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番外編「黄昏時にだけ現れる幻の体育倉庫があるらしい」

6.ミステリー倶楽部の敗北

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 次の月曜日。鎌倉西小学校は「坂城くん発見」の話題で沸いていた。
 もちろん、誰が漏らしたのか「孔雀くん率いるミステリー倶楽部が発見した」という話も、児童たちの間に伝わっている。
 おかげで心ちゃんもクラスメイトや友達から質問責めにあっていた。
 そして放課後――。

「ふひぃ~。つかれました~」
「お疲れ様、心ちゃん」
「孔雀くんに言われた通り、『警察に任せてあるから詳しいことは言えません』って答えましたけど、あれでよかったんですかねぇ~?」
「うん。話したことがそのまま噂として伝わればいいんだけど、噂には尾ひれが付きものだからね。『僕ら三人から聞いた』という事実と合わせて、おかしなアレンジをされてしまう可能性があるんだ。いずれ学校側から正式な発表があるはずだから、僕らはそれまで口をつぐんでいた方がいいのさ」

 三人と一匹は、いつものようにミステリー倶楽部の部室へと集まっていた。今回の事件の総括をする為だ。
 心ちゃんは既に昨日、孔雀くんから「真相」を聞かされているが、ひばりちゃんはまだだった。自分が「黄泉の穴」等という剣呑な場所へ赴かなければならなかった理由を知りたがっているのか、興味津々といった様子だ。

「さて。一息ついたところで、改めて今回の事件についてまとめてみようか」

 そんなひばりちゃんの意を受けてか、孔雀くんが早速とばかりに「種明かし」を始めた。

「今回の怪異『幻の体育倉庫』の正体は、遥か昔に朽ちたはずの『黄泉の穴』のお社のだった――まず、ここまではいいかい?」
「ええ。問題は、それが何故、今になって現れたのか? よね」

 ひばりちゃんの言葉に、孔雀くんが満足げに頷く。
 心ちゃんと違って、ひばりちゃんは実に察しが良かった。

「うん。もし今までも『黄泉の穴』が現れていたのなら、もっと早く誰かが気付いていたはずだし、坂城くんのように不用意に近付いて『神隠し』に遭う人が出ていたはずだ。でも、僕の知る限りそういった話はなかった。念の為、ここ数十年の記録も調べてみたけど、該当するような事件は無かったよ」

 鎌倉西小学校ができてから、既に数十年が経っている。
 もし「黄泉の穴」が今までも出現していたのなら、既に「学校の怪談」や実際の事件としてその影響が表れているはずだ。
 しかし、孔雀くんの調査では、それらしい出来事は見付からなかったのだ。だから、「黄泉の穴」が現れるようになったのは最近であると考えた方が自然だった。

「じゃあ、まず『黄泉の穴』がいつから目撃されるようになったのか、それを考えていこう。
 『日没直前のほんの一瞬だけ、校庭の隅っこに、大昔に取り壊されたはずの木造の体育倉庫が現れる』――この怪談話を持ってきたのは、坂城くんだった。坂城くんが言うには、彼らのグループが黄昏時の校庭で遊んでいる時に、それを目撃したらしい
 具体的には、斎藤くんと吉川くん、三浦くんの三人が目撃したという話だ。これはつい最近、五月に入ってからのことらしい」

 孔雀くんが部室の黒板に「五月 発見(斎藤・吉川・三浦)」と書いていく。かなりの達筆だった。

「さて、じゃあこの五月に『黄泉の穴』が姿を現すきっかけになるような事件――特に心霊絡みで何かが起こったかと言えば……どうだい? ひばり」
「そうね……心当たりは、全くないわね。こまごまとした事件は解決したはずだけれど、『黄泉の穴』に繋がるような怪異はなかったはずよ」

 ひばりちゃんは少し考えてから、そう答えた。
 ミステリー倶楽部に来た依頼以外でも、ひばりちゃんは度々学校内の「怪異」を鎮めて回っている。けれども、そのひばりちゃんにも思い当たる出来事は無かったという。

「ありがとう。念の為、僕の方で心霊絡み以外に何か起こらなかったか調べてみたけど、特に関係しそうな出来事は見当たらなかったよ。
 ――だったら、『黄泉の穴』は全くの偶然に出現したのか? 答えは、否だ。やっぱりきっかけとなる出来事があったんだ。僕にとっても盲点だったけどね。斎藤くん達三人から改めて話を聞いてみたら、はっきりしたよ」
「……もったいぶった言い方ね。手短にお願いできる?」

