夜明けのエンジェル

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<第二十四話>

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 ダンスクラブだとか、酒飲み場と言っても千差万別だろう。『Crazy-Crazy』がその中でもろくでもない店であるということくらい、常連の男も知っていることだった。
 元は地下にある、割と普通の居酒屋だったらしい。どちらかというと和風で、こじんまりと酒とつまみを提供していたような小さな店だ。もちろん最初はそんな名前ではなかったらしいが。それが、ヤクザに買収されてしまってから一変し、洋風のバーになり、地下フロアを貸し切っていつの間にかダンスクラブもどきになったのだとかなんとか。
 まあ、興味もなかったので、どこまで事実かどうかも知らない。自分にとっては、社会の面倒くさい仕組みとクソうざい上司のお小言を忘れることができ、かつそれほど高くもない金でそこそこの酒が飲めればどうでもいいことなのだった。最近は小遣い稼ぎと称してドラックの売人モドキを始める奴が増えてきて、その勧誘だけが面倒くさいのだが。

――脱法ドラに手ぇ出したら後が面倒くせぇからなあ……。会社にバレるわけにもいかねーし。

 売人をやって手に入る臨時収入はなかなか魅力的な額であったものの、表向きの地位を引換にする勇気はないのが男の本心だった。一応、会社では優秀な営業マンとして通っているのだ。若くして上り詰めた係長が細かいことをネチネチ言ってくるのだけはマジで死ねと思っているが。給料も悪くないし、生活は安定している。ただ少し退屈である以外はなんら問題のない生活だった。
 ひとつ言えば、女がいないことが不満が。――男は自分が、地味で根暗な人間と言われていることを知っている。それは性格面もそうだが、外見上のものもあるのだろう。学生時代はクラスで目立たなかった。いじめの対象になることこそなかったけれど、存在を忘れられてグループ行動で置いていかれるなんてことは少なくなかった。まあ、授業であまり当てられないというメリットもあったし、悪いことだらけでもなかったのだが、いかんせん女にモテないのは死活問題なわけで。

――はあ。……いい加減ヤりてぇなあ。ここに来るような女だと、ヤった後ですげー金要求されそうだし。

 胸をギリギリまで曝け出したセクシーで派手な女達が、男達を品定めしながらうろついたり、気に入った男にしながれかかってお誘いをかけたりしている。美人が多いが、少々香水の匂いのきつい女達だ。中には未成年もいるのだろう。羽目を外すことに快感を覚え、あわよくばイイ男をゲットし、そうでない男はカモにでもしてやろうと眼をギラギラさせている女豹ばかり。稀に見る、何も知らずに迷い込んでしまった子猫は、大抵すぐ常連の誰かに騙されてどこかに連れていかれてしまう。
 ここは、会員制ではない。それだけに、初めて来る何も知らない客は、男も女も絶好のカモにされるような場所でもあった。自分も、ここを紹介してくれた知人の助けがなければ、今頃借金地獄かクスリの売人になっていたかもしれなかった。リスクは常に隣にある。ここに通っていることがバレるだけで会社をクビになるかもしれないような場所だ。それでも、男は刺激を求めて此処に来るのをやめられずにいるのだった。
 だってそうだろう。常連になって、安全な場所を確保できるようになれば。すぐ隣にあるリスクを、面白い見世物としていくらでも観劇できるようになるのだ。
 ああいう、派手で色気を振りまく娼婦のような女達を眺めているのも悪くはないが(どうせ自分のモノにはならないと思うと忌々しいが)一番楽しいのは何も知らない新参者が料理される光景である。
 稀に来る、と言ったものの。自分は運がいいのかなんなのか、修羅場を目撃できることはそれなりに多かったりするのだ。
 そう、例えば。

――おおう?もしかしてあれ、最近来てる本多の御曹司じゃねーか?

