黒須澪と誘惑の物語

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<24・キュウサイ。Ⅱ>

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 新倉焔に言われるまでもなく、ロス・ユートピアにキナ臭いところがあることは春とてわかっていたことである。ただ、職場の環境が良かったことと、自分の唯一の強みであるこの能力を本格的に生かせる場所が他にはなかった、というのが大きい。給料などの待遇面もある。突然“災いに巻き込まれるからやめておけ”などと言われても、はいそうですかと引き下がるのは簡単なことではないのだった。
 人間、金を稼げなければ生きていけない。
 明らかな犯罪ならともかく、“ちょっと悪い噂がある”程度で転職を考えるのは非常に困難なことなのだ。

「……新倉さん。貴方も、強い力の持ち主であるとお見受けします」

 これは正直に言っておいた方がいい。春はそう判断した。

「僕のことを心配してくださるのは本当に嬉しいですし……貴方が言っていることはきっと嘘ではないのでしょう。そもそも、教団に関してデマを流してメリットがある立場でもない。……でも、貴方のような非凡な人間と違い、僕のようになんのトリエもない人間が生きていける場所は限られているのです」
「何故そこまで自分の能力を低く見積もる。見たところ、俺よりずっとコミュニケーション能力も高い。他の職場でも、十二分にやっていけそうに見えるが」
「お褒めに預かり光栄です。……でも、その理由はなんとなく貴方にも分かるのではありませんか?……案外、多いんですよ。一般の職種ほど、“視たくはないもの”が」

 閉鎖空間で、一対一で相手にだけ集中していればいいなら気楽だ。しかし、多くの人と関わるような接客、営業、事務などは――一度に流れ込んでくる情報量が多すぎて心身ともにきついのである。それこそ、“この人は過去に人を殺しているのでは”という疑惑が透けて見えるような相手と遭遇することもしばしばあるのだ。そういう時、うっかり口を滑らせて空気を壊したことも何度かある。突然具合が悪くなったり態度がおかしくなるような人間を、どうして多数の人と関わらせるような仕事を任せられるだろう。
 人とあまり顔を合わせなくていい仕事もあるが、在宅ワークの方が専用スキルを要求されることも少なくないのだ。悲しいかな、春はお世辞にも器用な方ではなかった。パソコンで文字を打つのさえ拙いタイプである。当然、デザインやら編集やらデータ入力やら、であれこれ仕事をする能力などないのだ。
 春にとって一番許せないことは、誰の役にも立てない己でいることだった。
 自分の能力は、誰かの役に立つために存在しているはずである。それで迷惑をかけるようでは本末転倒なのだ。

「この能力が生かせる職場でなければ、意味がないんです。僕は自分が、誰かの役に立てないことが何よりも恐ろしい」

 春がそう告げると。焔はしばし沈黙した後、はあ、と深くため息をついた。そして。

「……教団に関する黒い噂は、全て事実だ。ロス・ユートピアは生贄を捧げるため、誘拐事件を繰り返している。……そろそろ、本格的な祭も始まる。お前にも役目が回ってくることだろう。そうなったら、もう逃げることは困難を極める」

 部屋を出ていく最中、最後に彼が告げた言葉がいつまでも記憶に残った。

「その前に、賢明な判断をするべきだ。忘れるな。自分の理想を実現するため、保身のため。他人を苦しめ、犠牲にすることを厭わない人間は……お前が思っているよりも、ずっと多いんだ」



 ***




 教団が本当に誘拐事件を起こしている。――流石にそんなことは、と信じたかった。確かに、教団の支部がある県に限って、妙に失踪事件が多いとは思っていたけれど。
 例えば、大阪で頻繁に子供がいなくなる事件が相次いでいること。
 小学生以下の少年少女ばかりが、道頓堀近辺を中心に神隠しに遭っている、とはネットでも話題になっていた。半月ほど前に突然移転を決めたものの、道頓堀近くに教団の大きな支部があったのは事実である。他にも長崎、山口、京都、静岡、東京、埼玉、千葉、北海道――などなど。教団の支部がある県で、子供がいなくなったというニュースをちょいちょいと耳にしていたのは確かだった。でも。