 ひばりちゃんが多少イラっとしながら先を促す。
 もったいつけて、芝居がかった話し方をするのは、孔雀くんの美点でもあり欠点でもあった。

「あはは、じゃあ答えから言うね? 実はね、
「順番? なんの?」
「斎藤くん達三人が『幻の体育倉庫』を目撃したのと、その怪談話が生まれたのがさ! 三人は、『幻の体育倉庫』を目撃する、『日没直前のほんの一瞬だけ、校庭の隅っこに、大昔に取り壊されたはずの木造の体育倉庫が現れる』という怪談話を聞いていたんだ!」
「……はあ?」

 ひばりちゃんが「お前は何を言っているんだ?」とでも言いたげな表情になる。心ちゃんも、昨日この話を聞いた時には、同じような表情をしてしまっていた。
 孔雀くんはその反応に満足すると、おもむろに口を開いた。

「うんうん、そういう反応になるよね。僕も最初は『まさか』と思ったものさ。『目撃するより前に怪談話を聞いていた』では、『本当はいないもの』の出現パターンだよね? 『黄泉の穴』は『本当にいるもの』の一種なのに、それはおかしい、あべこべだってね」

 「トイレの花子さん」のような「本当はいないもの」と呼ばれるお化けや妖怪は、人の噂話――怪談から生まれる。「目撃者」が出るのは、怪談が十分に広まってからだ。つまり、怪談が先で、お化けは後から生まれる。
 一方、今回の「黄泉の穴」のように元々あったもの――「本当にいるもの」は、そうではない。誰かがその姿を視て、初めて怪談になる。つまり、お化けが元々いて、そこから怪談が生まれる。

 孔雀くんの言う通りならば、「本当にいるもの」である「黄泉の穴」が怪談から生まれたことになってしまう。

「ちょっと待って。よく分からなくなってきたわ。『黄泉の穴』は最近になって現れるようになったものよ。元々怪談になっていた、というのはあり得ないわ。でも、斎藤たち三人は、『黄泉の穴』を目撃する前に既に怪談を知っていた……矛盾があるわよ、いくらなんでも。
 それに、三人は一体誰にその怪談を聞いたというの?」
「あ、それは簡単。三人が三人とも、こう言っていたよ。『坂城に聞いた』って」
「坂城に……? ちょっと孔雀、もっと分かるように説明してくれないかしら」

 ひばりちゃんが「降参」と言わんばかりに両手を上げて先を促す。
 その姿に孔雀くんは少しだけばつの悪そうな表情を見せると、いよいよ核心を口にした。

「今回の件はね、色んな偶然が積み重なった結果なんだよ。きっかけは坂城くんのほら話、彼が創作した『日没直前のほんの一瞬だけ、校庭の隅っこに、大昔に取り壊されたはずの木造の体育倉庫が現れる』という怪談。それによって、斎藤くん達三人があるはずのない『幻の体育倉庫』を『ある』と思い込んでしまったんじゃないかな。例の『幻の蛍』の時と同じように」

 あの事件の時には、孔雀くんが坂城くんに伝えた「火の玉の正体は蛍」という嘘を、坂城くんが仲間達に広めてしまったことから「幻の蛍」が生まれていた。
 孔雀くんは、「幻の体育倉庫」がそれと同じような経緯で生まれたのでないか? と言っているのだ。

「それは本来、『幻の蛍』と同じように極めて弱い存在のはずだった。時が経てば消え失せるような、ね。でも、運が悪いことに、彼らが『幻の体育倉庫』が『ある』と思い込んだ場所は、偶然にも、かつて『黄泉の穴』のお社が存在する場所だったんだ。
 ――ここからは僕の仮説になるけど。ひばり、もし仮に、ある『本当はいるもの』と似たような『本当はいないもの』が生まれてしまったとして、その存在が『本当にいるもの』に何か影響を与える可能性はあるかい?」
「それは……」

 孔雀くんに問われたひばりちゃんは、チラリとクロウさんを一瞥してから、何度か頷くような仕草をして、再び口を開いた。

「ある、わね。例えば、実在する妖怪が、人々が勝手につけ足した怪談話で姿形や能力まで変えた、なんて話は存在するわ。それに、神様として祀られている『本当にいるもの』は、人々の信仰を集めれば集めるほど力を増すし、本来は持っていなかった属性を持つことさえある……つまり、孔雀が言いたいのはそういうことよね?」
その通りイグザクトリー!」

 ――つまり、孔雀くんが言いたいのはこういうことらしい。
 かつて存在したが人々から忘れられた「黄泉の穴」のお社。それがあった場所に、偶然にも「木造の体育倉庫」という「本当はいないもの」が誕生してしまった。
 「木造」と「場所」という共通点しかないものの、両者はお互いに結び付き存在を高め合い、いつしか「黄昏時にだけ現れる古いお社の幽霊」として成立してしまったという訳だ。
 姿がなんだかぼやけていたのも、「体育倉庫」と「お社」が混ざり合った結果なのだろう。

