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番外編「黄昏時にだけ現れる幻の体育倉庫があるらしい」

5.帰還

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 翌朝。心ちゃんは枕元で鳴り続けるスマホの振動の音と共に目を覚ました。
 カーテン越しに見える窓の外はまだ薄暗い。学習机の上にあるデジタル時計を確認すると、まだ四時半だった。

「ん~? こんな時間に、誰ですか~?」

 もぞもぞとスマホに手を伸ばし画面を見て――心ちゃんの眼は一瞬にして覚めた。
 慌てて飛び起き、音を立てぬよう気を付けながら窓を開け、階下を見下ろすと――いた。
 全身黒一色のスウェットに身を包んだ孔雀くんが、苦笑いを浮かべながら立っていた。

   ***

「いやあ、朝はまだ冷えるね」
「ご、ごめんなさい……」

 心ちゃんの背後から衣擦れの音が響いていた。孔雀くんがスウェットを脱いで、再びひばりちゃんに変装しているのだ。

「昨日はちょっと眠れなくて、寝坊しちゃいました~。あはは」
「……ひばりのことが、心配?」

 孔雀くんの言葉に、思わずドキリとする。
 昨晩、自分が考えていたことを見透かされたような気がしてしまったのだ。

「そりゃあ、心配ですよ~。クロウさんも一緒とはいえ、『あの世』の入り口に行ってるんですもん」

 咄嗟に、半分は本当、半分は嘘な言葉を口にしてしまう。
 ひばりちゃんが「黄泉の穴」へ行ってしまったことは、確かに心配だ。けれども、心ちゃんが眠れなかった理由はそちらではない。
 未だにひばりちゃんと母親が不仲なのではないかという考えに至ってしまい、胸が締め付けられるような思いをしたからだった。

「……心ちゃん。いつも、ひばりの身を案じてくれて、ありがとうね」

 そんな心ちゃんの胸の内を察するかのように、孔雀くんはそれだけ呟いて、後はずっと無言だった――。

   ***

 その後、二人は綾里家の両親とゆっくり朝ごはんを食べてから、学校へと向かった。
 今日は土曜日だったが、坂城くんの件もあって朝から校長先生や学年主任の先生たちが学校につめている。加えて、前日に孔雀くんが交渉して、ミステリー倶楽部の部室を使えるようにもしてあった。

 他の児童ならこうはいかない。「家でおとなしくしていなさい」と言われるのがオチだ。
 けれども、孔雀くんは先生たちからの信頼が厚い。むしろ坂城くんの行方不明事件も孔雀くんが解決してくれるのでは? 等と思っている節すらある。
 先生たちが情けないのか、それとも孔雀くんが凄すぎるのか。心ちゃんには、その両方に思えた。

「さて、黄昏時まで大分時間があるね。――その間に、謎解きの時間といこうか?」
「謎解き……ですか?」

 ようやく変装を解き、ひと心地着いたところで切り出した孔雀くんの言葉に、心ちゃんが「はて?」と首を傾げる。
 「幻の体育倉庫」の正体が、「黄泉の穴」――正確にはその場所に建てられた今は無き古いお社の「幽霊」だということは、もう分かっている。ならば、もう解くべき謎は残っていないはずだった。

「え~と。謎ってなにか残ってましたっけ?」
「あるじゃないか、一番大きな謎が。何故『姿 という最大の謎がさ」
「え~? 今までも現れていたんじゃないですか~?」
「だったら何故、今まで目撃者が現れなかったんだろうね?」
「え~と、それは~……完全下校時刻を過ぎた時間にしか出てなかったから?」

 鎌倉西小学校では、日没を待たずに児童は下校しなければならないことになっている。つまり、黄昏時の校庭には、本来誰もいないはずなのだ。誰もいなければ、目撃のしようがない。
 心ちゃんはそう考えたのだが――。

「心ちゃん、日が暮れてからでも先生たちは学校に残っていることが多いんだ。ひばりの話では、先生の中にも強い霊力を持った人はいるらしい。その人が今まで校庭の違和感に気付かなかったなんてことは、あるだろうか?
 それにね、『火の玉事件』のことを思い出してほしい。坂城くん達のグループは、あの事件の時から――あるいはもっと以前から、下校時刻を過ぎても校庭で遊んでいたんだ。同じメンバーでね」
「あっ」

 言われてようやく心ちゃんも気付いた。
 「火の玉事件」の以前から、坂城くん達のグループは下校時刻後の校庭に忍び込んでは遊んでいたのだ。
 ならば、黄昏時に校庭にいたことも、何度でもあるはずだった。

