【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ

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18話 帰路

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劇も終了し、公爵邸へ向かう馬車の中。
ティアルーナは頬を染め上げ、どこか甘やかな雰囲気を感じさせるぼんやりとした面持ちでルードルフに話しかけていた。一方ルードルフといえば、そんなティアルーナに顔を赤くさせていたが。

「とっても…素敵なお話でした。 令嬢やご婦人に人気だというのも、とても理解できますもの! 連れてくださって、ありがとうございました」

王族とその婚約者に観劇される名誉ということでいつも以上に役者が力を入れたことと、元の話の完成度の高さもあって噂に違わぬ素晴らしい劇にティアルーナは感激し、あまつさえ終了後に役者に礼讃の言葉を贈り、逆にあちらが涙ぐんでいたほどだった。その満足ぶりは十分に伝わる。

「楽しんでくれたのなら良かった。…その、君さえ良ければ、またこうして偶にでも、共に出掛けてくれないか」

「よろしいのですか?」

既に闇が王都を覆う時間、夜特有の賑わいを見せる街並みを眺めるのを止めてルードルフからすれば勇気の必要な一言、ティアルーナからすれば意外で嬉しい一言を彼は発した。

「良いも何も、こちらからお願いしたい。僕がティアルーナと共に居たいんだ。茶会が終わった頃に、王宮の研究書物を見に来ても良いし、今日のように観劇でも…なんでも構わない」

直接的すぎる言葉選びだろうかと窺うようにティアルーナを見るが、彼女は何かを考えているような素振りを見せ何か思い至ったようにルードルフを見た。

「では、薔薇園にも…連れてくださいます?」

「薔薇園? 勿論だ、何処が良い?」

てっきり、研究所に行きたいと言われるかと想定していただけに、いかにも婚約者同士が行きそうなデートスポットを指定されたことに驚きを隠せずにいるとティアルーナは続ける。

「ラヴァの薔薇園に、行ってみたいなと思っていたのです。ご存知ですか?」

「ラヴァ? 王都の北方の街で、なんだったか。少し前に…ああ、そうだ。恋人や友人と共に薔薇園の中にある迷路の出口に到達すれば、ずっと仲睦まじくいられると社交界で噂が流れていたところかな。元々、ラヴァの薔薇園は美しいと評判だったが、それで若夫婦や婚約者同士、友人や家族と共に行く者が増えたと」

特に興味は惹かれなかったが、王太子として社交界の流行や話題は常に掴んでいるべきとのことで、把握していた情報を羅列するとティアルーナは感服するように流石ですと言うと嬉しそうに微笑んだ。

「そうなんです。私が社交界へ復帰後、暫くしましたら婚約は解消になってしまい、お会いする機会もぐっと減ってしまうと思いますが…そうなった後も、友人として居られればと思って」

''婚約破棄''という言葉にぴくりと反応し、続く言葉にまるで婚約続行は目のうちにないと言われてるような気持ちになり、ルードルフは心の内に真っ黒なインクが溜まるような感覚を覚えた。だから、普段ならば絶対にしないような発言を思わずしてしまった。

「そうか…''友人''と、君はそうとしか、思ってくれないか…?」

常よりも低い小声で、尚且つ暗く淀んだような瞳でぽつりと呟いたルードルフにティアルーナは気遣い心から彼の肩にゆっくりと手を伸ばす。なんだか様子がおかしいように見えたのだ。

「ルードルフ様?」

肩に温かかな感触を感じて、はっとしたようにルードルフが顔を上げるとティアルーナは大丈夫ですかと声をかけながら不安そうに眉尻を下げた。

「ッ…あ、ああ。すまない、少し…疲れていたようでおかしなことを言ってしまった」

(僕は、何を言った。何を言おうとしたんだ、ティアルーナに何を押し付けようとしている。まともに彼女に向き合うこともしてこなかったくせに…)

自らへの強い怒りを感じてぎゅう、と拳を強く握りしめながら無理やりに笑顔を作る。その笑顔に違和感を拭えなかったティアルーナはさらに心配そうな表情でルードルフを慮る。

「ご体調が優れませんか? ここには私しかおりませんし、少し横になられては」

「いや、違うんだ。寝れば良くなる、はずだ。それよりティアルーナ、もう公爵邸に到着するがくれぐれも医師に診せないなんてことをしないように。しっかりと、診察を受けてくれ」

クッションを集めようとするティアルーナの手を慌てて止めて窓の外を指で示す。公爵邸の正門はすでに目前で出迎えに待つ人影が見える。

「では、ルードルフ様も城にお帰りになられましたら必ず、すぐにお休みになってくださいませね」

ゆっくりと馬車は減速し、止まる。到着を知らせる御者の声と同時に扉が開かれる音を聞きながら念を押すティアルーナの言葉に苦笑し、頷く。

「ああ…では、また」

まさかの正門まで出迎えに来ていたロイスにエスコートされながら馬車を降りるティアルーナの背中に手を伸ばしてしまいそうになるのを堪えながら、ルードルフは笑顔でティアルーナを見送った。
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