ワケアリ彼氏とイケナイ秘密

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<18・素敵な未来予想図>

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 それから数日間は、特に何事もなく日々が過ぎていった。千愛は一応、惣介の報復に対して警戒していたものの――総務部にそれとなく探りを入れてくれた華乃の話によれば、彼の様子も随分大人しいものだとのこと。うっかりネットに、成都の怪しい写真が流出している、なんてことも今のところなさそうである。というか、もし流出させたなら本人が嫌がらせで成都に教えて来そうな気もするので、それがないということは少なくとも現段階では特にまだやらかしているわけではないということなのかもしれない。
 何にせよ八月ももうすぐ終わるこの時期。まだじわじわ暑い夕方仕事帰りに飲むビールは最高にうまかった。

「はあああ!このために、生きてるう!」
「オジサンですか千愛さんはー」
「うえーいいいんだーい!おっさん臭くなるくらい思いっきり楽しまなきゃ損だからー!」

 久しぶりに今日は終わる時間が揃ったので、少しだけ居酒屋で成都と飲んで帰ることになったのだった。いつもの“居酒屋・くなはち”である。まあ、あの日の大失敗もあったので、これでも最近はお酒をセーブ傾向にある千愛だった。具体的には、外で飲む時は二杯まで。だからこそ、一杯目のビールは大事に大事に楽しんで飲もうというわけである。

「俺、昔はビール飲めなかったんですよね」

 自分のコップに瓶ビールを注ぎながら成都が言う。

「だから大学時代は、甘い系のお酒ばっかり飲んでた記憶あります。……ほら、ああいう大きな飲み会に行くと、何故か一杯目はビールっていう暗黙の了解あるじゃないですか。あれが結構苦痛でしたね。ちょっとだけでも飲めーとか言いながらコップに結構なみなみ注がれちゃうし。まあ、俺が本当にお酒飲めない下戸だったらそこまでしなかったでしょうけど、全然飲めないわけじゃなくてただ味が苦手ってだけだと理解されにくくて」
「まあ、そーね。若い子でビール飲めない子って増えてるかも。苦いのは確かだし」
「はい。でも、その理屈で行くとなんで麦茶や緑茶は美味しく飲めるのに、ビールだけ飲めないんだろうなあってなんか不思議になりません?……ようはそういうのって、ビールってものをどう定義してるかによって変わるのかなあって。ジュースだと思ったら苦くて飲めたもんじゃないけど、お茶だと思ったら普通にアリでしょ?」
「わかるわかる。……気持ちよく酔えるお茶だと思って飲んでるフシあるわ」

 なるほど、ビールの飲める飲めないというのは苦いからというより、認識がそこに合致しないからというのが最大の理由なのかもしれない。お茶も飲めないという人ならばまた別だろうが、お茶も飲めないほど苦味が駄目という人は稀だろう。
 そう考えると、ビール一杯でもなんだか考察の幅が広がって面白い。しゅわしゅわと溶けていく泡を見ながら千愛は思う。
 ああ、この泡と一緒に、ちょっとしな悩みもしがらみも溶けていってくれればいい。惣介のことなんか忘れてたい、と心の底から思う。――あるかどうかもわからない報復に怯えて、目の前にいる成都に集中できないなんて損ではないか。

「それはそうと、相談したいんだけどさ」

 冷たく冷えたコップの水滴をつんつんしながら、千愛は思う。

「夏休み、どうしようか。成都君、仕事の方どうなってるの?商談に行く日とか絶対外せない会議の位置とか、他の先輩たちの休む日とか……そういうの回避したところで夏休み取りたいでしょ?」
「千愛さんも一緒の日に取ってくれるんです?」
「もち。近場でいいからさ、旅行したいなーって思ってるんだけどどう?二泊三日とかでいいから」

 営業事務のメンバーは会社から出ることも少ないし、九月に休みを取るというのなら繁忙期というわけでもない。他のメンバーが休む日だけうまく外せば、こちらが休む日を決めるのはそうそう難しくないものと思われた。成都に合わせた日を休みにする、で問題ないだろう。