「え~と。今までは見落としてたけど、今回は気付いた……とか?」
「もちろん、その可能性も否定はできないね。心ちゃん達にすら、はっきりとは見えなかった存在だ。霊力の弱い人には、もっと見えにくいかもしれない。――でも、僕らは『火の玉事件』の時にも、日没前後の校庭に行ったことがあったよね? あの時、ひばりも心ちゃんも『黄泉の穴』の気配すら感じていなかったはずだ」
「……そう言えば」

 一昨日、初めて「黄泉の穴」を目にする前、ひばりちゃんも心ちゃんも「違和感」や「何か嫌な予感」を覚えていた。
 けれども、前に夕方や夜の校庭へ行った時に、そんな気配を感じた覚えはない。

「だから、『今まで誰も気付いていなかった』よりは、『最近になって現れるようになった』と考えた方が自然なんだよ」
「じゃあ、何かのきっかけで『黄泉の穴』が現れるようになっちゃった、ってことですか?」
「そうなるね。――実を言えば、そのきっかけについても、もう分かってるんだ」

   ***

 そして、再び黄昏時がやってきた。

「――来ます」

 一昨日と同じ場所から校庭を見守っていた心ちゃんが、何かに導かれるように呟いた、その時。
 校庭の隅に二人と一匹の姿が音もなく現れた。

「ひばりちゃん! クロウさん!」

 思わず駆け出す心ちゃん。孔雀くんはそれとは対照的に、一歩一歩踏みしめるように妹の元へと歩み寄った。

「ふぅ……ただいま。流石に疲れたわね」

 一方のひばりちゃんは、言葉とは裏腹にいつも通りのクールな表情だった。足元のクロウさんも、あくびをしながら孔雀くんと心ちゃんを出迎える。
 そして坂城くんは――地面に突っ伏し、ピクリとも動かなかった。

「えっ!? さ、坂城くんが、死ん――でないか。息はしてますね」

 坂城くんは、何か「やりきったぜ」とでも言いたげな表情のまま、寝息を立てていた。心ちゃんがその辺に落ちていた木の枝でツンツンと突いても、目覚める気配すらない。

「寝かせておいてあげなさい。霊力を殆ど持たない人間が、二日間も『黄泉の穴』の中にいたのよ? かなり疲れているはずだわ」
「……そんなに疲れるものなんですか~?」
「初心者がフルマラソンを走り切ったようなものよ」
「あ~」

 その言葉に納得したのか、心ちゃんは坂城くんへの興味を失うと、改めて「おかえり~」等と言いながらひばりちゃんに抱きついた。

「ちょっと、汗をかいているから止めて。きっと、匂うわ」
「ええ~? とってもいい匂いしかしませんよ~? スー」
「嗅がないでちょうだい!」

 ひばりちゃんは顔を真っ赤にしながらもなんとか心ちゃんを引きはがし、ようやく孔雀くんの方へと向き直った。

「おかえり、ひばり。元気そうで何よりだ」
「ただいま……それで、首尾は?」
「一部を除いて上々ってところさ。――ただまあ、まずはその辺りの話より先に、坂城くんを介抱してあげないか?」

   ***

 ――坂城くんが発見された。
 その一報に、夜の鎌倉西小学校は騒然とした空気に包まれていた。

 パトカーが何台もやってきて、夜の校舎を幾筋もの回転灯の光がグルグルと照らしている。
 坂城くんは既に救急車で近くの病院へ運ばれていた。

「八重垣君だったね。ありがとう。また、何か尋ねたいことが出てくると思うんだが――」
「はい。では、僕の携帯番号をお伝えしておきますね」

 警察からの事情聴取は、孔雀くんがまとめて引き受けていた。
 坂城くんを発見した状況やら何やらを、先ほどから警察官相手に説明していた。
 もちろん、ありのままを伝える訳にはいかない。予め考えていた「もっともらしいストーリー」を話していた。悪く言えば「でっちあげ」だ。
 なので、心ちゃんはその様子をハラハラしながら見守っていたのだが、孔雀くんにもひばりちゃんにも動揺した様子は見受けられなかった。

「事情聴取は、終わった?」
「うん、長いこと待たせたね。ひばりも疲れただろう?」
「……私は、平気よ。ああいうことには慣れているし」

 ケロリとした様子で答えるひばりちゃん。実際、彼女の立ち振る舞いは、二十四時間も「黄泉の穴」等という得体のしれない場所にいたとは思えぬほどしっかりしている。
 そんな妹の様子をどう捉えたのか、孔雀くんはその端正な顔を複雑そうな困り顔に変えながら、苦笑いした。



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