夜明けのエンジェル

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<第七話>

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 相変わらず綺麗な顔してるなコイツ、と雄大は思う。呼び出されたシェルは相変わらず不機嫌そうではあったが、そこに立っているだけで空間の色が変わると思うほど美を振り撒いているのも事実だった。ありきたりな表現をするならばそう――天使が舞い降りたかのよう、とでもいうのか。
 まあ残念ながら天使というにはあまりに、中身が強烈すぎるのだけど。黙ってにっこり微笑んでいればどんな人間も魅了できるたろうに、たまに口を開けば毒しか吐かないのだから困ったものだ。そもそも、このアンドロイドの口から誉め言葉だとかポジティブな意見というやつを、雄大は殆ど聞いたことがない。

――あるとすれば……ミリーあたりが成果を上げた時くらいだよなぁ。

 おっちょこちょいで女の子っぽすぎる問題児のミリーだが、シェルの扱いに関しては神がかっていると雄大は思っている。シェルが暴走した時いつもストッパーになってくれるのがミリーだった。毒を吐いてばかりのシェルが唯一といっていいほど攻撃的な姿勢を見せないのがミリーである。
 クリスとシオンに関しても、かなり優しい(当社比)部類だが、こうして考えるとミリー相手は破格の待遇であるような気がする。

――しかし、何でだろうなあ。何でもできるコイツからすると、ミリーってものすごく腹が立ちそうなタイプだと思うのに。

 思えばミリーと顔を会わせてすぐこんな調子だったような気がする。何か、ミリーに対しては特別な感情でもあるのだろうか?例えばそう――一目惚れした、とか。

――いやいやいや。まさかね?こいつに限ってそれはないだろ…。

「……貴様、いつまで黙ってるつもりなんだ。さっさと用件を言え、私は忙しい」

 雄大がいつまでたっても本題に入らないからか、ついにシェルが苛立った声を上げた。

「ただでさえ明日は対面日なんだ。一分一秒でも惜しいというのに」
「惜しいってことは、お前は此処を“卒業”したくないってことか?」
「………」

 むすっ、とだんまりを決め込むシェル。そこでの沈黙は肯定と同じだぞ、と雄大は思う。同時に、やっぱりそうなのか、とも。

「そりゃ、見ず知らずの他人に引き取られて、恋人になるのって不安なことだろうけどさ。お前たちからすれば避けては通れない道だろう。……そういう役目を押し付ける自覚がある手前、申し訳ないとは思うけど」

 これは本当だった。少子化になったのも、他国からの移民を受け入れてこなかったのも、結局この国の国民たちの――自分達人間の自己責任である。それを、人間に作られたとは言え、心のある存在であるアンドロイドたちに――尻拭いさせようというのだ。人間たちに許される自由が、何一つ許されていない彼ら。人間より遥かに美しく、完璧な技能を持ちながらも、人間に作られたというだけでこき使われるばかりの彼ら。
 不条理に思うなと、そう言うのはあまりに酷なことだろう。

「……ひょっとして、ミリーが心配なのか?」

 ミリーの名前を出すと。ぴくり、とシェルの肩が一瞬震えた。ああ、そういうことなのか。ということは、前回婿入りを失敗させたのも、残していくミリーのことが気がかりだったから?

「……ミリーのことが大事なんだな。でもな、シェル。あの子は確かに失敗が多いけど、誰より一生懸命で努力家だ。どれだけ落ちこぼれと蔑まれても、諦めるってことを知らない子だぞ。少し一緒にいればみんなあの子を好きになる。あの子を応援したくなる。とても芯の強い子だ。きっと、どんな御主人様のところだってやっていけると思うんだけどな」
「……知ってる」
「お?」
「あの子が誰より優しくて強くて、可愛いことは私が一番よく知ってる。貴様なんぞよりずっと。……だからこそ、あの子の強さを理解しない連中が忌々しくて仕方ない」

 おいおいおい。ミリーお前本当にすごいぞ、と雄大は思う。シェルがここまで他人を褒めるだなんて!あの毒舌鉄仮面なシェルが!まじでか!雄大は謎の感動をしてしまう。

「あの子をよく知らないで、失敗ばかりの落ちこぼれだ、駄作だと蔑む連中は多い。……そういう奴が主人になったらどうする。私も……クリスやシオンももう側にいられなくなるのに。そんな奴等にミリーの価値を決められてたまるか」

 雄大は心底驚いていた。確かに、シェルはミリーのことを本当に気にかけているなとは思っていたが――まさかここまでとは。
 同時に、少し嬉しくもあった。無感動で、攻撃的で、冷徹。そんなイメージがどうしてもついて回るシェルにも、ここまで誰かを想う気持ちがあるのだということが。――この気持ちがもし、御主人様に向けば。シェルが認められるような御主人様に巡り会えたなら。きっとこの子は誰より忠義を尽くす、素晴らしい伴侶となれることだろう。
 それだけに。

――それだけに……もし、あいつが御主人様になってしまったら……。

 シェルにも幸せになってほしい。なれるかもしれない。そんな未来が――恐ろしく高い確率で、叶わなくなってしまうことになる。

「……話、逸れたな。悪い。実は今日お前を呼んだのはその、明日の対面日のことなんだ」

 話したくない。少しでも、恐ろしい現実を知らないでいてほしい。しかし――知らずにいたら、きっと覚悟を決める暇さえこの子にはなくなってしまうだろうから。
 雄大は告げる。ある事実を。