――偶然に決まってる、そう思ってた。でも……彼が嘘を言っていたようには……。

 そもそも、ロス・ユートピアが祭る神様とは一体何なのだろう。
 本当に生贄を差し出さなければいけないとしたら――正直、ろくな神様だとは到底思えないのだが。

――どんな神様なのか、なんとなく尋ねるくらいしてもいいのかな。一応僕も、入信してないとはいえ教団に雇われてるわけだし。

 春がそう思ったのは――新倉焔と出逢った一週間後、久しぶりに静岡の本部に呼び出しを受けたからに他ならない。黒い部屋に黒い花ばかりが活けられた黒い花瓶、そして黒い制服を見に纏った教団の信者たち。本部に来てこの応接室に通されると、いつも息が詰まりそうだと思う。ドアの前に監視するように信者達に立たれているのもそうだが、何より葬式の会場のようなイメージが強いからである
 否、葬祭場よりも重苦しいと言わざるをえない。葬式ならば、白と黒で飾り付けをするのに、この本部の内装はいつも黒一色だからである。薄い黒、濃い黒とあるせいで辛うじてグラデーションは保たれているが。

「遅くなってすまなかったね」
「あ」

 十分ほど待たされたところで、入口のドアががちゃりと開き、一人の男性が姿を現した。黒いローブを見に纏い、胸元に掲げた金色の、半分に引き裂けたような薔薇の紋章は最高幹部の証だ。長い金髪に、長い髭の高齢男性。いかにも賢者と言わんばかりの彼こそ、ロス・ユートピアの“選別の魔術師”、バージル西垣である。明らかに外国人といった見た目に反して日本人の苗字がついているのは、“ハーフだから”だとか“アメリカ人夫婦が日本に来てから生まれた子供”であるからだと聞いたことがあるが定かではない。
 肝心なのは、彼の出自ではなく。彼がこの教団に最も信頼される魔術師である、という一点だ。
 以前春も、彼の扱う“魔術”の一端を見せて貰ったことがある。密閉された透明の箱の中から、手を触れることもなく、傷つけることもなく中身を取り出してみせた。ある程度の重量・距離の範囲であれば、自由に物質を転移させることができる力。少なくとも、アポートとサイコキネシスを併せ持つのは間違いないだろう。ひょっとしたら、他にも特別な能力を持っているのかもしれないが。

「ご、ご、ご無沙汰しております、バージル様」

 彼と顔を合わせるといつも緊張してしまう。自分の能力を認めて、教団に雇い入れてくれた恩人。同時に、恐ろしい威圧感を感じる人物。いつもにこやかに接してくれて、人格者だと職員たちからの評判もいい。恫喝されるどころか、叱責さえもまともに貰ったことはない相手だというのに。

「いいよ、気にしないでおくれ。ぼくの方こそ、約束の時間に遅れて申し訳なかった。どうしても仕事が立て込んでしまっていてね。お盆の時期の近辺はいけない。目に見えないものを恐れ、縋る者が極端に増えてしまう。君もほぼ毎日、予約でいっぱいで大変だと聞くよ」

 慌てて頭を下げた春相手に、にこやかに応対するバージル。

「それでも急遽足を運んでくれたこと、とっても感謝しているんだ。用件については、みんなからある程度聴いているだろうか」
「は、はい。新たに儀式を受けるに相応しい存在を、僕の眼を使って選んで欲しいと」
「その通り。本当はもう少し早く準備を終わらせたかったんだけど、時間がかかってしまってね。……先日やっと場が整ったところなんだ。ぼく達の信じる神様を迎える、その準備がね」
「神様……」

 これはチャンスだろう。あの、と春は口を開く。

「教団が祭る神様って、一体どんなものなのでしょう?ここに雇って頂いてから久しいのですが、僕はその……教団の教義はおろか、神様の名前さえ知らないのでして」

 何でそんなことも知らないんだ、と怒られるかもしれないと思った。しかしバージルは気にする様子もないばかりか、眼を輝かせて“興味を持って貰えてうれしいな”と子供のように笑った。

