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プロローグ「あの日までは、いつも通りだった」

第2話「鳥の足」

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 リリーの数字を数える声が聞こえてくる。急がなきゃ。ええと、大きな木は……。あ、あった。周りの木よりもおっきい。木の幹に足を延ばそうとして――このままじゃ登れない気がした。木を見ると、一番近い枝まで遠すぎて、靴を履いたままじゃ登れそうになかった。裸足でも、ぼく力じゃ登れない気がする。

「ううん、出来るかな……」

 まだ数字を数えている。でももう少しで終わってしまいそう。ぼくは靴を脱ぎ、リリーに教えてもらった「トクベツな遊び」のことを思い出す。あれなら登れるかもしれない。

 アラン、周りを見なさい。なにか飛んでいるでしょ?

 え? 何も飛んでないよ?

 うん? ああ、そっか。違う違う、アラン。アランは魔法、使えるよね?

 うん。

 よし、じゃあ目に魔法を使ってみようか。

 リリーのあの時の言葉を思い出しながら、アランは目をそっと覆った。ぼくが今できる魔法は、手から小さい火を出すことだけ。火を出す時、手には見えないぐるぐるが集まって、手の平が少しだけ熱くなって、火が出てくる。ぐるぐるのことをみんなは「まりょく」って呼ぶけど、ぼくは「ぐるぐる」の方がしっくりきていた。ぼくはそのぐるぐるを身体の中から目に集めた。ぐるぐるは身体の色んなところにある。意識すれば移動させることができる。リリーが教えてくれた。目がちょっとだけ熱くなる。手を避けると、色んな色の光がいっぱい飛んでいるのが見えるようになった。

 ぼくはリリーの言葉の続きを思い出す。

 そうそう、上手いね、アラン。じゃあ、次は喉にそれをしなさい。

 ぼくは喉に手を当て、目と同じようにぐるぐるを集める。喉も目と同じようにちょっとだけ熱くなる。『あ』と声を出すと、いつものぼくの声じゃない、もう一人のぼくの声と重なっているみたいになった。

「トクベツな遊び」には飛んでいる光と声が必要だった。ええと、ここから――

 いいね。その声で見えている光りの玉が自分の脚に集まるように、言ってごらん。きっと面白いことが出来るよ。「トクベツな遊び」がね。

 ぼくは光って浮いている、いろんな光に言う。

『みんな、ぼくの足に集まって』

 すると、光っていた玉がゆっくりとぼくの足に集まっていく――え、ええっ、ちょっと多いっ!

「ま、まってみんなっ、『止まってっ』」

 ぼくの声を無視して、光がどんどん集まる。足がどんどん光って熱くなる。ど、どうしよ、こんなにっ。この前はこんなことなかったのに。

 どんどん光っていく足に怖くなった。光をぶんぶんと手でどかそうとしても、全然いなくなってくれない。バタバタと手も足も動かしていると、ぎゅっと後ろから柔らかいものに包まれた。

「――もー、なにやってるの? アラン」

「リリーぃ」

 リリーの声を聞いて、目がさっきとは違う感じで熱くなる。見上げて見えたリリーの顔がぐにゃっと涙で歪んだ。ごしごしと目を擦ると元に戻る。

「こんなに集めちゃって……。アランは本当モテモテさんだねー?」

「リリー、どうしよう。集まってくるの止まんないよぉ」

 リリーは、はぁ、と息を吐くと、「散りな、お前達」といつもより低い声で言った。その瞬間、集まっていた光があっという間にいなくなる。すごい。ぼくはどうしようもなかったのに。

「アラン、少し練習するよ」

「な、なにするの?」

 ぼくのまだ残っている涙を、リリーはそっと手に取って舐めた。

「私がアランの中に入ってあげる。そこら辺の精霊じゃ、好かれ過ぎちゃってアランが制御できないからね」

 リリーの言っている意味が分からなかった。リリーがぼくの中にどうやって入るのだろう?

