかつか舷側の碇を力に任せて担ぎ上げた。山鹿秀遠が叫ぶ
「知盛殿ッ」
「はははは、よぉっく見よ。これが、新中納言知盛が最期ぞ」
叫ぶやいなや、碇を担いだまま、海へと飛び込むのであった。これが、世に伝わりし、碇知盛が最期にございます。
敗れし平家の一族一門は、次々と討たれるか、入水するなどしていくのでありました。
されど、大将宗盛は、一門が最期を遂げる中、海へ飛び込んだものの、死にきれずに、義経が捕虜となったのでありました。
壇ノ浦の合戦に勝利したハズの義経は、去りゆく帆無八丈「癸巳」の姿を見て怒り狂っていた。 そして、捕虜となった平家総大将宗盛と嫡男清宗が連れて来られると、
「無様なり。これが、海に消えた平家一門が頭領か」
吐き捨てるように言って、斬り捨てたのでありました。これは、法に従ったことでなく、情に酔った行動でありました。後に頼朝が、義経の罪状を述べ、義経追討の宣旨を受けるにあたって、壇ノ浦の戦いでの捕虜となった宗盛を斬り捨てたことも書かれていたのであります。
宗盛が嫡男清宗を含め、生き残った一族の者達は、鎌倉に連行され、頼朝に謁見した後に、斬首となりました。
これにて、壇ノ浦が合戦の談。終幕にございます。
範頼が大将となった本隊は、彦島を中心とする平家の抵抗を受けたものの、豊後佐賀関へ上陸し、筑前の平氏方を破り、彦島の平家一門を孤立させたのであります。
つまりは、義経がようやく編成した水軍を率いて彦島の決戦に向かった時には、源平合戦としての趨勢はほとんど決まっていたのであります。
ここに、「壇ノ浦の合戦」と後世に呼ばれ、平家一門の最期が語られる、合戦の幕が上がったのであります。
平家一門にとって、陸上で敗れても、海上で勝利しつづけた、海戦で敗れることは、すべての利権を失うことでもあり死を意味していた。摂津渡辺党、伊予河野党、熊野湛増党を率いた義経の水軍に対して、宗盛を大将とする平家一門は、総力を挙げて迎撃の兵船を出撃させた。肥前松浦党や筑前山鹿党を含め、唐船、大船五百艘が、潮流に乗って東へと駆けていきました。
八百四十艘と数は多いが、小舟が多い源氏に対して、巨大な大船を並べ、唐船から大筒すら撃ち込むと、小舟は至近に着弾しただけで転覆する船もあって、平家水軍は勢いに乗って、大きく源氏水軍を押しまくっていったのであります。
既に所領の大半を失った平家水軍には、大筒が必要とする火薬を手に入れることは難しく、矢を含めた兵粮の補給にすら事欠く状況でありました。
この状況で宗盛の弟知盛は、火薬や矢を節約を図り、囮とした唐船を先行させて源氏を引き寄せ、乗船したところを沈めるという、作戦を展開したのであります。いくつかの唐船が、乗り込んできた源氏の武士達と共に沈んでいくのでした。
ただ、この戦法は、囮を隠匿するため、末端の兵士までは知らされていませんでした。結果として、平家方の唐船が、源氏の攻撃を受けて、次々と沈められているように見えてしまっていたのであります。
平家方の兵卒が、ヤバいと思い始めた時、帆無八丈「癸巳」が満珠島を廻って、並みいる源氏の兵船を分け入って、平家の軍船に向かって突っ込んでいったのであります。
そんな、帆無八丈「癸巳」の甲板には、二人の男女が並んでいました。男は、小柄ながら、平家の光源氏とも言われた維盛の実弟で、幼少なれど美男子宗実。女は、醜悪は見る者によって天地に開く、六尺近い長身に、ボンキュゥボンの艶姿を持つ、益荒女一姫。
二人の姿は、遠目にも目立つくらいの、艶姿でありました。
「宗実、大丈夫かい」
「ああ。大丈夫だ、一」
二人の掛け声が、瀬戸内に響きます。舳先には、笹竜胆の旗を掲げて、五頭立てのミズチが曳く、帆無八丈は、風向きに関係なく、船団の中へと突っ込んでいきました。舷側に、源氏の白旗が翻ります。
源氏の大将義経が叫びます。
「あれは、どこの船だ」
供柄が応えて曰く、
「旗は、笹竜胆。河内源氏が御旗にございます」
此度が、初陣の宗実でありますが、緋色盾無と呼ばれる大鎧を身に付けて、金色の日輪を飾った兜で飾り、堂々たる姿にございました。遠目にも眩い姿の麒麟児にございます。
さて、戦場の華とも言うべき、天下無双の豪傑、古今東西比ぶる者無しと言われた、鎮西八郎為朝が嫡女、当代随一の益荒女一姫は、ボンキュゥボンの肢体を包む、大きな胸乳のために胸を拡げ、キュッと腰回りを絞った、特製の白糸鋼縫いの大鎧、鐵に白糸の刺繍と益荒女一姫白い肌が華やかに彩ります。
