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七話 自覚
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ミハイルの思いもよらない発言にディアルガは若干口を開き、ミハイルの言葉を否定する言葉を探す。
「……別に彼女に恋心を抱いている訳でもないだろう」
苦しげに言葉を吐き出したディアルガにミハイルはまるでそんなものは見ていないとでも言うようにからりと笑う。ミハイルが優秀な兄に唯一勝ると自負するのは嘘はったりで、愚かなまでに真っ直ぐな兄には一生できないであろう芸当である。
「そんなものは婚約した後に恋すれば良いんですよ。少なくとも僕は彼女の美しさや心根の優しさを、とても好意的に見ていますし…それに、兄様の主張によればそれはお互い様ですよ」
「だが…」
「それに、父親の決めた相手と婚約するということは相手は誰でも構わないということ。ならば、どこの誰とも分からない相手よりも、僕が相手の方がミティルニア嬢もよっぽど安心できるでしょう。僕としても、気心が知れて馴染みのある彼女が伴侶になってくれるというのなら望ましい事ですし」
次々とディアルガの反論の余地を潰していくミハイルに兄は遂に言葉に詰まる。それをちらりと目端で見てとったミハイルは止めを刺す。
「僕は次男ですのでラルドラ侯爵家を継げないし、継ごうとも思いませんが…昨年、王太子殿下を凶刃から御守りした功績で伯爵位を賜る予定ですから、身分も彼女を娶るに十分かと思いますが」
ついに口を開こうとすらしなくなったディアルガを見上げて、ミハイルはどうしようかと今更ながらに悩み始める。先程以上に不機嫌になったら、それこそ対処の仕様がない。もしもそうなったら、ほとぼりが冷めるまでまた他国に遊びに出るかとまで空想を膨らませ始めた脳天気なミハイルとは対照的にディアルガは目の前の情報を全て断ち切って、昨日の茶会で母親に苛立ち紛れに言い捨てられた言葉を思い出していた。
『占欲だけは立派な、自分のことすら分からない愚か者』
(彼女を独占したいなどと、考えたこともない)
続いて頭に浮かぶのはミハイルの言葉で、母と弟は必死に、ディアルガはミティルニアを愛しているというのだ。本人が否定しているというのに、しつこく食い下がる姿には少しばかり辟易とした程だ。
どうして、何故そんなありもしないことを認めさせようとするのだ。彼女への感情は友人への心配と、友情だけなのに─────そんな思考の海に沈むディアルガは他人から見れば、石のように固まっていて、逃走の算段をつけたミハイルは恐る恐るといった体でディアルガに声をかける。
「あー…兄様? どうか怒らないで聞いていただきたいんですけど、例えば…例えばなんですが、」
「なんだ、早く言え」
妙にもったいつけて間を作るミハイルをディアルガが急かす。すると、ミハイルはそれから更に深呼吸をしてからようやく口を開いた。
「兄様がデザインを作らせていたミティルニア嬢のウェディングドレス、ありましたよね。あれを着た彼女の横に僕が立っていたらって、」
「は?」
早口に、一息で言い切ったミハイルはディアルガがゆっくりと目を見開いて怒気を露にする前に素早く席を立ち、目にも止まらぬ速さで逃げ出す。
「僕はただ、兄様に自覚させる為に言っただけですから! むしろ感謝してくださいよ!」
金のドアノブに片手をかけながらそう叫んだミハイルはそのままの勢いで部屋から飛び出していく。どたどたと騒がしい足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ディアルガはずるずると壁に寄りかかる。
「は…ははッ、」
ようやっと、何とか絞り出すようにして響いた声は酷く掠れていて、呼吸音の方が余程大きく感じられた。小さな獣の唸り声にも聞こえる笑い声とは打って変わって、ディアルガは首まで赤く染まり、額に当てた手は熱を訴えていた。
「後でミハイルには礼をしないとな…」
そうぽつりと呟いたディアルガはバルコニーに通じる大きなガラス扉を見遣る。日は、真上よりもずっと西に傾いているがまだ夕方にもならない時間帯だ。
