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リクエスト 恋は盲目 姫は用心棒
蒸し暑い夏が始まろうとしていた。
「お疲れ様です」
黒い髪をひとつに結び、大きな黒縁メガネ、定番の黒色と白色のオフィスカジュアルの服装の間井晶子は、そう言って定時退社する。すれ違う同じ会社に勤める人は地味な私を気にませず、『お疲れ様』と声を掛けてくれたり、酷い時は無視だ。
ーーうーん、すごく平和だ
そんな事を思いながら、家路へと急ぐ。今日は金曜日で、仕事が土日休みなので、このまま家に帰ってから、お風呂に入り出かける支度をして、新しく出来た彼氏ーー智也と待ち合わせをしている。
智也は、私が通っていたホストクラブ"CLUBSnow Kingdom"のオーナーで、私よりも頭2つ分高い身長、それなのに均等のとれたシュッとしたスタイル、低く落ち着いた声、ひと睨みしたら動けなくなる鋭い眼差し、黒い短髪の厳つい私の想い人だった。
ーー実は、最初の頃彼の事をお店の用心棒だと思っていたんだよね
みんなにシロさんと呼ばれ、用心棒と勘違いされるくらい隙を見せないオーラが、彼にはあるのだ。およそ3ヶ月前にNO.1ホストの誕生日会に呼ばれ、チラチラと智也のいる出入口を見ていたから勘違いされたのか、そのホストの常連さんが私を彼の恋人と勘違いしてトラブルを起こされた事から、智也と付き合う事が出来たので…
ーーまぁ、感謝はしてるけど
家に着いてシャワーを浴びて、待ち合わせ用の服に着替える。一緒に出かけよう、と最後に会った日に言われてから、小学生の遠足を楽しみにしすぎて眠れないような、わくわくする気持ち楽しみな気持ちが、ずっと続いている。
最初はほぼ蜜月だった。私が仕事終わったら彼の待つマンションへと行き、時間のない中愛し合って智也は仕事へと向かう。彼の家にそのまま泊まり、朝方帰ってくる彼に起こされ、たっぷりと愛された。仕事の時間になると私の家へと一緒に行き、会社の最寄りの駅まで送ってくれる。
もちろん、朝一緒に眠るだけの日もあったし、月に一度くる女性の日には、側にいる事だけの日もあった。
けど隙間時間にしか会えないのと私の仕事前の交わりは、元々運動もしなかった身体にガタが来てしまって、仕事先でミスが目立つようになってしまった。そのためまた月の一度女性の日がきたので、仕事が忙しくなった彼の邪魔をしないようにと、大人しく自分の住むマンションへと帰るようになった。
智也は仕事が忙しすぎたために、寝不足で目の下のクマを濃くしていたが、しばらく会うのが出来ない事に不満な顔をしていた。それでも私が、休んでと言えば
渋々了承して、月のモノが終わる1週間後に会う事にしたのだった。
ベッドの上にあるのは、彼と出かけるための洋服が並ぶ。今日どこに行くのかの予定はまだ聞いていないから、どのタイプの服にすればいいのか迷うけど…
結局選んだのはV字に胸元が開いたノースリーブ、膝上20センチのミニの身体のラインに沿ったタイトな黒いのワンピースにした。一粒の小ぶりのダイヤのネックレスとお揃いのイヤリングとブレスレット、細いピンクゴールドの指輪で身を飾り、今までだったら有り得ない可愛い格好に、鏡の前で何度も全身をチェックする。
胸元には彼に付けられた赤い印が薄らと残っており、これはよく見ないと分からないからファンデで隠す必要もないだろう。
髪は悩んだけど結ばないでおろし、毛先だけ軽く巻いた。寒い場所でもいいように、白いジャケットを持っていく事にした。
ーー綺麗…とか言って欲しいな
そんな事を思いながらメイクをして、上品なお嬢様メイクで仕上げた。
**************
19時に待ち合わせした場所は、私のマンションの近くにあるコンビニだ。マンションのエントランスを抜けて、コンビニの方へまだ時間的に余裕があるので、ゆっくりとした足取りで歩き出した。
履き慣れた黒のエナメルのピンヒールで、モデルのように優雅に歩く姿は、行き交う男女を羨望の眼差しを向けられ、魅了している事を、智也と会える事しか考えていない晶子は気がつかない。
「ねぇ君、これから…」
斜め前から歩いていたスーツ姿の20代か30代くらいのサラリーマンは、私の前に止まり私の行く先を阻む。
チラッとナンパした男を見たあと横を通り過ぎると、それでもなお私に付き纏う。
「ねぇ、ねえ、無視しないでさ~」
猫撫で声で私の周りをウロチョロする男に、無視を決め込むものの、何度も何度も諦めずに声を掛けてきてしつこくて嫌になる。