「そうですね。九月の終わり頃ならわりと空いてたと思います。那須高原とか行ってみます?俺、昔家族旅行で何度も行ってて……自然も豊かだし楽しめる場所も多いしオススメなんですよね」

 問題は、と彼は続ける。

「基本交通手段は車ってことです。千愛さん、高速運転できます?」
「……で、でき、る、かな」
「わかりました、俺が頑張ります」

 引き攣った顔で返事をした千愛に、即座に察して苦笑する成都。いや、千愛も免許は持っているのだ、免許は。高速道路の研修だってちゃんとやった。だから走ったことは皆無ではないのだ、一応。
 問題は、マジで“高速道路を走ったのが研修だけ”であること、最近は車に乗ってさえいないということである。そもそも一人暮らしの現在、家に車を持ってもいないし駐車場もない。免許証はピッカピカのゴールドのままだ。ペーパードライバーなのだから、事故を起こす筈もないのである。

――うーん、実家の車で練習すっかなあ。

 千愛はぐび、ともう一口ビールを飲みながら思う。

――そりゃ、交代要員いた方がいいよね、絶対。高速道路って長いし。それこそ、眠くなることだってあるわけだし……あ、でもよくよく考えたら車乗るならお酒飲めないんだわ……。

 お酒断ちできるかどうか、という別問題が立ちはだかったことに気づいて千愛は遠い目をした。勿論、そこまで依存しているつもりはないので数日位飲まなくても平気だとは思う。思う、が依存の自覚がないニンゲンは大概そう言うのだろうなというのも想像がついているわけで。
 やっぱり日頃のお酒の量は少しずつ減らして行こうかなあ、なんてことも思う。居酒屋に行かなくても、ほぼ毎日缶を一つずつ空けてしまっているのは少々やり過ぎているような気がする。それこそ、経済的に見てもよろしくはない。

「那須高原って、動物園系もいろいろあるんですよね」

 そんな千愛の心をよそに、成都はうきうきと語る。

「牧場もあるし……千愛さん、可愛いもの好きでしょ?アルパカの可愛い牧場もあるんですよ。時々牧場の人が、アルパカを連れてお散歩しているのを見かけたりするんです」
「へえ、触れるの?」
「触ったこともありますね。今もやってるかな?……子供の頃家族と一緒に休憩スペースで食事してたら、真っ白で大きなアルパカが来て、机と机の間に座り込んじゃったことがあって。飼育員さんが、すぐに立ち上がってくれなくて困ってたことがあったな。あれは可愛かった」
「えー、それ見たい!」

 そうか、アルパカって結構気まぐれキャラなのか。そう思うと笑ってしまう。確かに、何を考えているのかわからないような顔をしている気はする。デフォルメでイラストを描こうとすると、なんとも間抜けた顔になってしまいそうだ。まあ、千愛には悲しいほど絵心がないので、より悲惨なことになる気がしないでもないが。

「避暑地として、那須はやっぱり有名だもんねえ」

 うんうん、と頷きつつ、から揚げの皿を引き寄せる。

「今年の夏は去年よりマシだけど、それでもまだ暫く暑いの続くってニュースでは行ってるし。涼しいところに行くか、もしくは海行ってはしゃぐかの二択かな。……海行くならダイエット必須になるけど」
「そんなのしなくていいですよ、千愛さん太ってないじゃないですか」
「残念ながらお酒とオツマミとスナック菓子の食べ過ぎで、去年の水着が入らないのでござるよ……!悲しい現実!!」

 問題は、自分の場合筋肉もそこそこつきやすいらしく、太ったというよりそっちが問題である可能性もあるということ。ジムに行けば行くほどなんか体重が増えるような気がするのも多分気のせいではない。普通の女子より酒量のみならず食事量も多く、仕事帰りや休みの日にフリーだとついついジムに足を運びがちな千愛である。腕やらフトモモがむっちりしてきて、服が入らなくなることもしばしばだ。
 この間もしまっておいたスカートが、ウエストは問題ないのにお尻が通らなくなってショックだったなんてこともあった。ほどほどの体格を保つ、というのはなかなか難しいことではあるらしい。

