【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

5話 両親との話

妻の名を叫んだアルフ・ヴェルガム公爵を無視してドーラは再び、物寂しそうにティアルーナを見つめる。使用人一同、そんな公爵夫人は見たことがない。目と耳を疑う者、夢だと思い込む者様々だが一様に使用人の心には激しい動揺が走っていた。

｢ティアルーナ、もうお母様とは呼んでくれないの？｣

｢で、ですが…その、今までは公爵夫人とお呼びしていたと…そう呼んでも、いいのですか？｣

聞いていた話と大分様子や言動が違うドーラには一番ティアルーナが動揺していた。厳格で、毒に自分が倒れ、記憶を失った時には一月後までにどうにかするようにとの通達があっただけで今日まで一度も手紙も姿も見なかった。だから、皆が言うように厳しくて、親子とは言えない親子関係なのだろうかと落ち込んでいたのに、今の母親はまさに自分が心のどこかで期待していた母親そのものの暖かな優しさに溢れているように見える。
ティアルーナの鼓動は次第に早くなり、母と呼んでもいいのだろうかと期待に瞳を輝かせる。

｢…ええ、そうなの。でも、貴方が倒れたと聞いた時…心が冷えて、貴方がもう目覚めなかったらどうしよう、もし死んでしまったらどうしようって…怖かったのよ。それで、情けない話だけどその時に分かったの。私、ティアルーナが大切で、いなくなったりなんてして欲しくない。だから…もしまた会えたのならやり直したいって…こんな私に、機会をくれる？ もし、機会を与えてくれるのなら、母と…そう、呼んで欲しいの。｣

きゅっと唇を噛んでそう言うドーラにティアルーナは満面の笑みを顔に浮かべてドーラに抱き着く。記憶を失う前のティアルーナがどうだったかは、今のティアルーナには分からないが少なくとも今のティアルーナはドーラと親しい母娘関係を築きたいと思っている。だから、ドーラの申し出をはねつける理由など無かった。

｢ええ…もちろんです。お母様！｣

｢ああ…ありがとう…ひと月も、会いに来られなくてごめんなさい。これからはずっと一緒にいるわ…｣

思わずといったように泣き出してしまうドーラには流石に何も言えないのか、言う気がないのか…ティアルーナの父、アルフ・ヴェルガム公爵も何も言わずただどうして良いのか分からないといった風に視線をさ迷わせていた。