「ぼく達が目指すことはひとつなんだ。全ての人々を、苦しみから解放する……ぼく達が敬愛し、信じる神様の力によってね。今のこの世の中は、あまりにも苦しみに満ち溢れているものだから。争いもなく、老いや病もない、そんな平和な世界を作りたいだけなんだよ。そのために、この世界に本来いるべき神様を、みんなの力で呼び戻そうというのさ」
「本来いるべき神様?」
「そう。この地球は、かつてはその神様たちが支配していた場所だったんだ。ところが、別の神様たちがやってきて、強引に居場所を奪い取ってしまったんだよ。その結果、今の人々の醜く争う地球が出来上がってしまったというわけさ。ぼくは両親から、神様を導く役目を引き継いで魔術師になったんだよ。残念ながらぼくの息子たちは魔法の才能に秀でていなかったから、ぼくの次は直接血の繋がらない弟子たちに任せることになりそうだけどね」

 その神様の名前はね、と。彼は指を一本立てて告げたのである。

「本当の名前は、ぼくと、教主様にしかお伝えしていないし、知らせてもいけないから……通称の方をみんなには伝えることにしているんだ。“ありうべからざるもの”。この地球の地下洞窟に封印されている、とてもとても偉大な神様だよ。……その封印を解いて、再びこの世界に平和を取り戻すこと。それこそがぼくらの悲願なのさ」

 ありうべからざるもの。
 その名前を聴いた時、ぞわりと背筋が泡立った。
 春はあくまで、生きた人間の縁を見抜くことのできる能力者に過ぎない。ゆえに、人外の正体を見抜いたり、生きてさえいないものを見通す力などはないはずである。ただ。
 その名前をバージルが発した途端、ドアの前で待機している数人の信者達が、無言で反応したのが分かったのだ。その名前に、縋りつく無数の手が見えるような気がした。――彼等はその“ありうべからざるもの”をどこまでも絶対の存在として信仰している。その存在が、自分達を未来永劫の苦しみから救ってくれるはずと信じて疑っていないのだ。
 ロス・ユートピアには、居場所のない者や、どうしようもない苦しみを抱えた者達が集まるとは聞いている。しかしまさか、ここまで狂信的にいるかもわからない神様を信じていようとは――。

「そ、その神様を呼び戻すために、僕に何を?」

 悪寒を振り払うようにして、春は告げた。

「僕は、“生きている人”しか見ることができない人間ですよ」
「だからこそです。貴方には、生きている人を選んで欲しい。少し前に、静岡支部から入信を希望した新しい信者達……彼等の中から、特に強い力の素質を持った者を数名選んでいただきたいのです。三人から五人といったところでしょうか」
「強い力……魂の輝き、ということでしょうか」
「その基準をどう図るかはお任せします。彼等には私達幹部と共に、召喚の術を担っていただきたい。神をお招きするための、最後の儀式をね」



『この職場、一刻も早く離れた方がいい。悪いことは言わない……このままだとあんたは、とんでもない災厄に巻き込まれることになるぞ』



『……教団に関する黒い噂は、全て事実だ。ロス・ユートピアは生贄を捧げるため、誘拐事件を繰り返している。……そろそろ、本格的な祭も始まる。お前にも役目が回ってくることだろう。そうなったら、もう逃げることは困難を極める』



 焔の言葉がリフレインする。本格的な祭、というのはこの儀式のことを言うのだろうか。
 神様を召喚する――人間にそんなことができるとはにわかに信じがたい。でも、もし本当にそんな存在を呼び出そうとしているのなら。それが、もし彼の言うとおり危険な存在であったとしたら。

「わ、わかりました……お手伝い、します」

 自分は、逃げてはいけないような気がする。教団で何が起きているのか、何を信仰しているのか、確かめなければいけないのではなかろうか。
 春はおっかなびっくり頷いたのだった。これが、運命の選択になるとも知らずに。
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