【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ

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25話 お話

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眠りについた兄に安心すると医者の言葉に従って庭園を散策し、その後は屋敷で大人しく読書をして過ごしていたティアルーナ。

ふと窓の外を眺めるともう既に太陽は沈み、月明かりが薄く庭園を照らしていた。

(兄様は、もう少しお休みになられるわよね)

何せ3日も寝ていたティアルーナとは違い、その間ずっと起きていたのだ。明日までは眠っているだろうと思い、再び本に目を落とすと軽いノックの音が部屋に響いた。

「ルーナ、入っていい?」

「…兄様? どうぞお入りください」

夕食時の時間であるのだし、メアリが呼びに来たのかとばかり思っていたティアルーナの耳に届いたのはまだ寝ているはずのロイスの声だった。急ぎ本を閉じ、出迎えに向かうと部屋に入ってきたのはやはり彼女の兄で、溌剌とした様子だ。

「もうお目覚めになったのですか? まだお休みになられていた方が…」

「僕は元々睡眠時間は短くて良い体質だからね、気にしなくていいよ。寧ろ寝すぎたくらいだ」

元気なことを証明するように数式の暗唱を始めたロイスを見ながらティアルーナは確かに、と呟いて普段の兄の不健康とも取れる遅寝早起きの習慣を思い出した。少し前にはその体質の差を題材にした研究もしたものだ。

「それでね、ルーナ。倒れる前に話していたことは覚えてる? その話をしに来たんだ」

冷えるといけないからと何故か毛布だらけにされながら対面式でソファに座ると少しだけ言いずらそうにロイスが本題を切り出した。大抵ふたりでいることが多い兄妹だが、当然ながら何でもなく共にいる時と、理由があり共にいる時がある。今回は後者だろうとティアルーナも考えていただけに驚きはしない。何せあの時、酷く混乱して取り乱してロイスに話を聞いてもらおうとしていたところで倒れてしまったのだから、流れとしては当然だろう。

「…その、先日私たちがラヴァの薔薇園に行ったのは奇跡の薔薇にずっと友人としてあれるように、と願うためだったんです。でもアーチの前で、ルードルフ様が…その……」

「告白でも、された?」

段々と語尾が小さくなり、完全に口を閉じたティアルーナ。そんな彼女にロイスは変わらぬ、射貫くような鋭さを維持した瞳で問いかけるとティアルーナはあまりの驚きに声を上げる。全くその通りだったからだ。

「大方、返事は要らないとか申し訳ないとか言っていたんじゃないかな。違う?」

「そう、その通りです…兄様、何故ご存知なのですか?」

ロイスは続け様に彼の知りようのない、起こった出来事をすらすらと述べていく。物の見事に言い当てられたティアルーナは緊張した気持ちも1周回って、誤魔化すのも諦めた。

「そうじゃないかなって、勘だよ。外してる気はしなかったけど」

「……?」

ロイスの言葉にティアルーナは首を傾げる。

「まあ…そんなことより、だ。 いくら ''友人'' でもそんなことになったら気まずいでしょう、多少無理やりにでも婚約解消を進めようか?」

ロイスは次期当主として、権限の譲渡に向けてアルフの補佐している。ティアルーナの社交界復帰を待たずに婚約を解消させることもアルフと協力すれば十分可能だ。しかし、その言葉にティアルーナは首を横に振った。

「…いえ、きちんとお話をして…解消をしたいです。元通りは難しいのかもしれません…ですが、有耶無耶にして終わらせたくは無いのです」

ルードルフに友人とは思えないと言われた、その理由も今ならティアルーナも分かる。友人のような関係を築くことも、これまでのような関係に戻るのも確かに難しい。それでもやっぱり、ルードルフとよく分からないまま離れてそれで終わり、というのは嫌だった。

「そっか…ルーナの思うようにすればいいよ。大切な妹が傷つかないのが何よりも重要だからね」

「ありがとうございます、兄様」

数日ぶりに見る妹の花のような可憐な笑顔にロイスもつられて笑顔になった。どこか緊迫としていた空気が霧散したことでロイスも姿勢を崩す。

「それじゃあ、僕は一生ルーナを独り占めできるってことだ。落ち着いたら1度公爵領に戻ろう。本邸もいいけど、領内を回るのも楽しそうだと思わない? ずっと、そうやってふたりで領を治めるんだ」

ロイスは広大な公爵家が所有する領地の中にある、視察という名の旅行に行く場所を一つ一つ名前を挙げていく。王国中に知れ渡る場所から公爵家の人間のみが知る場所まで挙げるロイスにティアルーナも笑顔で応える。

「ふふっ、私が何方かと結婚するまでなら是非」

そう言って一緒になって幾つか赴いてみたい場所をあげていくティアルーナにロイスはぴたりと数え挙げる声を止める。ふと、先日の話を思い出したのだ。

「…生涯を共にするしたい相手がいないならする必要は無いよ。ルーナも僕も、父上から許可を頂けたんだ」

「え? でも、私たちは公爵家の…いえ、私よりも兄様は跡取りでいらっしゃるのに」

ぽかん、とその桜色の唇を開いてどこか放心したような表情でそう問うティアルーナにロイスは勿論僕もそう思ったけど、と続ける。

「僕らの従兄弟が16人も居るのは知ってるでしょう? 公爵家の血統はあまり根を伸ばすべきものではないんだ、だから丁度良いくらいだよ」

どこからともなく取り出したヴェルガム公爵家の家系図を広げ、最新の箇所を示す。確かにどの時代でも、分家も含めても、親類は少ない。その例に漏れず、ヴェルガム公爵家も子はロイスとティアルーナだけ。

頭に入っているはずの少々古びた家系図をまじまじと見つめていたティアルーナはふるふると震えながら顔を上げる。そのロイヤルブルーの瞳にうるりとした膜を貼り、あまりの喜びに耐えられないといった様子で向かいに座っていたロイスに抱きつく。

「…では、研究もずっと一緒にできるのですね?」

「そう、ずっと一緒なんだ」

ロイスの胸元に顔を押し付けていたティアルーナは兄の言葉にその瞳からぽろりと一筋の涙を零した。ロイスは泣き出してしまった彼の最愛をぎゅうぎゅうと抱き締め返し…自らも、気が付かぬうちに涙を零していた。
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