チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

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<22・例え誰かの悪だとしても>

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 同じ被害を受けた人間でも、加害者に同じ感情を向けるとは限らない。一人目の奴隷だったユージーンと、二人目の奴隷のマルレーネが無力化された勇者であるマサユキに対して同じ対応をしなかったのは当然といえば当然のことであったのだろう。
 ユージーンには、好きなだけマサユキに対して“報復”する権利が与えられた。本人がそれを望んだからだ。彼女はマサユキを殺さず、ひたすら満足がいくまで痛めつけたいと願い出た。それもそうだろう、殺してしまえば一瞬で苦痛が終わってしまう。彼女が受けた苦しみは、こんな程度ではあるまい。紫苑にはただ、彼女の話からそれらを想像することしかできないけれど。

『私の両親は、目の前で……ぐちゃぐちゃにされました。かろうじて生きてはいるらしいですけれど、お母さんはもう私の顔もわからないらしいです。酷い脳障害を負って、記憶もなくなって……人格も崩壊して、ひどく暴れるらしくて』

 彼女は泣きながら、自分と家族が受けた苦しみを語った。

『お父さんは、両足がなくなってしまって……神経もやられたせいで、もう二度とベッドから起き上がれないだろうって。畑で作ったハーブで、みんなを笑顔にしたいって……それがお父さんの生きがいだったのに。畑もなくなってしまって、自分は起き上がれなくて、私は……私はあいつの奴隷になって。二人のところに一度なんとか会いに行ったけど、もう廃人に近い状態だって……!』

 どうにか、奴隷という身分からは開放されたユージーン。しかし、彼女が失ってしまったものの中には、二度と戻ってこないものも少なくない。彼女の家族は壊れ、同時に彼女自身も酷い心と体の傷を負った。あの男に無理な“調教”を受けたせいで、彼女の下半身には障害が残ってしまったのである。歩くことはできても、走ることは難しい。何より、排泄のコントロールが厳しい状態なのだという。人間としても女性としても、彼女は健全な生活を著しく損なうハメになってしまったのだ。農家で働かせるつもりなら、奴隷をそんな状況にしてしまっては役に立たなくなることくらい、マサユキにはわからなかったのだろうか。あるいは、一人二人奴隷が使い物にならなくなってもそれはそれで問題ないとでも考えていたか。
 いずれにせよ、今の彼女を生かしているのは――マサユキへのたゆまぬ怒りと復讐心だけなのだだろう。マサユキの能力は“スローライフに必要な労働力を強制的に確保する”であって、東のアヤナのように“相手の意思を奪って奴隷化する”ではない。命令に強制力こそあったが、ユージーンの意思を完全に奪う力はなかった。彼女はマサユキに従順に従いながらも、虎視眈々と報復の機会を伺っていたのだという。
 大人しく、可憐に見えたエルフの少女の中に眠っていた苛烈な一面。否――苦しめられ、追い詰められた者ならば。いくらでも、自分の中の“鬼”を目覚めさせる可能性はあるのかもしれなかった。それはまだ、己の中の“鬼”に出会ったことのない紫苑にはわからないことであるけれど。

『私達を救ってくださったこと。そしてあの男に罰を与える権利をくださったこと、心より感謝いたします。……今の私には、他に生きる目的は何も見えないけれど。復讐しながら、自分の人生をゆっくり考えたいと思っています。……あの男に痛みを返さなければ、私の人生は永遠にあの場所で止まったままになってしまうから』