一姫は、大上段に舳先に立ちて、大音声にて宣告します。
「遠からん者は、音に聞け。鎮西八郎為朝が嫡女一なり。父には及ばぬまでも、四人張り十五束の弓引く益荒女一姫に手向かう勇気ある者は、名乗り出よッ」
四人張り十五束の弓に、八分柄五尺の矢に七寸の平鏃をつがえると、囮として使われた唐船に向かって射放ち、唐船が舷側を撃ち砕いて横転させて、そのまま壇ノ浦へと沈めるのでありました。
それはもう、凄まじいまでの威力で在り、紅旗の平氏、白旗の源氏、両陣営が唖然とする光景でもありました。
武にあって、あまり目立てぬ、義経は、凄まじい弓勢に気圧されながらも、声を枯らして叫びます。
「益荒女一人に手柄取られるは、坂東武者が恥辱なり、各々、突撃じゃぁッ」
義経の叫びに呼応するかのように、源氏の関船、早船が平家方に向かって突撃していくのでありました。
そのまま源氏の船団を駆け抜け、平家の船団に分け入ると、源氏の白旗と一緒に、舷側に平氏の紅旗が掲げられます。紅白揃い踏みの舷側の旗に、平家の大将宗盛の対応が止まり、駆け抜ける船の動きに平氏側が対応できません。
そして、緋色盾無と呼ばれる大鎧を身に付けて、金色の日輪を飾った兜で飾り、堂々たる姿にございました。遠目にも眩い姿の宗実が、幼いながらも、必死に音声上げて叫びます。
「我は、日ノ本が宰相清盛が嫡男重盛が末子、宗実。今上帝に御目通りを願う」
そして、剣でも槍でも無く、紅の色に染め抜いた旗に、金糸で刺繍された日輪を描いた「平家日章」が旗印を掲げて、舳先に立ちます。
この宗実の音声に怒ったのは、義経でありました。
この戦は、確かに源平最期の決戦で在りますが、義経の目的は、今上帝を平家より奪い返し、三種の神器と共に、自分が京洛へと凱旋することにあります。それでこその、七条院御所(後白河院)の覚えめでたく出世できるというものであります。
怒りに任せて、兵船を突撃させると共に、非常な命を下します。
「平家の舵取り、漕ぎ手も、敵なれば、射殺せぇッ」
当時の海戦で、非戦闘員である、漕ぎ手や舵取りを狙うことは、恥ずべき行為とされていました。
されど、義経にとって、目的はすべての手段を正当化したのであります。
漕ぎ手や舵取りを狙われたことで、平家の兵船の動きは乱れていきます。
「おのれ、卑怯なり義経ぇッ。突っ込めぇッ」
大音声上げて、突撃をするは、平家一門きっての武士、「王城一の強弓精兵」と呼ばれた平教経でありました。突撃してくる源氏の兵船に斜めに切り上がるように操船すると、義経の関船に叩き突けるようにぶつけて、飛び乗ったのであります。
「義経ぇッ」
凄まじい、暴虐の嵐は、義経の周囲を固めた兵達を薙ぎ払うように投げ飛ばしては進んできます。義経の大将船から少し離れてしまっていた、平家方の矢から義経を護っていた弁慶が立ちはだかろうとすると、義経は、後方から突っ込んできた、源氏の早船に飛び移ったのであります。教経は、義経を追って、そのまま飛び移ります。
早船から、早船へと飛び移る義経に、追いかける教経、戦場の混乱とはいえ、良くも飛んだり良くも追ったり、そんな「八艘飛び」の故事が生まれた瞬間にございます。
既に平家唐船は、大筒の火薬も尽き、射るべき矢すら射尽している船が殆どでありました。
まだ、余力の大きい、山鹿の大船に宗盛達が乗り込み、女御衆と主上は、松浦党が大船に乗り込んでいたのであります。
御座船となった、松浦大船の中で、維盛は、建礼門院徳子様を説いておりました。
「何卒、日ノ本がため、今上帝と神器を奉じて、京洛へ還行するに願いまする」
「日ノ本が為か、維盛」
「は。平家が滅びるは、武家の習いなれど、ここで今上帝と神器を共に失うは、日ノ本が大事を失うことにございます」
「しかし、源氏に捕まり、無情の恥辱を受けるのではないか、維盛」
「我が、弟宗実がこの戦塵を駆けて参ります。何卒、弟宗実にお預けいただきたく願います」
「おぉ、宗実が来るのか、しかしまだ幼いであろうに」
「しかし、宗実が妻は、益荒女なれど、天下無双の武士為朝が嫡女にございます」
そこへ、二位尼時子様が参られました。
「来ました。平家日章を掲げる、緋色盾無の大鎧を着ける、武士、宗実です」
「二位尼様、本当に宗実が来たのですか」
「はい」
「二位尼様、今上をお連れします。甲板に上がれば見えるのですね」
「ええ、そうですよ。あたしは、神器の方を運びます」