スタスタと歩き続け、ようやく見えてきた待ち合わせの場所のコンビニの看板にほっとした瞬間、無視し続けた私に腹が立ったのか、男の態度が急変して私の腕を掴んだ。
「っおい!シカトすんなっ!」
「っ…痛っ」
ギュッと力強く二の腕を掴まれ、痛くて顔が歪んでしまう。離して、と言おうと口を開いたと同時に腕を掴む男の手がなくなった。
「ぐっ、っ」
男が苦しげな様子を見せたので、何が起こったのか分からなくなり、男が私を掴んでいた手を見ると、手首を捻られ呻き声を漏らしていた。その男の手首を掴む手は、見覚えのあるお揃いのブレスレットと黒い上品なスーツの袖が視界に入る。
「……俺の女に何か用か?」
低く落ち着いた声は私の胸をときめかせて、彼の柑橘系のコロンの香りが私を包み込んだので、彼に引き寄せられ抱きしめられた事を知る。
「智也」
「っ…ちっ、男居るならそう言えよなっ!」
無意識に彼の身体に腕を回した私に、彼の腕が私の腰に回り身体が密着する。男の捨て台詞が聞こえたのだが、智也に会えた事で、結局その男の顔も忘れてしまった。
「…だから言っただろ、迎えに行くって」
「だって…私のマンションは路上駐車出来ないでしょ」
私の顎に手を置き眉を寄せて少し不機嫌な智也に、私は彼の首に腕を回して、何度も彼に告げた事を言った。私のマンションの前は一台しか通れない幅の道路のため、私が部屋から出てエントランスに降りる頃には、私を待つ智也のうしろに数台の車の列が出来てしまうのだ。
ムッとする智也に私が首に回した腕に力を入れて、彼を引き寄せると、屈んで私の唇にキスをする。触れ合ったまま彼の唇を喰むと、彼の口が開き舌が出たので彼の舌をちゅうちゅうと吸い付く。
ーー人目も多い道路で、二人の世界に浸っているなんて…どこかのバカップルみたい
彼の腕にも力が入り、私を更に抱き寄せる。しばらくお互いの、久しぶりに感じる口づけに夢中で応えて求める。名残惜しく少しだけ離れた口先はくっつけたまま、視線を絡ませた。
「…会いたかった」
「ああ、俺も」
結局まだ付き合いたてのカップルなんだから、と開き直って気にするのをやめた。
「行こう」
そう短く告げた彼は私の腰を抱いたまま歩き出し、私も彼の背中に腕を回し左側の上半身に自分の身体を密着させた。
数十m歩くと、コンビニに到着した。駅チカのコンビニのために、数台しか停まれない駐車場にある一台の高級車。
彼の愛車ーーメルセデスベンツSクラスの白い車は左ハンドルのため、右の助手席の扉を開けた智也と離れ乗り込む。久しぶりに全面黒の内装、皮張りの助手席に座ると、運転席の扉が開き智也が乗り込む。お互い見つめ合ったまま、ゆっくりと顔が近づき唇が重なる。私の髪を触られ、優しく右耳に掛ける智也。
「凄く…似合ってる、女神みたいだ」
「…あっ、ありがと」
目を細め私を臆面もなく称賛する智也に、こっちが照れてしまう。頬を染めてしまう顔を見せてしまい、智也は嬉しそうに私の頬を左手の親指の腹で撫でる。
このままいつまでもこの車内に、居てしまいそうな雰囲気が漂い智也は苦笑して、行くか、と短く告げたので、もう智也と出会えた事に嬉しくて胸がいっぱいの私は、小さく頷くだけでいっぱいいっぱいだった。
**************
夜景の見える展望レストランで、極上のワインを飲みながら一緒にフレンチのコースを食べる。
落ち着いた音楽と夜景が宝石箱の様に煌びやかで、広いレストランの店内は、私と智也しかいなくて2人きりの食事の時間だ。
会えなかった1週間、何をしていたと…特別な事は何もしていなかったけど、夜はテレビやドラマを見ていたとか、仕事のちょっとした愚痴などを嫌な顔ひとつせずに聞いてくれた。しかしーー
「それでね、その安田さんって…」
「…その安田さんって、晶子の何だ?」
「え?私の新人研修の時に教わってる先輩だよ?」
「男か、それとも女か?」
「…それは…男の人だけど…?」
「さっきから話を聞いていたが、その安田とやらは、晶子との距離近いな」
「え…そうかな…?先輩だし…普通だよ」
「…それに、晶子の昼間の装いでも…優しいと…」
「やだなぁ、そんなわけ…」
「いや、同じ男だしな、この話はこれで終わりだ…そろそろ食事も終わったし帰ろう」
そう言って話を切り上げ、左手を上げた智也に気がついた先程からずっと私達のテーブルに給仕していたスーツ姿の男性が近寄ってきた。
「白崎様お呼びでしょうか」
「もうそろそろお暇するよ、ご馳走さん緑川オーナー」
「かしこまりました、またのご利用お待ちしております」
智也と私に優しい笑顔をむけて、一礼して下がる。
ーー給仕だと思っていた人がオーナーだったなんてっ!
