ポンコツ半魔の契約書

鳫葉あん

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 賭けだった。
 レックスの嫌がること。それはリーフがレックスの把握出来ない危機に晒されることだ。自惚れに聞こえてしまいそうだが、実際その通りだった。
 リーフに利用できるもの。それは好意を抱いてくれる相手。愛情を執着に纏わりつかせるレックスも、恋情を滲ませるベアトリクスも、親愛なる母すらも。彼らの好意を利用して舞台装置を作る。
 リーフが犠牲にすべきもの。それは誰でもないリーフ自身。自由を得るには自分を捨てる覚悟を持たなければならない。

 ベアトリクスが持ち帰った薬を飲んだリーフは体の感覚を失い、意識だけはしっかりとしたまま、大女優の演技を聞いていた。
 微動だにしないリーフを放っておけば衰弱して死んでしまう。無理矢理生かしたとしてもリーフは動かない。声も上げなければ笑いもしない。ただの人形になったリーフをそれでもいいとするか、リーフの為に諦めるか。レックスが何を選ぶか、そこだけは賭けだった。

「三日で諦めなければ解毒薬を取りに来るよう言ったけど……なぁにリーフちゃん。愛されてるのねぇ」

 契約書が燃え尽きた瞬間、束縛を失ったリーフはベアトリクスによって自宅へ帰された。視界に広がるのは懐かしい自室、使い慣れたベッドの上へ転がるリーフのもとへ、愉快げに笑う母が近付く。

「お義母様、薬を」
「わかってるわよ。ほらリーフ。さっさと元気になりなさい」

 母が手にしていた小瓶を開け、リーフの口元へ宛がう。透明な液体がリーフの舌へ染み込み、喉を潤す。悪魔手製の薬はみるみるうちに効果を発揮し、リーフの体はすぐに感覚を取り戻した。

「母さん」
「リーフ」

 先日夢で会ったとはいえ、現実で母を見るのは久しぶりのことだった。綺麗な顔に安堵を浮かべる――まるで我が子を心配しているような表情を見たのは幼いリーフが魔獣に襲われた時以来な気がしたし、そうでないのかもしれない。

「おかえりなさい」
「ただいま、母さん」

 リーフは家に帰ってきた。母と父の待つ、静かに閉ざされた森の中へ。



 帰宅したリーフを見つけた父は小さな息子を抱き締めて、良かったと泣いていた。

「森が焼けようがお前を一人で置いていくべきじゃなかった」

 悪かった、すまなかったと泣いて謝る父はちっとも悪くない。母を見ると「私が悪かったわよ」とそっぽを向いた。
 
「リーフ、夕飯作ったから食べよう。ベアトリクスさんも良かったら食べていくといい」
「……いえ。とても魅力的なお誘いですが、久しぶりの親子水入らずを邪魔したくありません」

 失礼します、と帰ろうとするベアトリクスへ向けてリーフは声を掛けた。今回のことで一番世話になり、体を張って協力してくれたのは他ならぬ彼女だ。

「ベアちゃん、本当にありがとう」

 感謝の言葉にベアトリクスは微笑んだ。リーフも笑顔でもう一言添える。

「またね」
「……ええ。また今度。遊びに来るわ」

 頬を染めたベアトリクスは瞬く間に姿を消す。都へ帰っていったのだ。
 リーフは両親と共に食卓へつき、父の作ってくれたシチューとパンを食べながら話をした。リーフに何があったのかを話し、二人の土産話を聞き、最後に自分の考えを伝えて父には渋い顔をされ、母は愉しげに笑う。
 話が終える頃には夜も深まり、自室に戻るとすぐに眠りについた。



 森の朝は穏やかに始まっていく。怪鳥の雄叫びはなく、小鳥達の囀りが朝の報せとなる。
 城のベッドは柔らかく、寝心地は良かったけれど自分のベッドの安心感には勝てなかった。起き上がったリーフは身支度を整え、居間へ向かうと父が既に起きていた。パンの焼ける香りを嗅いだ途端にリーフの腹が鳴る。
 食卓についたリーフの前に父はパンと野菜たっぷりのスープを置き、向かいに座って手を合わせる。寝起きの悪い母より先に父子揃って朝食を食べるのが日課だった。

「久しぶりだ。本当に」
「心配かけてごめんなさい」
「いいんだ。リーフは悪くない。帰ってこれて良かった」
「……うん」

 朝食の後は家の庭にある畑の世話をする。その後は魔術の修行をしたり魔道具を作ったり森へ行ったりしていたが、今日の予定は既に決まっていた。

 畑の水やりを終えたリーフはそのまま森へ入っていった。獣達に顔を忘れられてしまっているかと思いきや、木陰から飛び出してきた鹿がリーフの顔を見て頭を下げる。あの時の鹿だろうかと思いながら頭を下げ返す。

「おはよう、水飲みに行くの? 僕も小川へ行く所なんだ」

 リーフの言葉を理解しているのか、鹿は大人しくリーフの隣に付き添い、小川へ着くと清涼な流れに顔を近付けていく。森の奥深くから続く小川は、彼と出会った場所だった。

「僕は待ってる相手がいるから。気にせずお行き」

 岩に腰掛けたリーフを鹿が不思議そうに見つめてくる。そう言ってやると小さく頷くような素振りの後、鹿は来た道を帰っていった。
 言葉通り、リーフは来るだろう彼を待つ為に森に入った。約束をしているわけではないからどれだけ待つことになるかわからないけれど、来ない筈がない。自惚れではなく確信だった。
 風に揺れる木々のざわめき。獣の声、駆ける音。懐かしい森の気配に目を閉じて聞き入っていたリーフの意識はいつの間にか遠退き、座りながら船を漕いでいたようで、彼の声を聞いて現実に引き戻された。

「リーフ」

 ここ最近ずっと一緒だった男の声は、正直初めて会った時から気に入っていた。耳心地の良い低音は聞き取りやすく、羨ましい。
 目を開くとリーフの前にレックスが立っていた。リーフに見せる顔には優しい微笑みや意地の悪い笑顔を浮かべていた彼らしくない、表情の抜け落ちたレックスは静かに近付いてくる。

「僕はこの森で暮らしたい」

 岩に座るリーフの足元へ跪き、長い腕が腰に回され腿へ頭を乗せられる。返事はなかったが構わず続けた。

「都の暮らしは楽しいけど、この森に……父さんと母さんと会えないのは嫌だ」

 腕の力が強まる。

「レックスが嫌なわけじゃない。その、好きは好きだよ」

 それまで殆ど反応のなかった体が突然動き出す。リーフの腰に回していた手が離れ、上げられた顔は驚き、リーフの言葉を待っている。

「ただ、父さんと母さん達みたいな好きかどうかはわからない。けど、あんなことされても……嫌いきれないんだよね」

 無理矢理契約を結ばれ、レックスの下僕となったリーフが従わされたことといえば行動の制限とセックスだ。愛情の延長線上にある行為だと認識しているリーフにとって、それは既に答えなのではないかと自問してもわからない。

「……とにかく。僕はこの森で暮らす。これだけは何があっても譲れないんだ」
「リーフ」

 リーフの決断に対し、レックスは口を開いた。呆然とした表情は何を考えているのかわからない。

「ここに家を建てよう」
「……家?」
「俺とリーフの愛の巣。森で暮らすなら問題ないんだろ?」
「愛……? まぁ、僕はないけど……いや、次期魔王がこんなとこに住むって危ないんじゃないの?」
「俺を殺せるのは俺くらいだ」

 自信というよりは当然のことのように言い切られ、確かにそうだとリーフも頷く。レックスが誰かに殺される姿なんて想像出来なかった。

「ニウェウスさんに反対されるんじゃないの」
「魔王にならない、森で隠居するって言い出したら黙るだろ」

 え、と驚きの声を上げるリーフの体が持ち上げられる。

「そうと決まったらご挨拶しないとな」

 リーフを腕に抱え、歩き始めたレックスの顔は晴れやかに笑っている。リーフの表情も釣られていることを知っているのはレックスだけだった。


***


お付き合いいただきありがとうございました
後日談をファンボックスに投稿出来たらいいな予定です
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みんなの感想(1件)

ぽんかん
2022.05.02 ぽんかん

楽しく読ませていただきました。
後日談もとても気になるのですがFB?がなんなのか、見方もよくわからず残念〜

2022.05.02 鳫葉あん

小説を楽しんでいただけて嬉しいです!
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解除

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