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<第九話>
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ずっと考えていたこと。
シオンは、己がそのへんの人間より、そればかりかホープ・コード達の間においても、相当頭が良い部類であることを知っている。答えが出ない問題がある、というのは個人的にかなり苦痛なことで――その結果悪い癖ではあるのだが、ぶつかった問題の答えが出るまでついつい悩みすぎてしまうところがあるのだった。
その結果、あることについて――対面日当日の朝になるまで考え込んでしまったことがある。
それは、シェルの行動について、だった。
――シェルは毒舌ですし頭がいい割りに天然ですし実に面倒くさいところが特盛になっている人ですけど。
シオンが唯一、自分よりも頭が良く、優れていると認めた存在がシェルである。筆記試験でトップを譲ったことのなかったシオンを相手に唯一勝ったことがあるのがシェルであり――何一つとっても自分が叶わない相手だと認めざるをえなかったのもシェルである。
第一印象は、なんて憎たらしいほど美しく完璧な人物なのだろう、だった。
やがてその印象は、“あ、この人綺麗だし頭もいいけどバカだわ”にとって代わられたのだが。
シェルは頭がいい。頭はいいのだが、時々発想や思考が斜め45°の方向にすっ飛んでいく。ようは、天然ボケなのである。しかも、本人がそれに全く自覚がない。例えばこんなことがあった。
『シェルって、動物結構好きだよな』
ウサギの特集をしている番組を熱心に見ていたシェルに、クリスがそう尋ねたことがあって。たまたまシオンもその場に居合わせた。シオンは動物、特に白くてもふもふした動物が大好きだったりする。ウサギや、白い犬や猫が出ている番組が好きで、よくテレビでも雑誌でも見ているのだが。シェルがそういったものに興味があるというのは初耳だったのだった。
もしやもふもふ仲間が増えるのか!ウサギかわいいですね談義ができるのか!こっそり期待したシオンに、シェルは言ったのだ。
『好きだが。今は動物のことを考えてたわけじゃない』
『え、そうなのか?じゃあ何を……』
『ウサギに食われる草の気持ちというものを考えていたんだ』
は?となったシオンは多分間違っていない。どうやらシェルは熱心にウサギ――本体ではなく、ウサギの口元を、ひいてはウサギの口に消えていく草のことを考えていたらしかった。
『ウサギは跳び跳ねながらランダムに生えている草を食べているだろう?なら、それを見ている草の側に感情や思考があると仮定して。恐らくは、ロシアンルーレット状態の銃口をこめかみに押し当てられている人質の気持ちなのだろうか、と思ったんだ』
『ろ、ロシアンルーレット……?』
『そうだ。ウサギの気紛れで自分が食われるか別の仲間が食われるか生き延びるかの瀬戸際ということだ。仮に食われたとしてもどれくらい食われるかで生存率は変わってくるだろう。特に雑草の場合、地下茎を持った植物であるか否かが運命の分かれ目といったところか。地下茎があれば上の部分が刈られてもまた再び生えてくることができるからな。ウサギもそこまで掘り返して食おうとは思わんだろう。そんな手間隙をかけるより、上だけ食って他の草を食いにいった方が遥かに建設的だからな。しかし、地下茎のない、ひ弱な草花の場合は食われたら一貫の終わり。種をつけている季節で種ごと食ってもらえれば排泄されたあとでまた生えることができるかもしれないが、今のこの季節だとそれは難しい植物が多いだろう。よってロシアンルーレットになる。銃口はウサギの口になるのか目になるのか、はたまた脳なのか否か……そんなことをずっと考えていた。しかも草は我々のように自らの足で立ち上がってその場から逃げることもできないわけだから……』
普段はろくに喋らないくせに、どうしてこうわけのわからはいことで饒舌になるのだろうか。正直その時はクリスとともにぽかんとしてしまい、まともな反応を返すことができなかったのである。いやだって普通、可愛いウサギを見ながら“ウサギに食われる草の気持ち”とか“さながらロシアンルーレットのようだ”なんてこと考えるものだろうか?