ずっと私の他愛のないつまらない話を、偉い人に聞かれたと思ったらすごく恥ずかしくなり、ボボッと頬が赤くなる。
智也は、椅子を引いて立ち上がると私の横に立ち、左手を差し出す。自然と彼の手に自分の右手を重ね、立ち上がりエスコートされレストランをあとにした。
白いコックの服装のシェフや、先程のオーナーと数名のベスト姿のウェイターの人達に見送られ、エレベーターに乗ると、智也はジャケットの中から赤いカードを取り出し、エレベーターのボタンの上にある長方形の形をしたグレーのタッチパネルにかざした。
すると自然とエレベーターは動き出し、数分もしない内に目的の階に到着した。
チンッと音がしてエレベーターの扉が開くと、そこは最初に乗った地下3階のホテルの駐車場ではなく、青い絨毯が敷かれた階だった。
「ここは…?」
「今日はこのホテルに泊まろう」
「…でっ、でも今日仕事じゃないの…?」
「今日は2人の記念日だからな」
「記念日…?何の…?」
「それは、後で、な」
付き合ってまだ3ヶ月、しかし付き合い始めたのは3ヶ月前の今日じゃない、違う日付だ。
戸惑う私を彼は気にませず、歩き出したので付いて行く。
長い廊下を私の腰を抱き寄せ2人で歩いていて、扉と扉の間隔が長いことに気が付き、もしかしたら高級の部屋かと緊張してきた。
ホストクラブのオーナーだと知っているけど、やはり使う物はいつも高級品。このお揃いで買ったダイヤが付いたブレスレットも一緒に出かけた時に、この店に用があると、言った彼と宝石店に入り、店内を自由に歩いて見ていた私の目に止まって可愛いと思ったダイヤのシンプルなブレスレット。店員さんに勧められるがまま試着した時には、智也は私の手首を見てメンズもあるか、と聞いて出されたブレスレットを付けて店を出ようとしていた。えっと驚くと、これまたスーツを着たお店の人も
「ありがとうございます」
と頭を下げていたのだが、値段を見て私の半年分のお給料が消える金額で、一度貰えないと断ったけど、支払いを済ませてある、とそのままお揃いのブレスレットを付けたまま、お店を出たのだった。
ーー凄い金銭感覚というか、やっぱり収入違うとこんなにも変わるのか…
と逆に納得したけれども、一般的なお給料しか貰ったことない私からしたら、なんだか引け目を感じる。
チラッと彼を見上げると、いつもの表情で前を向いていた。
彼に促され入った部屋は、智也が3人寝ても余るくらいの広いキングサイズのダブルベッド、ベッドの横の壁は一面窓ガラスに変わっていて、キラキラと輝く夜景が美しい。窓ガラスの前には、2人掛けと1人掛けのソファーが一つずつとテーブル、壁際にはテレビ、部屋の隅にはミニ冷蔵庫と2人分のグラス、氷を入れておくアイスペールが備え付けられている。
先に奥まで進んだ智也は部屋のソファーに私の手荷物を置くと、無言で私に手を差し伸べる。彼の元へと向かい手を差し出すと、彼の胸の中へ抱き寄せられた。
頬を彼の胸板に押し付けて、彼の心音を聞くと心が落ち着く。
一度大きく深呼吸をして彼の匂いを吸い、落ち着かせたら私は彼から頬を離した。
「何か、飲む…?」
「…そうだな、ワインでも頼もうか」
そう言った彼は備え付けの電話の受話器を持って、ルームサービスを頼んだのだった。
**************
お喋りをしていた、ハズだった。
2人掛けのソファーに並び、いつの間にかワインのボトルを1本空けていて、気がついたら彼の膝の上に乗り唇を重ねていた。会った直後もしたと言うのに情熱的に舌が絡まり、お互いの舌を吸いそれぞれの唾液を飲み干す。顔の角度を何度も何度も変えた。彼の足の横に膝を立て、上を向く彼の頬を両手で挟み、私が覆い被さり、好き、好きと想いを込めて何度も彼の唇を喰んで遊ぶ。
もちろん、彼は私から与えられるキスを受けてはいるが、ちゃっかりと手は動かしていて私のお尻を揉んだり、足を摩ったりしている。
優しく触れたりときどき強弱をつけて揉んだり、私から快感を引き出そうとかじゃなく、ただ遊んでいるみたいだ。
「…晶子、少し話すか」
「話…?」
さっきまで話していたよ?と私の疑問に、智也は苦笑する。
「ま、そうだけど、な…大事な話だ」
「…わかった」
少し甘ったるい雰囲気が無くなり、寂しくなったのだが、大事な話と言われて智也の膝の上から降りようとしたら、腰を掴まれた。
「ここでいい」
そう言ったので、私は彼の膝の上に腰を下ろして智也の胸に手を置いた。
「…もう、わかってるとは思うが…最近忙しかったのは引っ越しをしたからだ」
「ん?引っ越し…したの?」
さらりと知らないことを言われ軽くパニックになる。
「そうだ、今の…というか、前住んでた所だな2人で住むには狭いし、もし子供が生まれたら成長に良い環境を…」
「ちょっちょっちょっちょっと待って!2人?子供?」
