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しおりを挟む駿ちゃんとの出会いは、保育園のひよこ組の頃まで遡る。
その頃から既に駿ちゃんは周りの子から浮いていた。
駿ちゃんは確かに賢い子ではあったけど、浮いていたのは賢いから、というより、プライドが高すぎるせいだった。
自信家で、自慢ばかりの駿ちゃんを周りの子は何となく避けていた。
子どもは残酷で、駿ちゃんと遊ぶときはわざとかくれんぼにして、一生懸命隠れている駿ちゃんを探さずに置き去りにして、皆で仲間外れにしていた。
僕は人より少しだけ色々なことが上手に出来た。運動も勉強も何かを一生懸命にしたことは無い。そのせいで物事への興味が薄い子供だった。
駿ちゃんが意地悪をされているのも、可哀想だな、と思いながらも、遠くからそれを眺めているだけだった。
同じひよこ組の女の子が、僕の隣の席を取り合って取っ組み合いのケンカをしたことがあった。それから、誰と遊ぶとか、誰と一緒にいるとか、そういうつまらないことでの揉め事が僕の周りで頻発するようになった。
とにかく面倒だったので、同じ組の友達と何となく距離を取るようになった。
だから、誰も近寄らない駿ちゃんの隣にいるのは、色々と都合が良かった。
駿ちゃんは僕にも他の子と同じように自慢をしてきたけど、そもそも駿ちゃんにも周りにも興味が無いから平気だった。
駿ちゃんは、自分のことを『神童』だと言った。
まだ子供の僕は、神様の子どもなんて変なの。みんなお母さんの子どもなのに、って内心で馬鹿にしていた。
保育園で逆上がりを習った日、本当は出来るけど、わざと出来ないふりをしたことがあった。ひよこ組で逆上がりが出来たのは1人か2人ぐらいで、自分が出来たら、また面倒なことになると思ったからだ。
自信満々だった駿ちゃんはちっとも出来なかった。
その日はたまたま母さんのお迎えが遅い日で、皆が次々と帰っていく中、僕と駿ちゃんだけが残された。
駿ちゃんは1人、園庭で黙々と鉄棒で、出来そうもない逆上がりに何回も何回も挑戦していた。
僕は教室で絵本を読みながら、遠くのその姿を眺めていた。
「せんせい、ぼくのおむかえ、いつくるの?」
日暮れの園庭はとても静かで、昼間、園児でいっぱいだったのが嘘のようだ。
いつもの園庭の見慣れない雰囲気が、なんだかとても心細い気持ちにさせた。
教室に居た先生のエプロンを引っ張って、不安そうに尋ねると、笑顔で頭を撫でられた。
「大丈夫よ、蓮くんのママ、今日はちょっとご用事で遅くなるって聞いているから、もうすぐよ。」
先生の足にしがみついて、園庭に目を向ける。
大きなガラス扉の向こうには、相変わらず真剣に鉄棒に向かう駿ちゃんが小さく見えた。
駿ちゃんは怖くないのだろうか。
「せんせい、駿ちゃんのおむかえは、いつもおそいの?」
「駿くんのママはお仕事が忙しくって、お迎えはいつも一番最後なの。」
今日もきっと蓮くんのほうが先よ、と、先生はまた僕の頭を撫でた。
その時の僕は、いつもお迎えが遅い駿ちゃんが可哀想で、なぜかそれにとても安心した。
僕にもどこかに皆と同じような意地悪な気持ちがあって、それを駿ちゃんに知らしめたいと思ったのかもしれない。
逆上がりの練習をする駿ちゃんのところに走り出し、駿ちゃんに声をかけた。
「駿ちゃん、なにしてるの。」
「さかあがりのれんしゅう。おれは『しんどう』だから、もうすぐできるもん。」
「むりだよ。だって、駿ちゃんぜんぜんできてないもん。」
「できるもん。すぐできるもん。」
駿ちゃんの頑なな様子に、自分の中の意地悪な気持ちがむくむくと大きくなっていく。
僕は駿ちゃんの隣の鉄棒で、くるん、と逆上がりをして見せた。
ちょっとは興味を示すと思ったのに、駿ちゃんは目もくれない。