しかも、中途半端に博識なものだから、そりゃあもう思考がどんどんおかしな方向に転がる転がる。誰かがストップをかけないかぎりずっと止めどなく転がり続けるのだ。
ちなみにこの話をミリーにしたところ、“そんなこと考えもしなかった!やっぱりシェルってすごいんだね!変だけど!”とキラキラした笑顔で言われたのを覚えている。――今から思うとミリーもミリーでとっくにシェルに想いを寄せていたとしか思えない。いやだってそこで、すごいね!っと普通に尊敬できてしまうあたりが、もう。恋は盲目。誰だそんな真実の言葉を言ったお人は。
まあ、話は逸れたのだが。とにかく、シオンの知るシェルというアンドロイドは、頭のネジこそ外れまくっているものの、非常に博識で頭の回転も早く、プライドの高い人物なのである。――そんな彼ないし彼女が、だ。いくらカメラの死角であったとしても――ミリー相手に接吻し、愛を囁く危険性がどれほどのものであったのか、把握していないはずがないのである。
だって、あの場所は。誰も来ないような場所ではないのだ。確かに人間のスタッフが来る可能性は低いものの、アンドロイドたちなら誰もがあそこが夜景と花火の絶景スポットであることを知っているのである。つまり、彼らのしていたことを――同志がスタッフに密告しないとは限らないのだ。
特に、シェルといつも一緒にいるミリーは、多くのアンドロイドたちに嫉妬され、疎まれている。ミリーが優秀なアンドロイドならいざ知らず、落ちこぼれだから余計に溝が深まるのだ。実際シオンも、ミリーの陰口は今まで何度も耳にしてきているのである。
つまり。ミリーさえいなくなれば、シェルとお近づきになれるんじゃないか――なんて馬鹿なことを考える奴がいても、おかしくないのだ。その危険性がわからないほど、シェルは馬鹿ではないはずなのである。
それでも、シェルは昨晩あのような行動に出た。本当に今生の別れになってしまったら、お互い苦しくなるだけだとわかっていながら。愛したはずの存在を――ミリーを誰より苦しめるかもしれないと、わかっていながら、だ。
もっと言ってしまえば、対面日はあれど、必ず二人のどちらかないし両方が卒業することになるとは限らないわけである。なんせシェルは美しく完璧な技能を持ちながらもあのひん曲がった面倒くさい性格だし、ミリーは可愛く大人しい性格であるものの家事も知識も劣等生クラス。前回も結果として二人とも卒業には至っていない。ならば今回も、選ばれないまま残留する可能性は低くないはずだというのに、だ。
――まるでシェルの態度は。今生の別れであることが、既にわかっているかのようだった……。
シオンが悩んだのは、そこだった。シェルはどうしてあのようなリスキーな行動に出たのか。まるでもう二度とミリーに会えなくなるから、心の整理をつけようとしていたかのようにも思えるのである。何故。それは、何故?あれではまるで卒業というよりも――もうすぐ自分が死んでしまうかのような、そんな悲壮な決意のようにも見えるのだけれど。
――昨日、高橋に呼び出されてましたよね、あの人。そこで何か言われたのでしょうか……?
雄大自身はけして危ない人物ではない。唯一自分達を人間と同等に扱ってくれる存在だ。そういう意味ではシオンは彼のことを信頼しているし尊敬もしている。愛ゆえのイジリはするけども、それはそれ、だ。
だから雄大自身が、シェルを苦しめたり傷つけるようなことをするとは考えにくい、のだけども。
――高橋ではないとしたら……。
「シオン!」
はっとして顔を上げる。どうやら考え込んでしまっていたらしい。見れば隣に立っているミリーが、心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。
「どうしたのシオン。もうすぐ入場始まるよ。ぼんやりしてたけど……具合悪いの?大丈夫?」
「あ、いえ……」
いけない。少し思考をよそに飛ばし過ぎてしまったらしい。シオンは慌てて笑顔を取り繕う。今自分達がいるのは控え室だ。普段、ホープ・コードたちが着ているお揃いの白いワンピースの胸には、特別に名前と番号の入ったピンバッチが取り付けられている。これから、全員で広間に入場して、既に待機している参加者たちに向けて一人ずつ紹介を行っていくのである、
前回の時、シオンは直前で故障してしまい、メンテナンスがまにあわなかったせいで対面日には参加できなかったのだった。つまり、プレゼンテーションを行うのは今回で初めてである。それでもそつなく行える自身はあったが、緊張しないというわけではないのだ。ぎゅっと握った掌にはいつのまにか汗を掻いていた。――こんなところまで再現できるのだから、自分達の産みの親はは本当に凄いと言わざるを得ない。
