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第3章「正義のシスター」

第42話「仮面の教会」

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 翌朝、早目に起きた僕は、眠りこけるライラをどうにか起こし、約束通り鐘の音の前に来たジェマの案内で食堂に来たのだが――そこに、ナンシーの姿は無かった。

 食後、ジェマに訊けば、「聖女様」ことナンシーは夜にしか現れないらしい。日中は部屋に籠っているのだとか。早速あてが外れてしまった。だが、いないものはどうしようもない。

 僕は、今日一日のジェマの案内で勇者教会をよく知ることに専念しようと決めた。とにかくどういう構造かも分かり難いし、教会の雰囲気もよく分からない。他のシスターとも話してみたい。なにか手掛かりがあるかもしれない。潜入している以上、大きな動きが出来ないのがもどかしいけど、それでナンシーとアーサー二人に協力されたらたまらない。

 僕はぐるぐると考えている内に、ライラとともにジェマの案内に従って、勇者教会「本棟」の方に来ていた。

 一日振りに見る、教会の正面入口は広々としていて、風通しがよかった。人が十数人は通れそうな入口と並んでいる白い扉。その正面にずらっと白いシスター服を着た女性たちが受付として並んで座っていた。まばらに入ってくる人に、にこやかに話しかけている。受付の両端から奥に進めるのだが――この教会どこもかしも真っ白で、時々目が痛くなりそうになる。

「ここはお二人とも知っていると思いますが、勇者教会本部の受付になります。持ち回りであそこに座って、いらっしゃる方を案内することもありますので、よく見といてください」

 持ち回りか。今、目の前にいるジェマがあんな風ににこやかに笑っているのがまったく想像できないけど……。昨日だって、笑みが疲れているようにしか見えなかったし。

 僕はまだ案内の言葉を発しているジェマをよそに、あたりをよく見回した。真っ白い壁と床。並んでいるシスター服の女性達。うやうやしく正面扉を開けて入って来る来訪者。天井は高く、空間も広い。どこか厳かな空間に、静かに言葉が交わされている。

 僕たちの部屋がある「別棟」とは随分と様子が違う。なんというか、胡散臭い。綺麗に着飾って、中身はまるで感じられないような感じがする。これは勇者教会の表の部分だ。そんな気がした。

「――では、次に行きましょう」

 ジェマの言葉にハッとする。ともかく、ここにはナンシーの手掛かりはなさそうだ。あるとすれば、こんな表の部分じゃない、と思う。ここは、あくまで客に見せる場所。僕はシスターになりたいと、始めにここを訪れたように。

 ジェマの後を追って、受付の横を通って行く。ライラには終始無言でいるように頼んであった。ただでさえ、よく知らないはずの人間の土地でなにが引き金で魔族だとバレる分からない。しかも、ここは魔族を目の敵にする本拠地でもある。おまけに、最近分かってきたのだが、ライラは好奇心旺盛というか無邪気というか……、とにかく不用意な発言をしそうで怖い。昨日も若干怪しかったし。

 後ろを歩くライラを見ると、彼女は可愛らしく小首を傾げた。赤い髪がさらっと揺れる。紫色の瞳が「なあに」と物語っているようだった。僕は首を振ってなんでもない、と示す。ライラの隣でリリーが含み笑いをしているのが気になるが、問い詰めてもどうせからかわれるだけだろう。どうもリリーは僕とライラを本当にくっつけたがっている節がある。

 勇者と命がけの戦いをして、生き残っている可能性なんてほぼないだろうに。

「――ここ勇者教会は、数千年前に誕生した魔王対策の為、建てられた機関になります」

 ジェマが勇者教会が設立された経緯を話し出す。まさか、シスターになる全員に言っているんだろうか。僕は軽く聞き流しつつ、周りを窺う。

 受付の奥は、まるでどこかの屋敷のようだった。僕が本当に子供の頃に見た、村長の屋敷を思い出す。もっとも、あんなレベルでは到底ない。どこからその金が湧いているのか不思議だが、高そうな造りをしている。

 高い天井に庶民が絶対に買えないような照明が吊るされ、両脇にゆるやかな曲がった階段が設けられている。僕たちが歩いている向かっている先――階段の間には、通路が設けられていた。下には赤い絨毯が敷かれ、自分たちの行く先を示してくれている。建物自体は簡素な造りで、こういう場所にありそうな意匠はなかった。

 意外と人が少ないな。シスターが歩いているのはもちろんだが、外部の人間もちらほらといる。しかし、それを合わせても広い空間の割には、パラパラとしか人がいない。今が空いているだけだろうか?

「――これから向かう先は、我々シスターにとっても重要な場所になります。昼食後には礼拝にも向かいますので覚えといてください」

「はい」

「はーい」

 話半分に聞きすぎていて何のことか分からなかった。僕たちは通路の中に入って行く。真四角の通路は、相変わらず真っ白で人通りが少しだけ多かった。みな神妙な面持ちで歩いている。

 どこに向かっているんだ?

 今更聞くことも出来ず、僕も神妙な振りをしてジェマの後をついていく。それにしても、やっぱり静かだな。別棟の方もそうだが、勇者教会に建物は基本的に人が会話していない。みな、もくもくと歩いている。

 僕は通路になにか仕掛けがないか、と思って見るが、ここにも特に何も無さそうだった。一体、ナンシーの手掛かりはどこにあるのか。

 ジェマが通路から抜け出る。僕も彼女に続いて、通路の先に出た。

 そこは巨大な空間だった。僕たちが歩いている赤い絨毯が真っ直ぐに伸び、四角い真っ白な石まで続いている。丁度人の胸くらいの高さ。その後ろには、アーサーも持っている勇者の剣が描かれている白い垂れ幕が掲げられていた。かなり簡略化されていて、勇者の剣の特徴である柄に赤い宝石が描かれていなければ、それと気づけないだろう。

 赤い絨毯の脇にはかなりの数の長椅子が整然と並んでいた。ところどころ人が座っていて――天井を見上げ、目を瞑っていた。首が痛くないのだろうか。僕はそう思うが、彼らは微動だにしない。

 一体なにが、と思っているとジェマが立ち止まる。ちょうどこの部屋の真ん中だ。
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