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一章 異世界慕情

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 林の中で俺はメイシアから多くのことを聞いた。

 転移者であることを隠していたので、この世界については断片的な質問しか出来なかったが、それでも有用な情報を知れた。

 この土地の国名がイワークといい、王族を筆頭に貴族階級が存在すること。魔法があり、魔獣も存在し、竜が空を飛ぶファンタジーのような世界であること。馬車に乗って街に向かう途中、馬が暴れて操者が落ちたこと。馬車が暴走したこと。

 そしてメイシアのこと。

 夫は歳下の婿養子で、出自は公爵家の長男であったこと。本来継ぐはずの実家を継げず、身分の低いガスケット家の婿に出され、メイシアと結婚させられたのを恨んでいること。

 幼なじみで、結婚前は弟のように感じていたこと。
 昔は、優しかったこと。


「あんなひとでも、幼い頃は可愛かったのですよ?
 2歳歳上の私のうしろを、いつも一生懸命に付いてきてくれて」


 当時を語る時、メイシアは哀しさをはらんだ微笑みを見せる。それはきっと、幼い頃楽しかった夫との思い出が、唯一の彼女の支えだからだろう。
 その頃の想いだけを胸に抱き、彼女は夫婦生活を持続させてきた。いつか夫が昔のような優しさを取り戻してくれることを信じて。

 聞いていて胸が痛んだ。夫婦関係は修復不可能なくらい、とっくに壊れきっている。おそらくメイシアもそれを分かっている。それが分かっていながらも妻であり続けるのは、いったいどれだけ不幸なことなのか。


「まあ。珍しい木が生えています」


 陰鬱な空気を消すように、メイシアが明るい声をあげた。

 視線の先には一本の萎びた白い木が生えている。

「え?」

「あら。その反応ですと、イワティさんのお国にはこの木が生えないのですね。ドライオークホワイトウッド。
 ここイワークでもとても珍しい木なのですが、土に生えている時からカラカラに乾燥していて、石よりも硬く、弾力もあってひび割れにも強いという性質があるのです」

「それは良いですね。硬く割れにくいなら添木にピッタリだ」

「そうですね。でも駄目です」

「え、なぜ?」

「硬すぎるから」

「……」

 冗談かと思う理由だったが、真実だった。
 その木には鋸の刃がつうじない。硬すぎて文字どおり刃が立たなかった。

 肌の白さと硬さから、イワーク国ではその木を別名「聖女の純潔」と呼ぶらしい。身持ちがかたい、と掛けているのだろう。

 呼び名を聞いて、俺の中である閃きが生まれた。
 滑らかなその樹皮に、俺は恐る恐る右手で触れてみる。

 ビクリと、木が揺れた気がした。

「……? いま風でも吹きましたか?」

「いや……」

 メイシアに答えず、俺はそのままゆっくりと樹皮を撫でる。指先を立てて、円を描くように、ゆっくりと。1秒に1センチほどの速度で。

「イワティさん、何をなさって……
 白い木肌が、ほんのり色づいていきますわ」

 撫でつける指の動きに合わせて、白い木が桜色に染まっていく。

 ア○ムタッチーー

 再びザワリと樹体が揺れた瞬間、俺はカッと目を開いて、腰高の位置にあるそこに右手を差し込んだ。

「ふし穴に指を入れて、何をーー」

「おおおおおおおおおおおおおっ」

 高速で中を掻く。
 樹体全体が振動でザワザワと揺れる。
 次第に、ふし穴の中が湿り気を帯びてきた。指先にそれを感じながら、中のザラザラとした上部分を一心不乱に刺激する。

 その時ーー

「きゃあっ」

 ふし穴の中から大量の樹液が噴き出した。
 俺とメイシアは盛大にそれを浴びた。

「あん。ビチャビチャになっちゃいました。カラカラのドライオークホワイトウッドがこんなに樹液を噴くなんて。この樹液はサラサラしていますが、水と混じると強力な接着剤になるんですよ……え、ああっーー」