 眼鏡をかけた不健康そうな男が、地味な顔に似合わず高級なスーツを着て練り歩いているのが見える。その後ろにいるのは、ここのところ彼が連れ歩いている美しいアンドロイドだ。
 ホープ・コード。最近の若い者たちはなんて羨ましいのだろう。自分が成人した頃には、そんな素敵な法律なんてなかったというのに。機械といえど、人間と変わらない見た目で、かつ人間より遥かに美しいアンドロイドを嫁にすることができるのである。いくらでもヤりたい放題、おまけに無料かつ優秀な労働力だ。自分も今から申請できないだろうか――法律が変わらない限り、四十を過ぎた自分にチャンスなんて巡ってはこないのだろうが。

「また来たな、本多政紀」
「相変わらずたっかいスーツ着てやがるぜ。馬子にも衣装ってか」
「しっ。聞こえるわよ。……あの後ろ歩いてるのアンドロイドなんでしょ?今の技術ってすごいわね、人間にしか見えないわ。包帯だらけなのってアイツの趣味なの?」
「本多の御曹司は隠れドSで有名だったからな。アンドロイド引き取るのもこれで三回目らしいぜ。もう二回壊してるらしい、事故で」
「事故、ねえ」
「しかし、あんだけ包帯だらけなのに……すんげえ美人じゃねえか。まるでモデルみたいだ。だのキラキラなドレスに負けてねーぞ」
「アレと毎日ヤり放題なんだろ、羨ましい……」

 お前ら声がでかいんじゃねーの、と男は思う。本多はその素行の悪さと、連れているアンドロイドがあまりに美しいことで有名な人物だった。何かあるごとに、ホンダネットワークスという権力を盾にしてやりたい放題である。この店の経営者のヤクザともコネがあるらしく、誰もが彼には強いことを言えない実情があった。正直、関わり合いになりたくないのが本音である。なんせ、話したところで自分の自慢か、社会への不満しか口にしないような人物なのだ。
 とはいえ、ついつい視線で負ってしまうのは。やはり、彼の連れている銀髪のアンドロイドが、あまりにも美しいからだろう。

――あれで本当に機械なのかよ。信じられねえ。

 抜けるように白い肌に、光を反射してキラキラと輝く銀色の髪。真紅の切れ尾の瞳はすこしきつい印象を与えるものの、むしろ彼女の冷厳な美を引き立てる要素にほかならない。長い睫毛も銀色で、まばたきをすれば粉雪を散らしたかのよう。人間では到底追いつけない、追い越せない、人外ならではの美しさが、そこにはあった。
 ちなみにどうして男がここまで詳しく彼女の姿を表現できるのかといえば、本多政紀が初めて来た時偶然カウンター席の隣に座ることができたからである。政紀は酒に寄ってマスターに絡みまくっていたので、自分のアンドロイドを不躾に眺めている輩になど気づかなかったらしかった。既に他人の女というわけだが、見つめるだけで充分眼の保養には違いない。
 その連れ歩いている政紀は、明らかにこのアンドロイドを周囲に見せびらかし、自慢したい様子が透けて見えていた。腹立たしいことこの上ない。そのくせ、あまりにもそちらに注目したり声をかけたりすると独占欲を発揮して罵倒してくる実に厄介な性格ではあったが。

――ホープ・コードってことは、恋人役つーことだろ。しかも設定上、絶対“ゴシュジンサマ”には逆らわないらしいし。好きなプレイしたい放題じゃねえか。いいなあ。

 美しいアンドロイドは、何故かあちこちに包帯を巻いており、首輪をして政紀に引きずられるようにして歩いている。そういうプレイがお好み、ということだろう。なんとなく、表情も暗いように見える。機械人形に心なんてものがあるかどうかもよく知らないが。人間なら即座に訴えられるようなことも、アンドロイド相手ならやりたい放題というわけだ。しかもあんな上玉相手に、である。日本も素晴らしい法律を作ってくれたものといえよう。
 だから早く法改正して欲しい。自分だって今恋人はいないのだ。前回女とやってからもう三ヶ月もご無沙汰なのだ。四十代五十代にもホープ・コードを提供してくれるようになれば、いくらでも子作りして世間に貢献してやるというのに。アンドロイドが子育ても一手に引き受けてくれるというのだから、自分は特に手間暇かける必要もない。