ディアルガは、初めて屋敷の中を走った。
「……別に彼女に恋心を抱いている訳でもないだろう」
苦しげに言葉を吐き出したディアルガにミハイルはまるでそんなものは見ていないとでも言うようにからりと笑う。ミハイルが優秀な兄に唯一勝ると自負するのは嘘はったりで、愚かなまでに真っ直ぐな兄には一生できないであろう芸当である。
「そんなものは婚約した後に恋すれば良いんですよ。少なくとも僕は彼女の美しさや心根の優しさを、とても好意的に見ていますし…それに、兄様の主張によればそれはお互い様ですよ」
「だが…」
「それに、父親の決めた相手と婚約するということは相手は誰でも構わないということ。ならば、どこの誰とも分からない相手よりも、僕が相手の方がミティルニア嬢もよっぽど安心できるでしょう。僕としても、気心が知れて馴染みのある彼女が伴侶になってくれるというのなら望ましい事ですし」
次々とディアルガの反論の余地を潰していくミハイルに兄は遂に言葉に詰まる。それをちらりと目端で見てとったミハイルは止めを刺す。
「僕は次男ですのでラルドラ侯爵家を継げないし、継ごうとも思いませんが…昨年、王太子殿下を凶刃から御守りした功績で伯爵位を賜る予定ですから、身分も彼女を娶るに十分かと思いますが」
ついに口を開こうとすらしなくなったディアルガを見上げて、ミハイルはどうしようかと今更ながらに悩み始める。先程以上に不機嫌になったら、それこそ対処の仕様がない。もしもそうなったら、ほとぼりが冷めるまでまた他国に遊びに出るかとまで空想を膨らませ始めた脳天気なミハイルとは対照的にディアルガは目の前の情報を全て断ち切って、昨日の茶会で母親に苛立ち紛れに言い捨てられた言葉を思い出していた。
『占欲だけは立派な、自分のことすら分からない愚か者』
(彼女を独占したいなどと、考えたこともない)
続いて頭に浮かぶのはミハイルの言葉で、母と弟は必死に、ディアルガはミティルニアを愛しているというのだ。本人が否定しているというのに、しつこく食い下がる姿には少しばかり辟易とした程だ。
どうして、何故そんなありもしないことを認めさせようとするのだ。彼女への感情は友人への心配と、友情だけなのに─────そんな思考の海に沈むディアルガは他人から見れば、石のように固まっていて、逃走の算段をつけたミハイルは恐る恐るといった体でディアルガに声をかける。
「あー…兄様? どうか怒らないで聞いていただきたいんですけど、例えば…例えばなんですが、」
「なんだ、早く言え」
妙にもったいつけて間を作るミハイルをディアルガが急かす。すると、ミハイルはそれから更に深呼吸をしてからようやく口を開いた。
「兄様がデザインを作らせていたミティルニア嬢のウェディングドレス、ありましたよね。あれを着た彼女の横に僕が立っていたらって、」
「は?」
早口に、一息で言い切ったミハイルはディアルガがゆっくりと目を見開いて怒気を露にする前に素早く席を立ち、目にも止まらぬ速さで逃げ出す。
「僕はただ、兄様に自覚させる為に言っただけですから! むしろ感謝してくださいよ!」
金のドアノブに片手をかけながらそう叫んだミハイルはそのままの勢いで部屋から飛び出していく。どたどたと騒がしい足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ディアルガはずるずると壁に寄りかかる。
「は…ははッ、」
ようやっと、何とか絞り出すようにして響いた声は酷く掠れていて、呼吸音の方が余程大きく感じられた。小さな獣の唸り声にも聞こえる笑い声とは打って変わって、ディアルガは首まで赤く染まり、額に当てた手は熱を訴えていた。
「後でミハイルには礼をしないとな…」
そうぽつりと呟いたディアルガはバルコニーに通じる大きなガラス扉を見遣る。日は、真上よりもずっと西に傾いているがまだ夕方にもならない時間帯だ。
ディアルガは、初めて屋敷の中を走った。
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