黒須澪と誘惑の物語

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<26・キュウサイ。Ⅳ>

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 他の入信者達は皆一様に残念そうな顔をして帰っていった。神様を呼ぶ儀式に参加できる、というのはそんなに光栄なことだったのか。一体なんと聴かされていたんだろう、とちらりと視線を投げれば。

「儀式に参加することを許された信者は、一気に幹部入りができるのだそうだ」
「……そりゃそごい」

 焔の言葉に、思わずぽかんと口を開けてしまう春。すると田中速人が横からずいっと顔を出して来て“凄いに決まってますよ!”と告げた。

「えっと、榛名さんは教団についてはあまりご存知ない様子で?お抱えの占い師さんということで、てっきり信者の方だと思っていたのですが!」
「え?い、いや僕はその、雇われ占い師なだけで、正式に教団に所属してるわけではないんです。その、中立の立場を保っていないと、占いがきちんと反映されない気がして……どこかの宗教への入信は極力控えてるんですよね。申し訳ない」

 それは、何故お前は入信しないんだと詰められた時にいつも使っている言い訳だった。宗教そのものが悪だとはけして思っていないが、ロス・ユートピアの熱狂的な空気はどうにも自分には水が合わないし、そもそも救いを求めてこの場にいるというわけでもない。どうしても春からすれば、宗教は最後の最後に心のよりどころにする場所、というようなイメージがあるのだ。勿論、日常に深く組み込まれ、信仰するだけで心が安らぐという人も多いのだとは思うけれど。

「そうですか、それなら仕方ないですね」

 まるで長年の信者であるかのように、新入りのはずの速人はぺらぺらと喋る。

「俺はずっと入信するべきか迷ってたんです。最終的には友人の勧めで此処に決めた形でして!いやあ、本当に彼女には感謝してるんですよね。確かにここ近年の俺は呪われてるかと思うほど不幸に見舞われました。家族は事故で死ぬし会社は倒産して放り出されるし家には放火されるし通り魔に襲われて死にかけるし!これは神様におすがりして浄化するしかないなって思いまして!!」

 ああ、そういうことか。澪とは別の意味で、春は速人が気の毒になってしまった。彼からも強い力を感じるとは思っていたが、どうやら彼の“後ろ”にいる者が原因だったらしい。彼の不運の多くを、手引きしている存在がいる。今この場にはいないのにこれほどまでに力が強い。その人間は、彼に愛されるため、感謝されるために彼に不運を集めて救い、感謝される構造を作ろうとしているようだ。多分、この宗教を彼に勧めたという“彼女”がそうなのだろう。
 その彼女、がここまで彼に魅かれる理由の一つが、彼の“死地においてギリギリで命を拾える幸運”を持つ魂ゆえなのかもしれない。それが果たして本当に幸運と呼ぶべきものなのかは判断に迷うところであるが。

――この一件が終わったら、複数人と面談する系の仕事はほんと、控えさせてもらおう……。

 段々と頭がくらくらしてきた。やっぱり、自分には向いていない。一気に流れ込んでくる情報量に、脳みその処理が追いついていかないのだ。

「それでは、選ばれたみんなを儀式会場にご案内しよう!榛名さん、行こうか」
「は、はい」

 バージルに声をかけられて、我に返る。彼は遠縁であるはずの由羅には一切眼を向けなかった。むしろ視線を合わせるのさえ避けたような印象である。何でだろう、と思いつつ、四人の入信者たちと共に儀式会場へ行く。この部屋の隣に階段があり、そこからさらに地下へと下りることができるらしいのだ。

――静岡の支部って、東京の本部とほぼ同時にできたくらい、古いところだとは聞いてたけど。

 相変わらず、壁も床も何もかもが黒い。こんな内装だと、老朽化していたり壁に罅が入っていても気づかないんじゃないだろうかと不安になってくる。いかんせん、階段も廊下もほのかなランプが灯っているだけで非常に暗いのだ。転ばないようにしなくちゃ、と足元に注意を払いながら階段を降りる。ちなみに、今日の春は一応儀式ということでスーツ姿だったりする。信者達と同じような、真っ黒なローブを着せられいたらもっと動きにくかったことだろう。

「こちらへ」

 階段を降りた先。突き当りの鉄扉を押し開けて、バージルが自分達を導いた。意外にも真っ先に焔が中へと踏み込んでいく。

「……俺が入れるってことは、そのタイプの怪異ではないのか」
「へ?」
「何でもない。見ただけで死ぬ、その場にいただけで問答無用で死ぬ。そういうモノがいる場所、近く現れる場所なら俺はここに来られなかった筈ということだ」

 ぼそりと呟く焔。残念ながら詳細を解説してくれるつもりはないらしい。焔の後ろに速人、澪と由羅が続き、しんがりで春も中へと踏み込んでいく。途端、眩しい光が眼を焼いた。

「うっ」

 極端すぎる。そう思うのも無理からぬことだろう。さっきまでとは違い、そこは真っ白な箱のような部屋だったからである。部屋の真ん中には魔方陣があり、中心には円柱型の台座、それから同じく円柱型のガラスケースがある。ケースの中には何も入っていない。魔方陣を黒いローブを来た数人の信者達が取り囲んでおり、何やらぶつぶつと呪文のようなものを唱えているようだった。