 天に向かって伸びていたその木の枝が、何本かお辞儀するように地面へと垂れ下がっていた。

 手を伸ばして枝に触れると、硬さはそのままに、樹体と枝の付け根だけがグラグラと揺れる。力を込めると簡単に付け根からポキっと折れた。

「す、凄い。こんな簡単に枝がとれるなんて。これを樹液で接続すれば、車軸の添木になります!」

 自分自身、右手の能力に驚いていていた。
 樹木さえも蕩けさせる指。

 まさに、神の指先ーー

 だが、検証している時間はない。急がないといけない。俺はメイシアを振り返る。

「あと4、5本枝をもらって、急いで戻りまーー」

「……? イワティさん、どうしました? お顔が真っ赤ですがーーあ」

 自分の姿に気がついて、メイシアは身体を両手で隠した。

 白いブラウスと薄い肌着。
 樹液は全てをぐっしょりと濡らした。
 そのせいで生地は肌に張り付き、下に隠す色さえもあらわにさせてしまっていた。

 腕に隠れる前に見えたピンク色。

 初めからメイシアが着る細身の服は、細いウエストと起伏に富んだボディラインを隠してはいない。だからこそ樹液に濡れることによって、薄い生地が余すことなく張り付いて、それはもう裸同然だった。

 釣鐘型の乳ーー
 薄い腹ーー
 丸い尻ーー
 長い脚ーー

 凝視する俺の視線から逃れるように、メイシアは身体をひねった。そうして横目でチラッと俺のそこを見る。

 ロング缶サイズの限界を超えて、俺のキカンボウは500ミリペットボトルくらいにバッキバキになっていた。

「……すみません」

「……いえ」

 謝って無言で作業に戻り、枝を採取する。
 メイシアも俯いて何も喋らない。
 この場の空気が変わったことくらい、童貞の俺にだって分かっていた。

 だが、駄目だ。メイシアは人妻だ。
 股間の経験値ゼロの俺がこんぼうを装備したって、ムチムチ肉妻肉淑女という魔王級にかなうわけがない。

 そもそもこんなに美しい彼女が、俺を男として見ることなんて、ないだろうがーー

「じゃあ、戻りましょう」

「……はい」

 採取した枝の中から1番長い一本を選び、藪を掻く杖とする。

 持ち手にハンカチを巻き付けた時、いっ瞬七色の光が立ち昇ったように見えた。

 不思議なことにその杖で藪を掻くと、何の抵抗もなく草木が切れて道が出来る。

「何か楽に藪を掻けるな。どういうことだ」

「わ、分かりません。分かりませんが、私の目には、その杖がまるでマジックアイテムのように見えます」

「マジックアイテム?」

「はい。世の中にはごく稀に、神の祝福を受けたかのような道具が出来上がることがあります。そのような道具は、魔法のような能力を備えると」

「道具といったって、枝にハンカチを巻き付けただけですよ。そんなことって……」

「……確か、馬車の中の道具箱に、鑑定眼鏡があったかと思います。戻ったらそれで見てみましょう」

 その眼鏡で見ると、マジックアイテムかどうかが分かるらしい。

 実にファンタジーチックなアイテムだ。

 そう、この時まで俺は忘れていた。この世界はファンタジーチックなのである。

 ならば、ファンタジーにつきものなのはーー

「イワティさん、危ない!」

 先を歩き藪を掻いていた俺は、メイシアの悲鳴に背後を振り向く。同時に何かが体に飛び込んできて、背中から地面に倒れてしまった。

 今まで俺の頭があったであろう位置を、巨大な影が横切るのを見る。空を飛ぶその影はそのまま林の奥へと消えていった。

「くっ、何だあの大きさはーー」

 影の主は、角が生えた巨大なコウモリのように見えた。

「魔物です。エルダーフライ。人の血を吸う魔物」

「魔物……」

 巨大コウモリは、彼方へと飛び去って、戻ってくる気配はない。

 魔物ーー
 ファンタジーにつきものな危険な生物。
 俺は異世界に来たときから、いつかそんな生き物が現れるだろうなと予想していた。だから不意に襲われて驚きはしたが、その存在自体は予想の範疇だ。

 俺が考えもしなかったものとは。
 魔物の存在よりも非現実的で、ファンタジーなものとは何か。

 それはーー

「怪我はありませんか。イワティさん」

「……はい」

「良かった」

 メイシアの声を直近で聞く。
 彼女が言葉を発するたびに、甘い吐息が首筋にかかる。

 あの時、俺に飛び込んできたのはメイシアだ。
 彼女は俺を押し倒し、魔物の襲撃から救ってくれた。

 彼女の身体はいま、寄り添うように、


「イワティさん。あの、その、手が、私の胸に……」

「……はい」

 偶然に乳に触れていた右手。


 ラッキースケベーー


 そんな奇跡が、俺の身に起こりうるなんて、想像もしていなかったーー

 そしてここから先は、経験値ゼロの俺にとって、未知の領域に突入していくことになったんだ。

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