最後までして、鳴瀬さん! -甘党編集と金曜22時の恋愛レッスン-

紺原つむぎ

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■ヒーロー視点

恋人へのフレンチトースト

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 平日より早く起きた鳴瀬は、適当に身支度を済ませたあと、約束通りまだ眠そうな琴香を起こした。
 あたためた浴室に彼女を押し込んで、そのあいだに自分は近くのコンビニで朝ごはんを物色する。

(コメって気分じゃないな……パン……バゲッドあるなぁ。これでいっか。ただのトーストよりはフレンチトーストのが贅沢って感じするんだよなぁ。甘くて)

 歯ブラシやシェーバーと一緒に、念のため牛乳と卵も買って帰ると、ちょうど琴香が髪を乾かし終えたところだった。

「あれっ? お買い物してきてくれたんですか? 外寒いのに、ありがとうございます」
「いえいえ、先生、残りの原稿がんばってくださいね」

 にこりと微笑むと琴香は頬をひくつかせて頷いた。作業机に向ったのを見守って、朝食の支度にとりかかる。


「ぐえぇぇ……鳴瀬さぁーん、終わりましたぁ……」

 ふらふらとキッチンにやって来た琴香は、台所に立つ鳴瀬を見るなり、しゃきっと背を伸ばして目を輝かせた。

「あーん、いい! 昨日も思いましたけどスーツの男性がキッチンに立ってるのってめちゃくちゃに萌えますね!」
「ははは……、先生、朝ごはんフレンチトーストでどうっすか」
「ううっ……最高……鳴瀬大明神……うどんといい朝食といい、ありがたや……」

 感極まったようすで手を合わせられる。ついに自分も神に昇格したらしい。とはいえ彼女限定の、かつ下心こみのエロ魔神なので、期待しすぎちゃだめですよと心の中でつっこみを入れる。対価はあとでしっかりいただくのである。

「あっ、私ブロッコリー茹でますね。あとたぶんベーコンもあったはず……よしよし」

 ふたりで並んでキッチンに立つ。新婚みたいだなぁなんて喜ぶのは自分だけなのか、先生は黙々とブロッコリーの房を小分けにしている。
 広くないキッチンだから、立ち振る舞うにもコツが必要だった。こつんと肘同士があたって、ハッと顔を見合わせた二人はえへへと笑い合った。





「おいしー! おかわりしちゃおうかなー」
「っとぉ、早いもの勝ちっすよ!」
「ああっ! はしっこ! 端っこでいいから! どうかもうひとつお恵みください!」

 のんびりした朝食を楽しんで、さてこのあとどうしようかと考える。早起きのおかげでまだ土曜の9時。この調子なら、二人で休日を楽しめそうだ。

「先生さえよければ、また昼に来ます」
「えっ」
「泊まりの用意とか、取ってこようかと」
「えっ」

 今すぐ同棲しようとか、そういう意図はない。ただ二人の今後のスケジュールを鑑みるに、今日ぐらいは一緒に……とどうしても思うから。

「迷惑?」
「そんなわけ……!」

 自分も一緒に居たかったと喜ぶ琴香を見て、胸がじんわりとあたたかくなる。たぶん幸せってこういうことだと思う。

「琴香」

 べしゃ。彼女のフォークから、食べかけのフレンチトーストがはちみつの海にダイブする。

「って、呼んでいいすか」

 一瞬でまっかになった先生は今日も可愛い。えっちした相手にも照れてしまうところが初心でいいですね、なんて言うのはさすがに品がないので自重した。いつか言ってやろう。たぶんすごく照れて、もしかしたら怒るかもしれない。そういう顔も見てみたいなぁと思う。




「じゃ、いってきます」

 コートを着た鳴瀬が玄関の扉をあけると、外は土曜の朝の静けさ。すっきりと晴れた日の乾いた風は、人恋しさを助長させる。

「待ってます、ね」

 そんな風に名残惜しそうにされると、少しの時間すら別れるのが惜しい。彼女もそう思ってくれているのだろうか。
 屈んで、眼鏡を奪って、一瞬だけのキス。

「またあとで、琴香」


 帰ってきたらたくさん甘いことをしよう。

 ──自分、甘党なので。
 あなたが思っているよりもずっと、欲しくなってしまうんです。




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