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<第三十九話>
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頭の中で酷いノイズが鳴っている。走るミリーにどうにかついていきながら、シェルは必死で吐き気を堪えていた。腹から突き上げてくるような痛みは酷くなるばかりだった。これは、前にも覚えがある感覚だ。自分の身体のことは、自分が一番よくわかっている。このままだと自分は――本当に、ミリーのお荷物になってしまう。
――嬉しかったんだ。
情けない。情けない。
ここにきてまだ、涙が滲みそうになるだなんて。
――ミリーを、信じてなかったわけじゃない。それでも、本当に迎えに来てくれたんだと知った時。私がどれだけ嬉しかったかなんて、きっと誰にも分からないんだろうな。
もう二度と会えないかもしれないと思っていた、愛しい存在に会えた。きっと、自分は。本当はそれ以上のことなど、何も望むべきではないのだろう。ミリーが迎えに来てくれて嬉しかった。一緒に生きられる未来を想像しただけで、喜びで涙が溢れそうになった。けれど。その夢想だけで、その幸福だけで自分は満足するべきなのだ。本当は、誰よりよく分かっている。
自分を連れて逃げ出せば、ミリーは一生政紀はおろか、政府からも追われる身になるだろう。雄大だって、立場上ミリーをかばうことなど出来るはずもない。そして捕まれば、自分はどうなってもいいとしても――ミリーまで、間違いなく廃棄処分にされてしまうのだ。そんなこと、想像するだけで耐えられそうにない。
そして、仮に。この国から、政府の者たちから、政紀から完全に逃げおおせて。自分と二人で生きていける場所を見つけたとしても。自分は――自分は、ミリーの荷物にしかならないのだ。だって。だって自分には――自分は、もう。
――それなのに、私は。ミリーの手を振り払う勇気さえ、ないんだ……っ!
自分の欲望しか考えていないのは、自分も同じではないか。己の欲しいものだけ、己の好むものだけ求めて、周りの迷惑も顧みないで、自分勝手に暴走するばかりで。本多政紀と何が違うのか。身勝手で、欲望に忠実という意味では、自分も大して変わりない。
こんな自分がミリーの、この純粋無垢な美しい存在の傍にいることなど。本当に、許されるのだろうか?
「嫌な予感がするね」
「え」
ミリーの言葉に、はっとして我に返るシェルである。静まり返った食堂で。ミリーは辺りを警戒しながら、ゆっくりと歩を進めていく。
「ここにきて、警備の奴らが誰もいないなんて。確かにカメラに細工したり、攪乱しながら来たのは確かだけど……食堂の窓から私達が逃げるかもしれないってことくらい、予想できないはずないのに。大勢で待ち構えてることも覚悟してたんだけどな」
確かに、妙と言えば妙だった。さっきまでちらほらと出現していたヤクザの男たちの姿が、さっきからまるで見当たらない。まるで全員撤退してしまったかのようだった。もちろん、そんなはずがないのは百も承知しているのだが。
「警戒していこう。窓から出たら、庭をつっきるしかないけど、障害物がほとんどないから狙い撃ちにされやすい。ライフルで狙われたら面倒くさいし、罠とかもあるかもしれないから。シェル、私にしっかりついてきてね」
「ミリー……」
「ん?」
「わ、私、は……」
まだ、ミリーに言っていないことがある。肝心なことを、自分はまだ彼ないし彼女に隠したままだ。伝えるべきか、やめるべきか。本当は伝えるべきだとわかっている。だが――伝えた時、もし。ミリーにこの手を離されてしまったらと思うと、怖くて仕方ないのだ。
ミリーの為を思うならむしろ自分から、この手を離して永遠に消えるべきだとわかっているのに。一度希望を抱いてしまったら、未来を夢見てしまったら――同じ暗い場所に戻るのが、もっと怖くなってしまったのである。
情けない。情けない。本当の本当に――情けない。
「……すまない。何でもない」
結局、勇気を出すことはできなかった。
何が、ホープ・コード史上最高傑作のアンドロイド、だ。
自分は結局、臆病者でしかないではないか。
「……大丈夫だよ」
そんなシェルの心中を察してかそうではないのか。ミリーは微笑んで、シェルの手を握り返してくる。
「私が、シェルを見捨てるなんて絶対ないから。何があっても、守るから。……ね?」
ミリーが優しければ優しいほど。清らかであればあるほどに。シェルの胸は締め付けられるのだ。自分はいつも、この優しい子を裏切ってばかりではないか、と。
「行くよ」
