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2 こうして二人は

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男友達に適当な言い訳して先に帰ると伝えて、薫と飲み直すために誰にも邪魔されずに話が出来る個室のある近くの居酒屋へと行く事になった。
「…ごちそうさまでした」
「いや、俺も楽しかったから」
飲み物もおつまみも結構頼んで私も食べたから払うと言ったのに、薫が払うと引かなかった。レジのお会計で一悶着あったが、後ろにお会計待つ人が来たので渋々ご馳走になったのだ。

スポーツBARから出て、居酒屋へ行く道を並んで歩く。少しずつ話しながら歩いているからか、お腹いっぱいだったけど飲み物くらいなら飲めるかもしれない。さっきスマホを見た時は22時過ぎていて、終電が無くなる前に帰らないとな、とぼんやりと思っているが、別に時間を気にしなくてもいいかとすぐに違う考えが頭をよぎる。
――私本当変だ
駅へと向かう帰る人々と逆方向に歩いてるから、ぶつかりそうになって薫のいる方へ身体を近づけた。すると、私の右腕が彼の左腕に当たってしまう。
「あっ、ごめん」
「あ、いや」
身体を離そうとすると、薫の腕が私の背中から私の肩へと回された。
「っ…!」
びっくりして見上げると、彼は前を向いたままだ。
「危ないから」
自分に言い訳するみたいに、そう呟く声を出したのは薫だ。行き交う人々から守られている気がして、頬がじわじわと赤くなっていく。薫の固い手のひらが私の肩に、手よりも固い腕が背中に当たっているし、私が半歩薫に近づくともう腕も彼の脇腹についてしまいそうだ。
――私…どうしたの、本当
今日会った、しかもほんの3時間前に会った人とこうして肩を抱かれているなんて、いつもの私じゃない。
――いくら彼氏がいないからって



豊嶋とよしま茉白ましろは、22歳を過ぎた卒業を控えた大学4年生だ。名前の通り日に焼けてない、きめ細かな肌は陶器のようだ。ぱっちりと大きな瞳と形の良い鼻とぷっくりした唇は瑞々しく、顔も頭もモデルのように小さくて、彼女の髪はシルキーグレージュの色のロングヘアは背中の少し下まで伸びて天使の輪が出来ている。そして肌寒くなった薄手のコートの下は、白いタートルネックとワイン色のロングスカート。スマホしか入らなそうな小さなエナメルのハンドバッグは肩掛け部分がチェーンとなっている。美女の部類に入る茉白だったけど、幼い頃から顔の良い人ばかりと接して来ていたせいか、自分が美女だと気がついていなかった。男友達や男友達の彼女も、はっと見惚れしまうほど顔が整っている。顔がいいから告白をするともなったことがないし、かといってよく知りもしない人から好きだと言われても交際を了承するほどアクティブに過ごしていなかった。一生一人かと思っていた時もあったけど…親しい友人から告白されて断ったり、関係を崩したくなくて無理に交際しても上手くいかないし、友人がいなくなるのはいやだったから、これでいいやと思うようにした。

――いつか心惹かれる人が現れると思っていたけど…
それが薫なんだろうか、それともこのドキドキは助けてもらったから吊り橋効果的なのだろうか。
――少なくとも肩に置かれた薫の手が嫌だと思えない
もやもやした気持ちをはっきりさせたくって、えいっ、と思い切って半歩彼に近寄り、私の二の腕が彼の脇腹に当たる。一気に薫の石鹸のような香りを感じる。歩みを止めないで歩き、肩に手を回された時から次第に無言になっていった。薄手のコートの上からでも分かる薫の体温が、私の二の腕に伝わり熱く感じる。
「…マシロ」
「ん…?」
だんだんと駅から離れると、人通りが少なくなると二人が歩く靴の音が響いているような気がする。
そんな時に薫は私の名前を呼ぶ、ちゃんと返事をするつもりが、ドキドキとしていたのがバレてしまうくらい上擦った声が口から出る。
「お腹減ってるか?それとも」
立ち止まった薫に釣られて私の足も止まると、彼は私を見下ろす。
「…お腹は…減ってない」
薫の視線から目が離せずに、二人は道端で見つめ合う。それ以上は何にも喋らないで、黙ったままお互いの視線を絡めていた。
「…あそこ、行こう」
「…あそこ?」


立ち止まった道端のそばにある小さな公園は、ぐるりと柵に囲まれているブランコと木製の背もたれもないベンチ、滑り台の降りる所に砂場が囲む。数本の木が真っ暗な公園を不気味にさせるかと思いきや、街灯もついているので怖くない。閑静な住宅街に近いのか、シンと静まり返った公園には、当たり前だけど私と薫しかいない。
「マシロ、気をつけろよ」
薫と会う前に飲んだカシスオレンジとその後に飲んだウーロンハイ2杯で軽く酔った私は、十年振りぐらいのブランコにテンションが上がっていた。キャハハと笑ってブランコを漕ぎ、ブランコの前の柵に腰掛けている薫は呆れているのか笑っている。彼の足元には彼のビジネスカバン、彼の手には私のミニバッグがある。彼の優しさなのか、ビジネスカバンと一緒に地面に置かないのがなんだか嬉しい。
「薫、ありがとーっ」
ブランコに疲れた私はブランコから降りて、薫の手にある自分のミニバッグを取ろうと、薫の元へと行くがふらふらとした足取りで向かう。
「危ないぞ、気をつけて」
薫はミニバッグを持っていない手を広げ、私がいつ倒れてもいいように手を伸ばした。それもなんだが心が擽ったくて、ふわふわとした気持ちが溢れてくる。
「…大丈夫だよっもぅっ」
そう言いながら、薫の足の間に入って薫に抱きついた。当たり前のように私の腰に腕を回して、私は胸元に両肘をつけた。柵に腰掛けているのに、同じ目線になるのなんだか不公平だと思ってしまい、ムッと唇を尖らせると、私の考えが読めるのか彼が苦笑する。
「…マシロ、酔ってる?」
「ううん、酔ってない」
「ぷはっ、それは酔っ払いの台詞セリフだよ」
堪えきれずに笑う彼の声と表情にやっぱり嬉しい気持ちとドキドキと心臓もうるさいし、叫びたい気持ちがぐるぐる回って自分が、自分じゃないみたいだ。
「……マシロ、好きだと言ったら引くか?」
会って数時間、普段なら「キモいです」と即答出来るのに、どうしても口からその単語が出てこない。
「…わかん…ない、会ってすぐに告白されたのは初めてだから」
「ウソつけ、絶対色んな男に告白されてるだろ」
頭がぼうっとする。薫の頬に右手を添えて、親指の腹で頬を撫でる。私が薫にしている事を、ただ黙って見守っているが気持ち良さそうに微かに目を細めているから、嫌ではないのだろう。
――少しだけ…薫の表情わかってきた…薫は年上だ。かなりの。一回り以上違う。それなのに触られて嫌な思いをしてない。名前を呼ばれると嬉しい恥ずかしい。私の腰に回った腕も手も嫌悪感は全くない。このまま終わりじゃ嫌。ずっと触っていたい。本当に私は変だ。
頭の中が短い単語しかぽんぽんと浮かび、何をしたいのかはっきりとしない。
「…ねぇ、薫は…酔ってる?」
「いや、酔ってない」
薫の頬に手を添えたまま、自分の方から顔を寄せると、薫の顔が少しだけ傾いた。そっと重ねるだけのつもりだったけど、私の腰にあった薫の手が私の頭に回ると同時に深いキスへと変わった。
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