チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

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<23・救済者の信念>

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 西の勇者が倒れ、それを倒したのが北の魔王だと知られれば。即座に、南か東の勇者が行動を開始してくることは予想ができたことである。彼らが結託してアーリアに向かってくればそれが一番厄介ではあったが、紫苑が訊いた情報が確かであれば彼らは互いに協力体制が取れるような性格ではない(そして、交渉のために他の土地に足を踏み入れることそのもが互いに危険である)。なら野心家の東のアヤナ、好戦的な南のリオウ、どちらが危機感を感じて動いてもおかしくはない状況であった。

――まあ、リオウは己自身の“戦闘能力”をどこまでも無限に引き上げられる能力ですから。……動くとしたらアヤナの方だろうと思っていましたけどね。

 騒ぎを聞き、紫苑はアーリア、クラリスと共に街の入口まで来ていた。軍が攻めて来た、と聞いていたのでどんな状況かと思ったら――どうやら、此処に来た人数はさほど多いものではなかったらしい。数十人程度の杖や剣を持った大柄な女達が城に押し寄せようとしているのを、アーリアの部下達が押しとどめている状況であるらしかった。

「ああ、アーリア様!」

 部下の一人が走って来て、困惑したように告げる。

「すみません、お手を煩わせたくはなかったんですけど……!」
「いや、気にしなくていいよ。それで、どういう状況?私のところには、東の軍勢が攻めてきたってことまでしか報告が来てなくてさ」
「あ、ああ……そうですよね。本当にすみません……」

 若い部下の青年は、少々泣きそうな顔になっている。どういうことかと詳しく話を聞けば、それも十分頷ける状況ではあった。屈強な女達は自らを東のアヤナの手下であると名乗っている。そして、目に付いた年端もいかぬ“男の子”を片っ端から攫っていこうとしたようだ。幸い、巡回していた兵士がすぐに気づいて阻止したものの、今度はそのまま小競り合いに発展。子供を誘拐しようとする女達と兵士達で争いになっているのだという。
 流血沙汰にかろうじてなっていないのは、女達が武器を所持しながらも兵士達をなるべく傷つけないように戦っていて、それはこちらも同様であるからだろうか。彼女達は子供を攫って、それを元にアーリアと直接交渉をしようとしていたらしい。

「西の勇者がやらかした件から、学んできたというわけですか」

 そういうことか、と紫苑は納得する。――いや、やり方そのものは褒められたものではないが。

「彼女達のチート能力は、あくまで自分達の女神の支配が及ぶ地域でしか発動させることができない。己が北の地域まで出向いてしまっては能力が働かず、簡単に制圧されてしまうことは目に見えている。よって、アーリア自らを西の地までおびき寄せて、直接奴隷化してしまおうという魂胆ですね。頭である貴方がやられてしまえば、組織は当然瓦解しますから」
「私一人が倒れたら壊れる組織じゃ困るんだけどなあ……まあ、それが今言っても仕方ないか。それで、子供を攫ってそれを脅しにして私をおびき寄せたかったわけだね?」
「でしょうね。何故“幼い少年”なのかといえば……アヤナの能力が大きく影響しているのでしょう。アヤナはあくまで“異性”しか恋奴隷にできないようですから。女児では洗脳することができません。アヤナは人質を攫うのみならず、自分のところに攻めて来た北の軍勢を人質自らに襲わせるということもしたかったのではないかと」

 考えることがえげつなさすぎる――が、確かに西の勇者がやらかした愚行を考えるなら、それくらいの対策を取ってくることは十分予想の範疇である。
 兵士達と女達の声は大きい。特に、屈強な女達の声は少し離れたこの場所まではっきりと耳に届いていた。

「あたしらだって、守りたいものがあるんだよ!アーリアを連れて行かなきゃ、あらしらの旦那と息子がアヤナにぶっ殺されちまうんだ!!」

 ああ、やはりそういうことか。

――アヤナの力は、他の地域では作用しない。そして女性を操ることはできない。それなのに、彼女達が北の地域に侵攻し、かつアヤナの言うことを必死で聞こうとしているのは……家族を人質に取られているせいか。

 しかし、意思を奪われているわけではない。望んで、北の人々を傷つけたいとは思っていない。
 だから彼女らは、武器を抜くのを躊躇っているのだ。できれば無血で子供を攫って、アーリアと交渉したいところだったのだろう。こちらにとっては運良く、そうなる前に兵士が気づいて阻止してくれた形になったわけだが。

――アーリアを連れて行かなければ、ということは。……子供を攫う、はアヤナ発案であったとしても……命令そのものの内容に含まれていない、と考えていいでしょうかね?