食堂のテーブルの間を抜け、窓の鍵を開き、庭に降り立つミリー。ここ最近雨の振っていなかった芝生は乾いていて、よく手入れされているのかふわふわと柔らかく茂っている。本多政紀の父は、桜が好きだった。庭も桜の木が多いようだ。玄関からまっすぐ石畳が伸びていて、庭の中心には噴水があるのが見える。桜の木は、敷地を加工壁沿いに立ち並んでいるようだった。石畳の道をまっすぐ突っ切るのが近道ではあるが、障害物が何もないというのが気がかりである。
ここは、遠回りでも、並木の影に隠れながら進んで行く方がいいのではないか。もしくは、多少リスクを犯してでも敷地の壁を乗り越えるか。
「ミリーどうする。まっすぐ突っ切るのは、狙撃される危険が高くなるぞ」
「そうだね……どうしようか」
シェルはそう言いながら、ミリーの後を追って庭に降り立つ。芝生が濡れていないのは有難い。転んだり滑ったりしたらそのタイムラグだけで命に関わるだろう。
考え込むミリーの傍に駆け寄ろうとした、その時だった。
「っ?!!」
はっとしたように顔を上げるミリー。その表情が一瞬にして凍りついたと思った瞬間――凄まじい力で、突き飛ばされていた。
「み……」
何を、と言いかけるのと。シェルの視界が真っ赤に染まるのは――同時だった。
「え…?」
ざくん、とか。ごきり、とか。とにかくそんな、とてもとても嫌な音が、した。
悲鳴は、聞こえなかった。
目の前に、血を模した真っ赤なオイルが噴き上がり。ちぎれ飛んだそれが、弧を描いて芝生に落下していくのを、シェルはただ見つめることしか出来なかった。
それ、とはなにか。ああ。理解したくもない、したくもないけれど。
「あ…」
さっきまで自分の手を握ってくれていた、温かくて優しくて大好きな――ミリーの、右腕だ。
地面から生えた、巨大な突起――鋭い刃を持ったその刺が。さっきまでシェルが立っていたその場所を貫いていて。
シェルを突き飛ばす為にその場所に立ったミリーの右腕を、肩から切断していったのである。――その短くも単純な事実を理解するまで、シェルは数秒を要していた。
理解したくなかったから。――だって、それはつまり、つまり。
「ミリーィィィィィ!!!」
血飛沫を上げながら、ミリーの小さな身体が崩れ落ちる。慌てて傍に行こうとしたシェルに、鋭い声が飛んだ。
「動いちゃだめ、シェル!!」
ミリーだった。ミリーは激痛に荒く息を吐きながら、膝をつきながらも――ぎん、と音がしそうなほど鋭くこちらを睨んでいる。
「この庭、罠だらけだ……っ!見て!」
そこまで言われて、初めて気がつく。地面の下から、いくつも稼働音がする。芝生に隠れて、よく見るといくつか鉄のプレートが埋め込まれているのが見えた。プレートには、それぞれ切れ込みが入っている。どうやらあそこから、鉄の突起が突き出してくる仕組みだしい。ミリーはその突起に貫かれたせいで、右腕を切断されたのだ。
「ごめん、私が油断したばっかりに……」
「何でお前が謝るんだ!」
「だって、私、シェルを助けに来たのに、このザマじゃ……」
「だからなんで!何でお前が謝る必要がある、ふざけるな!!」
どうして自分は、こんな時でさえきつい物言いしかできないのだろう。ミリーは何も悪くなどない。お荷物なのは自分だ。最初から最後まで、いつだって自分は誰かの足を引っ張ることしかしていないではないか。
今の罠だってそう。駆動音に気づかなかったのは自分も同じ。もしミリーが庇ってくれなかったら、自分は多分腕を飛ばすだけでは済まなかったことだろう。
自分のせいだ。自分が油断していたせいで、ミリーが。
「おうおう、いいザマだなあチビちゃんよ!」
そこに――一番聞きたくなかった声が、降ってくる。ばっと辺りが明るくなった。人工的な光に照らされて、思わず顔を覆ってしまう。何人もの足音がする。視界カメラの明度を調整して見れば、庭に何十人もの男たちが集まっているのが見えた。自分達の位置から、大凡40メートルほどの距離だろうか。全員武器を持っている。囲まれている。
やはり、罠だったのだ。すべてが。
「本多、政紀……!!」
歩み寄ってくる、一人の男。自分を玩具同然で弄び、踏みにじってきたその男が、へらへら嗤いながら近づいてくる。
「脱出できると思った?思ったぁ?ざぁんねんでしたあ!お前らに安住の地なんかねーんだよ!この俺に逆らって二人でランデブーってか?だーれも許さねえよ、クズ鉄どもが!!」
ゲラゲラ嗤う声が、耳障りで仕方ない。こいつはいつもそうだ。自分は選ばれた天才だと思い込んでいる。自分こそ絶対的正義だと、自分に逆らう人間は全て制裁されて当然なのだと。そうやって父の威光を自分のもののように扱い、父の築き上げた財産や才能をまるで自分のもののように妄想して。人を傷つけることに罪悪感の欠片もありはしない。人間として最低で最悪の――生まれながらのサイコパス。
こいつのこの声で、その汚い手で。自分は何度汚され、壊されたことだろう。しかも、その手が伸びるのはもはや自分ひとりではない。
こいつは、こいつのせいでミリーまで――!