「大丈夫です。少し緊張していただけですから」
嘘ではない。実際緊張はしている。シオンの言葉に、私もだよ、とミリーが言った。
「シオンは初参加なんだもんね。そりゃ緊張するよね。私なんてもう別の意味でパニクりそうでもう……」
「前回失敗したから…ですか?」
「うん、そう。…あーそっか、シオンは参加しなかったけど見学はしてたんだっけ……」
はぁ、とため息をつくミリー。この子は前回、広間のステージに上がって名前を言い終わった瞬間、足を滑らせて転落するというお約束をやらかしたのだった。ミリーらしいといえばミリーらしい。しかもそれが、参加者にはウケ狙いととられたらしく、大爆笑されたのだから居たたまれない。
「卒業するのは怖いけど……でも、しっかりしないと。シェルにも高橋さんにも、恥ずかしいところ見せたくないもん。前の時とは違うんだぞーって見せないと!頑張るよ!」
うん、と自分で気合いを入れてみせるミリーは明るく可愛らしい。しかし、シオンにはどうにもその明るさが、空元気であるように思えてならないのだった。
卒業するのか怖いと言った。本当は、どうなのだろう。怖いのではなく――嫌なのではないだろうか?少なくともシェルの方はきっと卒業したくなくて、同時に片想いの相手が侮辱されたのが耐えがたくて――前回はあのような行動に出たのだろうが。
「ねぇ、ミリー……」
「ん、なぁにシオン?」
「えっと……」
昨日のこと。シェルのこと、あなたはどう思っているのですか?
シオンはそう尋ねたいのを必死で――堪えた。
「……いいえ。何でも、ないです」
空元気で見せるということは。少なくともミリーは、みんなに“そう見てほしい”ということなのだろう。ならばそこで余計な心配をするのは却ってミリーを苦しめてしまうだけかもしれない。
何より。ただでさえ残酷な未来を――友人にこれ以上思い知らせたいとは、思わなかった。どれだけその心を知りたいと思ってもそれはあくまで――シオンの個人的な我が儘でしかない。
「変なの。まるでシェルみたい」
ミリーが笑う、笑う、笑う。
シオンは笑おうとして――うまく笑えた自身もない自分が、ほとほと嫌になったのだった。
シオンは、己がそのへんの人間より、そればかりかホープ・コード達の間においても、相当頭が良い部類であることを知っている。答えが出ない問題がある、というのは個人的にかなり苦痛なことで――その結果悪い癖ではあるのだが、ぶつかった問題の答えが出るまでついつい悩みすぎてしまうところがあるのだった。
その結果、あることについて――対面日当日の朝になるまで考え込んでしまったことがある。
それは、シェルの行動について、だった。
――シェルは毒舌ですし頭がいい割りに天然ですし実に面倒くさいところが特盛になっている人ですけど。
シオンが唯一、自分よりも頭が良く、優れていると認めた存在がシェルである。筆記試験でトップを譲ったことのなかったシオンを相手に唯一勝ったことがあるのがシェルであり――何一つとっても自分が叶わない相手だと認めざるをえなかったのもシェルである。
第一印象は、なんて憎たらしいほど美しく完璧な人物なのだろう、だった。
やがてその印象は、“あ、この人綺麗だし頭もいいけどバカだわ”にとって代わられたのだが。
シェルは頭がいい。頭はいいのだが、時々発想や思考が斜め45°の方向にすっ飛んでいく。ようは、天然ボケなのである。しかも、本人がそれに全く自覚がない。例えばこんなことがあった。
『シェルって、動物結構好きだよな』
ウサギの特集をしている番組を熱心に見ていたシェルに、クリスがそう尋ねたことがあって。たまたまシオンもその場に居合わせた。シオンは動物、特に白くてもふもふした動物が大好きだったりする。ウサギや、白い犬や猫が出ている番組が好きで、よくテレビでも雑誌でも見ているのだが。シェルがそういったものに興味があるというのは初耳だったのだった。
もしやもふもふ仲間が増えるのか!ウサギかわいいですね談義ができるのか!こっそり期待したシオンに、シェルは言ったのだ。
『好きだが。今は動物のことを考えてたわけじゃない』
『え、そうなのか?じゃあ何を……』
『ウサギに食われる草の気持ちというものを考えていたんだ』
は?となったシオンは多分間違っていない。どうやらシェルは熱心にウサギ――本体ではなく、ウサギの口元を、ひいてはウサギの口に消えていく草のことを考えていたらしかった。
『ウサギは跳び跳ねながらランダムに生えている草を食べているだろう?なら、それを見ている草の側に感情や思考があると仮定して。恐らくは、ロシアンルーレット状態の銃口をこめかみに押し当てられている人質の気持ちなのだろうか、と思ったんだ』