「まだもう少し時間はあるし、場所とか行く方法とかもゆっくり決めましょうか。なんなら、十月に夏休み取ってもいいはずですしね」

 成都は嬉しそうに、卵焼きを口に運んでいる。

「俺は、こういう話をしている時間も嫌いじゃないです。よく言うじゃないですか、お祭りは準備をしている時間が一番楽しいって。……一緒に、何処に行くかわいわいしながら話し合えるのっていいなって思うというか。憧れてたんですよね。楽しみを共有できる恋をするっていうの」
「成都君……」

 前はそうじゃなかったの、と言いかけて口をつぐんだ。この様子だと、惣介と旅行に行ったこともないわけではないのだろう。でも、気に食わないプレゼントを貰うとそれを目の前で壊して怒りを露わにする、なんてこともするような最低男である。旅行だって、成都に行先も計画も全部丸投げしておきながら、実際にスケジュールや場所が気に食わないと文句ばかり言ってくるなんてこともあったのかもしれなかった。場合によっては、ドタキャンされることもあったのかもしれない。そんな相手のために旅行を一人で考えるのは、さぞかし苦痛が過ぎたことだろう。
 そのあたりのことを、突っ込んで尋ねたいとは思わない。成都が話したいと思った時に聴けばいいことで、無理に思い出したくないであろう記憶を穿り返す必要はないのだ。ただ。
 そういうものが少し、ほんの少し触れるたびに思うのである。本当に好きな相手なら、一番に望むべきはその相手の笑顔であるはずで。自分の想い通りにならないからと、簡単に傷つけるような方法を何故取れるのか、と。
 ひょっとしたら、蓮見惣介はそうやって時折横暴に振舞うことで、成都を試していたのかもしれない。そこまでしても離れられない、離れるはずがない。自分にはそれだけの価値があって、想われているのだと実感しなければ安堵できなかったのだとしたら。
 少しだけ、同情してしまう。好きになればなるほど不安になるのは、恋をしている人間ならば誰でも同じことだからだ。勿論、その愛を確かめる方法に鋭いナイフを用いて、当たり前のように切りつけるようなやり方をする必要は本来ない。けして彼の言動や行動そのものを肯定することなどできないけれど。

「……だね、ゆっくり考えるか」

 お酒はあと一杯でヤメにするが、おつまみはもう少し食べたい。店員にモツ煮込みを注文しつつ、千愛はニヤリと笑った。

「旅行の場所と日程もそうなんだけどさー。私としては、それ以外にもイロイロやりたいことがあるんだよねえ。ほら、私達でしかできないことあるじゃん?」
「い、イロイロって?」
「お、お?えっちなこと想像した?想像した?素直に言ってみると良いぞ、なんならリクエストに応えてあげるかもだぞー?」
「ちょ、ち、千愛さん!外ですってば!酔ってます!?」
「ふふふふふふ」

 実際ベッドの上でやってみたいこともいろいろある。さてさて、こっそり買いこんで自宅に仕舞ってある玩具たちはいつ持ち出すべきやら。旅行先に持っていったら流石に怒られそうだけれども――あ、でもなんかそれも興奮する。
 ニマニマしながら想像の翼を広げていると、もうそれだけで真っ赤になっている成都。既にヤることはヤっているはずなのに、一体どこまで純粋なのやら。イジりがいもあるというものだ。

――あはは、たーのしー!

 束の間。誰かさんの存在を、そしてそれによるトラブルの可能性を忘れた千愛。
 だが、問題と言うのは往々にして、忘れた頃に襲来するものなのだ。
 まさに事件はこの夜、二人で居酒屋を出た後に発生することになるのだから。
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