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同棲三日目、街へお買い物作戦。-前編-

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「街に行くわっ!」

 唐突に彼女はそう言った。
 朝食を食べ終え、ほっと一息ついた頃だった。

「街?」

「そうよ。この二日で、色々と日用品も消耗したし買い足しておこうと思うの。食材なんかは現地調達できるけど、生活必需品なんかは街に行かないと売ってないもの」

 なるほど、確かに。
 そして当然ある事柄へとたどり着いた。

 歯ブラシ、コップ、食器、ベット。
 生活に必要な代物を買い揃え、ここに置いてしまえば今後の同棲生活は最早約束されたというもの。

 情報収集にもうってつけだ。敵地の状況を直に知るチャンス。勇者の責務等はさらさら興味が失せたが、もしもの時に重要な情報を握っておくのも悪くない。

「分かった。でもこの姿じゃさすがに……」

 人間が魔族にとっての敵対勢力と彼女が知っているか定かではないが、一般に魔界で人間の姿を見せると返り討ちに合う。
 絶対に世間から正体を隠すべきだ。

「なら、こんなのはどうかしら。じゃじゃーんっ!」

 マナが懐から取り出したのはカチューシャの様だった。
 しかし、特筆すべきは二本の角、ちょうどマナと同程度かそのくらいの大きさの物が付いている。

「これは?」

「変装用魔道具よ。昨日のうちに用意したわっ」

 随分用意周到なことで。
 それほどまでに魔界の街を案内させたかったのか。
 結界を作っている時間をマナは魔道具制作の時間に当てていたのだろう、案外一人で暇していたのかもしれない。

 付けてみる。
 単純なカチューシャではない、装着すると装着部が髪へと浸透し角だけが顕在化するという代物だ。
 装備品と実物を見紛う程に精巧に模してある。

「凄いなこれ」

「えっへへ、そうでしょ~頑張った甲斐があったわっ」

 凄くご満悦な様で、こちらとしても嬉しい。
 褒められて照れているのか顔を火照らせている。

「で、街にはどうやって行くつもりなんだ?」

「魔界では、移動用に空を飛ぶ機械を操縦するのは知っているでしょう? この家にもひとつ積んであるの」

 ついて来て、と言われたので素直に応じる。
 カーペットの下に不思議なボタンがあり、それを押し込むと暖炉の火が消え代わりに隠し通路が現れた。

「……」

 何だこのハイテクなギミックは。
 まるで隠れ家みたいなシステムだな。

「隠れ家みたいでしょっ、私の趣味よ?」

 いい趣味してやがる。
 こう男心を分かっているというか、昂るなっ!

 この住宅は、岸壁の窪みに入り込むような造りをしていたはずなので、方向的には岩の内部へと入り込む形だ。
 確かに、隠れ部屋を作るにはうってつけだが……。


 違った。
 スケールが全然想定の五倍違った。

「飛空挺……?」

「違うわ、ゆー。これは飛鉱機龍イカロスよ」

「無駄に格好いいな……」

 目の前にあるのは、軍事侵攻にでも使うような巨大な戦闘機らしきもので、コックピット含む上部が着脱式となっているようだ。
 大規模輸送と小型戦闘機を使い分ける用途だろうか。

「ドワーフの遺産だと聞いてるわ。偶然こんな凄い物を見つけちゃって、そのカモフラージュにあの家を建てたのよ。本命はこっち、世に売り出したらいくらするか分からないわ」

 でしょうね。
 こんなのあったら魔王一瞬で殲滅できちゃうね。

「で、これを使って?」

「街にお出かけするのよ」

「絶対使い方違うよね」

「使い方はこれからの私達が決めるのよ」

 我が道を進むマナ、止める気にもなれない。
 呆気に取られたまま、操縦席の後ろへと座る。

 ガコンと音が鳴ると、岸壁の一部が上下に開いて、発射用の滑走路が姿を現した。この方向に進めば、街があるらしいが。


 ふと。

「あーー、緊張して来たっ、怖いよぅ」

 と弱音を吐いてみる。

「大丈夫よ、怖くない怖くないっ」

 本気で怖がっていると思ったマナは、塞ぎ込んだ頭を上からゆっくりと撫でて緊張を解いてくれる。天使様の甲斐甲斐しいサポートの末、なんとか生き返った。

「ほ、本当に大丈夫だよね」

「ゆー、安心して。絶対に墜落なんてしないわっ」

 スリーカウントの着火。
 噴出口から莫大なエネルギーが射出され、その分の推進力で機体が浮く。そしてあっという間に上空へと飛び立った。その瞬間ほっと息を吐く。

「(……。昨日の結界、一部に穴を開けて置かなければ空中で撃墜しかねなかったぞ。今の演技で何とか騙されてくれると助かるんだが……)」

 何とか怖がったフリで時間を稼ぎ、この機体が抜けられる程度の穴を遠隔で作り出したが、間に合わなければ二人とも今頃死んでいただろう。同棲の為に命を張る必要が果たしてあるのかは定かではないが、今のところマナの傍を離れるつもりはない。

