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<10・Enjoy>

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 翌日から、トーリスは正式に訓練に参加することになった。まず、朝起きたところから戦争である。

「トーリス、ベッドは綺麗にしたカっ!?」

 顔を洗っているところで、バランが部屋に飛び込んできた。昨日は知らなかったが、どうやら彼の部屋は比較的近い位置にあったらしい。

「タオルケットを上に、毛布は下に!間に靴下でも挟まっていてみろ、こわーいペナルティだゼ!」
「だ、大丈夫!というか、毛布下にってそこまで決まってんの!?」
「クリス司令はそういうところはめっちゃくちゃうるさいんだゼ!あと、部屋は抜き打ちでチェックがある。掃除機はちゃんとかけてあるカ?お菓子のゴミでも落ちていてみろ、地獄のお説教なんだゼ!」
「だだだだ、大丈夫だと思う、タブン!!」

 五時起床、五時半には訓練場に集合。寝ぼけている暇なんぞあるわけもない。若干昨日の自主トレで頑張りすぎたツケが出ているが、それでも早めに就寝したのでものすごく眠いということはなかった。一応、自分も三年近く兵隊をやっているのでそれくらいの訓練はできている。
 部屋をざっとチェックして、ランドリーに寝間着を放り込み、速足で外へ向かう。この時廊下を走って転倒でもしたら連帯責任になる。人を突き飛ばすようなら絶対アウト。というわけで、どれほどせわしなくても走らず焦らず行動しなければいけない。
 訓練場に向かう道中、こっそりとバランが教えてくれた。

「ちなみに、時々だが抜き打ちで防災訓練があるゼ。敵襲があったパターンと、火事や地震に見舞われるパターンの両方があるが。夜寝ている時にサイレンが鳴って跳ね起きる羽目になることもあるから、夜も適度に緊張保っておけヨ」
「そういう訓練、マジでしっかりしてんだな。……第三司令基地じゃ、戦闘訓練はやっても防災訓練なんてちっともやってなかったぜ。というか、大半のメンバーは普段通りに訓練してろ、一部のメンバーだけ防災訓練に参加しろってかんじで。俺は基本居残り組だから一度も参加したことなくて」
「それ、防災訓練の意味なくネ?」
「俺も正直そう思ってた……」

 素早く指示された通りに訓練場に並ぶメンバー。なお、トーリスが配属されることになっているのは第十突撃部隊である。隣に立った初老の兵士が、ぐっと親指を立てて囁いてきた。

「よろしくな新人サン!とりあえず、今日も今日とてビシバシしごかれると思うが……まあ、楽しく頑張ろうぜ!」

 楽しく?
 思わずトーリスは首を傾げることになるのだった。



 ***



 その理由は、すぐにわかることになる。
 朝礼後に朝の体操をやって、朝食、朝食後の片付けと掃除のあとで本格的な訓練が始まるのだが。
 その最初の訓練というのが、いきなりどぎついものであったのである。マラソンとだけ聞けば学校の運動部でも同じことをやってるじゃんと思うかもしれないが、ここのマラソンは一味違う。なんと、軍のフル装備を背負った上でマラソンするのだ。銃とか剣とか非常食とかライトとか緊急のテント設備とかまあそのへん一式。ようは、ほとんどジャングル演習で持ち運ぶような装備をまるっと背負って、広い広い訓練場の設定ルートを走らなければいけない。
 しかもこの訓練場の道路なのだが、真っ平らというわけではないのだ。坂道あり、砂利道あり、泥道あり。なんならつるつる滑る急斜面まであり。それを乗り越えて、一周二キロの道をひたすら時間までぐるぐる走り続けるのである。
 この“時間まで”というのもなかなかしんどい。というのも、いつ監督官が“終了”を宣言するのか、事前に一切知らされないからである。
 いつまで走ればいいのかわからない、というのは存外きつい。そして当然、体力がもつようにちんたら走っていていいわけではない。一番先頭を行くペースメーカーのうしろにぴったりくっつくよう、集団で走り続けなければいけない。これが存外ハイペース。そこそこ走るのは得意だと思っていたトーリスも、ついていくだけでやっとだった。

「教えてやろう、マイン中尉!」

 さっき声をかけてくれた初老の男性兵士が、走りながら教えてくれた。

「ストップ、の時間にもよるが……基本、最低でも一時間は走るのがルール!そしてその時点まで脱落しないで残ってるやつってのは部隊の中でもそう多くはない。大抵の奴は途中でメンタルが先にやられて脱落し、ルートから自分ではい出ていかなくちゃいけねえ」
「そ、その場に座りこんだら駄目ってわけか。まあ後続に踏まれるもんな……」
「そういうこった。しかし、最後までついていけた奴には、ついていけなかった奴がデザートを奢るっていう伝統がある!つまり、昼メシのデザートを一つ増やしたい奴は、意地でも最後までついていかなきゃいけないってわけだな!」
「な、なんか、小学生の賭けみたいな……」
「がははははは、小学生の賭けでもいいんだよ!そんなことでも、みんなモチベは上がるし、ちょっと楽しく訓練できるってなもんだからな」

 それはそうかもしれない。なんでもいいのだ、訓練を頑張る理由になるのなら。頑張る動機になるのなら。
 小さなことでも構わない。彼らはちょっとしたことに喜びを見出すことで、日々の活力にしてきたのだろう。聞き耳を立ててみれば、まだ少し余裕のありそうな先輩兵士たちの声が聞こえてくる。