さらに一緒に住むと子供の話を出され意味不明だ。
「そうだ、繁華街の近くに住んだら、夜うるさいし眠れんだろう」
「違う違うっ!私…と子供って?」
話が噛み合っていないため、改めて智也に聞いた。
「そうだ、いずれ…近いうちに結婚するんだ、なら一緒に住んでも問題ないだろう…そうなるといくら俺のマンションのオートロックで安全性があっても、夜晶子を1人にするのは不安だから、24時間マンションの出入口に常駐している所を見つけて、買った」
「…買った?マッ…マンションを?」
「そうだ…一軒家が良かったか?」
なら、あと数年待ってくれ、と言われ、頭が痛くなって来た。
「…そうじゃないけど…えっ、私も住むの?」
「…………なんだ、嫌なのか」
最初の疑問に答えてくれないので、もう一度問いかけると、智也は何を勘違いしたのか、不機嫌を隠そうともしなくなった。
「嫌なわけないよ!でもさ、普通は…その聞くよね?」
「晶子は昼間仕事で居ないし、仕事から帰って求めても明日は仕事だからって、拒否する様になったし」
「…仕事帰りって明け方じゃん!私次の日って言うか、当日になって仕事あるしっ!」
「それに今日だって変な男を引き寄せていたし、安田とやらと仲良くしているの俺が許すと思うか?」
「引き寄せていたのは、智也のためにオシャレをしたからね!…まさか安田さんにヤキモチ妬いてるの…?ない!ないよ!」
「そうか?男は下心なかったら優しくしないぞ?」
「えっ、凄い偏見…そんな事…」
「…今まで変な男にばかり目をつけられて、他の男の基準がわからなくてなったんだな」
はぁ、とやれやれとため息を吐く智也に、ムッとした。
「そんな事言ったら、智也もいつも贈り物や高級品ばっかりくれてさ!お金で私を買ってるの?」
「…んなわけないだろ……逃したくないなら女には贈り物するものだって言われたからだよ」
「……誰に」
「…………クラブのマネージャーに」
確かに贈り物は嬉しいけど、マネージャーの言葉一つで行動する智也に呆れてしまって、もしかして…と新たな可能性が出てきた。
「もしかして、マンション買うように言ったのもマネージャーさん?」
「そうだ、きっと喜ぶだろうと」
「…多分マネージャーさんが言っていたのは、私だけが住むマンションで、ファミリータイプじゃないと思う」
「そうしたら意味ないじゃないか」
きっとマネージャーの人もお気に入りの女の子には、マンションをプレゼントすれば満足して良いと思ってるハズだ。
ーーだけどね、
にっこりと微笑み智也を見つけると、智也の顔がだんだんと青くなっていく。私は微笑んだまま彼の頬を軽くつねり、意識して優しい声を出した。
「私は、ね、智也…他の女と同じ扱いをされるのが、嫌なの、分かる?義理でされるくらいなら、いらない」
「べっ、別に義理じゃないっ」
「へぇ、マネージャーに言われてプレゼントや…どうせ今日もアドバイス貰ったんでしょ」
「ぐっ、たッ…確かに」
「…そんなの要らない、智也が私のために考えてくれたものがいいのに…」
だんだんと悲しくなってきて、シュンと落ち込んでしまう。
そんな私の様子に智也が慌て出した。
「だっ、だが、もし…もし、俺が何も買わない、話もあまりしない、つまらない男だったらどうする」
「どうもしない…一緒にいるだけで幸せなのに…これ以上求めたらバチが当たるよ」
「…幸せなのか…?何にもしなくても」
「うん、幸せ…智也と約束した日からずっと、今日が待ち遠しくて幸せだったよ」
「会ってないだろ…電話だけだ」
「私は…智也が好きだから…他の人の助言とか…別に物なんてどうでもいいんだよ…本当の姿の、智也を知りたい」
そう呟くと、彼は黙り込んでしまい2人の間に気まずい雰囲気が漂う。
「…分かった…俺は心底惚れたのは晶子だけだから、どうすれば俺から離れないようにするかばかり考えていた…が、そうだな、自分を出すようにする」
「うん」
「…でも一緒には、住むからな」
そこだけは譲れん、と声を低く出した智也はそう言って、私の顔を両手で挟み、口を塞いだのだった。
このままなだれ込む様にベッドへと連れ込まれ、明け方まで離してくれなかった。数時間しか寝れていない身体には絶対に嘘だと思うがーー今まで遠慮していたと、しつこく吸われた赤い所有印が今まで以上に肌に残った。
**************
番外編
「くくくっ…」
「マネージャー?何笑ってるの?」
「ああ、アキヤか…くくっ、恋に盲目な男を上司に持って実に愉快だと、余韻に浸っていたよ」
「えっ?ちょっ、マネージャー?!」
一般的に女性にブランド品を貢ぎ、その女性にマンションを買うことを、世間一般では愛人と言うのだが、腐れ縁の男は自分も同じ物、マンションはファミリータイプとマネージャーの考えをいつも斜め上に飛ばし、単調でつまらなかった日常に楽しい刺激をくれる。