「チビ、じゃないんだけど……」
激痛に呻きながらも、ミリーが立ち上がる。
「覚えておきなよ。私の名前はミリー。お前みたいなクズに、シェルは渡さない。お前の存在全てがシェルを不幸にする。私は絶対……絶対お前を許さない……!」
「許さないねぇ?クズ鉄が吠えること吠えること」
男はニヤニヤしながらシェルを見た。背中に冷たいものが走る。嫌な予感しか、しない。こいつ、まさか。
「俺に逆らった悪のクズ鉄どもに、相応しい最期ってなんだと思う?なあ、なんだと思うよ?俺様が直々に教えてやるぜ」
忘れていたわけじゃない。けれど、考えたくはなかったひとつの事実。
自分はまだ、この男の契約から逃れられてはいない。シェルはまだ、あくまで政紀の奴隷のまま。自分のご主人様は、忌々しいことにこの男なのだ。
契約されたホープ・コードは――主人に逆らうことができない。赦されない。
「助けに来た存在にズタズタにされて殺されるって、最高の気分だよなあ?……シェル」
嫌だ、ああ。嫌だ。
そんなこと、絶対、絶対。
「ミリーを殺せ」
だれか、たすけて。
――嬉しかったんだ。
情けない。情けない。
ここにきてまだ、涙が滲みそうになるだなんて。
――ミリーを、信じてなかったわけじゃない。それでも、本当に迎えに来てくれたんだと知った時。私がどれだけ嬉しかったかなんて、きっと誰にも分からないんだろうな。
もう二度と会えないかもしれないと思っていた、愛しい存在に会えた。きっと、自分は。本当はそれ以上のことなど、何も望むべきではないのだろう。ミリーが迎えに来てくれて嬉しかった。一緒に生きられる未来を想像しただけで、喜びで涙が溢れそうになった。けれど。その夢想だけで、その幸福だけで自分は満足するべきなのだ。本当は、誰よりよく分かっている。
自分を連れて逃げ出せば、ミリーは一生政紀はおろか、政府からも追われる身になるだろう。雄大だって、立場上ミリーをかばうことなど出来るはずもない。そして捕まれば、自分はどうなってもいいとしても――ミリーまで、間違いなく廃棄処分にされてしまうのだ。そんなこと、想像するだけで耐えられそうにない。
そして、仮に。この国から、政府の者たちから、政紀から完全に逃げおおせて。自分と二人で生きていける場所を見つけたとしても。自分は――自分は、ミリーの荷物にしかならないのだ。だって。だって自分には――自分は、もう。
――それなのに、私は。ミリーの手を振り払う勇気さえ、ないんだ……っ!
自分の欲望しか考えていないのは、自分も同じではないか。己の欲しいものだけ、己の好むものだけ求めて、周りの迷惑も顧みないで、自分勝手に暴走するばかりで。本多政紀と何が違うのか。身勝手で、欲望に忠実という意味では、自分も大して変わりない。
こんな自分がミリーの、この純粋無垢な美しい存在の傍にいることなど。本当に、許されるのだろうか?