「あの……!」
「うわ!?」

 唐突に声をかけられて、男はひっくり返りそうになった。見れば、小柄な少女がすぐ近くに立ってにっこりと微笑んでいる。

「あ、ごめんなさい。私、ここ初めてで……良ければルールとか、教えて欲しいと思って。おじさん、常連さんみたいだったから。……だめ、ですか?」

 小首を傾げて、上目遣い。実に王道なやり方だが、女にご無沙汰な男をぐらっとさせるには充分だった。その上この少女ときたら――あのアンドロイドほどではないにせよ、見目がとても良いのである。
 金髪に青い眼に、華やかなワンピース。こんな地下クラブに来るタイプにはとても思えない、清純そうな愛らしい少女だ。高校生くらいに見えるが、童顔なだけで大学生なのかもしれない。何にせよ、鈴が鳴るような声で話しかけられて、悪い気がするはずもなく。

「あ、ああ。悪いな。突然だったからびっくりしただけだ。えっと……まず何から話せばいいのやら……」

 ふと、見れば近くにもう一人人物が立っている。そこそこの上背で筋肉質な、そばかす顔の女だ。少女と違って可愛らしい雰囲気ではないものの、凛として立っている様はかっこいいと言えなくもない。あと、よく見れば足が綺麗で、くびれた腰と尻のラインはなかなかセクシーだった。二人で一緒に来たのだろうか。
 というか、この女どこかで見たことがあるような。

――って、こいつ!?鈴岡つぐみか!?もしかして!?

 実は男は最初から今の企業に勤めていたわけではなかったりする。昔は中学で学校事務をしていたのだ。給料がしょぼいので長続きしなかったものの、鈴岡つぐみのことだけは割とよく覚えている。
 確か、レズビアンだと噂されていじめに遭っていた生徒ではなかったか。何でも、クラスの有力グループの女子に喧嘩を売ったのが原因だとか、彼女らが目の敵にしていた女優の肩を持ったことからターゲットにされたのだとかなんとか。
 いじめの実態については、噂で聞いてなんとなく知っていた程度だ。正直、女って怖いな、ぐらいの感想しかなかった。だから、印象に残ったのはそこではない。――生徒指導室で、彼女と教師が話しているのを偶然聞いたことがあったからだ。
 彼女は教師に、こんなことを言っていた。

『自分が間違っていると思ったので、それを隠さず指摘しただけです。自分の保身のために嘘をついて、間違いを正すこともせず、周囲に合わせる方がよほど耐えられないことでした。実際、そうやって誰も彼もが悪事を助長させていく世の中になったら、この国に待っているのは破滅だけなんじゃないですか。アタシは、正しいことは正しいと叫びたいし、間違っていることは間違ってると言いたいだけです。それが、和を乱すと言われても、アタシは自分に嘘をつくことだけはしたくないんです』

 なんて青臭い、正義感の塊のような人間なんだ、と。当時はそう思ったものである。あの頃から顔立ちは全然変わっていない。むしろ綺麗になったと思う。それだけに――こんな場所で見つけるとは思いもしなかったが。

「おじさん?どうしたの?」
「え、ああ……いやその……」

 どうして彼女が、なんて考えはすぐに吹き飛んでしまった。どうせ向こうは自分のことなど知りもしないのだ。追求するだけ無駄だろう。それよりも今は、この可愛らしいツレの少女の関心を引くことの方が重要だ。
 男はすぐに疑念を忘れて、少女に作り笑いを浮かべてみせたのだった。
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