夜明けのエンジェル

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<第二十三話>

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 E町には、あまり健全なイメージがない。夜の風俗店などが多く、必然的に酔っ払いが町をうろつく事も多く。その結果、あまり子供は近づかない町になってしまっている現状があるそうだ。元は学校をいくつも作り、綺麗な住宅街を増やし、緑の多い高所得者の街を目指していたのだそうだが――物はそうそう思うようにはいかないものである。

「なんだっけかね。……第二バブルの頃に、ここの土地の値段が上がりすぎちゃってさ。だーれも買えなくなっちゃったんだと」

 つぐみは、ざっと調べた知識を思い出しながら言う。電車を降りて、駅の東口へ。西口方面は田んぼが多く、あまり開けてはいない。問題は東口の方だった。どうにも、駅ができると町というものは、東から開けていくものらしい。実際この町も、東にばかり店が建っている印象である。

「で、仕方ないからどんどん土地の値段が下がって。柄の悪い連中に安く買いたたかれたりなんかして。まあその結果、そっちの奴らがいついちゃったらしいのよ。まあ、お水のお店の後ろには必ずヤクザがいる!なんて偏見持つほどアタシも思い込み激しいわけじゃないけどさ」
「あーそういう漫画見たことあるなあ。なんだっけ、“漢の桜田”とか…」
「ぶっ……あんたそんな渋い漫画よく知ってるね!?いやアタシも好きだけど」

 ミリーは極道モノとか好きなんだろうか。つぐみは思わず笑ってしまう。可愛い顔からは想像がつかない。むしろ、少女マンガとか恋愛モノが好きですと言われた方がイメージにあっているというものだ。
 ちなみに、その“漢の桜田”というのは、実写映画にもなった大人気の青年漫画だったりする。ごっつい顔の桜田という、男気溢れるヤクザの男が、ヤクザにも関わらず筋を通して人助けしていくという内容だ。今時珍しいほどの勧善懲悪、正義のヒーローといった雰囲気が人気を博していたように思う。その漫画には、彼の組が経営するホステスの店なんてのもよく出てきたのだ。ちなみに、そこのナンバーワンホステスが漫画のヒロインだったりする。長い髪のグラマラスな美女だ。

――あのマンガ。流行ったのアタシの高校時代だったけど……好きだったな。絵柄は濃かったけど、主人公にすごく魅力があったし、話がわかりやすかったし。

 好きな台詞があった。主人公の桜田剛輔が、男に捨てられたと泣いている風俗店の女性に向けて、こんな言葉をかけるのである。



『大切なものがあるってぇなら、守られてるだけで満足してちゃいけねえ。お前さんを守るために、その大切な誰かが傷ついちまったら……その結果一番苦しむのはお前さん自身だぜ。なら、お前さんはお前さん自身をしっかり守れる力をつけなきゃいけねえ。自分を守って、大切な誰かも守れ。後悔したくねぇのは、男も女も一緒だろう?』



――好きな台詞だったのにな。痺れたのにな。……何で肝心なこと忘れてたのかな、アタシは。

 結局涼介に守られて、彼を守れなかった自分。思い出すたび、きっとこれからも胸は締め付けられるに違いないのだろうけれど。その痛みはずっと、仮に彼と寄りを戻せたところで続いていくのだろうけれど。
 思い出せないままよりずっと、良かったのだろう。その痛みこそ、後悔しないですむ第一歩で、進化した証だったのだろう。今はそう、思うことにしている。どれだけ辛くてもその痛みもまた、自分自身に他ならないのだから。

「えっと、作戦確認だけど」

 振りきるように、つぐみは努めて明るい声を出した。

「場所はE駅東口徒歩八分!クラブ“Crazy-Crazy”でおk?」
「おkおk。居酒屋って最初聞いてたから、てっきり飲むのがメインのところだと思ってたら。踊る方だったんだね。つぐみそういうとこ行ったことある?」
「元々はふつーに居酒屋やってたみたいだから、まあ完全に間違いでもないんじゃない?アタシは酒はそこそこ強いけどダンス苦手だからなー。このナリじゃモテねーし」

 というか、婚活やら合コンやらというものが、つぐみは鬼門なのだった。大抵自分一人だけあぶれるのである。やはり男は美人にしか用がないらしい。デカくていかつくて汗臭そうな女には興味がないのだろう。自分みたく、胸も半分筋肉になってそうな奴なんてお呼びでないということだ。初めて参加した合コンでリア充への恨みをぼやく羽目になってからは、何がなんでも参加しないようにしようと決めている。
 まあ、実はつぐみの場合、お呼びがかからないのはどうしても男から見て同性のように気安くなってしまうから、というのもあったりするのだが。当の本人はそのへんに気がついていなかったりする。

「好きな人がいるのに他の人になんてモテなくていいじゃん。つぐみの魅力がわからない男なんて気にする必要もないんだし。私だったら、本命チョコと友チョコ以外は要らないなあ」

 そしてミリーは心底純粋な目でそんなこと言うもののだから。本当の本当に、意図したものでもなくあっさりと言ってくれるものだから。

「ミリー……あんたはそのままでいいよ、うん」

 なんていうか、自分がものすごく汚れたもののように思えてしまうつぐみである。なんて純粋なんだろう。天使か。天使なのか。うわ眩しい。

――好きな人がいても!それはそれこれはこれ!モテないボッチは嫌なのよー!って言っても多分わかんないんだろうなあ……!

 とりあえずシェルは爆発しておけ、とつい思ってしまうつぐみである。こんなにミリーに愛されてるなんて、どれだけ幸せなアンドロイドなのだろうか!いや、今から助けに行く対象にこんなこと思ってちゃダメなのだけども!