ーーあの娘は、ブランド品もマンションも、物で釣られるタイプじゃないって、ホストクラブのオーナーなのに気がつかないとは…実に愉快だ
いつも難なく困難を乗り越えるオーナーは、他の人と同じ惚れた相手の前では、思考も止まるのか
ーーさ、次は何のアドバイスをしようか
そう言ってCLUB Snow Kingdomは、今日も営業を始めたのだった。
「お疲れ様です」
黒い髪をひとつに結び、大きな黒縁メガネ、定番の黒色と白色のオフィスカジュアルの服装の間井晶子は、そう言って定時退社する。すれ違う同じ会社に勤める人は地味な私を気にませず、『お疲れ様』と声を掛けてくれたり、酷い時は無視だ。
ーーうーん、すごく平和だ
そんな事を思いながら、家路へと急ぐ。今日は金曜日で、仕事が土日休みなので、このまま家に帰ってから、お風呂に入り出かける支度をして、新しく出来た彼氏ーー智也と待ち合わせをしている。
智也は、私が通っていたホストクラブ"CLUBSnow Kingdom"のオーナーで、私よりも頭2つ分高い身長、それなのに均等のとれたシュッとしたスタイル、低く落ち着いた声、ひと睨みしたら動けなくなる鋭い眼差し、黒い短髪の厳つい私の想い人だった。
ーー実は、最初の頃彼の事をお店の用心棒だと思っていたんだよね
みんなにシロさんと呼ばれ、用心棒と勘違いされるくらい隙を見せないオーラが、彼にはあるのだ。およそ3ヶ月前にNO.1ホストの誕生日会に呼ばれ、チラチラと智也のいる出入口を見ていたから勘違いされたのか、そのホストの常連さんが私を彼の恋人と勘違いしてトラブルを起こされた事から、智也と付き合う事が出来たので…
ーーまぁ、感謝はしてるけど
家に着いてシャワーを浴びて、待ち合わせ用の服に着替える。一緒に出かけよう、と最後に会った日に言われてから、小学生の遠足を楽しみにしすぎて眠れないような、わくわくする気持ち楽しみな気持ちが、ずっと続いている。
最初はほぼ蜜月だった。私が仕事終わったら彼の待つマンションへと行き、時間のない中愛し合って智也は仕事へと向かう。彼の家にそのまま泊まり、朝方帰ってくる彼に起こされ、たっぷりと愛された。仕事の時間になると私の家へと一緒に行き、会社の最寄りの駅まで送ってくれる。
もちろん、朝一緒に眠るだけの日もあったし、月に一度くる女性の日には、側にいる事だけの日もあった。
けど隙間時間にしか会えないのと私の仕事前の交わりは、元々運動もしなかった身体にガタが来てしまって、仕事先でミスが目立つようになってしまった。そのためまた月の一度女性の日がきたので、仕事が忙しくなった彼の邪魔をしないようにと、大人しく自分の住むマンションへと帰るようになった。
智也は仕事が忙しすぎたために、寝不足で目の下のクマを濃くしていたが、しばらく会うのが出来ない事に不満な顔をしていた。それでも私が、休んでと言えば
渋々了承して、月のモノが終わる1週間後に会う事にしたのだった。
ベッドの上にあるのは、彼と出かけるための洋服が並ぶ。今日どこに行くのかの予定はまだ聞いていないから、どのタイプの服にすればいいのか迷うけど…
結局選んだのはV字に胸元が開いたノースリーブ、膝上20センチのミニの身体のラインに沿ったタイトな黒いのワンピースにした。一粒の小ぶりのダイヤのネックレスとお揃いのイヤリングとブレスレット、細いピンクゴールドの指輪で身を飾り、今までだったら有り得ない可愛い格好に、鏡の前で何度も全身をチェックする。
胸元には彼に付けられた赤い印が薄らと残っており、これはよく見ないと分からないからファンデで隠す必要もないだろう。
髪は悩んだけど結ばないでおろし、毛先だけ軽く巻いた。寒い場所でもいいように、白いジャケットを持っていく事にした。
ーー綺麗…とか言って欲しいな
そんな事を思いながらメイクをして、上品なお嬢様メイクで仕上げた。
**************
19時に待ち合わせした場所は、私のマンションの近くにあるコンビニだ。マンションのエントランスを抜けて、コンビニの方へまだ時間的に余裕があるので、ゆっくりとした足取りで歩き出した。
履き慣れた黒のエナメルのピンヒールで、モデルのように優雅に歩く姿は、行き交う男女を羨望の眼差しを向けられ、魅了している事を、智也と会える事しか考えていない晶子は気がつかない。
「ねぇ君、これから…」
斜め前から歩いていたスーツ姿の20代か30代くらいのサラリーマンは、私の前に止まり私の行く先を阻む。
チラッとナンパした男を見たあと横を通り過ぎると、それでもなお私に付き纏う。
「ねぇ、ねえ、無視しないでさ~」
猫撫で声で私の周りをウロチョロする男に、無視を決め込むものの、何度も何度も諦めずに声を掛けてきてしつこくて嫌になる。