それがとても不満だった。
「ねぇ、駿ちゃんのママ、いつもおむかえ、さいごなの?」
口に出してから、少しだけ、罪悪感を覚えた。
幼心にも、それが酷な質問だということは分かっていたから、自分がとても嫌な奴になったように感じた。
「そうだよ。うちのママはゆうしゅうだから、しごとがたくさんあるんだ。」
僕はいつもより少し迎えが遅いだけでこんなに不安になるのに、駿ちゃんは駿ちゃんのお母さんを1ミリも疑っていなかった。
駿ちゃんは何度も鉄棒を握り、逆上がりに挑戦する。
「ママはおしごとがんばってるんだ。だから、おれはぜんぜんへいき。」
そう言いながら踏み出した駿ちゃんの運動靴が、園庭の土を強く蹴り上げた。
ぐいっとお尻が持ち上がり、駿ちゃんはぐるん、と鉄棒を1回転した。
「できた…!」
そのとき、教室の方から、先生の声がした。
「駿くーん!お迎えだよー!」
駿ちゃんの目が輝いた。
僕をその場に置き去りにして、駿ちゃんは駆け出した。
スーツ姿の女性は走ってきたらしく息を切らしていたが、駿ちゃんを見ると満面の笑顔になり、両手を大きく広げた。
駿ちゃんが、そのままそこに飛び込むと、女性は嬉しそうに抱き上げた。
「すごいね駿!こんなに走るのが速いなんて、将来はオリンピック選手だね…!」
「あたりまえじゃん!おれ、さかあがりできる、てんさいだよ!」
駿ちゃんのお迎えから少し遅れて、うちの母も保育園に現れた。
駿ちゃんに意地悪をした罪悪感で口数が少ない僕に、母さんは迎えが遅くなったことを何度も謝っていた。
駿ちゃんにも母さんにも申し訳なくて、恥ずかしかった。
足取りが重いまま、家に帰ったことを今でも覚えている。
その翌日、駿ちゃんはまた、かくれんぼで放置されていた。
意地悪な子が、お迎えを待つ間、かくれんぼをしようと皆に声を掛けた。
駿ちゃんのお迎えが遅いのを知っていて、わざと駿ちゃんも誘ったのだ。
誘われた駿ちゃんは満更でもない様子で、嬉しそうに隠れ場所を探して駆け出した。
僕も誘われたけど、とてもそんな気分になれなくて断った。
そのうち、次々にお迎えが来て、かくれんぼに参加していた子がどんどん帰って行った。
鬼役の子が帰ってしまっても、駿ちゃんは園庭の植え込みのツツジの後ろにずっと隠れていた。
教室で絵本を読んでいたけど、外の様子が気になって落ち着かない。
窓から見る限り、もうかくれんぼに誘われた子は皆、帰ってしまっている。
夕暮れになり、うちの母もお迎えにやってきた。
そのまま母と手を繋いで、今日の晩御飯の話をしながら、帰路に就く。
どんどん日が沈んで、辺りは暗くなっていく。
かくれんぼに誘われて、嬉しそうだった駿ちゃんの顔が思い浮かんだ。
駿ちゃんが隠れている植え込みは、ここよりもっと暗いかもしれない。
僕は母さんの手を振りほどいて駆け出していた。
母さんが僕を呼ぶ声が聞こえたのに、僕は構わず走って園庭に駆け込んだ。
「、しゅんちゃん、みーつけた…!」
咲き誇る白いツツジの向こうに、空色のスモックを泥だらけにした駿ちゃんが膝を抱えて座っていた。
半泣きだったのか、駿ちゃんのまあるい目は、うるうると水分できらめいている。
僕を見上げると駿ちゃんはごしごしと袖口で目元を擦って、その後、うれしそうに笑った。
「、みつかっちゃったぁ…!」
そのときの駿ちゃんは、天使みたいに可愛かった。
神様の子どもって、このことだったんだ、と幼い僕は納得した。
僕と駿ちゃんはその日からずっと一緒にいる。
駿ちゃんの高すぎる自尊心も、プライドも、全部僕が守ってあげる。
あの日見た、天使みたいな可愛い笑顔を守ってあげる。
僕が駿ちゃんを、神様の子どものままでいさせてあげる。そう僕は決意したから。
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