『ろ、ロシアンルーレット……?』
『そうだ。ウサギの気紛れで自分が食われるか別の仲間が食われるか生き延びるかの瀬戸際ということだ。仮に食われたとしてもどれくらい食われるかで生存率は変わってくるだろう。特に雑草の場合、地下茎を持った植物であるか否かが運命の分かれ目といったところか。地下茎があれば上の部分が刈られてもまた再び生えてくることができるからな。ウサギもそこまで掘り返して食おうとは思わんだろう。そんな手間隙をかけるより、上だけ食って他の草を食いにいった方が遥かに建設的だからな。しかし、地下茎のない、ひ弱な草花の場合は食われたら一貫の終わり。種をつけている季節で種ごと食ってもらえれば排泄されたあとでまた生えることができるかもしれないが、今のこの季節だとそれは難しい植物が多いだろう。よってロシアンルーレットになる。銃口はウサギの口になるのか目になるのか、はたまた脳なのか否か……そんなことをずっと考えていた。しかも草は我々のように自らの足で立ち上がってその場から逃げることもできないわけだから……』
普段はろくに喋らないくせに、どうしてこうわけのわからはいことで饒舌になるのだろうか。正直その時はクリスとともにぽかんとしてしまい、まともな反応を返すことができなかったのである。いやだって普通、可愛いウサギを見ながら“ウサギに食われる草の気持ち”とか“さながらロシアンルーレットのようだ”なんてこと考えるものだろうか?
しかも、中途半端に博識なものだから、そりゃあもう思考がどんどんおかしな方向に転がる転がる。誰かがストップをかけないかぎりずっと止めどなく転がり続けるのだ。
ちなみにこの話をミリーにしたところ、“そんなこと考えもしなかった!やっぱりシェルってすごいんだね!変だけど!”とキラキラした笑顔で言われたのを覚えている。――今から思うとミリーもミリーでとっくにシェルに想いを寄せていたとしか思えない。いやだってそこで、すごいね!っと普通に尊敬できてしまうあたりが、もう。恋は盲目。誰だそんな真実の言葉を言ったお人は。
まあ、話は逸れたのだが。とにかく、シオンの知るシェルというアンドロイドは、頭のネジこそ外れまくっているものの、非常に博識で頭の回転も早く、プライドの高い人物なのである。――そんな彼ないし彼女が、だ。いくらカメラの死角であったとしても――ミリー相手に接吻し、愛を囁く危険性がどれほどのものであったのか、把握していないはずがないのである。
だって、あの場所は。誰も来ないような場所ではないのだ。確かに人間のスタッフが来る可能性は低いものの、アンドロイドたちなら誰もがあそこが夜景と花火の絶景スポットであることを知っているのである。つまり、彼らのしていたことを――同志がスタッフに密告しないとは限らないのだ。
特に、シェルといつも一緒にいるミリーは、多くのアンドロイドたちに嫉妬され、疎まれている。ミリーが優秀なアンドロイドならいざ知らず、落ちこぼれだから余計に溝が深まるのだ。実際シオンも、ミリーの陰口は今まで何度も耳にしてきているのである。
つまり。ミリーさえいなくなれば、シェルとお近づきになれるんじゃないか――なんて馬鹿なことを考える奴がいても、おかしくないのだ。その危険性がわからないほど、シェルは馬鹿ではないはずなのである。
それでも、シェルは昨晩あのような行動に出た。本当に今生の別れになってしまったら、お互い苦しくなるだけだとわかっていながら。愛したはずの存在を――ミリーを誰より苦しめるかもしれないと、わかっていながら、だ。
もっと言ってしまえば、対面日はあれど、必ず二人のどちらかないし両方が卒業することになるとは限らないわけである。なんせシェルは美しく完璧な技能を持ちながらもあのひん曲がった面倒くさい性格だし、ミリーは可愛く大人しい性格であるものの家事も知識も劣等生クラス。前回も結果として二人とも卒業には至っていない。ならば今回も、選ばれないまま残留する可能性は低くないはずだというのに、だ。
――まるでシェルの態度は。今生の別れであることが、既にわかっているかのようだった……。
シオンが悩んだのは、そこだった。シェルはどうしてあのようなリスキーな行動に出たのか。まるでもう二度とミリーに会えなくなるから、心の整理をつけようとしていたかのようにも思えるのである。何故。それは、何故?あれではまるで卒業というよりも――もうすぐ自分が死んでしまうかのような、そんな悲壮な決意のようにも見えるのだけれど。
――昨日、高橋に呼び出されてましたよね、あの人。そこで何か言われたのでしょうか……?