 復讐なんて意味がない。失った命や痛みは戻ってこない。そんなことしたって新たな復讐の種を生むだけだ――そうやって、綺麗事を並べることは簡単だ。正義の味方や名探偵は、己が実際にその立場になった時のことも想定せずに、そんな理想論ばかりを並べる傾向にあるのも事実である。
 けれど、本当に己がそうなった時。復讐を全く考えずにいられる人間が、一体この世にどれだけ存在することだろうか。多くの人は、愛した人を奪われた苦しみを、傷つけられてぽっかりあいた穴をどうにかして埋めようと足掻くのが至極当然のことである。そして、自分をここまで傷つけた相手が、何も感じずにのうのうと幸せになることが許せないと感じることも。
 復讐なんて、何も産まない。失った人は、けして帰ってこない。もしかしたら消えたその人は、復讐なんて望まないかもしれない。
 そんなこと、誰だってわかっている。それでも、復讐せざるをえない時だって人にはある。それ以外に生きる目的が見つからないというのなら、復讐を考えることでその人がどうにか息をすることができるというのなら――一体どうして、赤の他人に“復讐の意義”を否定することができるというのだろうか。
 自分は、酷い真似をしているのかもしれない、と紫苑は思う。それでも、横暴な勇者を裁くことができるのが自分でもアーリアでもないことだけはわかっていたからこそ、ユージーンに任せることにしたのだ。彼女の痛みを思い知り、心底後悔しなければ――あのマサユキは生まれ変わったところで、きっと本質を変えることなどできないだろうから。
 そして、もうひとりの被害者であるマルレーネの方なのだが。

「やっと落ち着いて、眠ることができたみたいです」

 アーリアの執務室には、ところ狭しと本棚やディスク類が並べられている。見る頻度の高い資料は全て、即座に確認できるように城内でもこの一室に集めたのだというのだ。リア・ユートピアがデータ管理をコンピューターですようになって久しいが、それでもまだまだ紙の資料から落とし込めていない情報もあるがゆえである。急激に普及した科学技術に、追いついていけない年配者は少なくない。紙の本がこの世界からなくなることは、少なくとも当面はないだろう、とアーリアは言っていた。

「マルレーネさん。ピアスの傷と……トラウマと、炎症に相当苦しんでいたみたいですけど。リョウスケさんが調合してくれたお薬が効いたみたいで、なんとか」
「そうか」
「……ユージーンさんは、何がなんでも自分の手でマサユキを痛めつけなければ気がすまないという様子でしたけど、マルレーネさんは違うみたいですね。もう関わらないでくれればそれでいい、顔も見たくない、と」
「そりゃそうだよ。普通はそうなる。……感情を怒りまで昇華させて、復讐しようとまで思えたユージーンが強いんだ」

 手元のファイルをパタン、と閉じてアーリアが告げた。

「怒りってのは、悲しみの先にある感情だもの。悲しみや恐怖に溺れたままでいたら、まずそこに到達することはできない。ユージーンは己がされたことへの悲しみを怒りへ変えることで、一生懸命未来に向けて生きようとしてるんだ。……復讐なんて、そんな動機で、と人はいうかもしれないけれど。生きるために必要な理由なら、私はそれでも全然いいと思うよ。それが、誰かにとっては必ずしも幸せなことでなかったとしてもね」

 こういうところだ、と紫苑は思う。アーリアは、多くの考え方を受け止め、ひとりひとりの心を限りなく尊重しようとする。何より、純粋無垢に見えて綺麗事は殆ど言わない。綺麗な理想を持っていても、それを理想論だけで語るということはしないのだ。必ず、現実的なプランを持ってくる。――生きるために復讐が必要ならばそれもけして間違いではない、というのもまた。
 よくある正義の味方ならば、ユージーンから復讐を取り上げて綺麗事を説いた後、あるかもわからない夢や希望を押し付けて満足して帰っていくところであるだろうに。

