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追いかけっこはもう終わり
しおりを挟む快楽に身を堕とす──。言葉であらわすなら、そんな時間。
「ひあっ……ん、もうっ……また、イっちゃ……」
目隠しはそのままに、アデルに聞こえるのは自分の嬌声と、抽挿の水音、それからフェイロンの熱っぽい吐息。
雨が降っていて良かったと思う。アデルのあられもない声はきっと雨音にかき消される。
寝台を揺らす音も、肌と肌がぶつかる音も、情事の熱っぽく爛れた空気も、なにもかも雨が洗い流してくれるはず。
「や、もう、ナカに出すのは、だめ……だめぇ……」
やわらかいシーツを握り締めたアデルは、背後からさんざん突かれてすでに何度か気をやっていた。
そのたびにフェイロンがアデルの身体のどこかを噛むから──内腿を、胸を、二の腕を──アデルは白濁する意識を呼び戻されてしまう。
「まだ、するの……? あっ……!」
胎内をゆっくりとえぐるように往復する熱。抜けそうで抜けないぎりぎり浅いところまで引き抜かれ、再びぬるぬると隘路をこじ開けられる。
彼しかしらない、彼のかたちに馴染んだ場所。
深い挿入もいいけれど、なにより彼が入ってくるその過程がたまらない。快楽を与える楔が抜けそうになると、きゅっとお尻に力が入ってしまう。
「は…………はっ……」
フェイロンの吐息。腰を強くつかむ手の熱。いつまでも終わらないかのような長い長い交わり。
(……きもちいい……)
アデルのなかを穿つフェイロンの動きが徐々に速くなって、彼の興奮が伝わってくる。そうなるとますますアデルのなかも潤って快楽を受け入れる。
「ん、あっ、イっ……ふぇいろ……っ」
ぎゅうっとシーツを握りしめて背をしならせると、フェイロンがアデルの全身を後ろから抱き込むようにして、指先できゅっと胸の先端をつまんだ。
「やぁ~っ……!」
びくんびくんと身体が跳ねる。快楽の頂点に近いところで彼は動きを止めて、アデルの顎を掴んでぐいっと引き寄せ強引に口づけをした。
「んっ、ふぅ……っ、ふぇいろ、ん……ひどい……」
「そのまま……このままこちらを向いて」
挿入したまま、キスを続けたままアデルの脚を持ち上げたフェイロンに、向き合うよう身体を反転させられる。
すでに繋がっている部分を曝け出すみたいにアデルの両脚を大きく開かせ、彼は再び大きく動き始めた。
「やっ、……はげし…………だめっ、またイっちゃう……!」
「何度でも」
「やだやだ、出さないでっ……出しちゃだめえ……!」
言葉とは裏腹に、アデルはフェイロンを深く抱いて果てた。
◇◇
雨上がりの空は、黒い雲の隙間から夕日のオレンジ色と、初夏の輝きを感じさせる青さを覗かせている。
下着もドレスも生乾きの状態でひと目を忍んで歩くアデルを気にする者はいない。すれ違う街の人間たちは、久しぶりの空の色を見上げて目を輝かせている。
ようやく季節が変わる。
長い長い雨があがるように、きっといつか、アデルの心も晴れるのだろう。
(……さよなら、フェイロン)
アデルは振り返らず、待ち合わせ場所の広場まで身体の気だるさを感じさせないように黙々と歩いた。
ほどなくしてそこにクラランテ家の馬車を見つけたアデルはほっと息をついた。
「お嬢様……! ちょうどお迎えにあがろうと思っていたところでした!」
御者が飛び出してくる。道は相変わらずぬかるんでいて、アデルは彼に手を引かれてなんとか大きな水溜りを飛び越えた。
「ありがとう。少年は手当てを終えて家に帰ったわ。夜、ご両親にお詫びに伺う予定よ。それまでに一度、お湯を浴びたいわ」
「急ぎ帰宅しましょう。アンバーさんが大変心配しておりました」
御者が馬に鞭打ち、馬車は軽快に帰路を走り出した。
夕暮れが迫る。悪路を走る馬車の揺れすら心地よく感じるほど疲れていたアデルは、張り詰めていた糸がぷつんと切れたみたいに、ぐっすりと眠りに落ちてしまった。
「──あなただけが味方でしたね、アンバーさん」
「味方、というのは少し違います。私はお嬢様のご意志に沿うよう動いたまでですから」
人の話し声が遠くに聞こえる。
アデルはやわらかな布団にくるまれて眠っていた。
もう少し、このままでいたい。寝返りをうつと、瞼の裏に若干の光を感じて、徐々に意識が覚醒してくる。
「それで、旦那さまとの賭けはこれで終わったのだと、あなたはおっしゃるのですね」
「ええ、そのように考えています。先日で約束の5年が過ぎました。ですので、今回の彼女と男爵家との婚約については無効──破談にしていただくほかありません」
アンバーと話しているのは、誰だろう。なんとなく、もっと聞いていたくなるような穏やかな声だ。
(婚約……だれの、話……?)
アデルはゆっくり目をあけた。自分の部屋の、寝台の天蓋が見える。
薄い天幕の向こうには二人の人影。
一人は少し離れたところにいるアンバーだ。もう一人は──。
「あとはすべて劉家で処理します。小国の男爵家程度に支払う額などたかがしれておりましょうし」
「……私ではなんとも申し上げられません。旦那さまとお嬢様がお決めになられることですので」
「ええ、そうですね。……おや、目が覚めましたか」
透ける天幕をかき分ける手。背の高い人影。
部屋の逆光のなかでもわかる、ぬばたまの黒髪。うっすら感じる紫煙の香り。
「…………ど、うして」
アデルは慌てて寝台から身を起こして、人影を凝視した。
すると、異国の貴人は──ひと目で正装とわかる豪奢な衣装と装飾品を身につけた男は、皮肉げに笑った。
「やりますねぇ、お嬢様」
彼は衣擦れの音をたててアデルの寝台に腰を下ろした。
紫煙の香りをいっそう強く感じる。つい先ほどまで裸の体に染み付くほど抱き合っていた香りだ。
「よもやあのように捨て置かれるとは、思ってもいませんでした。意趣返しとは。完全に油断しましたねぇ」
「なっ、なんで、我が家にいるの? 何をしに……」
フェイロン、とつぶやく声が、彼の口内に消えてゆく。
不意打ちの深いキス。
こんなに強く抱きしめられては、逃げることもできない。
「フェイ、ロン……やめて……話しを……」
胸を押してなんとか引き離す。
焦って部屋を見回せば、すでに部屋にアンバーの気配はなく、アデルの寝室で彼と二人きりだ。
「なにがどうなって……、私……もう二度と、あなたには会わないって……」
「アデル」
フェイロンはアデルの手をとって握った。
彼のただならぬ真剣な空気を感じて、アデルはごくりとつばをのむ。
「な、なに? なんなの……?」
「いまから……5年前に言えなかったことを、伝えるよ」
フェイロンは穏やかに笑って、アデルの手を慈しむように撫でた。
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