「あの者達も、私と同じ……オーガの一族ですね」

 彼女達の悲痛な声を聴いて、クラリスが苦い声を出す。

「私達の部族は、宗教や文化ごとに東西南北の地域に散っていますが……本質はさほど変わりませんし、部族ごとで交流がないわけでもありません。高い戦闘能力を持ってはいますが、歌と踊りを愛する極めて温厚な種族とは言われています。……彼女らはただ、家族を守りたいだけ。望んで争いたいわけではないのでしょう。それでも、人質がいる以上、剣を抜くのは時間の問題でしょうが」
「夫や息子は能力で恋奴隷にしておいて、妻は脅迫してよその地域に派遣して……汚れ仕事をさせているというわけですか」
「ええ」
「腐ってますね」

 紫苑は、拳を握り締める。西のマサユキも相当なものだったが、東のアヤナもかなりのクズであるらしい。自分の奴隷や信者を増やし、土地を広げるためならば何でもするということか。――己の土地に住む人々への仲間意識もなく、彼らへの慈しみもなく。ただ、己の駒としか見ない冷酷で身勝手な勇者。ああ、なんでそんなものを勇者に選んだのだ、女神メリッサは。

「顔面に一発、ブチ込んでやりたいです」

 思わず呟くと、クラリスが少し青ざめた顔でこちらを見た。自分はそんなに殺気マシマシになっていただろうか、と思い少々反省する。殴りたいのはアヤナであって、それ以外の人に余計な畏怖を抱かせるのは本意ではないのだ。

「アーリア」

 とりあえず、いつまでもこの状態というわけにはいかない。アーリアに声をかけると、彼は頷いて前に出る。彼ならば、紫苑があえて言わずともやるべきことが十分にわかっているはずだ。

「東の人たち!話は聞かせてもらったよ!」

 アーリアの容姿は目立つし、彼の声はよく通る。目標が現れたことに気づいて、女達はぴたりと動きを止めた。彼はずんずんと集団の傍まで歩いていく。クラリス、紫苑も少し離れて後ろから続いた。自分はアーリアの護衛ではないが、おかしな動きをする者がいないかは常に気を配っておかなければいけない。戦闘能力はなくても、“気づく”ことでアーリアを守ることは自分にだってできるはずなのだから。
 尤も、北の軍勢で一番強いのはそのアーリアなので、本来護衛なんてものは必要ないという説もあるにはあるのだけれど。

「私が“アーリア・ランネル”。君たちが探している魔王だ。……交渉には応じよう。その前に、いくつか前提条件を確認させてもらいたいんだけど」
「な、何だい……」
「君たちがアヤナに絶対条件として命じられているのは“俺を連れてこい”だけであってるかい?幼い男の子を誘拐してこい、は絶対ではないと思っていい?」

 東の女性たちは、困惑したように互いに顔を見合わせた。やがて、その中のリーダー格と思しき、ひときわ体の大きくな筋肉質の女性が一歩前に進み出る。二本角を生やし、生還な鋭い目つきを持つ女性だ。胸の豊かなふくらみがなければ男性と勘違いしたかもしれない。

「……オーガ軍のリーダーの、エリーゼだ」

 そして発された声もまた、女性とは思えぬほど低いものだった。

「正確に伝えよう。我々はアヤナに“アーリアが東の土地まで来るように誘導しろ、それができなければお前たちの家族を殺す”と言われている。そして、“交渉の席に持ち込むなら、小さな男の子を先に誘拐して連れてくるのもアリだと思うわよ”とも。……あくまで後者は、お前をおびき出すために必要とされるアヤナの提案であって、絶対ではない。彼女の能力を考えるなら有用だったというだけだ」
「じゃあ、私が東の地域に行くことに応じるなら、その誘拐は必要ないと思っていいよね?」
「……そうは、なるが。人質もいないのに、私達と共に東へ行くというのか?」

 エリーゼの疑念は尤もだろう。彼女達からしても、罪もない子供を強引に拉致するなんてやり方は本来避けたかったはずである。それをしないでアーリアを連れて来ることができるのなら、それ以上のことはないはずだった。だが。
 それをするメリットがアーリアにあるのか?といえば本来疑問であるはずである。当然の質問だ。

――まあ、普通の人ならそう思うところでしょうけど。でもこの人は違うんですよねえ……お人好しだから。

「人質ならいるぞ」

 そして、紫苑が予想した通り、アーリアはあっさりと告げるのである。

「君達の家族だ。ここで君達を追い払ったり命令に逆らったら、君達の家族がアヤナに殺されてしまうんだろう?」
「!!」
「それを見捨てたら、私が殺したも同然になる。……目の前で、死にそうな人がいるなら……助けないなんて選択肢はないよ。少なくとも、私には」

 ざわざわと動揺が広がった。本当に、こういう人だよなあ、と紫苑は思う。エリーゼ達の家族がどんな人物であるのか、会ったこともなければ名前も知らないというのに。彼女達の顔と必死さだけを見て、あっさりこういう判断を下してしまうのだから困りものである。その善意と思いつきに、周囲がどれだけ振り回されてきたことか。
 けれど。

「こういう人ですよ……」

 紫苑の隣で、クラリスが。少しだけ、泣きそうな声で告げたのだった。

「こういう人だから私は……私は、アーリア様が好きなのです」

 思わず彼女の顔を見てしまった自分は、みっともないだろうか。今まさに、紫苑が思ったことと同じ。だから彼は民衆に好かれる、それは間違いない。でも。
 クラリスの言う“好き”は、どの方向の“好き”なのか、なんて。追求するのはあまりにも野暮なことだろうか。

――……あれ、なんだろう。ちょっとだけ。……なんか。

 少しだけ、ちくりと胸の奥が傷んだ気が、した。
 それはあまりにも情けなくて、気のせいだと無視しておきたい類の痛みであったけれど。
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