「マサユキに罰を下せるのは、私達ではない。そして、彼がその罰を受け止め終える時、ようやく彼はもう一度やり直す資格を得るんだろう。……それで、西の地域はひとまず救われるさ。女神にはもう一度お灸を据えて、西の地域の復興支援に人を派遣して計画立てていかなければいけないけどね。勇者を倒してからが、実際本番みたいなものなんだからさ」
「本当に、西の地域のことも救うつもりなんですね」
「そりゃそうだろ?私を育ててくれたのは北のみんなだけど、他の地域の人たちだってこの世界で暮らす仲間のようなものなんだから。私は“世界征服”をするんだぞ?つまりみんな私のものになる!なら、そのみんなが一人でも多く幸せになれるように考えるのが、支配者として当然の務めじゃないのかい?」
「……ゲームじゃそんな魔王様、全然出てきませんけどねえ」

 世界征服というものは、本来そういうものではないような気がするのだが。まあ、彼がやっていることで実際マルレーネ達は救われて、西の人々も勇者という名の恐怖から解放されようとしているのである。何もかも正しいとは言わないにせよ――悪いことではないのだろう、きっと。
 ただやはり、どうしてそこまで頑張れるのか、という疑問を抱いてしまうというだけで。

「貴方の理想は立派ですけど。……きっと、勇者を倒しても、貴方に反発する人はたくさん出てきますよ。どんな理由であれ女神を信じる者達は、女神が呼び出した勇者のことも絶対視しているでしょうから。それだけで、貴方を“世界の敵”や“絶対悪”と思っていてもおかしくはないはずです」

 北の土地にやってきて、アーリアの人徳に触れた者達はそうそう彼の悪口を言ったりはしないが。北の地に逃げてきたばかりで、アーリアのことをろくに知らない者の中には、彼のことを罵ったり不信感を向ける者もいないわけではなかったのである。街の聞き込みで、紫苑が得た情報だけでもそうなのだ。全世界単位で見れば、確実に一定以上の割合で存在していることだろう。
 彼がこれだけ頑張っても、彼にまるで感謝しないどころか、恩をアダで返す者もけして少なくはないわけで。そもそも彼一人で抱え切れるものなど、たかが知れているのである。どう足掻いたところでアーリアは普通の人間にすぎないのだから。

「どれだけ頑張っても、確実に救えない人は出てくる。全てを助けられると思うほど、貴方は傲慢ではないでしょう?……それなのに、見ず知らずの……故郷の者でもない名前もない人々を助けるために、そこまで戦おうと思うのは何故ですか」

 きっかけは、女神の加護のない北の地域の人々を守ることであったのかもしれない。
 でも今彼が助けようとしていうのは、北の人々だけではないわけで。

「……んー、わかんないかなあ」

 紫苑の問に、アーリアは苦笑気味で答えた。

「私のためさ」
「あなたの?」
「そうだよ。誰かを助けると私が幸せな気持ちになれるから。その自己満足のためにやりたいことをやってるだけなんだよ。ぶっちゃけ、誰かの為とか、世界の為でさえないんだ。私は、誰かに役に立つ自分でいたくて、そういう自分を大好きになりたくてやってる。ものすごい自分勝手で自己中心的な人間なんだよ。だから、困ってたり泣いてたりする人がいると、傍に行って駆け寄りたくなるんだ。“大丈夫、泣かないで!私がついてるからさ!”ってね」
「!」
「それで、泣いている誰かが安心できるような人になりたい。そういう風になれたら、自分はとってもカッコいいと思ってる。ようは、それだけなんだよね。だからいいんだ。魔王だって言われたって……誰かにとっては、偽善者だったって」



『紫苑、大丈夫!?泣かないで、俺がついてるからさ!』



 紫苑の脳裏で、いつも笑って助けてくれた“彼”の声が駆け抜けていった。
 彼と、目の前の青年の笑顔が重なる。似ている、とは思っていたが。まさか彼は――本当に。

「貴方は、まさか……」

 紫苑がそれを、口にしようとした時だった。

「アーリア様!とんでもないことになりました!東の軍勢が……!」

 一難去ったらまた一難。飛び込んでくる、アーリアの部下。
 この世界の平穏は、まだまだ遠いらしい。
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