僕が迎えに行くまで待ってて

伏見うづら

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今日も俺は図書室で当番をしながら、自主学習に勤しんでいた。


高校3年生の夏にもなると、いよいよ受験戦争も本格化してくる。
俺の志望校は家から通える距離にある国立大学で、偏差値もそれなりに高い。

謎の力により、俺の成績は中学以降、中の上ぐらいに低迷している。
これはきっと神が俺に与えた試練だ。そう考えてはいるのだが、教師からは志望校の変更を勧められていた。

予備校には通わず、自主学習のみでここまでやってきたが限界があるらしい。
ただでさえ母さんは頑張り屋で無理をするから、あまり負担をかけたくなかった。
バイトで貯めたお金を大学の入学金の足しにする予定だったが、この夏期講習からは流石にどこかの塾に通うべきかもしれない。

本当は薄々気付いている。自分が神童なんかではなく、認めたくないけど、いたって平凡だということに。


蓮は俺の第一志望と同じ大学を受けるらしい。
春からも一緒に学校に通えると信じているようだった。

平凡なくせに天才ぶっているせいで、俺は友達もほとんどいない。

でも、この世で母さんと蓮だけは、まだ俺が神童だって信じている。
母さんと蓮にがっかりされるのが怖かった。


俺はまだ特別な存在でいたかった。
母さんと、蓮と。
これからも一緒にいるために。


かくれんぼで俺はいつも独りぼっちだった。
誰も探しに来てくれなくて1人で泣いていると、公園まで心配した母さんが迎えに来たことがあった。
母さんは悲しそうに、困ったように眉を下げ、俺を抱きしめて、「駿が上手に隠れすぎて、誰も見つけられなかったのね。」と言った。

どうしても誰かに見つけて欲しくて、わざと簡単な場所に隠れたこともあった。
結局、どんなに簡単な場所に隠れても、誰も見つけてくれなかった。


辛かったけど、母さんを悲しませたくなくて、自分に暗示を掛けた。

俺は天才で、すごい子だ。
神童だから、独りぼっちでも平気だ。

そうやって自分に言い聞かせていると、意地悪をされても強い自分のままでいられた。
難しいことでも、なんでも出来るような気がした。

蓮はそんな俺をいつも、すごい、かっこいいと言ってくれた。
蓮だけは、俺がどこに隠れていても見つけてくれた。


―しゅんちゃん、みーつけた…!

俺は、蓮が探しに来てくれなくなるのが、何より怖かった。



チャイムが鳴って、生徒たちに帰宅を促す放送が流れ始めた。
辺りを片付けて、俺も帰り支度を始めた。

今日、蓮は久しぶりにバスケ部に顔を出すと言っていた。
部活に入っていない俺には分からないが、引退しても後輩の練習を見たり、そういうことがあるらしい。
受験が間近に迫ったこの時期でも、蓮は余裕そうだった。
俺が図書委員の当番であることを知っていたらしく、一緒に帰ろうというので了承した。

蓮が部活をやっていた頃は滅多になかったが、最近一緒に帰ることも多くなった。
俺が当番の日は、蓮が図書室まで迎えにきてくれる。
それがなんだかくすぐったくて、本当は嬉しいのに、俺はいつも悪態をついてしまう。


その日、蓮は練習が長引いているのか、なかなか図書室に現れなかった。
図書室を施錠して鍵を返しに行くと、蓮にメッセージを送り、職員室へ歩き出した。

職員室で鍵を返し、スマホを見たが既読はまだついていなかった。
教室で待とうと思い、廊下を進む。


ちょうど期末テストの返却も終わり、夏休み直前のそわそわした空気が校内に流れていた。
毎年夏休みはバイト漬けで、たまに蓮と出かける以外はなんの予定も無かった。
去年はイルカショーが見たいと蓮が言い出し、水族館へ行った。
その前はプールに行きたいと言うので、自転車で近くの市民プールに行った。

いつも蓮の思いつきで、何の計画もせずに出かけるから遠出はできなかったけど、俺にはそれがちょうどよくて、心地よかった。
流石に今年は受験もあるし、あんまり蓮に構ってやれそうにない。
そういえばこの間、花火がしたいとしきりに騒いでいた。
勉強の息抜きに、花火ぐらいは付き合ってやっても良いかも。
俺から誘えば、いつものように馬鹿みたいにはしゃぐだろうな、と、そんなことを考えて、思わず笑みが零れた。
ここのところ勉強優先だったから、帰りにアイスでも奢ってやろう。
蓮は俺があげるものなら、駄菓子でも、消しゴムでも、折り鶴だって、いつも大げさに喜ぶ。

同じ大学に合格したら、これからもこんな風に蓮と夏を過ごせるはずだ。
蓮のためにも、勉強を頑張らないと。

そんなことを考えながら歩いていると、教室の前に到着していた。


もう時間的に誰も居ないと思っていたのに、何名かの生徒が残っているようで、楽しそうな笑い声が聞こえる。
反射的に身を隠す。俺はクラスで浮いているから、気まずかった。

蓮と仲の良いクラスメイトの声がした。

「しかしさ、蓮もよくあんな奴と友達やってるよな。」

多分、俺のことを話している。
嫌な予感がした。

「ああいうの、ナルシストって言うんだろうな。顔も普通、頭もそんな良くないし、蓮との差ありすぎ。勘違いしすぎ。」

こういうことは、中学のときからたまにあった。
蓮は、運動も、勉強も、なんでも良くできた。
中学に入ってからは背もぐんと伸びて、おまけに顔も良いから、いつも人に囲まれていた。
そんな蓮の横に俺がいることに違和感を持つ人も少なくない。

ここから先は、聞かないほうが良いと分かっているのに、足が動かない。

「俺、あいつの進路希望調査票見えちゃったんだけどさ、A大志望らしいぜ。」

「うわ、蓮と同じじゃん。絶対無理だろうけどさ。」

心がぐしゃぐしゃになっていく。
こういうときは、自分に言い聞かせる。
俺は特別だ。大丈夫、俺は天才で、神童だから。
蓮が無邪気にすごいと言ってくれたことを思い出して、それを繰り返し、頭の中で反芻させる。
ぐしゃぐしゃにされた心を、自分で必死にまっすぐに引き延ばす。

「おまえにA大は無理だって、言ってやるのが親切じゃね?なぁ蓮、教えてやれよ、あいつに。」

蓮がそこにいるなんて、思いもしなかった。
そんなわけない。
蓮が、こんな酷いことを皆と一緒に言っているわけがない。


「わざわざ僕がそんなことする必要ないよ。」


確かに蓮の声だった。
大して興味が無さそうな声で、さも当たり前みたいに蓮は言った。
必死に引き伸ばしていた心が、ぐしゃりと大きな音を立てて握り潰される。
目の前が真っ暗になる。

教室内には笑い声が響いている。

「ひっでぇ蓮、一応幼馴染だろ。」

「でもまぁ、あいつの進路なんて、蓮には関係ないもんなぁ。」

それ以上そこに立っていられなくて、やっと動いた足で、そのまま逃げるように家に帰った。
蓮から何件もメッセージが届いていたが返事は出来なかった。

その日は一晩中、枕に顔を埋めて声を殺して泣いた。

蓮は、俺が特別ではないことを、とっくに知っていた。


全部、終わりだ。



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