雄大自身はけして危ない人物ではない。唯一自分達を人間と同等に扱ってくれる存在だ。そういう意味ではシオンは彼のことを信頼しているし尊敬もしている。愛ゆえのイジリはするけども、それはそれ、だ。
だから雄大自身が、シェルを苦しめたり傷つけるようなことをするとは考えにくい、のだけども。
――高橋ではないとしたら……。
「シオン!」
はっとして顔を上げる。どうやら考え込んでしまっていたらしい。見れば隣に立っているミリーが、心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。
「どうしたのシオン。もうすぐ入場始まるよ。ぼんやりしてたけど……具合悪いの?大丈夫?」
「あ、いえ……」
いけない。少し思考をよそに飛ばし過ぎてしまったらしい。シオンは慌てて笑顔を取り繕う。今自分達がいるのは控え室だ。普段、ホープ・コードたちが着ているお揃いの白いワンピースの胸には、特別に名前と番号の入ったピンバッチが取り付けられている。これから、全員で広間に入場して、既に待機している参加者たちに向けて一人ずつ紹介を行っていくのである、
前回の時、シオンは直前で故障してしまい、メンテナンスがまにあわなかったせいで対面日には参加できなかったのだった。つまり、プレゼンテーションを行うのは今回で初めてである。それでもそつなく行える自身はあったが、緊張しないというわけではないのだ。ぎゅっと握った掌にはいつのまにか汗を掻いていた。――こんなところまで再現できるのだから、自分達の産みの親はは本当に凄いと言わざるを得ない。
「大丈夫です。少し緊張していただけですから」
嘘ではない。実際緊張はしている。シオンの言葉に、私もだよ、とミリーが言った。
「シオンは初参加なんだもんね。そりゃ緊張するよね。私なんてもう別の意味でパニクりそうでもう……」
「前回失敗したから…ですか?」
「うん、そう。…あーそっか、シオンは参加しなかったけど見学はしてたんだっけ……」
はぁ、とため息をつくミリー。この子は前回、広間のステージに上がって名前を言い終わった瞬間、足を滑らせて転落するというお約束をやらかしたのだった。ミリーらしいといえばミリーらしい。しかもそれが、参加者にはウケ狙いととられたらしく、大爆笑されたのだから居たたまれない。
「卒業するのは怖いけど……でも、しっかりしないと。シェルにも高橋さんにも、恥ずかしいところ見せたくないもん。前の時とは違うんだぞーって見せないと!頑張るよ!」
うん、と自分で気合いを入れてみせるミリーは明るく可愛らしい。しかし、シオンにはどうにもその明るさが、空元気であるように思えてならないのだった。
卒業するのか怖いと言った。本当は、どうなのだろう。怖いのではなく――嫌なのではないだろうか?少なくともシェルの方はきっと卒業したくなくて、同時に片想いの相手が侮辱されたのが耐えがたくて――前回はあのような行動に出たのだろうが。
「ねぇ、ミリー……」
「ん、なぁにシオン?」
「えっと……」
昨日のこと。シェルのこと、あなたはどう思っているのですか?
シオンはそう尋ねたいのを必死で――堪えた。
「……いいえ。何でも、ないです」
空元気で見せるということは。少なくともミリーは、みんなに“そう見てほしい”ということなのだろう。ならばそこで余計な心配をするのは却ってミリーを苦しめてしまうだけかもしれない。
何より。ただでさえ残酷な未来を――友人にこれ以上思い知らせたいとは、思わなかった。どれだけその心を知りたいと思ってもそれはあくまで――シオンの個人的な我が儘でしかない。
「変なの。まるでシェルみたい」
ミリーが笑う、笑う、笑う。
シオンは笑おうとして――うまく笑えた自身もない自分が、ほとほと嫌になったのだった。
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