「七時過ぎ突入するよ。えっと、つぐみ。私この格好なら、人間の女の子に見えるかな?男装よりは女装の方がバレにくいと思ってそうしたんだけど……」

 そんなミリーは今、少し大人っぽい茶色のコートにミニスカート、ブーツといった姿である。癖の強い髪はストッパーをかけて、派手目のヘアピンをとめてある。小柄で童顔なのがネックだが、服装と化粧の力で遊んでいる女子大生くらいには見えなくもなかった。
 なんせ、元の素材がいいのだ。ホープ・コードは総じて見目がいい。シェルたちと比べたら自分なんて地味だとミリーは言うけれど、つぐみから言わせればそんなもの贅沢な悩みというものだ。
 ミリーをあえてホープ・コードとして連れていくという手もあるにはあった。しかしそれは、ミリーが勘弁してくれと言ってきたのだ。ミリーをホープ・コードとしてつれていくということは、つぐみがソッチの趣味の、ドエスな女王様を演じるということになる。ミリーはそれに無理やり従わされている、という体をとる必要が出てくる可能性が高い。
 それをすることは即ち、万が一の場合遭遇したシェルに誤解を与えてしまうということ。ミリーは、つぐみがあらぬ風評被害を受けることを嫌がったのである。
 結果、二人は遊んでいる女子大学生のフリをして店に潜入することにしたのだった。女性も多い店だと聞いている。一見さんお断りという話でもない。変装と演技次第で、誤魔化すこともできるだろうという算段だった。
 ただ、あまり良くない噂も聞く店である。ドラッグの売人が出入りしているという話もある。万が一の時は何の成果もなくても逃げなくてはならない。自分達に何かあっては、シェルを助け出すどころではないのだから。

「かわいいよ、ミリー!むしろこれ、アタシが男装した方が良かったかもね。体格差的にも、カップルらしくなったかもしれないし!」
「なに言ってるの。つぐみは充分可愛いし、女の子らしいよ?家事能力は壊滅してるけど」
「最後の一言要らなかったよね!?」

 あ、これ地味に怒ってる。つぐみは冷や汗を掻いた。ここ数日、連続して部屋にブラックGが発生しているのである。綺麗好きのミリーは耐えられなかったらしい。青筋たてて殺虫剤を撒いている姿は、正直鬼気迫るものがあったのだ。
 教訓。掃除はこまめに。ただし出来るとは保証しない。

「そろそろ行こうか。……つぐみ」

 くるり、と。可憐な少女にしか見えないアンドロイドが振り返る。自分とさほど変わらない服装なのに、化粧も薄いというのに――自分と違って華やかで、同時に強い心を持った機械人形がそこにいる。
 人間とは違う。むしろ、だからこそ。
 人間よりも勇気があるのかもしれない。純粋な力ではなく、ただ――己の弱さを認めて突き進むという、勇気が。

「無理はしないでね」

 つぐみはただ、黙って頷くに留めた。彼女は堂々としたあしどりで、地下クラブへ続く階段を降りていく。夜の帳が降りてきた繁華街。その喧騒さえ掻き消すほどの騒々しいBGMが、階段下のドアの向こうから漏れてきている。
 ドアを閉めていてもこれでは、中はとれほど喧しいのだろう。耳栓を持ってこなくて大丈夫だったかと、一抹の不安を覚えた。

「開けるよ」

 予期していたこととはいえ。踏み込んだ瞬間襲ってきたすさまじい光と音の洪水に、つぐみは思わず眩暈を覚えた。耳を塞ぎたくなるのを全身全霊で我慢しなければならなかった。ガンガン鳴り響くそれが、どんな種類の音楽なのかもよくわからない。ディスコミュージックというやつなのかなんなのか。ズンズンと腹に響くリズムと共に、地面さえ揺れているような錯覚を覚える。

「こ、こんな場所でよく鼓膜破れないな、この人達」
「本当にね。集音機の調整がめんどくさいよ」

 ミリーは顔をしかめているものの、つぐみの声はばっちり聞こえているらしいことに驚いた。そして不思議とつぐみの方もミリーの声だけはよく聞こえる。こんな場所では、会話さえままならないはずだというのに。

「指向性スピーカーと、内蔵されてる集音機を調整すれば特定の音だけ拾ったり届けたりできるんだよ、私たちは。こういう時アンドロイドって便利だよね」

 つぐみの疑問を察してかミリーは言う。

「行こう。視界だけはどうにもならないから、足元気を付けて。人にぶつかって難癖つけられたら面倒くさいよ。会員制とかじゃないからカウンターに寄る必要もない。暗いけど、シェルとあの男を探そう」
「う、うん」

 先程から感じていた、違和感。いや、それはもはや殺気にも近いものであるかもしれない。ドアを潜るまではいつもの、ふわふわとした可愛らしいミリーだった。しかし、今のこの子はまるで――最前線に立つ、兵士か何かのようである。

――ホープ・コードは……本当に。戦闘用のアンドロイドでも、あるんだ。

 つぐみは思い出していた。初めて会った対面日。シェルに絡む本多政紀をあっさりと制してみせた、ミリーの身体能力を。落ちこぼれだ、劣等生だと言われていても、ミリーもまたそのための機械人形であることに違いはないのである。
 生まれついて、戦う覚悟はできている。それが彼らなのかもしれない。ただ――戦う相手と、誰のために戦地に立つのか、選ぶ心を持っているというだけで。

――アタシも覚悟、決めないと。

 ずんずんと先に進んでいくミリーに置いていかれないように、つぐみは足を早めた。忘れてはいけない。ここから先は何が起きてもおかしくはないということを。
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