「面白いですねえ」

 澪が楽しげに呟く。なんとなく、彼にはこれから行われることが何なのかが分かっているように思われた。硝子ケースの方をしげしげと見つめ、愉快そうに眼を細めている。こっちはちっとも楽しくなんかない、と春はため息をついた。何故だろう、この真っ白な部屋に入ってから、寒気がしてたまらないのである。エアコンが効いていて涼しいのは事実だが、恐らくそれだけが理由ではあるまい。

「場の調整は完了しております、バージル様」

 信者の男性が前に進み出て申告した。

「その方々が“魂”ですね。始められますか」
「うん。今度こそ儀式を成功させるんだ。ぼく達だけが、この世界に本当の平和を齎すことができるんだからね。……じゃあみんな、並んで並んで!」

 魔方陣の周囲から、信者達が後ろに下がっていく。彼等が立っていた場所に代わりに立たされたのは、先ほど春が選らんだ四人の入信者達だ。

「……バージル西垣。一つ質問があります」

 魔方陣の傍に立ったところで、意外にも口を開いたのは由羅だった。

「貴方は、神様の力で本当の平和を世界に齎したいと思っている。そうですよね?」
「うん、そうだよ?」
「では、貴方の考える本当の平和とはなんでしょう?」
「決まってる。人の苦しみも悲しみもない、みんなが心優しく穏やかでいられる……争い一つない、そんな世界のことだよ。ぼくはそれらの苦しみから人々を解放して、本当の理想郷を作りたいんだ。それが、ぼくが父さんと母さんから受け継いだ使命でもあるからね」

 バージルの眼は、キラキラと輝いている。高齢男性の見た目に似つかわしくない、子供のような純粋な眼だ。彼が両親にどのように教育されて育ってきたのかが目に見えるようで胸が痛い。――本人の意思も、思考も、親の思うままに操られ上書きされる。そんな人間が、この世の中にはどれほどいることだろう。子供は子供であって、親とは別の生き物であって然るべきだというのに。
 それが本来純粋で、心優しい者であればるほど染まりやすいのだ。さながら、白い布に一滴のインクを落とすように。

「……そうでしょうか」

 由羅は視線を逸らし、静かに首を振った。

「私は、そうは思いません。……苦しみも悲しみもない世界で、人が人に優しくなれるはずがない。人が思いやりを持てるのは、誰かの苦しみや悲しみが理解できるからこそ。自分もまた痛みを抱えて思い悩んだことがあればこそではないでしょうか」
「そう?」
「ええ。私はそう思います。……私の周りには、そういう人ばかりでしたから。苦しみや悲しみを知るからこそ、誰かを愛することができた人ばかり。……そして今だからこそ思うのです。私はあの“事件”でたくさん愛する人を失ったけど……その苦しみがなければ、ありえなかった出逢えなかった人がいる。無駄なことなど、一つとしてない」

 だから、必要なんです、と少女は言う。

「苦しみや悲しみ、争いは。平和のために、優しくなるために必要なもの。貴方は本当に、それをなくしてしまっていいと思うのですか?」

 彼女が今まで、どういう人生を歩んできたのか。春には彼女の背中に見える“糸”から、おおよそのことを察することしかできない。
 ただ。今、由羅は彼女なりに手探りで幸せを見つけようとし、そのきかっけを掴んだところなのではなかろうか。澪に深く繋がれた糸は、まさにそれを証明しているように思えてならないのである。

「うーん、ぼくはそう思わないなあ。まあ、人と意見が違うのは珍しくないことだよね。選ばれた君、がその異なる意見を持っているというのは少し残念だけど」

 バージルはちょっと困ったような顔で頬を掻く。

「まあ、きっと君も、神様を見ればわかってくれるんじゃないかな。この神様に任せていれば、きっと全部うまくいくって!何故なら、ぼくたちの神様は、全ての苦しみを喰らってくれる存在だからね」

 話が噛み合っているようで、噛み合っていない。由羅の言葉に正しく返事を返そうとしない――否、バージルには返しようがないのかもしれなかった。彼には“両親の考えは正しい”以外の答えがないのだろう。悲しみ苦しみがあることで、人は優しくなれる――そんな由羅の考え方は完全に相反するものなのだ。
 由羅もそれがわかったのか、それ以上口を開くことはなかった。ただ言われるがまま、魔方陣の上に立ち続けている。話は終わったと思ったのか、さて!とバージルが景気よく手を叩いた。

「じゃあ、始めるね。田中速人さん、黒須澪さん、西垣由羅さん、新倉焔さん。四人は均等に、魔方陣の淵を踏んで立って。それ以外の人はなるべく魔方陣まで離れてね」

 行くよ、とバージルは自らはガラスケースの傍に立ち、右腕を掲げてみせたのだった。それを合図に、ローブ姿の信者達が一斉に暗い声でぶつぶつと呪文を唱え始める。
 次の瞬間。

「う、うううう!?」

 その声は、突如異質なものとして響き渡った。ぎょっとして春はその声の主を見る。

「な、なんだ、これえ……!?」

 田中速人が。胸を押さえて、苦しみ始めたのだ。
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