「嫌な予感がするね」
「え」
ミリーの言葉に、はっとして我に返るシェルである。静まり返った食堂で。ミリーは辺りを警戒しながら、ゆっくりと歩を進めていく。
「ここにきて、警備の奴らが誰もいないなんて。確かにカメラに細工したり、攪乱しながら来たのは確かだけど……食堂の窓から私達が逃げるかもしれないってことくらい、予想できないはずないのに。大勢で待ち構えてることも覚悟してたんだけどな」
確かに、妙と言えば妙だった。さっきまでちらほらと出現していたヤクザの男たちの姿が、さっきからまるで見当たらない。まるで全員撤退してしまったかのようだった。もちろん、そんなはずがないのは百も承知しているのだが。
「警戒していこう。窓から出たら、庭をつっきるしかないけど、障害物がほとんどないから狙い撃ちにされやすい。ライフルで狙われたら面倒くさいし、罠とかもあるかもしれないから。シェル、私にしっかりついてきてね」
「ミリー……」
「ん?」
「わ、私、は……」
まだ、ミリーに言っていないことがある。肝心なことを、自分はまだ彼ないし彼女に隠したままだ。伝えるべきか、やめるべきか。本当は伝えるべきだとわかっている。だが――伝えた時、もし。ミリーにこの手を離されてしまったらと思うと、怖くて仕方ないのだ。
ミリーの為を思うならむしろ自分から、この手を離して永遠に消えるべきだとわかっているのに。一度希望を抱いてしまったら、未来を夢見てしまったら――同じ暗い場所に戻るのが、もっと怖くなってしまったのである。
情けない。情けない。本当の本当に――情けない。
「……すまない。何でもない」
結局、勇気を出すことはできなかった。
何が、ホープ・コード史上最高傑作のアンドロイド、だ。
自分は結局、臆病者でしかないではないか。
「……大丈夫だよ」
そんなシェルの心中を察してかそうではないのか。ミリーは微笑んで、シェルの手を握り返してくる。
「私が、シェルを見捨てるなんて絶対ないから。何があっても、守るから。……ね?」
ミリーが優しければ優しいほど。清らかであればあるほどに。シェルの胸は締め付けられるのだ。自分はいつも、この優しい子を裏切ってばかりではないか、と。
「行くよ」
食堂のテーブルの間を抜け、窓の鍵を開き、庭に降り立つミリー。ここ最近雨の振っていなかった芝生は乾いていて、よく手入れされているのかふわふわと柔らかく茂っている。本多政紀の父は、桜が好きだった。庭も桜の木が多いようだ。玄関からまっすぐ石畳が伸びていて、庭の中心には噴水があるのが見える。桜の木は、敷地を加工壁沿いに立ち並んでいるようだった。石畳の道をまっすぐ突っ切るのが近道ではあるが、障害物が何もないというのが気がかりである。
ここは、遠回りでも、並木の影に隠れながら進んで行く方がいいのではないか。もしくは、多少リスクを犯してでも敷地の壁を乗り越えるか。
「ミリーどうする。まっすぐ突っ切るのは、狙撃される危険が高くなるぞ」
「そうだね……どうしようか」
シェルはそう言いながら、ミリーの後を追って庭に降り立つ。芝生が濡れていないのは有難い。転んだり滑ったりしたらそのタイムラグだけで命に関わるだろう。
考え込むミリーの傍に駆け寄ろうとした、その時だった。
「っ?!!」
はっとしたように顔を上げるミリー。その表情が一瞬にして凍りついたと思った瞬間――凄まじい力で、突き飛ばされていた。
「み……」
何を、と言いかけるのと。シェルの視界が真っ赤に染まるのは――同時だった。
「え…?」
ざくん、とか。ごきり、とか。とにかくそんな、とてもとても嫌な音が、した。
悲鳴は、聞こえなかった。
目の前に、血を模した真っ赤なオイルが噴き上がり。ちぎれ飛んだそれが、弧を描いて芝生に落下していくのを、シェルはただ見つめることしか出来なかった。
それ、とはなにか。ああ。理解したくもない、したくもないけれど。
「あ…」
さっきまで自分の手を握ってくれていた、温かくて優しくて大好きな――ミリーの、右腕だ。
地面から生えた、巨大な突起――鋭い刃を持ったその刺が。さっきまでシェルが立っていたその場所を貫いていて。
シェルを突き飛ばす為にその場所に立ったミリーの右腕を、肩から切断していったのである。――その短くも単純な事実を理解するまで、シェルは数秒を要していた。
理解したくなかったから。――だって、それはつまり、つまり。
「ミリーィィィィィ!!!」
血飛沫を上げながら、ミリーの小さな身体が崩れ落ちる。慌てて傍に行こうとしたシェルに、鋭い声が飛んだ。
「動いちゃだめ、シェル!!」
ミリーだった。ミリーは激痛に荒く息を吐きながら、膝をつきながらも――ぎん、と音がしそうなほど鋭くこちらを睨んでいる。
「この庭、罠だらけだ……っ!見て!」
そこまで言われて、初めて気がつく。地面の下から、いくつも稼働音がする。芝生に隠れて、よく見るといくつか鉄のプレートが埋め込まれているのが見えた。プレートには、それぞれ切れ込みが入っている。どうやらあそこから、鉄の突起が突き出してくる仕組みだしい。ミリーはその突起に貫かれたせいで、右腕を切断されたのだ。
「ごめん、私が油断したばっかりに……」
「何でお前が謝るんだ!」
「だって、私、シェルを助けに来たのに、このザマじゃ……」
「だからなんで!何でお前が謝る必要がある、ふざけるな!!」
どうして自分は、こんな時でさえきつい物言いしかできないのだろう。ミリーは何も悪くなどない。お荷物なのは自分だ。最初から最後まで、いつだって自分は誰かの足を引っ張ることしかしていないではないか。
今の罠だってそう。駆動音に気づかなかったのは自分も同じ。もしミリーが庇ってくれなかったら、自分は多分腕を飛ばすだけでは済まなかったことだろう。
自分のせいだ。自分が油断していたせいで、ミリーが。
「おうおう、いいザマだなあチビちゃんよ!」
そこに――一番聞きたくなかった声が、降ってくる。ばっと辺りが明るくなった。人工的な光に照らされて、思わず顔を覆ってしまう。何人もの足音がする。視界カメラの明度を調整して見れば、庭に何十人もの男たちが集まっているのが見えた。自分達の位置から、大凡40メートルほどの距離だろうか。全員武器を持っている。囲まれている。
やはり、罠だったのだ。すべてが。
「本多、政紀……!!」
歩み寄ってくる、一人の男。自分を玩具同然で弄び、踏みにじってきたその男が、へらへら嗤いながら近づいてくる。
「脱出できると思った?思ったぁ?ざぁんねんでしたあ!お前らに安住の地なんかねーんだよ!この俺に逆らって二人でランデブーってか?だーれも許さねえよ、クズ鉄どもが!!」
ゲラゲラ嗤う声が、耳障りで仕方ない。こいつはいつもそうだ。自分は選ばれた天才だと思い込んでいる。自分こそ絶対的正義だと、自分に逆らう人間は全て制裁されて当然なのだと。そうやって父の威光を自分のもののように扱い、父の築き上げた財産や才能をまるで自分のもののように妄想して。人を傷つけることに罪悪感の欠片もありはしない。人間として最低で最悪の――生まれながらのサイコパス。
こいつのこの声で、その汚い手で。自分は何度汚され、壊されたことだろう。しかも、その手が伸びるのはもはや自分ひとりではない。
こいつは、こいつのせいでミリーまで――!
「チビ、じゃないんだけど……」
激痛に呻きながらも、ミリーが立ち上がる。
「覚えておきなよ。私の名前はミリー。お前みたいなクズに、シェルは渡さない。お前の存在全てがシェルを不幸にする。私は絶対……絶対お前を許さない……!」
「許さないねぇ?クズ鉄が吠えること吠えること」
男はニヤニヤしながらシェルを見た。背中に冷たいものが走る。嫌な予感しか、しない。こいつ、まさか。
「俺に逆らった悪のクズ鉄どもに、相応しい最期ってなんだと思う?なあ、なんだと思うよ?俺様が直々に教えてやるぜ」
忘れていたわけじゃない。けれど、考えたくはなかったひとつの事実。
自分はまだ、この男の契約から逃れられてはいない。シェルはまだ、あくまで政紀の奴隷のまま。自分のご主人様は、忌々しいことにこの男なのだ。
契約されたホープ・コードは――主人に逆らうことができない。赦されない。
「助けに来た存在にズタズタにされて殺されるって、最高の気分だよなあ?……シェル」
嫌だ、ああ。嫌だ。
そんなこと、絶対、絶対。
「ミリーを殺せ」
だれか、たすけて。
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