 つまり、あの「黄泉の穴」は、「本当にいるもの」であると同時に「本当はいないもの」でもあった、ということになる。

「……確かに、あり得ない話ではないわ。神社に祀られている神様の多くは『本当にいるもの』だけれど、人間の信仰心――『こういう神様であってほしい』という願望で、その性格や姿を変えることもある。人々の願望や言い伝えが、『本当にいるもの』の在り方を変えることは、普通にあるわ! 忘れられた神様を、人々が復活させた例もね! これは……悔しいけれど盲点だったわね」

 合点がいったのか、興奮しながら何度も頷くひばりちゃん。
 一方、心ちゃんは二度目の「種明かし」だったにもかかわらず、未だに話をよく理解出来ていなかった。
 けれども――。

(ひばりちゃんが何だか楽しそうだから、まあいいか!)

 心ちゃんは、それ以上考えるのを止めた。

   ***

 「黄泉の穴」が現れた理由も分かって、これにて一件落着――とはいかなかった。

 「黄泉の穴」自体は、孔雀くんが斎藤くん達三人に「坂城くんが言っていた怪談は彼の全くの創作。この学校に木造の体育倉庫が存在した事実はない」ということを丁寧に説明した上で、クロウさんが「封印」とやらを施してくれたらしいので、ほどなく消えることだろう。
 ――問題は、坂城くんのことだ。

 坂城くんが丸二日間姿を消していた、という事実は消えない。
 学校中・近所中が大騒ぎになったし、沢山の警察官や保護者たちが彼の捜索を行ったのだ。存在が元々あやふやな怪談のようには消えてくれない。

 坂城くん本人は「気が付いたら丸二日経っていた」と主張している。
 警察も、二日間の彼の足取りは追えていない。
 このままでは、「現代の神隠し」事件として、人々の間に謎を残してしまう。

 けれども、そこは孔雀くんが既に予測済みで、手を打っていた。
 彼が警察からの事情聴取の時に、こんな話を吹き込んでおいたのだ。

『坂城くん、どうやら自作の怪談話に信ぴょう性を出したがっていたらしくて、色んな人に「日没直前のほんの一瞬だけ、校庭の隅っこに、大昔に取り壊されたはずの木造の体育倉庫が現れる」という話を触れて回っていたらしいんです。
 でも、彼はいつも適当なことばかり言っているから、仲の良い友達にしか信じてもらえてなくて……。恐らく、今回のことは、自分がその体育倉庫とやらに入り込んで「神隠し」に遭ったと世間に思わせて、怪談話の信ぴょう性を高めようとした結果なんだと思います。どこに身を隠していたか、彼は絶対に白状しないはずです。彼、かくれんぼも鬼ごっこも昔から大の得意なんですよ。きっと、方々逃げ回っていたんでしょう。僕らが校庭で発見した時は、疲労困憊で眠っていましたから。
 どうか怒らないであげてください。彼に悪気はないんです。ただ、怪談話を盛り上げて皆を楽しませたいだけなんです――』

 孔雀くんは似たような話を、先生や保護者の人たちにも吹き込んでいた。
 結果として大人たちは、「全ては坂城くんによる狂言」だと結論。
 必死に「嘘じゃないって! 本当に気付いたら二日間経ってたんだって! あの体育倉庫は実在したんだって!」と主張する彼を温かい目で見守りながら、事件は幕を下ろした。

「悲しいね。僕らがいくら頑張っても、起きてしまったことは取り消せない。坂城くん一人に『嘘つき』というレッテルを貼って犠牲になってもらうしか、事態を収束させる手立てはなかったんだ。『犠牲者一名』――これは実質、僕らミステリー倶楽部の敗北だよ」
「……自分で坂城をおとしめておいて、何を言っているの孔雀。アンタ本当に腹黒いわよね……」

 言葉とは裏腹に「ざまあみろ坂城」と言いたげな、悪い笑顔を浮かべるひばりちゃん。一方の孔雀くんも、よく似た悪い笑顔を浮かべていた。

 そんな二人を眺めつつ、心ちゃんは「この二人を敵に回すようなことはしたくないな~」等と考えながら、今日も部室で麦茶をすするのだった。

『……』

 ――一方、部室の隅っこの窓際で丸くなって日向ぼっこをしていたクロウさんは、その片目だけを薄っすらと開いて、孔雀くんのことを見つめていた。
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