この時、二位尼時子は、八尺瓊勾玉を身に付けて、八咫鏡を懐中にしまい、天叢雲剣を携えて甲板へと出たと伝えられます。
そして甲板で見た光景は、源平に関係なく、群れ寄る船を、強弓から放たれた矢で、次々と舷側を砕き、帆桁を砕き落とす、豪勇無双の益荒女の姿であり、その後ろで、揺れる甲板で必死に、平家日章の旗を掲げる、#益荒男_ますらを__#の姿でありました。
維盛は、松浦大船の舳先へ立ち、平家の紅旗がポンポンと翻る中で、一振りの白旗を翻し振って、場所を示したのでありました。
帆無八丈「癸巳」の八幡衆は、船を松浦大船に擦るように寄せて、船板を繋ぎます。
「二位尼様、建礼門院様、今上帝を連れてお早く」
「宗実か、ほんに立派になったものよのぉ」
「ほほほ。二位尼様の仰る通り、ほんに立派な武者振りよな」
まぁ、命懸けであっても、女子という者は、どこに居ても時間がかかるものにございます。足弱という言葉がありますが、宵闇日ノ本の現実から言いますと、女の足が弱いのではなく、何事にもいろいろと余計に時間をかけるのが女ということらしゅぅございます。
なんとか、二位尼様、建礼門院様、今上様を含め、女官達が移乗に成功した頃、源氏や平氏の早船や関船もまた、周囲を囲んでいったのでありました。
「あ、兄上も早くッ」
叫ぶ宗実の声は届かず、維盛は、船を繋ぐ船板を蹴り飛ばし、手にした槍の石突で押し出すのでありました。そして、維盛は、宗実に叫びます。
「ははは、宗実。見事、この囲みを抜けて京洛へ行けッ」
松浦大船の舵手、船子達は、舵を切り、帆を操って、大きく旋回する「癸巳」の先に出ると、船に乗っていた、舵手、船子達は次々と海へと飛び込んでいきます。維盛は、甲板に積んだ油樽を次々と槍で叩き壊していきます。
「あ、兄上ぇッ」
宗実の叫びに、応える兄維盛が声が響きます。
「宰相清盛が嫡男にして、小松内大臣重盛が嫡男、小松中将維盛が最期、とくとご覧そうらえッ」
船上で焚いていた松明を押し倒し、流れ出た油に炎が広がって行ったのであります。
これが、世に伝わりし、火船を持って拓いた、平家嫡流、小松中将維盛が最期にございます。
炎上し、風に乗って駆ける松浦大船が、群れ為して集まる船を切り開くように分け入って、炎上しながら徐々に沈みゆくのでありました。
これを、山鹿の大船から眺めた知盛は、大きく笑って言います。
「ははっは、平家日章は、平家嫡流の証ということか、見事なり維盛。やはり重盛兄者が無くなったのが、つくづく残念でならぬわ」
そして、言い放ち轟くように叫びます。
「平家が兵達よ、よっく聞けぇぃッ。平家がここで滅びようと、あの平家日章を沈ませては、平家が武士の名折れぞッ。護れいッ」
山鹿党の大船は、平家日章を護るように、源氏の船団に斬り込むように突っ込んでいった。
「秀遠殿。忝い。この知盛、感謝の極み」
「なんの、あれだけ見事な覚悟。流石は平家の方が覚悟は違いますな」
源氏の船団を駆け抜けた、帆無八丈「癸巳」の姿を見届けると、知盛は、
「ははは、見るべき程の事をば見つ。そんなところよな、秀遠殿」
つかつか舷側の碇を力に任せて担ぎ上げた。山鹿秀遠が叫ぶ
「知盛殿ッ」
「はははは、よぉっく見よ。これが、新中納言知盛が最期ぞ」
叫ぶやいなや、碇を担いだまま、海へと飛び込むのであった。これが、世に伝わりし、碇知盛が最期にございます。
敗れし平家の一族一門は、次々と討たれるか、入水するなどしていくのでありました。
されど、大将宗盛は、一門が最期を遂げる中、海へ飛び込んだものの、死にきれずに、義経が捕虜となったのでありました。
壇ノ浦の合戦に勝利したハズの義経は、去りゆく帆無八丈「癸巳」の姿を見て怒り狂っていた。 そして、捕虜となった平家総大将宗盛と嫡男清宗が連れて来られると、
「無様なり。これが、海に消えた平家一門が頭領か」
吐き捨てるように言って、斬り捨てたのでありました。これは、法に従ったことでなく、情に酔った行動でありました。後に頼朝が、義経の罪状を述べ、義経追討の宣旨を受けるにあたって、壇ノ浦の戦いでの捕虜となった宗盛を斬り捨てたことも書かれていたのであります。
宗盛が嫡男清宗を含め、生き残った一族の者達は、鎌倉に連行され、頼朝に謁見した後に、斬首となりました。
これにて、壇ノ浦が合戦の談。終幕にございます。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる