クロネコノダンザイ

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<第九話>

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 アカが元々はなんの種類の猫だったのか、それは永遠の謎である。耳が小さいような気はするが、それも肉に埋もれているせいで小さく見えるだけと言われればそのような気もするし、顔が潰れ気味のようにも見えるがそれも無駄に長い毛と顔面までばっちりついた肉のせいでそう見えるだけと言われればそんな気もしてくる。
 とにかく、最初にアカを見た時の印象は一つだ。こいつデェ。そしてデブい。あ、一つではなかったか。

「……昼寝しようと思ってたってのに、誰が俺様を呼ぶのかと思ってりゃ……」

 ぐおおお、と地響きのようなアクビをして、のそのそとこちらに歩いてくる巨体の猫。赤茶の毛に覆われ、目つきの悪い彼に睨まれたなら、普通の猫は即座にびびって尻餅をつき、チビりながら逃げ帰っていくこと請け合いだろう。
 が、生憎俺は普通の猫ではないし、こいつとは初対面でもない。不機嫌そうな強面に、よお、と前足を上げて挨拶してやる。

「悪いなアカ、起こしちまったみてーで」
「……なんだよ、コロコかよ。何の用だ、俺様はねみーんだよ」
「クロコだからな、クロコ。人の名前間違えてんじゃねーよ。ガキどもは元気か?最近こっちに来てなかったからなあ」

 話している後ろで、モチとアザミがちょっと毛を逆立てながらじりじり下がっていくのが見える。あれは怒っているのではない、アカの気迫に圧倒されて怖がっているだけだ。アカと初対面ではないのだろうが、殆ど話す機会もなかったというのは今までの会話で充分分かることである。そうでなくても、不機嫌なアカはいつもの五割増しで人相が悪い。人間でいうと、顔にデカい傷があるチンピラが威嚇してくるレベルで怖いというかなんというか。実際本人は眠いせいで頭が働いていなくて、そのせいでやたら細眼になっているだけなのだけども。
 獲物を狩る時は素早い彼の動きが、今は千鳥足もいいところになっているのがいい証拠である。

「そりゃあ元気だともよ。最近な、うちの一番下のチビがトカゲを一匹で捕まえてな。それがもう手際がよくてよくて俺様も女房も感激しちまってよ。そんじゃ盛大にお祝いしねえといけねえなってことで……」

 そして、アカの機嫌を治す方法は割と簡単だったりする。彼が溺愛している妻や子供について話題を振ればいいのだ。案の定、我が子の様子を聞かれたアカはころっと態度を変えて、べらべらと惚気話を喋り始めた。
 ちょっとスイッチの入れ方を間違えたかもしれない、と俺は冷や汗をかく。一度完全に舌に油が回り始めると、もうこの猫の自慢話は終わりが見えないのである。結論がどこに着地するのか全く想像がつかない。三つ話すな、と言い始めたのがいつの間にか枝分かれしてその倍の倍の倍の倍で済まなくなるなんてこともけして珍しくないのだった。よほど我が子のことが可愛いのだろうが――毎回似たような話ばかりしていて、周囲から呆れられていることに彼は本当に気づいていないのだろうか。

「そんなわけだからよ、俺様は言ってやったのさ。“いいか坊主ども、強くなるってのは単純に狩りが上手いってだけじゃねえんだ。どんなに腹が減っていてもムカついていても、じいいいっと獲物を待ってチャンスを伺うための観察力ってものが試される。あと、冷静になれないような奴はどんなに鋭い爪があっても速く走れる足があってもボスには向いてねえ。お前らもいつかこのあたりの王様になりてえってなら、自分自身の最大の武器を鍛える必要があるんだ。その最大の武器ってのはな……”」
「あーすまん、アカ。どうしても急いでしなきゃなんねぇ話があるんだ。お前の可愛いボウズどもと女房も全く無関係じゃないんだ、ちょっと聞いてくれるか?」
「なんだと?どうした、何か非常事態か?」

 俺ナイス。心の中で俺は自分自身に拍手喝采を送った。どうにかアカの長話を二十分程度でストップさせることに成功した。それも、“子供達も関係ある話だ”と切り出すことで彼の機嫌を損ねることなくこちらに興味を向けることに成功する。
 そう、何も問題はない。俺は何一つ嘘は言ってないのだから。

「非常事態だ。というか、お前も気づいてるはずだぜ。ここ最近、猫の変死と行方不明が続いてるってことはよ。四丁目が特に被害が酷いって聴いてる。三丁目でも被害者が出た。このまま放置すりゃ、次の犠牲者が誰になるかわからねえ。お前の可愛いガキどもはまだ小さいだろう。余計狙われやすいとは思わねえか」

 俺は早口に要件を伝える。目の前のアカが協力してくれるように、少しでもその気になってくれるように。
 するとそんな俺の思惑を知ってか知らずか、アカは露骨に不快そうな顔をした。

「……その件か。ああ、お前の言う通りだよ。俺様達も困ってんだ。先日なんざ、商店街を根城にしていた大家族が一気に消えやがった」
「大家族?何匹くらいだ」
「家族つーか、親戚でより集まって生活してたようなもんなんだけどよ。チビ五匹とその両親、従兄弟と従兄弟の子供がそれぞれ二匹ずつに祖父母やら血縁者やらが何匹か。人間どもに結構可愛がられてたんだけどよ。その一番可愛がられてたチビ五匹の一匹がいつの間にかいなくなっちまって、両親が探し回ってたら他の子供と両親もいなくなりやがった。気づいたら、その親戚連中全部見かけねえ有様よ。……まあ、ろくな事が起きてねえのは確実だな。商店街近辺から、妙に血の臭いがするとは思ってたからよ」
「!」

 血の臭い。俺は思わず、アザミとモチの二匹を振り向いて顔を見合わせる。
 ミッキーも、それ以外の犠牲者の猫達も、どうやら他の場所で焼き殺されてから遺体を遺棄されたらしいということはわかっている。ならば、商店街で消えた猫達も同じようにしているはずだ。まずは、どこか別の場所に連れ去られていると見て間違いない。

「血の臭いがするってことは、商店街で殺されたってことだと思うか?」

 俺が尋ねると、アカはその丸太のように太い首を横に振った。

「いいや。……これでも俺様の鼻は利くからよ。血の臭いがするといっても、それがどれだけの血の量なのかってのは大体想像がつく。血の臭いは一種類じゃねえが、一種類ごとは大した濃さじゃねえ。致命傷になるほどじゃねえ印象だな。恐らく怪我をさせられるような罠でも張られて、それでどこかに連れ去られたんだろうさ」

 罠。犯人の人間は、そういう知識のある人間だということか。俺は心の中のメモに書き足しておくことにする。自分はそこまで詳しくないが、獣を捕まえる罠を設置するプロフェッショナルの番組とやらを、廉の家で見たことがあるのである。大抵が、檻の中に餌を入れておいて、中にターゲットが入ると檻の鍵がしまる仕組みであることが多いはずだ。もしくは、餌を取ろうとするとトラバサミがバチンとしまって足を挟んでしまう、見るからに痛そうなものもあるらしい。――あんなのに挟まれたら怪我どころか足がちぎれちまうぜ、と思って戦慄したのは記憶に新しいことだ。

「……商店街の近辺に、罠を張って猫達を捕まえた奴らがいるってことか?」
「俺様もその可能性が高いと踏んでるぜ。ただ、それを仕掛ける現場はなかなか押さえられねえ。犯人が一人か複数か知らねえが、俺達が総出で捜してるのにシッポを掴ませねえとはなかなかふてえ野郎よ。……お前の言う通り、俺様は父親として夫として、嫁とガキどもを死ぬ気で守る義務がある。四丁目の猫どもと結託してなんとかしようとは動いてるんだがな」
「そうか……」

 やはり、アカほどの猫がこの現状を指を咥えて見ているはずがなかったか。彼が自分と同じ考えであるのは非常に心強い。しかも、こちらが聞くまでもなく彼らの状況と情報を開示してくれた。こちらに対して全く協力する意図がないのなら、こちらの話を聞くには聞いても持っているネタをそうそうバラすような真似はしないだろう。
 信用されているとわかれば、こちらもその証を差し出すのが当然の礼儀だ。俺は自分の子分であるミッキーがやられたことと、そこから弾き出した犯人像、持っている情報をすべてアカに伝えた。相手が人間であり、それも猫を拷問して殺すようなクズだと分かっていれば、それは即ち猫総てに対して宣戦布告を受けたようなもの。よほど仲が悪いわけでもないのなら、結託しない理由はないはずである。

「……お前らの状況は分かったぜ。やっぱり、一番被害がひでえのは四丁目らしいな」

 総てを訊いたアカは、重いため息を吐いた。

「三毛猫は目立つからな。しかも三毛猫のオスなんてそう滅多に見かけるようなもんじゃねえ。恐らく、俺が見た猫がお前の子分のミッキーって奴だったんだろう。確かに、そいつが四丁目の、このあたりを散歩しているのは俺も見かけたことがあるぜ」
「!本当か!?」
「ああ。大体向かった方向はわかってる。三番地の方の住宅街だったと思うぜ。……檻の中に入れられたままの猫といい、“人間が嫌いになりそうだ”と言ったそいつの言葉といい。ミッキーとやらが毎日訪問していた家ってのは、多分この一件に無関係じゃねえんだろうな。その家を捜してみる価値はあると思うぜ」

 それとな、とアカは声を潜めた。俺はその声がよく聞こえるように、それとなく巨体の傍へと身を寄せる。

「一番最初にいなくなった大家族のチビスケな。大抵の人間には可愛い可愛いって可愛がられてたんだが……そいつに対して、妙につっかかってけり飛ばそうとして、他の人間と喧嘩した奴がいるんだ。それも複数な。そいつらみんな、三番地の方の住宅街に住んでるんだ。犯人は、その中にいるのかもしれねぇぜ……」
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