「どういうこと?」

「やれば分かるよ。じっとしててね、アラン」

 ぼくが何か言う前に、リリーが薄くなっていった。霧の中に入って行くみたいにリリーがいなくなっていく。

「リリーっ?」

「ダーメ、大人しくしてなさい」

 消えたと思ったリリーの場所から、徐々に紫色の光が見え出した。リリーと同じ形に紫色の光になり――ぎゅっと丸くなった。それが急に動き出して空中を飛ぶと、ぼくのお腹にぶつかった。

「わっ、なにっ」

 地面にお尻をつく。お腹を触ってみるけど、なんともなかった。でも、なぜか全身が熱い。ふらふらする。なんだろう、これ。

〈んー、全身はまだ無理か。アラン、足先に魔力を集中して。目とか喉に魔力を集める時みたいに〉

 リリーの声が聞こえてくるけど、どこからなのか分からなかった。ただ、頭の中でぼわぼわとリリーの声がする。

 ぼくはよく分からなかったけど、言われた通りに足に集中した。ぐるぐるをひたすら足に集める。

〈そうそう、偉い、偉い〉

 足がどんどんかっかしてきて、熱くなってくる。これもさっきみたいに止められない。でも、不思議と怖くはなかった。

〈アラン、そのままね〉

 リリーの声を合図にぼくの足が変わる。肌から真っ黒な羽が何本も生えてきて、足が埋もれていく。足が大きくなって、指が長くなる。指の先っぽが痛そうな曲がった爪になった。

「できた……」

 ぼくがやりたかったことだった。なんで黒いのかとかこんなに大きいのかは分からないけど。でも、鳥の足みたいになった。

〈上手く行ったじゃない。せっかくだから、このまま遊ぶよ〉

「うんっ」

 足は少しだけ熱いだけだった。ぼくはどこに行こうかと迷う。前の時は、森の色んな場所に行った。真っ黒い穴が空いている場所とか、川とか。こういう足になっている時はどこにでも行ける。

〈ねえ、アラン。村に行ってくれる?〉

「えー、この足だと、みんなに嫌われちゃうよー」

〈大丈夫、大丈夫。見つからないように行こう。ねっ?〉

「うーん……」

 大丈夫かなー? この足ならいっぱい速く動くことは出来るけど……リリーなんだか森の外に行きたそうだし、いいかな。

「分かった。特別だからねっ」

〈そうね、特別。ふふっ〉

 ぼくは足に力を込めた。地面がべこっと沈むけど、気にせず屈んで思いっきり前に飛ぶ。顔が痛くなりそうなほど、風がぼくに当たる。あっという間にぼくは空中にいた。どんどん森が遠くなって、また近付いてくる。

〈着地気を付けなさいよ、アラン〉

「うん」

 足を前に出して、近付いてくる森に向ける。小さかった木が大きくなって、大きな音を出しながらぼくの鳥になった足とぶつかった。木が折れて、今度は地面が大きくなり――右足がついて、少しだけジャンプする。耳の横をごうごうと嵐みたいな音がずっと流れている。前に飛んだぼくは木の間を鳥みたいに進んだ。左足がついてまた、飛ぶ。ぶつかりそうな木は足を前にすると簡単に通れるようになった。そのたびに耳を覆いたくなるようなうるさい音が鳴る。ぼくはそれが嫌で、なるべく木にあたらないようにジャンプした。

 ぼくは何回かジャンプしただけなのに、来る時には大変だった道があっという間に戻れた。ぼくは村が近いのを感じて、ジャンプする力を弱くした。だんだんと飛べなくなって、速くなくなる。うるさい音もなくなる。

 ぼくは止まった。

 危なかった。あと一歩ジャンプしてたら、村の中に入っているところだった。

 ゆっくりと村の中に向かって歩く。村にはもう少しで着く――だけどなんか変だった。村の方から変な匂いがする。

「なんか、臭い……?」

〈この匂い……、まさか……。アラン、村に戻るのはやめにしない?〉

「なんで? 村に行くんじゃなかったの?」

〈アランも分かるでしょう? この臭い匂い。これは人間が焦げた匂い。誰か死んでいるかもしれない。村が襲われたのかもね。今、村に戻ったらきっと危険。だから――〉

「嫌だっ、リリーの言う通りだったら、お父さんとお母さんが危ないじゃんっ」

〈そうよ、危ない。でもアランには何も出来ないでしょう? だから湖まで戻りなさい〉

 リリーの声は今まで聞いたこともないくらい冷たいものだった。でも、ぼくは納得出来なかった。なんで? どうして?

 ぼくは村の家に向かって走った。森をもう少しで抜けれる。

〈アランっ?〉

 リリーの叫び声が聞こえた。でも、ぼくは走るのをやめなかった。
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