「対面日に参加する予定の若者には、予め選べるホープ・コードのリストが写真と簡易データつきで配られることになる。それは知ってるよな?」
「それがどうした」
「……そのデータを見て。お前を是非指名したいから、他の参加者にやらないでくれ、と言ってきた奴がいるんだ。こいつなんだが」

 本当は、参加者のデータを予めアンドロイド側に見せることは許されていない。よって、これは雄大の独断だった。業務規定に反してでも、シェルには知っておいてほしかったのだ。

「本多政紀。……ホンダネットワークスの御曹司だ。知ってるか?この会社」

 ホンダネットワークスは、世界有数のソフトウェア会社である。天才的な商腕の持ち主だった社長の父親と、息子の政紀は顔だけならばよく似ていた。痩せぎすで軽薄そうな、銀縁眼鏡をかけた青年が写真には映っている。髪を染めているわけでもないというのに、不健康そうかつ不真面目そうに見えてしまうのは経歴のせいだろうか。
 父親はとても優秀だったが、子育てに関しては才能に恵まれなかったらしい。息子を甘やかしすぎたのだ。金にあかせて有名な学校に通わせ、別荘を与え、車を与え――そりゃぁ息子が付け上がるのも仕方ないことなのかもしれない。

「……金持ちのボンボンで、女遊びの激しい馬鹿息子がいる、とは聞いたことがあるが」
「ってそれ誰情報!?なんで知ってんの!?」
「ネット情報だ。専用のヲチ版まであったぞ。ホンダネットワークスについて調べれば嫌でも目に入る」

 そういえばこいつは頭がいいだけでなく、ものすごく勤勉だったなと雄大は思い出す。あいた時間の多くはミリー達と過ごすか、読書や調べものに費やしていると聞いている。知識を集めるのはどうしてなのかと以前尋ねたら、単純に興味深いからだと言っていたような気がする。
 こいつのことだから、一度見た知識は忘れないのだろうな、と思う。雄大からすれば実に羨ましい。雄大はいつも、得意科目以外は赤点ばかりで、教師に叱られていた記憶しかないのだ。根っからの理数系は言語系の暗記物が大の苦手なのである。いっそ英語も歴史も数字の羅列だったら一発で覚えられるのに、とさえ思ったほどに。

「……そいつが私を希望しているというのか?物好きな奴がいたものだな。進んで豚に成り下がりたいとは」

 うん、お前ならそう言うと思ってた!シェルの通常運転ぶりに雄大は苦笑する。――そう、今の立場なら、いくらでもいつものように暴言が吐けるのだろうが。

「シェル、このユーザーはな。前にも二度、ホープ・コードを不自然な形で壊してるんだ。……全て事故として処理されたが、俺は意図的なものだったんじゃないかと疑っている。それに……お前たちは契約を結んだら、絶対に御主人様に逆らえなくなるってことを忘れるな。今だから好きに罵ることもできるだろうが、契約してしまったら……下僕にされるのはお前かもしれない。奴隷のように扱われても、お前にはそれから逃れる術がないんだ」
「………」
「もちろん、俺達も定期的にホープ・コードを供給したお宅は回ってメンテナンスはするようにしているけど。多少不審な点があっても、お客様が返品を希望してない限りお前を保護してやるのは難しい」
「……だろうな。我々は人間じゃない。人権などないからな。児童虐待のように対応する法律もないし、保護する義務もない。そうだろう?」
「……その通りだ」

 シェルの、淡々と冷たい声が――辛い。本当にその通りだ。ホープ・コードはあくまで機械。どれだけ人間に近い外見と体を持っていても、心があったとしても――生きた存在だとはけして扱われない。少なくとも、現行の法律では。

「ましてや、今回はyrん…大企業の御曹司なんだ。例えお前が前回と同じことをやってもキャンセルになるかどうか。うちの上層部もホンダネットワークスと揉めたくないだろうし……間違いなく圧力がかかるだろう。というか圧力がかかったから、こうして平然と三度目の対面日参加を許してるんだろうけど」

 ほぼ、確定された未来。できることなら必要以上にシェルを怖がらせるような真似はしたくなかった。それでも、知らせると決めたのは雄大の意思である。
 初めてホープ・コードを完成させた日に、決めたのだ。自分が作り出したのはただの人形や機械ではない。心を持った、新たな魂なのだと。だからこそ敬意を払って、人間と同等に――否、人間以上に愛を込めて、我が子のように育てていくと決意したのである。
 ならば、彼らにも権利はあるはずなのだ。
 どれほど配られたカードが限られていたとしても――知る権利が、選ぶ権利が必ず、ある。

「……拒否権などないのだろう。なら、私がどうこういっても仕方あるまい。腹立たしいが、それが運命だったんだろう」

 やがて。シェルは当然のごとく――言ったのだ。

「私が選ばれるということはつまり……ミリーたちが、こいつに撰ばれずに済むということだ。ならば、それで充分だ」

 どうして、と思う。無残に壊されるかもしれないと、宣告されたようなものだというのに。
 どうして今になってそんな――初めて見るような、穏やかな顔をするのだろうか。言葉煮詰まる雄大に、シェルは告げる。

「……今日のうちに知ることができて、よかった。……恩に着る、高橋雄大」

 そのまま、シェルは背を向けてスタッフルームを出ていく。雄大は呆然としたまま、その背中を見送っていた。
 初めてあのシェルに礼を言われた。間違いなく、最上級の感謝の言葉だったのだろう。今までなら天にも上る心地だっただろうに。
 素直に喜べない状況が、酷く悲しくて――虚しかった。
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