「ほら、大丈夫だったでしょうっ?」

「凄いなあ、運転経験があったんだ」

「えっ、ないわよ?」

 おい。
 折角の工作も無駄になる所だ。
 運転ミスで勇者死亡とか勘弁して欲しい。

「でもあっという間に街に着いたわ。この飛鉱機龍イカロスちゃんは航空迷彩もあるから、適当な茂みに着陸しても全然バレないのよ」

 そのチート機械、人間に譲ってくれ頼む。


 そして何とか無事に街の入口へとたどり着いた。
 さあ、気を取り直して探索開始だ。


 □■□


「街に行くわっ!」

 開幕に宣言した。
 有無を言わさない絶対的口調。今日ばかりは彼に主導権を握らせない、徹底的に振り回すと心に決めている。

 そう。全ては、私欲の為に───。


「街?」

 ユウがキョトンとして聞いてくる。

「そうよ。この二日で、色々と日用品も消耗したし買い足しておこうと思うの。食材なんかは現地調達できるけど、生活必需品は街に行かないと売ってないもの」

 今回の作戦の要は、物から入ること。
 彼の私物を家に散乱させ、さもここを家と錯覚させることにある。

 歯ブラシ、コップ、食器、ベット。
 生活に必要な代物を買い揃え、ここに置いてしまえば今後の同棲生活は最早約束されたという物。

 さて、ここまでは
 メインディッシュはここからだ。

「分かった。でもこの姿じゃさすがに……」

 。ニヤリと口が緩む。
 やはりそこに不安を抱いたか、話の流れとしては最適な方へ。

「なら、こんなのはどうかしら。じゃじゃーんっ!」

「これは?」

「変装用魔道具よ。昨日のうちに用意したわっ」


 という名のコスプレ。
 魔族っ子という一定の需要。

 見てみたい、鑑賞したいっ!
 私欲の為に全力を尽くすのは最早恒例行事であった。

 なんの抵抗もなく、そそくさと付けるユウ。

「(はわぁ、はわわわわぁぁぁ~~っ!)」

 いい、いいわぁ!
 今こそ時間停止の魔術を使って映像を記録。
 全世界にこの可愛さを発信すべきだと思うわっ。

 しかし、そんなことをすれば折角築き上げた信頼が地に落ちるも同然の行為。今はまだ"食べ頃"ではない。

 実は熟してから頂かないとっ。

「凄いなこれ」

「えっへへ、そうでしょ~頑張った甲斐があったわっ」

 本当、本当。
 昨日は帰ってくると諦めずよく働いたぞ私っ!

 昨日の頑張りを今更称えるのもどうかと思うが。

 興奮して顔が火照っていなければいいけれど。


「(さて、移動方法は……んー。飛鉱機龍イカロスを使いましょうか。街まで歩くと面倒よね)」

 魔界軍お手製の最新鋭軍事戦闘機をこんなことに使っていると知られたら、ドワーフの技術者が怒鳴り込みに来るだろう。

 しかし、使わないと勿体ない。
 何も間違っていないはずだ。


 コックピットに乗り込ませる。
 整備自体は行き届いているようだ。ドワーフは金を払えば何でもやってくれる。素性を隠し金を撒けば、顧客の詮索はせず作業へと移る。正しく優秀な駒。


 男の子はこういうのが好きと聞いたことがあるけど。
 ふと気になって後ろに座る彼を見た。

「あーー、緊張して来たっ、怖いよぅ」

 怖がっている!?
 気にも留めなかったが、現在ゆーは!!
 いつにも増して本音を晒している──ッ!!!

 普段は気丈に振る舞い、心の内を出さないユウだったが、未知への恐怖が抑えきれなかったか。頭を塞ぎ込んでしまった。

「(ギャップ萌え、供給過多……っ)」

 今どんな顔をしているだろうか。
 にやけていないだろうか、真顔でいられているだろうか。

 気を抜くとどうなるかは分からない。
 だが、一分一秒過ぎるごとに、ユウという少年が己の性癖に突き刺さっていくのが分かる。

「大丈夫よ、怖くない怖くないっ」

「ほ、本当に大丈夫だよね」

「ゆー、安心して。絶対に墜落なんてしないわっ」

 慰めてやると途端に冷静になった。
 暴れたりという心配は無さそうだ。飛鉱機龍イカロスの運用は何分初めてなので、ここは慎重に行きたい。

「【超次元ディメンション】」

 四次元操作による時間延長術式。
 その効果は、対象時間の流動を十分の一に。

 あるいは簡単に思考加速の十倍補正と言うべきか。

 散々ネタに使うか悩んだ時空魔法をここにきて、離陸時の慎重を期す為に使用した。ドッと魔力が抜け落ちる感覚とともに、機体は無事上空へと飛行を開始。

 安定姿勢に入ると、ユウはすっかり落ち着いた。

「ほら、大丈夫だったでしょうっ?」

「凄いなあ、運転経験があったんだ」

「えっ、ないわよ?」

 精密な飛行を心がけたつもりだが、その成果の大半が時空魔法によるもの。本来なら処理が追いつかず死んでいたかもしれない。

 ともあれ無事飛鉱機龍イカロスの運用は成功し、近くの茂みに隠すように着陸させた。

 そして何とか無事に街の入口へとたどり着く。
 さあ、気を取り直して探索開始よ。
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