暗殺するため敵国に来たが愚王というのは嘘で溺愛され妃に迎え入れられました

雨宮里玖

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裏切り

1.

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「ユリス様は本当によく薬草のことをご存知ですね」

 薬師のテトラはユリスの知識に感心しているようだ。通常薬のことは薬師に任せるものであって、自ら調合する王子などいないのだろう。

「エストラの種はないのか?」

 ユリスはテトラに訊ねた。エストラの種は、ヒート抑制薬の材料となる種だ。ユリスはいつもこの種を絞った油を使って薬を精製していた。

「あいにく在庫がありません。法の改正後、城の中で働くオメガの人数が増えたので、切らしてしまっていて……」

 今すぐ欲しいなら、自力で採取しにいくしかない。あと少しなら東国ナルカから持ってきた残薬もあるが。

「ユリス様がご必要なら明日、採取してきます。でも、ユリス様にはこの国いちのアルファのお相手、陛下がいらっしゃるのでは?」
「ま、まだカイル様からのお許しが出てないのだ」

 ユリスは咄嗟に嘘をついた。

「カイル様はまだ子供はいらないとおっしゃっていた。今は時期尚早だと」
「そうなのですか? 陛下はもしかしたらユリス様とのおふたりの時間を過ごしたいのかもしれませんね。お子ができてしまったら夜の営みも支障が——」
「なっ、別にそういうことでは……っ」

 まったく本当に嫌になる。国王とそういった行為をしたことは周知の事実となっているのはわかっているが、いざそういうことを言われると恥ずかしくて顔が熱ってしまう。

「ユリス様、たったこれだけで照れちゃったんですか?」
「違う、これはその……」

 上手く言い返せない。こういう話は本当に苦手だ。

「こんなユリス様を見たら陛下がお喜びになりますね!」
「やめろっ」

 揶揄うのもいい加減にして欲しい。



「おい! ユリス様に無礼だぞ!」

 薬草庫の入り口に立って首を突っ込んできたのはローランだ。
 テトラは「なんだローランか」と笑顔になる。ふたりは既知の仲のようだ。

「ユリス様、やっとお会いできました。どうしてもお礼を申し上げたかったのです。私を助けていただき、本当にありがとうございました!」

 ローランは畏まり、深々と頭を下げた。

「ローランこそ、オメガを庇ってくれてありがとう。カイル様の味方になってくれたことにも感謝する」
「私は思ったことを言ったまでで……ユリス様がいらっしゃらなければ私はどうなっていたか……」
「私のせいで誰かが傷つくのは見ていられなかったんだ。ローランが無事でよかった」

 この城では、今ユリスのことで意見が二分しているようだ。それに巻き込まれてローランが処罰される姿など見たくはない。ローランはきっとユリスの味方だ。

「何度見てもお可愛いらしい……」

 ローランはぽつり呟く。

「あのっ……何か……?」

 じっと見つめられて、ユリスは急に恥ずかしくなってきた。

「もっ、申し訳ございませんっ。ユリス様は陛下のものですっ。ユリス様に向かって失礼なことを申しました! 決して他意などなく! 愚かな私の戯言だと思って聞かなかったことにしてください!」

 ローランは大した慌てようだ。何をそんなに慌てているのだろう。

「うん。わかった、何も聞かなかったことにする」

 ローランの慌てっぷりが可笑しくて、ユリスはふふっと笑う。

「あぁ……笑った顔はさらに……」

 ローランはやけに近くで愛おしそうにユリスを見つめてくる。
 オメガで東国ナルカ出身のユリスの顔立ちが珍しいのかもしれない。黒髪で黒い瞳は西国ケレンディアではあまりいないのだろうか。

「そうだ、ユリス様。お部屋まで戻られるなら、私がお供いたします! ユリス様は今、おひとりでいらっしゃるのは危険ですよ。必ず誰かを連れて歩いたほうがよいと思います。どうか私に警護させてください」
「ありがとう。願ってもないことだ」

 ユリスは快諾した。律儀な騎士は、少しでも恩を返そうとしてくれているようだ。


 


 薬草庫から自室に戻るなり、ミハルドが駆け寄ってくる。

「ユリス様! お耳に入れたい話がございます!」

 ミハルドが内密に、ということなのだからきっと東国ナルカに関することだ。
 ユリスはローランに礼を言い、人払いをしてミハルドを書庫に招き入れる。

「今夜、祖国からの遣いが参ります」
「遣い? 何のために?」
「ユリス様の母君を密かにケレンディアにお連れしたのです」
「母上を?!」
「はい。今やナルカでのユリス様の母君のお立場は苦しいものです。そのため私が密かにこちらへお連れしました。今は城の外にあるナルカの隠者の家に隠れていらっしゃる状態です。ユリス様。今夜私とともに来てくださいますか?」
「もちろん会いにいく」

 母親が西国ケレンディアに来るなんてどう考えても緊急事態だ。是非会ってどのような状況なのか話がしたい。

「これは極秘です。他の者には決して話さぬよう。陛下は特にです」
「しかし、カイル様は力を貸してくださるかもしれない」
「駄目です。母君は正式にこの国に入国していませんので、陛下も処遇に困ってしまうでしょう。どうか内密に。まずはユリス様が母君に会ってください」

 確かにカイルの立場ではユリスの母親だけを特別扱いし、密入国を許すことはできないだろう。

「わかった。まずは今夜母上に会うことにする」
「ありがとうございます」

 それからミハルドと城を抜け出す方法を相談を始めた。





 ミハルドとふたり、城の外へと抜け出した。ユリスも従者の格好をして、城での仕事が遅くなったと言い訳をし、城門から出してもらったのだ。
 闇夜に紛れてナルカの隠者の家を目指す。母親に会うのは久しぶりだ。
 まずは話を聞いて、それから今後、西国ケレンディアで暮らす未来もあることを伝えよう。カイルならきっと正式にユリスの母親を国に迎えてくれるに違いない。

「ユリス様、ここですっ」

 町外れにある、鬱蒼とした木々に囲まれた家だった。隠者なのだから、喧騒から離れた家のほうが都合がよいのだろう。

「早く中にっ」

 ミハルドは周囲を警戒しながらユリスを家の中に誘う。
 家の中に入ってすぐ、三人の男たちがユリスを出迎えた。だが、何か様子が変だ。男たちはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。



「よくやったミハルド」

 この声、聞いたことがある。
 フードを被っているが、姿を見て気がついた。この男は、レオンハルトの右腕、大臣のガンダルフだ。

「どういうことだ……?」

 ユリスはまったく状況が掴めない。ただこの不穏な雰囲気にその場から後ずさる。ここにいてはいけないと本能が察している。

 ユリスは男たちにいきなりガッと左右から腕をとられ、身動きできなくなる。

「おいっ、放せっ! ミハルド……っ!」

 ミハルドに助けを求めようと振り返ると、ミハルドは泣きそうな顔をしている。

「申し訳ありません、ユリス様っ……こうしないと私の妻子が……!」
「えっ……」

 ミハルドは何を言っている……?

「ユリス様を中にお連れしろ」

 ユリスが抵抗しても、引きずられるようにして男たちに家の中へと連れ込まれる。

「ミハルド。これでお前の罪を許そう。あとはユリス様がお前の分まで責任をとってくださる。お前はナルカに帰ることを許そう」

 ガンダルフの言葉にミハルドは「善処してくださりありがとうございます!」と頭を下げ、逃げるようにその場から立ち去った。

 なんなんだこれは。
 状況から察するに、ミハルドは——。
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