スタスタと歩き続け、ようやく見えてきた待ち合わせの場所のコンビニの看板にほっとした瞬間、無視し続けた私に腹が立ったのか、男の態度が急変して私の腕を掴んだ。
「っおい!シカトすんなっ!」
「っ…痛っ」
ギュッと力強く二の腕を掴まれ、痛くて顔が歪んでしまう。離して、と言おうと口を開いたと同時に腕を掴む男の手がなくなった。
「ぐっ、っ」
男が苦しげな様子を見せたので、何が起こったのか分からなくなり、男が私を掴んでいた手を見ると、手首を捻られ呻き声を漏らしていた。その男の手首を掴む手は、見覚えのあるお揃いのブレスレットと黒い上品なスーツの袖が視界に入る。
「……俺の女に何か用か?」
低く落ち着いた声は私の胸をときめかせて、彼の柑橘系のコロンの香りが私を包み込んだので、彼に引き寄せられ抱きしめられた事を知る。
「智也」
「っ…ちっ、男居るならそう言えよなっ!」
無意識に彼の身体に腕を回した私に、彼の腕が私の腰に回り身体が密着する。男の捨て台詞が聞こえたのだが、智也に会えた事で、結局その男の顔も忘れてしまった。
「…だから言っただろ、迎えに行くって」
「だって…私のマンションは路上駐車出来ないでしょ」
私の顎に手を置き眉を寄せて少し不機嫌な智也に、私は彼の首に腕を回して、何度も彼に告げた事を言った。私のマンションの前は一台しか通れない幅の道路のため、私が部屋から出てエントランスに降りる頃には、私を待つ智也のうしろに数台の車の列が出来てしまうのだ。
ムッとする智也に私が首に回した腕に力を入れて、彼を引き寄せると、屈んで私の唇にキスをする。触れ合ったまま彼の唇を喰むと、彼の口が開き舌が出たので彼の舌をちゅうちゅうと吸い付く。
ーー人目も多い道路で、二人の世界に浸っているなんて…どこかのバカップルみたい
彼の腕にも力が入り、私を更に抱き寄せる。しばらくお互いの、久しぶりに感じる口づけに夢中で応えて求める。名残惜しく少しだけ離れた口先はくっつけたまま、視線を絡ませた。
「…会いたかった」
「ああ、俺も」
結局まだ付き合いたてのカップルなんだから、と開き直って気にするのをやめた。
「行こう」
そう短く告げた彼は私の腰を抱いたまま歩き出し、私も彼の背中に腕を回し左側の上半身に自分の身体を密着させた。
数十m歩くと、コンビニに到着した。駅チカのコンビニのために、数台しか停まれない駐車場にある一台の高級車。
彼の愛車ーーメルセデスベンツSクラスの白い車は左ハンドルのため、右の助手席の扉を開けた智也と離れ乗り込む。久しぶりに全面黒の内装、皮張りの助手席に座ると、運転席の扉が開き智也が乗り込む。お互い見つめ合ったまま、ゆっくりと顔が近づき唇が重なる。私の髪を触られ、優しく右耳に掛ける智也。
「凄く…似合ってる、女神みたいだ」
「…あっ、ありがと」
目を細め私を臆面もなく称賛する智也に、こっちが照れてしまう。頬を染めてしまう顔を見せてしまい、智也は嬉しそうに私の頬を左手の親指の腹で撫でる。
このままいつまでもこの車内に、居てしまいそうな雰囲気が漂い智也は苦笑して、行くか、と短く告げたので、もう智也と出会えた事に嬉しくて胸がいっぱいの私は、小さく頷くだけでいっぱいいっぱいだった。
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夜景の見える展望レストランで、極上のワインを飲みながら一緒にフレンチのコースを食べる。
落ち着いた音楽と夜景が宝石箱の様に煌びやかで、広いレストランの店内は、私と智也しかいなくて2人きりの食事の時間だ。
会えなかった1週間、何をしていたと…特別な事は何もしていなかったけど、夜はテレビやドラマを見ていたとか、仕事のちょっとした愚痴などを嫌な顔ひとつせずに聞いてくれた。しかしーー
「それでね、その安田さんって…」
「…その安田さんって、晶子の何だ?」
「え?私の新人研修の時に教わってる先輩だよ?」
「男か、それとも女か?」
「…それは…男の人だけど…?」
「さっきから話を聞いていたが、その安田とやらは、晶子との距離近いな」
「え…そうかな…?先輩だし…普通だよ」
「…それに、晶子の昼間の装いでも…優しいと…」
「やだなぁ、そんなわけ…」
「いや、同じ男だしな、この話はこれで終わりだ…そろそろ食事も終わったし帰ろう」
そう言って話を切り上げ、左手を上げた智也に気がついた先程からずっと私達のテーブルに給仕していたスーツ姿の男性が近寄ってきた。
「白崎様お呼びでしょうか」
「もうそろそろお暇するよ、ご馳走さん緑川オーナー」
「かしこまりました、またのご利用お待ちしております」
智也と私に優しい笑顔をむけて、一礼して下がる。
ーー給仕だと思っていた人がオーナーだったなんてっ!