「今日、タヌキヤの高級プリンなんだよ……デザート。あれ、セットじゃないところから個別で購入しようとするとすげえ高いんだ。しかし高いだけあってめっちゃうまなんだわ……」
「マジか。何がなんでも残らないとな!むしろお前に奢らせてやる!」
「言ったな?俺だって負けねーぞ!」
「あ、ちょっと!それあたしの台詞だから!あんた達があたしにプリン奢る側になるのよ、一人一個ね!」
「なんだとカレンー!」

 階級も年齢も性別も違っても、みんなどこか対等で、日々を一生懸命生きている。
 自分も負けていられない、と足を速めた。リズムを取って、上手に息を吸って吐いて。少しでも体力を温存し、長く走り続けられるように鍛えなければ。腕力でレナに勝てなかった分、脚力と体力くらいはいいところを見せたいものである。
 その時、後ろから声が聞こえてきた。

「す、すみません!ジュリアさん足を痛めています。あ、危ないので、リタイアした方がいいと思うです、ハイ!」

 ケンスケの声だった。振り向くと、彼は一人の女性兵士の腕を引っ張ってリタイアを勧めている。

「ちょっと何言ってるんっすか、ヤマウチ准尉!わたしまだまだやれるっす!大丈夫っす!」
「う、嘘はいけないです。僕のスキルなら全部オミトオシなのです……!む、無理をして悪化する前に、保健室に行ってきてほしいのです、ハイ!」
「う、ううっ……!」

 なるほど、とトーリスは心の中で頷いた。ケンスケの透視能力は、犯罪以外にも十分に使える力だということらしい。何故なら、服の下の怪我なども彼のスキルがあればあっさり見破れる。彼はきっと、普段から仲間たちの怪我や隊長を見抜くのに長けているのだろう。
 まあ、その気づかいが行き過ぎて、男子更衣室を覗くのはさすがにどうかとは思うが。

――バラン、レナ、ケンスケ、ポーラ。それ以外の人達みんな、それぞれ得意なことや魅力があって……自分だけの武器があるってことか。

 確かに、クセがある人物ばかりなのは間違いない。けれど彼らの力をうまく使えば――そしてこの基地の、仲間同士思いやる気持ちと組織力があれば。これから行うであろう無茶なミッションにも、十分対応していけるのかもしれなかった。
 ならば自分がするべきことは。彼らの能力をより正確に“分析”し、クリス司令官に報告し、作戦を立てるための手助けをすることである。きっと己は、そのためにこの基地に配属になったのだから。そう、それがきっと運命であったのだから。

――よし。

 気合を入れて、アクセルをかけた。初日からフルスロットルでやってやろうと決める。
 きっと前の基地ではできなかったことが、此処ではできるはずなのだから。



 ***



「えっと……」

 そうして、トーリスが第十司令基地にやってきてから、一週間が過ぎた。
 司令室に呼ばれたトーリスは、顔を合わせるなりクリスに苦笑いされることになるのである。

「……ものすごくぐったりした顔をしてますが、大丈夫ですか?」
「……あんまり、ダイジョブでは、ないです……」

 その日の午後は、プールを使った訓練だった。泳ぎは得意なので楽勝かと思ったらとんでもない。なんと、機械を使って大波を再現したプールを自力で泳ぎ切り、這い上がるという訓練である。しかも当然足はつかない深いプールで、重たい荷物を持った上での行動。確かに、陸軍とはいえこの基地は海にも近いし、海や川に仲間が落下するような事故だって起こり得る。自分が落ちることもあるかもしれない。
 そんな時、荷物を持っていても自力で岸まで泳ぎ着き、高い崖の上だろうと這い上がるだけのパワーは必要なのかもしれないが。

「こ、こんなにプール訓練がきついとは思ってませんでした……」
「ははは。プール訓練、みんなに二番目に不評なんですよねえ。お疲れ様です」
「ということはコレよりもっと辛い訓練がまだあるってことですか?」
「あはははははははは」
「わ、笑いごとじゃないです司令官!」

 にこにこ笑う、少女のようにかわいい顔のおじさん()司令官に。トーリスは思わず突っ込みを入れてしまうのだった。
 一週間、様々な種類の訓練を経験したが、これよりまだ地獄があるとは恐ろしい。そういえば、プール訓練も“波を泳ぎ切る”以外にもあると聞いている。果たして自分は、一体いつまでついていけるものなのか。

「一週間、貴方を見させていただきました」

 そんな訓練に、監督としてずっとついていたクリスは。まっすぐトーリスを見つめてこう言ったのだった。

「貴方の最大の武器が何なのか、わかったような気がします。きっとそれは、私が得意とすることと同じ」
「得意とすること?」
「はい。私のスキルは“長所”。貴方の“分析”の下位互換のようなもの。人の長所が少しだけわかる、というお粗末なものです。……ですが貴方は、スキルなど使わなくても相手の魅力がわかる、強みを知ることができる。それは、とても貴重な能力だと思いますよ。バランさんのコミュニケーション能力やレナさんの努力なんかを知ったのは、あなたのスキルに依る力ではないでしょう?」
「……!」

 自覚していなかった。そして、まさか己のことをそう評価してくれる人がいようとは。
 人の魅力がわかる、力。確かにそれは、軍以外の場所においても有用な力であるのかもしれない。

「そんな貴方だからこそ、是非相談したいのです」

 クリスは立ち上がると、部屋の明かりを消し、プロジェクターのスイッチを入れた。

「私が今考えている……異星人の塔、その攻略作戦について」
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