ずっと私の他愛のないつまらない話を、偉い人に聞かれたと思ったらすごく恥ずかしくなり、ボボッと頬が赤くなる。
智也は、椅子を引いて立ち上がると私の横に立ち、左手を差し出す。自然と彼の手に自分の右手を重ね、立ち上がりエスコートされレストランをあとにした。
白いコックの服装のシェフや、先程のオーナーと数名のベスト姿のウェイターの人達に見送られ、エレベーターに乗ると、智也はジャケットの中から赤いカードを取り出し、エレベーターのボタンの上にある長方形の形をしたグレーのタッチパネルにかざした。
すると自然とエレベーターは動き出し、数分もしない内に目的の階に到着した。
チンッと音がしてエレベーターの扉が開くと、そこは最初に乗った地下3階のホテルの駐車場ではなく、青い絨毯が敷かれた階だった。
「ここは…?」
「今日はこのホテルに泊まろう」
「…でっ、でも今日仕事じゃないの…?」
「今日は2人の記念日だからな」
「記念日…?何の…?」
「それは、後で、な」
付き合ってまだ3ヶ月、しかし付き合い始めたのは3ヶ月前の今日じゃない、違う日付だ。
戸惑う私を彼は気にませず、歩き出したので付いて行く。
長い廊下を私の腰を抱き寄せ2人で歩いていて、扉と扉の間隔が長いことに気が付き、もしかしたら高級の部屋かと緊張してきた。
ホストクラブのオーナーだと知っているけど、やはり使う物はいつも高級品。このお揃いで買ったダイヤが付いたブレスレットも一緒に出かけた時に、この店に用があると、言った彼と宝石店に入り、店内を自由に歩いて見ていた私の目に止まって可愛いと思ったダイヤのシンプルなブレスレット。店員さんに勧められるがまま試着した時には、智也は私の手首を見てメンズもあるか、と聞いて出されたブレスレットを付けて店を出ようとしていた。えっと驚くと、これまたスーツを着たお店の人も
「ありがとうございます」
と頭を下げていたのだが、値段を見て私の半年分のお給料が消える金額で、一度貰えないと断ったけど、支払いを済ませてある、とそのままお揃いのブレスレットを付けたまま、お店を出たのだった。
ーー凄い金銭感覚というか、やっぱり収入違うとこんなにも変わるのか…
と逆に納得したけれども、一般的なお給料しか貰ったことない私からしたら、なんだか引け目を感じる。
チラッと彼を見上げると、いつもの表情で前を向いていた。
彼に促され入った部屋は、智也が3人寝ても余るくらいの広いキングサイズのダブルベッド、ベッドの横の壁は一面窓ガラスに変わっていて、キラキラと輝く夜景が美しい。窓ガラスの前には、2人掛けと1人掛けのソファーが一つずつとテーブル、壁際にはテレビ、部屋の隅にはミニ冷蔵庫と2人分のグラス、氷を入れておくアイスペールが備え付けられている。
先に奥まで進んだ智也は部屋のソファーに私の手荷物を置くと、無言で私に手を差し伸べる。彼の元へと向かい手を差し出すと、彼の胸の中へ抱き寄せられた。
頬を彼の胸板に押し付けて、彼の心音を聞くと心が落ち着く。
一度大きく深呼吸をして彼の匂いを吸い、落ち着かせたら私は彼から頬を離した。
「何か、飲む…?」
「…そうだな、ワインでも頼もうか」
そう言った彼は備え付けの電話の受話器を持って、ルームサービスを頼んだのだった。
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お喋りをしていた、ハズだった。
2人掛けのソファーに並び、いつの間にかワインのボトルを1本空けていて、気がついたら彼の膝の上に乗り唇を重ねていた。会った直後もしたと言うのに情熱的に舌が絡まり、お互いの舌を吸いそれぞれの唾液を飲み干す。顔の角度を何度も何度も変えた。彼の足の横に膝を立て、上を向く彼の頬を両手で挟み、私が覆い被さり、好き、好きと想いを込めて何度も彼の唇を喰んで遊ぶ。
もちろん、彼は私から与えられるキスを受けてはいるが、ちゃっかりと手は動かしていて私のお尻を揉んだり、足を摩ったりしている。
優しく触れたりときどき強弱をつけて揉んだり、私から快感を引き出そうとかじゃなく、ただ遊んでいるみたいだ。
「…晶子、少し話すか」
「話…?」
さっきまで話していたよ?と私の疑問に、智也は苦笑する。
「ま、そうだけど、な…大事な話だ」
「…わかった」
少し甘ったるい雰囲気が無くなり、寂しくなったのだが、大事な話と言われて智也の膝の上から降りようとしたら、腰を掴まれた。
「ここでいい」
そう言ったので、私は彼の膝の上に腰を下ろして智也の胸に手を置いた。
「…もう、わかってるとは思うが…最近忙しかったのは引っ越しをしたからだ」
「ん?引っ越し…したの?」
さらりと知らないことを言われ軽くパニックになる。
「そうだ、今の…というか、前住んでた所だな2人で住むには狭いし、もし子供が生まれたら成長に良い環境を…」
「ちょっちょっちょっちょっと待って!2人?子供?」
さらに一緒に住むと子供の話を出され意味不明だ。
「そうだ、繁華街の近くに住んだら、夜うるさいし眠れんだろう」
「違う違うっ!私…と子供って?」
話が噛み合っていないため、改めて智也に聞いた。
「そうだ、いずれ…近いうちに結婚するんだ、なら一緒に住んでも問題ないだろう…そうなるといくら俺のマンションのオートロックで安全性があっても、夜晶子を1人にするのは不安だから、24時間マンションの出入口に常駐している所を見つけて、買った」
「…買った?マッ…マンションを?」
「そうだ…一軒家が良かったか?」
なら、あと数年待ってくれ、と言われ、頭が痛くなって来た。
「…そうじゃないけど…えっ、私も住むの?」
「…………なんだ、嫌なのか」
最初の疑問に答えてくれないので、もう一度問いかけると、智也は何を勘違いしたのか、不機嫌を隠そうともしなくなった。
「嫌なわけないよ!でもさ、普通は…その聞くよね?」
「晶子は昼間仕事で居ないし、仕事から帰って求めても明日は仕事だからって、拒否する様になったし」
「…仕事帰りって明け方じゃん!私次の日って言うか、当日になって仕事あるしっ!」
「それに今日だって変な男を引き寄せていたし、安田とやらと仲良くしているの俺が許すと思うか?」
「引き寄せていたのは、智也のためにオシャレをしたからね!…まさか安田さんにヤキモチ妬いてるの…?ない!ないよ!」
「そうか?男は下心なかったら優しくしないぞ?」
「えっ、凄い偏見…そんな事…」
「…今まで変な男にばかり目をつけられて、他の男の基準がわからなくてなったんだな」
はぁ、とやれやれとため息を吐く智也に、ムッとした。
「そんな事言ったら、智也もいつも贈り物や高級品ばっかりくれてさ!お金で私を買ってるの?」
「…んなわけないだろ……逃したくないなら女には贈り物するものだって言われたからだよ」
「……誰に」
「…………クラブのマネージャーに」
確かに贈り物は嬉しいけど、マネージャーの言葉一つで行動する智也に呆れてしまって、もしかして…と新たな可能性が出てきた。
「もしかして、マンション買うように言ったのもマネージャーさん?」
「そうだ、きっと喜ぶだろうと」
「…多分マネージャーさんが言っていたのは、私だけが住むマンションで、ファミリータイプじゃないと思う」
「そうしたら意味ないじゃないか」
きっとマネージャーの人もお気に入りの女の子には、マンションをプレゼントすれば満足して良いと思ってるハズだ。
ーーだけどね、
にっこりと微笑み智也を見つけると、智也の顔がだんだんと青くなっていく。私は微笑んだまま彼の頬を軽くつねり、意識して優しい声を出した。
「私は、ね、智也…他の女と同じ扱いをされるのが、嫌なの、分かる?義理でされるくらいなら、いらない」
「べっ、別に義理じゃないっ」
「へぇ、マネージャーに言われてプレゼントや…どうせ今日もアドバイス貰ったんでしょ」
「ぐっ、たッ…確かに」
「…そんなの要らない、智也が私のために考えてくれたものがいいのに…」
だんだんと悲しくなってきて、シュンと落ち込んでしまう。
そんな私の様子に智也が慌て出した。
「だっ、だが、もし…もし、俺が何も買わない、話もあまりしない、つまらない男だったらどうする」
「どうもしない…一緒にいるだけで幸せなのに…これ以上求めたらバチが当たるよ」
「…幸せなのか…?何にもしなくても」
「うん、幸せ…智也と約束した日からずっと、今日が待ち遠しくて幸せだったよ」
「会ってないだろ…電話だけだ」
「私は…智也が好きだから…他の人の助言とか…別に物なんてどうでもいいんだよ…本当の姿の、智也を知りたい」
そう呟くと、彼は黙り込んでしまい2人の間に気まずい雰囲気が漂う。
「…分かった…俺は心底惚れたのは晶子だけだから、どうすれば俺から離れないようにするかばかり考えていた…が、そうだな、自分を出すようにする」
「うん」
「…でも一緒には、住むからな」
そこだけは譲れん、と声を低く出した智也はそう言って、私の顔を両手で挟み、口を塞いだのだった。
このままなだれ込む様にベッドへと連れ込まれ、明け方まで離してくれなかった。数時間しか寝れていない身体には絶対に嘘だと思うがーー今まで遠慮していたと、しつこく吸われた赤い所有印が今まで以上に肌に残った。
**************
番外編
「くくくっ…」
「マネージャー?何笑ってるの?」
「ああ、アキヤか…くくっ、恋に盲目な男を上司に持って実に愉快だと、余韻に浸っていたよ」
「えっ?ちょっ、マネージャー?!」
一般的に女性にブランド品を貢ぎ、その女性にマンションを買うことを、世間一般では愛人と言うのだが、腐れ縁の男は自分も同じ物、マンションはファミリータイプとマネージャーの考えをいつも斜め上に飛ばし、単調でつまらなかった日常に楽しい刺激をくれる。
ーーあの娘は、ブランド品もマンションも、物で釣られるタイプじゃないって、ホストクラブのオーナーなのに気がつかないとは…実に愉快だ
いつも難なく困難を乗り越えるオーナーは、他の人と同じ惚れた相手の前では、思考も止まるのか
ーーさ、次は何のアドバイスをしようか
そう言ってCLUB Snow Kingdomは、今日も営業を始めたのだった。
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